ストレイキッズ号の約束

稲葉海三

文字の大きさ
上 下
12 / 13

12.反省するふたり

しおりを挟む
 月曜の朝。
 ゆううつな一週間のはじまりである。
 今週中に何とかしないと、おれは家族との再会は、永遠にかなわなくなる。
 おれは『コンシェルジュ』として、『お客さま』のなやみを解決するのが、仕事のはずなのに、『お客さま』を完全に怒らせてしまった。
 車掌さんには、今度こそ『コンシェルジュ』失格だと言われてしまいそうだ。
 部屋を見わたすと、『心技体』の文字が書かれた色紙が目に入る。
 おれは本当に『心』が未熟だ。

 学校につくと、桐谷の姿が目に入るが、話しかける勇気がない。
 むしろ、さけてしまう……。
 さっさと、あやまって仲直りするのが、一番だとはわかっている。
 でも、どうしてもそれをするのがこわい。
「もう、鳴瀬くんの顔も見たくないよ」
 またそうやって、拒絶されてしまうと、もう立ちなおれない。
 桐谷の「顔も見たくない」という言葉が、深くつきささった。
 ショウヘイが何度も話しかけてくるが、すべて適当にしか返事をしていない。
 何もできないまま、日にちだけがすぎていく……。

 あれは、一年前に、この学校に転校した直後だった。
 森田というガキ大将が、おれにからんできた。
「おまえのとこって、家族がいなくなったんだってな」
 どこから聞いたのか知らないが、森田はおれの家族が行方不明になっていたことを知っていた。
「ああっ……そうだ」
 おれはくちびるから血がにじみそうなくらい、かみしめながらこたえた。
 むかついてしょうがないけど、事実だからしょうがない。
 森田はそんなおれを、ニヤニヤ笑いながら見る。
「おまえさ、ひょっとして家族に捨てられたんじゃねえの?」
「…………!」
 一瞬で、おれの頭の中が真っ白になる。
「だってさ、家族がみんな、いなくなるっておかしいじゃん。どこかで、仲よくくらしてるんじゃねえの?」
 そんなわけない! と怒鳴りたかった。
 でも、ひょっとしたら……という気持ちがどうしても消えない。
「おまえって、本当は家族に顔も見たくないほど、きらわれてるんじゃ――」
「うわあああぁぁぁぁっ!」
  がまんの限界だった。
 気づいたら、森田の体が宙にうき、地面にたたきつけてしまった。
 未熟なおれの『心』が、招いてしまった暴力事件。
 家族を信じる強い『心』があれば、あんな言葉なんてはね返せたはずだ。
 後日、森田にあやまりにいったら、顔も合わせずに逃げていった。
 森田がおれを怒らせた内容は知られなかったけど、『若宮小最強』のウワサだけは、広まってしまった。

 あのときの反省を生かせずに、また同じことをくり返してしまった……。
 おれの『心』は、弱いままだ。
 でも、どれだけ後悔しようと、やってしまったことを、なかったことにできない。
 もう、土曜日の午後なので、あやまりに行くなら、今しかない。
 ……よし、行くか!
 おれは桐谷の家に、ふたたび行くことにした。
 まずは、おじさんにあやまる。
 次に、桐谷にあやまる。
 ゆるしてもらえるかはわからないけど、できることからやっていこう。
 ぎりぎりまで時間がかかってしまったが、何とか前向きな気持ちになれた。

 余計なことを考える前にと、ダッシュで桐谷の家の前まで来た。
 ……ハァッ、ハァッ……あれっ?
 庭に好き放題生えていた雑草が、きれいになっている。
 とりあえず、息をととのえ、気持ちを落ちつかせる。
 ためらっている場合じゃない。
 おれは力強く、チャイムのボタンを押す。
 ピンポーンと音が鳴りひびくと、「はーい」と庭の奥から、男の人の声がした。
 すぐに、奥から男の人がきた。
 植木屋さんかな?
 作業着を腕まくりし、高枝きりハサミを持って、庭の手入れをしていたようである。
 いかにも仕事ができますって感じのビシッとした人だ。
「やあ、鳴瀬君か。居間の場所はわかるよね? 悪いけど、すぐに終わらせるから、先に待っててくれるかな?」
 ……まじかよ!
 作業着の男の人は、こないだ、居間で酔いつぶれていた桐谷のお父さんである。
 髪をととのえ、ヒゲもそっているので、見た目がちがう。
 そして何といっても、目が全然ちがう。
 アルコールで濁った目ではなく、今は、目がかがやいて見える。
 人ってこんなに変わるんだなぁ。
「手伝います……いや、手伝わせてください! おねがいします」
 おれがいきおいよくおねがいすると、おじさんはおどろいた顔をしていたが、すぐに、ニッコリと笑った。
「そうかい、助かるよ。私は木の手入れをしておくから、鳴瀬くんは、雑草をたのめるかな?」
「はい、わかりました」
 おじさんに軍手とカマを借りると、おれは草の手入れをはじめる。
 シャカッシャカ、ザクッザクッ。
 おじさんがキャタツに乗りながらハサミで植木の手入れをし、おれはカマで雑草をかる。
 ゴミがたまると、ゴミ袋に入れて、庭のすみにまとめておく。
 家でもやっていたので、おれにとってなれた作業である。
 おじさんがあらかじめ大部分をやっていたので、三十分もたつと、庭はすっかりきれいになった。
 ……きっと、朝からがんばってやっていたんだろうな。
 昼から酒飲んで、ソファで寝転んでいた人とは思えない。
「助かったよ。うちは男手が私しかいなくてね。さ、さ、上がってくれたまえ」
 おじさんに案内されて、居間のソファに座らせてもらう。
 もちろん、酒のビンが転がっていることはない。
 おじさんはかんたんに上着を着替えてくると、向かいのソファに座った。
「あの、優奈さんは?」
 まずは、この家に来たときから、気になったことを聞いてみる。
 顔は合わせにくいけど、逃げているわけにはいかない。
「優奈は今、この家にはいないんだ。妻の実家にいっているよ」
 桐谷がこの家から出ていった。
 おれが余計なことをしたせいじゃ……。
「ああ、ちがう、ちがう。妻に手紙をわたしにいっただけだよ」
 おれの顔を見ると、おじさんは手をヒラヒラとふり、笑う。
「この手紙は私あてだったが、妻あての手紙も書いたらしい」
 そう言っておじさんが取り出したのは、こないだ破いてしまった手紙である。
 封筒も、中に入っていた便せんも、テープでていねいに、補修してあった。
 何が書いてあるかはわからないけど、きれいな字で、びっしりと書いてある。
「こないだは、本当にすみませんでした。ケガはありませんでしたか?」
 ふむ、とおじさんは首をかしげる。
「ちょっとコブになったくらいで、大丈夫だよ。君はあのとき、私に暴力をふるってしまった。そのことをあやまりに来たのかね?」
「はい、そうです。すみません」
 おれは大きく頭を下げる。
「感情にまかせて、暴力をふるう。これは悪いことだとわかるよね? ときにはそれで、取り返しのつかないことが起きてしまう。あのときの私は、最低の父親だったかもしれない。でも、君にも同じ失敗をしてほしくないと思っている」
「はい、おれが未熟でした。じいちゃんには、『心』が未熟だといつも言われてしまう」
 頭を下げているおれをじっと見ていると、おじさんはニッコリと笑った。
「よし、ゆるそう! 君には庭の手入れを手伝ってもらったし。あれで十分だよ」
「ありがとうございます!」
 おれは胸のつかえが取れたような気がする。
 そして、今度はおじさんが、おれに向かって頭を下げる。
「そして、ありがとう。君のおかげで、私は娘に暴力をふるわずにすんだ」
 とめ方は最悪だったけど、せめてそれだけはよかったと思う。
「優奈が暴力をきらっているのを知っているかい?」
「……はい」
 三バカとケンカになりそうなとき、すごくこわがっていた。
「あれは、私のせいなんだ。仕事がうまくいってなくて、妻とケンカしてしまってね。そのとき、つい、ほおをたたいてしまった。それがきっかけで、妻がこの家を出てしまって……優奈には、ずいぶんとつらい思いをさせてしまった」
 桐谷の母さんが出ていった原因が暴力だったのか……。
 それで、桐谷はあんなに暴力がきらいなんだな。
「私は妻が出ていって、すべてをあきらめていた。平日は仕事に没頭し、休日はだらしなく、飲んだくれる。優奈にはすっかりきらわれていると思っていたよ。……でも、この手紙には、優奈がどれだけ私たち家族のことが好きなのか書かれていた」
 おじさんは、いちどは破ってしまった手紙を、大事そうにやさしくなでる。
「おかげで、やり直そうとする決心ができた。この手紙は君の提案だってね。感謝してもしきれないよ。おかげで娘の気持ちを知ることができた」
 失敗を乗りこえて、また前に進もうとするおじさんの姿を、おれはかっこいいと思った。
 別れぎわに、おじさんは「また、いつでも遊びにきなさい」と言ってくれた。
 次は、桐谷の母さんが見られるかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ニューハーフな生活

フロイライン
恋愛
東京で浪人生活を送るユキこと西村幸洋は、ニューハーフの店でアルバイトを始めるが

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

転職してOLになった僕。

大衆娯楽
転職した会社で無理矢理女装させられてる男の子の話しです。 強制女装、恥辱、女性からの責めが好きな方にオススメです!

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

処理中です...