初恋迷路

稲葉海三

文字の大きさ
上 下
8 / 35
3.わたしは信じてるよ!

2

しおりを挟む
 ここ、どこだろ?

 気づいたら、わたしは外にいた。
 キョロキョロとあたりを見回すと、ちょっとした広場にいるみたい。

 ……この景色、見たことあるな。

 広場の地面には、空のペットボトルが、あちこちに立てられていた。

 あ、わかった! 
 昔、わたしとカケルで作った練習場だ!

 ザッザッザッザッ、タンッタンッ。

 今度は、リズミカルな音が聞こえてきた。
 わたしは、この音を知っている。
 昔は、毎日のように聞いていた。
 カケルのドリブルの音だ。
 向こうから、カケルがドリブルしながら、こっちに向かってくるのが見えた。
 ジグザグに、すばやく。
 よどみのない、なめらかな動きで、ペットボトルの間をスイスイと走りぬけていく。
 ボールをペットボトルにぶつけると失格のルールなので、これってすごくむずかしいんだ。わたしもやったことあるんだけど、ぜんぜんできなかった。
 カズトさんが小学生のときに練習していた方法で、カケルもマネしてはじめたんだ。 最初は失敗ばかりしていて、毎日練習しているうちに、少しずつできるようになっていった。
 カケルがゴールのラインを通過したときに、わたしは手にしていたストップウォッチのスイッチを押した。

「どうだった?」
「えっと、18.3秒」
「やった! 新記録だ!」
「すごいよ、カケル! これで次の試合はバッチリだね!」

(ああ、カンペキに思い出した)

 これは、小学4年生のとき。
 カケルのサッカーの練習の手伝いをしていたときだ。
 カケルの身長はわたしより小さく、顔はあどけなくて、かわいらしい。いっしょにいると、歳上の気分になるんだよね。この頃のわたしは、カケルのことを弟みたいに思っていた。カズトさんは、年のはなれたお兄さんって感じ。
 それが、わたしたち3人の関係だった。
 わたしの「次の試合」という言葉に、カケルはうつむいてしまう。

「どうしたの?」

 さっきまで浮かれていたのに、自信なさげな、落ちこんだような顔になる。

「ぼく、才能がないのかな?」
「なんで? 上手くなってるじゃん。そんなわけないって!」

 新記録までだせたのに、どうしてそんなことを言うのか、わたしには、さっぱりわからなかった。

「だって、いくら練習しても、カズ兄のようなプレイはできないし……」

(あ~、そういうことか)

 このときのカズトさんは、ジュニアユースに選抜されるような、ものすごい選手になっていた。

「いくら牛乳を飲んでも、カズ兄のように大きくなれないし……」

 カケルのサッカーのポジションであるフォワードは、体の大きいほうが有利だ。
 体の小さなカケルは、敵チームのメンバーとぶつかると、はじき飛ばされてしまうこともある。
 カケルの身長がのびてくるのは、小学校を卒業するころなんだ。

「ひょっとして、だれかになんか言われた?」
「うん、日向カズトの弟のくせに、下手くそって」

(うわっ、むかつく!)

 その場にいたら、わたしがつかみかかってしまいそうだ。
 カズトさんとくらべてくる人が、必ずいるんだよね。
 そういう人たちの言葉のせいで、カケルは何度も傷つけられた。

(カケルはいっぱい練習してるし、下手じゃない!)

 だけどカズトさんとくらべられるせいで、損をしてしまう。
 わたしはカケルの手を包みこむように、両手でギュッとにぎりしめた。

「お母さんが言っていたよ。好きなことをがんばれる人ってのは、それだけで才能があるんだって。カケルは毎日のようにサッカーの練習をいっぱいしてるから、ぜったいに才能があるよ!」

 カケルをはげましたくて、わたしは必死だった。
 だれかのイヤな言葉に傷ついて、大好きなサッカーをキラいになってほしくないから。

「身長なんて成長期がくればそのうち大きくなるし、サッカーだって練習すれば上手くなれる! カケルは将来、すごいサッカー選手になれるって、わたしは信じてるよ!」
「ホントにそう思う?」
「うん、もちろん!」

 わたしは力強くうなずいてみせた。

「わかった! あずさがそう言ってくれるなら、次の試合もがんばる!」

 カケルもようやく、笑顔を浮かべた。


   ***


 次にカケルが出場した試合は、わたしにとって忘れられないものになった。
 この試合、カケルは後半から出場したんだ。
 最初はなかなかボールが回ってこなくて、敵にもジャマされて苦戦していた。
 だけど、試合終了3分前。
 味方のパスが、ゴール前に高く上がる。
 そしたら、カケルは敵をふりきって、ボールに向かって一直線にダッシュした。
 風を切って走るカケルに、だれも追いつけない。
 グングンとスピードを上げ、背中に翼が生えたかのように、ボールに向かって高くとび上がる。そしてそのまま、空中でボールをけって、シュートをした。
 キーパーはボールにまったく反応できずに、ゴールが決まる。
 これが決勝点となってチームは勝利し、カケルはこの試合のヒーローとなったんだよ。
 カケルがしたシュートは、ジャンピングボレーって言うらしい。一流のプロにしかできないようなシュートなので、みんながおどろいていた。

 ……もっとも、こんなシュートを決めたのは、このときの1回だけなので、まぐれだったと言われちゃったけどね。
 でも、ものすごくカッコよかったんだ。
 わたしはこのときのカケルの姿を、一生、忘れることはないと思う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】貴方の望み通りに・・・

kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも どんなに貴方を見つめても どんなに貴方を思っても だから、 もう貴方を望まない もう貴方を見つめない もう貴方のことは忘れる さようなら

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

【完結】王太子妃の初恋

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。 王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。 しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。 そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。 ★ざまぁはありません。 全話予約投稿済。 携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。 報告ありがとうございます。

理想の王妃様

青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。 王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。 王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題! で、そんな二人がどーなったか? ざまぁ?ありです。 お気楽にお読みください。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

処理中です...