初恋迷路

稲葉海三

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9.おかえり

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 あ、ちょっとスッキリしたかも。
 ……でも、バカはわたしだな。

 やよいちゃんに伝えたい言葉が、次から次へと、胸の奥からあふれてくる。

「失恋って悲しいよね。わたしも体験したことがあるから、やよいちゃんの今の気持ち、少しはわかると思う」

 カケルの気持ちを知って、泣いたことを思い出す。
 恋をしているときは、キラキラとかがやいて見えた世界が、急に真っ暗になっちゃったみたいになるんだ。

「悲しんでいるやよいちゃんに、何もできなくてごめん」

 コウタくんに「そっとしておいて」と言われたことを言い訳に、長い間、見ていることしかしなかった。
 うざがられても、嫌われても、もっと早くに、そばで元気づけてあげたかった。

「だけどすごいよ! やよいちゃんはきちんと好きだという気持ちを伝えて、返事をもらったんだもの」

 わたしにはできなかった。
 それは、とっても勇気のいることだから!

「ねえ、山岸先輩ってすごいんだよ! 5回も失恋したけど、今はステキな彼氏を見つけてラブラブなんだ! わたしたちも、たった1回の失恋ぐらいで、落ちこんでる場合じゃないよ!」

 先輩の言葉に、勇気をもらった。
 おもしろくて、ちょっと変で、とってもやさしい先輩。

「また、好きな人を見つけて、もっといい恋をしようよ! わたしも、がんばるからさ!」

 やよいちゃんといっしょに、前に進みたい。
 こんなことぐらいで、わたしたちはバラバラになりたくない……。

 なるわけがない!

「わたしはね。やよいちゃんがいれば、悲しいことは半分になるし、楽しいことは倍になるよ!」

 だから、だから……、


「また、いっしょに、おしゃべりしようよぉぉぉぉぉぉっ!」


 わたしの絶叫が放送室の中でひびき、すぐにまた、シーンと静まりかえった。

 ハァハァッ……。

 大声をだしすぎたせいで、息が切れる。
 頭が少しボーッとしてきた。
 だけど、胸の中につまったものをすべて吐き出したせいか、どこかスッキリとした気分である。

(やよいちゃん、どう思ったかな……?)

 急に視聴覚室に呼び出されて、わたしに好き放題言われて……。
 ひょっとしたら、完全に嫌われちゃったかもしれない。

 でも、わたしからは、ぜったいに嫌いになってあげないし!

 バタンッ

 放送室のドアが勢いよく、ひらく音がする。
 
(あれっ?)

 まだ早い気がするけど、山岸先輩がもう帰ってきたのかな?

「えっ、えっ、やよいちゃん!?」

 なぜか、やよいちゃんが入ってきた。

(どうして、ここに?)

 ……って、スピーカーから声が聞こえてきたんだから、放送室にわたしがいるなんて、あたりまえだよね。
 やよいちゃんが乗りこんでくるなんて考えなかったので、心の準備ができてない。
 わたしは酸欠の金魚みたいに、口をパクパクさせることしかできなかった。

「あの~、やよいちゃん……えっと、どうだった?」

 おそるおそる、わたしが聞くと、やよいちゃんはニッコリ笑った。
 久々に見たやよいちゃんの笑顔は、すごくかわいくて、わたしの大好きな顔だ。
 そしてその顔のまま、わたしの左右のこめかみにコブシをあてると、グリグリと強くおさえつけてくる。

「だれがバカよ! 言ってくれたわね!」
「イタい、イタい! ごめんなしゃい……」

 頭を左右からしめつけられるイタみに、なつかしい気分になる。
 小学校のときは、わたしがバカなことをして、やよいちゃんによくこうやって、おしおきされていた。

 ……いや、これ、とってもイタいんだけど。

 久々にやよいちゃんと話せて。
 こうやって、ふれあうことができて。
 それが、とてもうれしくて……、また、泣きたくなってしまう。

「まったく信じられないわ! 校内放送で呼び出されて視聴覚室に行ったら、あずさのバカでかい声が、スピーカーから流れてくるし」

 やよいちゃんはため息をついたあと、ちょっと唇をとがらせる。

「だいたい、何よ! たった倍にしかならないの? わたしはあずさといると、10倍以上は楽しいのに……」

(あっ……)

 やよいちゃんが、赤い顔をして、そっぽを向く。
 遠くに行っていた親友が帰ってきたようで。
 たまらなくなって、わたしはやよいちゃんに抱きついた。

「おかえり! やよいちゃん」
「ただいま! あずさ」
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