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第六話 猜疑

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 小武真司の妻である小武美沙が自殺未遂をしたのは半年前のことだった。
 それは朝から雨が降り続いた日の夜のことだった。小武が仕事を終え、夜遅くに自宅に戻ると美沙がリビングで倒れていた。小武はすぐ妻に駆け寄り、生存を確認した。救急車を呼んだ後、小武はテーブルの上に大量の抗うつ薬の空の包装シートとウイスキーの便が置いてあることに気付いた。それを見た小武は妻が自殺を図ったことを察した。そして、そこで初めて小武は美沙が抗うつ薬を服薬していることを知ったのだった。
 美沙の退院後、小武は彼女が抱えていた自殺に追い込まれる程の不安や辛さを知ることになった。

 小武美沙は看護師をしていた。美沙の母親も同じく看護師をしており、幼い頃から母親の看護師をする後ろ姿を見ながら育った。将来は母親のような看護師になりたいと高校卒業後に看護学科のある大学へ進学した。卒業後、無事看護師になれた彼女は生まれ育った杉並区にある阿佐ヶ谷総合病院に就職し、それから彼女はその病院で自殺未遂をするまで二十年間働き続けた。その二十年間、彼女はいじめを受け続けた。
 美沙に対するいじめが始まったのは入職一年目の配属先が小児科に決まり、一か月が経った頃だった。同じく看護師の早田由紀恵に目をつけられたことが二十年に渡るいじめの始まりであった。早田は新人いじめをすることで院内では有名で、「早田に耐えられればどこでもやっていける」と言われるほど、新人を追い込み、最短で一週間も耐えられず辞めていった看護師もいたほどだった。新人だった美沙は早田からの叱責や暴言などは自分が悪いのだと自分に言い聞かせて日々の辛さを耐え続けた。
 美沙が小児科に配属になって一年が経とうとした頃、早田が他の科に異動になることが決まった。それを知った美沙は安堵し、無理をしていた自分がいることに気付いた。春からは安閑な生活が始まる、美沙はそう思っていた。しかし、彼女にそんな日は訪れなった。早田の代わりにやってきた看護師の村田和子が美沙をいじめの標的にしたのだ。 
 早田と村田は昔から仲が良く、村田が小児科に異動になることを聞いた早田は、彼女に「いい遊び相手がいるよと」村田に伝えたのだった。
 村田はさっそく異動初日から美沙をいびった。それからというもの、常に村田は美沙を監視し、何かミスをすると罵倒するように叱責するのだった。それは見せしめのようなものでもあった。「私に逆らったり、私を怒らせるとこうなるわよ」と他の職員に見せつけるのだ。そうやってこれまで自分の地位を確保してきたのだ。
 美沙は看護師として、技術面で言えば優秀と言われるには程遠いが、患者である子どもたちやその家族に対する救ってあげたい、助けてあげたいという想いは誰よりも強かった。子どもが泣いていたり、辛そうな表情をしているとすぐ駆け寄り、話しを聞いてあげたり、慰めたり、時には一緒に遊び、小さい子には絵本を読んであげたり、家族が何かに悩んでいれば親身になって話を聞き、そんな風に子どもたちやその家族と接することで、美沙の近くには子どもたちが集まり、子どもたちの家族からは頼られるようになっていった。しかし、それをよく思わない看護師たちがいた。彼女たちは「そんなことしなくていい」「看護師の仕事じゃないことをするな」「あんたがそんなことをするとそれが普通だと思われて仕事が増える」などと言われることもあった。そのうち、毎日のように美沙をいびる村田の他にも彼女に嫌がらせをする看護師が現れるようになった。その看護師たちは結託をし、小児科から美沙を追い出そうと、日々、嫌がらせを重ね、美沙を追い詰めていった。しばらくして、美沙は異動の願いを出した。美沙が異動願いを出したと知った日、嫌がらせをしていた看護師たちは大きな仕事でもやり遂げたかのように打ち上げと称し、職場近く居酒屋で大いにはしゃいだのだった。
 美沙は異動の理由を「他の科でも経験を積みたいから」と上司に伝えていた。上司も彼女がいなくなることを望んでいた側だったので、それ以上は何も聞かず、異動届を受理した。
 美沙は翌月、産婦人科へ異動となった。小児科で勤務する最後の日、子どもたちやその家族から感謝の言葉や花束、メッセージが書かれた色紙を受け取ったが、一緒に働いていた同僚などからは、何の言葉掛けもなかった。村田に関してはそれが自分の任務かのように最後の最後まで美沙をいびった。
 異動した産婦人科でも美沙は嫌がらせやいびりを受けた。小児科にいた時のように彼女は患者やその家族に寄り添うような看護をしただけだった。それを良く思わない看護師たちによってまたしも美沙はそこにいることが辛くなり、異動届を出すことになった。
 美沙は自分が嫌がらせやいびられる原因が自分にあるとわかっていた。それは自分の技術が他の看護師と比べてないからという訳ではなく、患者やその家族に寄り添った看護をしているからだとわかっていた。しかし、彼女はそれが悪いことだとは決して思わなかった。それが当たり前だと思っていた。それが彼女の信念でもあった。
 彼女は幾度となく異動を繰り返した。そして、転機が訪れたのはリハビリテーション科に異動して間もない頃だった。そこで美沙は小武真司と出会ったのだ。彼女が看護師になって十五年が経っていた。
 小武は趣味である草野球の試合中にアキレス腱を断裂し、美沙のいる阿佐ヶ谷総合病院に入院することになったのだ。その上、当時、結婚を考えていた女性に浮気をされ、心身共に弱っていた。そんな時に美沙に出会った小武は必然的に彼女に惹かれていった。退院する日、小武は美沙に連絡先を渡した。渡したというよりも、美沙は受け取れないと断ったが、小武は美沙のナース服のポケットに連絡先が書かれたメモ用紙を無理やり入れ、「じゃあ」と言い、松葉杖を付いて小武は病院を出た。
 美沙はこれまで患者や患者の家族からそういった誘いを受けることがよくあったが、彼女の中で患者などとそういった男女の関係になることは決してあってはならないことだというルールを自分の中で持っていたため、すべて受け流していた。しかし、小武真司にはなぜか美沙も惹かれるところがあった。これまで職場以外でそういった機会がなかった訳でなかった。それなりに交際をしていたこともあった。そういった交際に発展する場合は、相手からアプローチをされ、そして、相手から別れを告げられることが常だった。美沙の母親や父親からは「早く結婚しないさい」と言われていた時期もあったが、美沙が三十五歳を超えた辺りから、ふたりから結婚という言葉は聞かなくなっていった。自分でも結婚は無理かなと思っていた矢先、どこか惹かれてしまう小武と出会い、これまで守ってきたルールを破り、美沙は小武に連絡を取ったのだ。そこからあっという間にふたりは結婚をした。職場では「本物のナイチンゲールになれてよかったね」と揶揄され、誰からも祝福の言葉をもらわなかったが、そんなことは気にならなかった。彼女は幸せという暖かいもので守られている、そう感じていたからだ。
 美沙は結婚後も看護師の仕事を続けた。結婚してしばらくして、彼女は精神科に異動になった。そこには、美沙をいじめることを趣味のひとつかのようにしていた早田と村田がいたのだ。美沙は案の定、ふたりから毎日のようにいじめを受け続けた。そして、ある時突然、左耳が聞こえなくなり、言葉もうまく出すことができなくなってしまったのだ。睡眠も不安定で、眠れる日もあれば寝られず、そのまま仕事へ行くこともあった。うまく寝られたとしても深夜や早朝に目が覚めてしまい、そこから再度寝付くということは難しかった。
 彼女は自分が精神的に追い詰められているのだと思い、近所の精神科クリニックに行くことにした。美沙は毎晩寝る前に処方された薬を小武に見つからないように服薬し、眠りについた。薬の効果もあってか、眠れないことや深夜や早朝に起きてしまうことはなくなった。美沙は小武が日々忙しく働いていることを気遣い、彼が自分の病気のことを知れば余計な心配をしてしまうと思い、薬を飲んでいることを小武には言わなかった。
 薬を服薬しながら美沙は仕事を続けた。仕事場に行けば早田と村田にいじめを受けるとわかっていたが、それよりも患者を助ける、救う、という使命感が彼女を仕事に向かわせていた。しかし、ある日、患者から思いも寄らぬ言葉をかけられ、その日の夜に美沙は自殺を図ったのだ。
 いつもの調子で美沙が患者に寄り添うように話を聞いたり、ケアをする中である患者が「あなたのその寄り添ってますっていうわざとらしい態度に反吐がでそうにあるのよ。もう私には話しかけないで」と言ったのだ。美沙の中で大事にしていたものが一瞬にして崩れていくのを感じた。
 美沙が自殺を図った後、彼女は阿佐ヶ谷総合病院に精神科に入院することとなった。美沙が目を覚ました時には早田と村田は別の科に異動になっていた。
 これまでの美沙の壮絶ないじめを知った小武は病院に対していじめがあったこと、そのいじめによって彼女が自殺未遂をしたことについて問い詰めた。しかし、病院はいじめがあったことを認めず、指導の一貫だと言い張ったのだ。小武は病院外の第三者機関に依頼をし、いじめがあったことを調査したが、結果は同じく、「いじめはなかった」「指導の一貫だった」という小武にはまったく腑に落ちないものだった。明らかに病院側が隠ぺいをしていることは明らかだった。美沙をこの病院に入院させたのも、他の病院に入院してしまえば、阿佐ヶ谷総合病院で起こったことが世間に知られてしまう恐れがあるから病院は彼女を隔離し、真実を隠したのだと小武は思った。
 小武は毎日、美沙に面会に行った。朝から仕事がある時は仕事の前に、夜勤の時は朝に仕事が終わってから彼女に会いに行った。美沙は小武が会いに来ると申し訳なさそうな顔をして「ごめんね」と毎回言うのであった。それを聞いて小武はやるせなさが募るばかりであった。
 美沙は入院中に薬での治療をしていたが、症状は改善することはなかった。美沙の中の希死念慮は日に日に増していくようだろ彼女自身は感じていた。
 ある日、小武は美沙の主治医である医師の荻原に呼び出された。
「小武美沙さんが入院されてから約半年間、いくつか症状に効果があると考えられるお薬を投与していますが、なかなか良い結果が出ていないというのが現状です」
「転院することは難しいんですか」
「こちらでもいろいろと当たってはみたのですが、受け入れ先が見つからない状況でして」
 白々しい嘘を平気でつきやがってと思いながら小武は荻原の話を聞いていた。
「そうですか。それで何か違う治療方法があるからここで話をしているんですよね」
「はい。お察しの通りです。まだ治験段階のお薬なのですが、現段階での研究結果では、「死にたい」という気持ちを抑えることができるというデータが多くあります。まだ治験が始まったばかりなので、データは不足していると言えますが、論文を読む限り、同じような効果が期待できるのではないかと私は考えています」
「副作用などはあるんですか」
「飲み始めに、ふらつき、めまい、頭痛、不安、嘔気・嘔吐、不眠などが現れる場合もありますが重篤になるようなことはまだ報告されていません」
「美沙を救うことがそれしかないならお願いします」
「では、こちらの書類にサインをお願いいたします」
 美沙の新しい薬での治療は翌日から始まった。主治医の言った通り、吐き気や頭痛、食欲不振が現れたが、数日後にはそれらの症状はなくなり、美沙が抱えていた死にたいという気持ちが日に日に薄くなっていくことを彼女自身で感じていた。
「最近、顔色がいいな」
「うん。なんか気持ちが前よりも軽くなった感じがする」
「薬が効いてるんだな」
「このまま良くなっていって退院できるかな」
「そうだな。退院したら旅行でも行くか」
「真ちゃんがそんなこと言い出すなんて珍しいね」
「そうか。どこか行きたいところ考えておけよ」
「わかった。どこがいいかなぁ。何泊までいい?」
「何泊でもいいよ。美沙の行きたいところに行こう」
「えー、そんなこと言ったらハワイとか言い出すかもよ」
「いいよ、ハワイでも」
「わかった。考えておく。真ちゃんと旅行か。新婚旅行以来だね。楽しみ」
 小武は美沙が穏やかに笑うのを見て、胸をなでおろした。
「じゃあ、おれはこれから一旦帰って仮眠を取るよ」
「夜勤お疲れ様でした。ゆっくり休んでね」
 小武は病院を出た後、これからの人生のこと、美沙との旅行のこと、今追っている事件のことを考えながら少しだけ遠回りをして自宅へと戻った。自宅へ戻ってシャワーを浴びた後、小武はひとりでは大きすぎるダブルベッドに入ると、すぐに眠りについた。
 どれくらい寝たのかわからないが、窓の外はすでに暗くなっていた。リビングに置いてある仕事用の携帯の音で小武は目を覚ました。ベッドから降り、急いでリビングへ行き、携帯を取った。
「どうした」
「阿佐ヶ谷総合病院で傷害事件です。負傷者多数出ています。これから出てこられますか」千田は冷静に言葉を繋ごうとするが、小武の妻が事件現場にいることを知っていたため、焦りを感じずにはいられなかった。
「わかった。すぐ行く」

 阿佐ヶ谷総合病院前には救急車やパトカー、そして、すでに事件を嗅ぎつけたマスコミたちで騒然としていた。
「どうやらひとりの女性が病院内で暴れ、そして、容疑者の女が人を食べていたという証言もあがっています。それにより負傷者が多数出ている模様です。詳しい情報が入り次第またお伝えをいたします」テレビのレポーターの女性がカメラに向かって強張った表情と声で言っていた。
「小武さん、こっちです」千田が病院の職員専用の出入り口から手招きしていた。
「状況は」
「負傷者の数は把握できていません」
「そんなに多いのか」
「死者も出てます」
「まじか。で、容疑者は」
「小武さんに電話をした直後に確保され、高井戸署に」
「凶器は」
「あの、」
「なんだ」
「小武さんは高井戸署に向かってください」
「どうしてだ。ここですることが俺たちにはあるだろう」
 千田は俯き、何かを言おうとするが言い淀んでしまっていた。
「千田、どうした。はっきり言え」
「奥さんが」
「美沙がどうした」
「奥さんが高井戸署にいるので行ってください」千田は俯きながら言った。
「どういうことだ」
「奥さんが容疑者なんです」千田は小武の顔をまっすぐ見て言った。
 小武は周りの音が一瞬なくなったように思えた。何故、美沙が容疑者なんだ。さっきまでニコニコと笑って幸せそうだったじゃないか。そんな幸せそうな人間が人を傷付けるはずがない。何かの間違いだ。
「小武さん、とにかく高井戸署行ってください」千田は呆然とする小武の腕を取り、パトカーに乗せた。
「すみません、小武さんを高井戸署までお願いします。着いたら原山さんが待ってますので」
 小武を乗せたパトカーは高戸署へと走り出した。病院から細い路地を抜け、中杉通りに出ると、帰宅時間と重なっているため、渋滞が起きていた。パトカーはサイレンを鳴らし、拡声器で「緊急車両が通ります」と阿佐ヶ谷駅前に響かせ、青梅街道まで出た。青梅街道も同様に荻窪方面は渋滞をしていたが、サイレンと拡声器で他の車をどかせ、高井戸署へと急いだ。
 小武は冷静になろうと必死で頭の中で何が起きているのか整理しようとするが、思考がうまく働かなかった。頭の中で妻の美沙が笑っている姿と人を食っているす姿が交互に現れ、小武は頭を抱えた。
 高井戸署に着くと刑事課で小武の後輩である原山が出迎えた。
「小武さん、こちらお願いします」
 小武はまだ頭の中がぼんやりと霧がかかったような状態だった。
 原山は小武を第一取調室隣の観察室に通した。観察室は第一取調室と隣接してあり、取調室の様子をマジックミラーになったガラス窓から観察できるようになっていた。
「小武さん、確認していただけますか」原山はそういうとガラス窓のカーテンを開けた。
 ガラス窓の向こう側には、パイプ椅子に座り、両手をだらんと垂らし、口をだらしなく開けた小武美沙の姿があった。朝、見たパジャマは血で真っ赤に染まっていた。顔には乾いたどす黒い血が付着していた。
「妻だ」小武はか細い声でそう言った。
「間違いないですか」
「妻の美沙だ」

 それは白昼の惨事であった。
 小武美沙がいるはずの病室に看護師が行くと彼女はそこにいなかった。彼女は病院内で早田由紀恵を探し、徘徊していた。しばらくして、彼女は早田を見つけると、猛然と駆け寄り、早田の正面から飛び付いた。
 突然飛びつかれたその早田はその場で倒れ、上半身に美沙が跨っていることで身動きが取れない状態だった。
「小武、てめぇ。いよいよ頭がおかしくなったか」早田は身体をもがきながら言った。
 美沙は白目を向き、口元は笑っていた。
「どけよ、ブス!」
 そう、早田が言った瞬間、美沙は早田の首のちょうど喉仏の下辺りに噛みつき、そこの肉を噛みちぎった。噛みちぎられた喉からはぴゅっ、ぴゅっと血が噴き出した。
 早田は助けを求めようと声を出そうとするが、噛みちぎられた喉からひゅーひゅーと音が鳴るだけであった。
 美沙は早田の両目に指を入れ、彼女の眼球を取り出した。そして、その取り出した両目を牡蠣でも食べるかのようにズルズルと口に中に入れ、胃の中に収めた。
 早田はすでに抵抗することを諦めたのか、ただ身体をピクンピクンと痙攣させていた。
 美沙は早田の口を両手で掴み、上下にこじ開けた。すると、バキバキという音ともに早田の口は裂け、下顎と共に舌がだらしなく垂れた。美沙は彼女の舌を自分の足を早田の肩に引っかけ、思い切り引っ張った。そして、舌が彼女の満足した長さまで伸びると、舌を噛みちぎり、口の中でゴリゴリと咀嚼し、飲み込んだ。美沙はそれで満足したのか、立ち上がり、早田の顔を足で踏み潰して、その場を去っていった。
 美沙が去ったすぐ後に、遠くで騒がしい声が聞こえた。変わり果てた早田を誰かが見つけたのだろう。
 美沙は今度は村田を探し、病院内を徘徊していた。その間、美沙は今まで自分を虐めていた同僚たちに邂逅すると、首を噛みちぎり、腕や足をもぎ取り、髪の毛をすべて毟り取り、耳を引きちぎり、指をへし折り、顔面を破壊し、内臓を抉り取り、彼女は嬉々と復讐を果てしていったのであった。
 漸く、村田を見つけると快哉を叫びながら彼女の首に噛み付き、そして、首の肉をすべて食い尽くすと、首と胴体を切り離し、喉から手を入れ、肺を取り、そして心臓を取り出した。それを美沙は上を向き、大きな口を開けて食べた。口の中で心臓を噛むとぴゅっと血が噴き出した。
 美沙はこの後、自分の病室へと戻った。しばらくすると、外からパトカーのサイレン音が聞こえ、美沙のいる病室に何人もの警察がやってきて、彼女を連行していったのだ。

 翌日からテレビや新聞はこぞって病院で起きた惨忍な事件を連日取り上げた。
「負傷者は五十二名、死亡した方は二名で全員阿佐ヶ谷総合病院の職員だったということで、小武美沙容疑者は病院になんらかの恨みがあったということでしょうかね、金浦さんいかがでしょう」テレビ画面の中でニュース番組の司会者が腕組みをし、首を傾げながら言った。
「怨恨による犯行と考えるのが自然でしょうね。死亡した早田由紀恵さんと村田和子さんは小武容疑者の元同僚ということですので、被害者の彼女たちになんらかの恨みがあったこと間違いないでしょう。他の負傷者に関しても小武容疑者となんらかの関係はあったんじゃないでしょうかね」元警視庁刑事だという男が自信たっぷりな表情で語っていた。
「小武容疑者は事件当時、心神喪失状態だったという情報も入っていますが、これは罪に問われるんでしょうか」司会者は眉間に皺を寄せながら言った。
「それはこれから精神鑑定が入ってからでないとなんとも言えませんが、負傷者と死者が、これだけ出ていますからね」元刑事の男はその後の言葉を言おうとしたが言いとどまっている様子だった。
「責任能力がないと判断された場合は、誰がこの事件の責任を取るのかも今後注目されるところですね。では、一旦CMかな。CMの後は芸能のコーナーです」そういうと司会者は憤懣が滲み出ている表情から一瞬にして表情を緩め、カメラに屈託のない笑顔を見せた。
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