初恋迷路

稲葉海三

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7.交錯する想い

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「ごめんなさい。ごめんなさい……」
「あやまらないで! あずさちゃんがつらいのは、わかるから。きっとぼくと同じだってね」

 今度はやさしげな、いたわるような目で見られて……。
 わたしはその目を見ていられずに、うつむいてしまう。

「……どうして?」

 わたしは、自分の気持ちをずっと秘密にしていた。
 心の奥底にしまっていたはずなのに……。

「人を好きになるって気持ちを理解したら、いろいろとわかったよ。あずさちゃんが何を考えているのかも。まったく……お互いつらいものだよね」

 コウタくんはあきらめたように、さびしげに笑った。

 ああ、わたしたちの気持ちは、おそらく同じだ。
 わたしたちの恋は、永遠にとどかないけど……。

 せめて、好きな人には幸せになってほしいなって。

「あまってしまったぼくたちで、カップルになれれば、きっと幸せなんだろうね」

 コウタくんはかわいた声で、そんなことを言った。

 今日一日で、コウタくんとは、すごく仲よくなれたと思う。
 もう少しいっしょにいれば、親友になれるかもしれない。
 本当にやさしくていい人で、わたしなんかには、もったいないくらいのステキな人だ。

 でも……、

「わたしは、コウタくんとは付き合えないよ」

 わたしたちの間には、好きという気持ちがない。
 ちょうどよく、ふたり組ができたからって、カップルにはなれない。
 恋って、そんなに単純なものじゃないんだ。

「そうだね。好きになる人を自由に選べない。恋ってむずかしいよ」

 ふたりでため息をつきながら、小さく笑った。
 コウタくんは、うーんと大きくのびをすると、ベンチから立ち上がる。

「さ、そろそろ時間だし、行こうか?」
「うん」

 わたしたちは、集合場所に向かって歩いていく。
 新しく誕生したカップルを、祝福するために。

「ぼくたちの気持ちは秘密。ふたりのことを、笑顔でお祝いしてあげようね」
「もちろん!」

 わたしは意識して明るい声で、力強く返事をした。
 さっきまでの話は、おしまい。

 ふたりに気づかれては、ぜったいにダメ!

   *

 集合場所の近くまで行くと、やよいちゃんが休憩所のベンチに座っているのが見えた。
 でもその姿を見て、わたしは頭がクラクラしてきた。

 なんで?

 どうして?

 こんなことになってるの!!!

 想像していた光景とはまったくちがい、やよいちゃんがうつむいて、悲しげに泣いているのだ。
 告白の結果なんて、聞くまでもない。
 カケルはやよいちゃんのそばに立ちながら、困っているようだ。
 あたりの人は、泣いているやよいちゃんのことを見て、ひそひそと話をしたり、クスクスと笑っている人までいた。
 すっごくイヤな感じだ。

(なんとかしないと!)

 やよいちゃんのところに、行こうとしたときだった。

「今日はここで解散しよう。やよいのことは、ぼくにまかせてほしい!」

 コウタくんの言葉は、有無を言わせないハクリョクがあった。
 そしてわきめもふらず、やよいちゃんのもとへとすぐに近づくと、

「やよい、帰るよ」

 そう言って、コウタくんはやよいちゃんの手をつかんで、強引に立たせた。

「おい、あまり乱暴なことは――」
「――だまれよ!」

 コウタくんは、カケルの手をピシャリとふりはらう。
 普段のコウタくんからは信じられないような、燃えるような瞳で、カケルのことをにらみつけている。
 カケルは手をおさえて、呆然としていた。
 だけどコウタくんはすぐに、ハッとしたようにあやまる。

「……ごめん。ここにいると、やよいがもっと傷つくから。このまま、連れて帰らせて」

 そして、なかば引きずるように、やよいちゃんのことを連れていった。
 1秒でも早く、この場から立ち去らせようと。
 強引だけど、コウタくんはやよいちゃんのことを、全力で守ってくれたようである。
 やよいちゃんたちがいなくなると、あたりの人も関心をなくしたように去っていく。
 わたしたちも、このまま、ここにいてもしょうがない。

「帰ろうか」
「……ああっ」

 わたしたちはそれっきり、何も話さない。
 遊園地の出口に向かって、だまってふたりで歩く。

 いつのまにか、黒い雲が、空をおおいつくそうとしていた。
 入り口の花でかざられた色あざやかなアーチをくぐると、悲しい気持ちがこみ上げてくる。

 行きはあんなに楽しい気分だったのに……。

 どうして……こうなっちゃったんだろう。
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