初恋迷路

稲葉海三

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4.やよいちゃんの初恋

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「それでね、消毒しようとしたらダメだって! 水で流して、ワセリンをぬってガーゼを巻くと、あとが残らないらしいの。日向くんはサッカーでケガをよくするから、くわしいらしいわ」

 やよいちゃんは、さっきからカケルの話をずっとしている。
 カケルはひざをケガしたやよいちゃんを、保健室に連れていったのだ。
 やよいちゃんを囲んでいた女子たちは、あのあと、あやまりにきた。
 順位が落ちたことで、やよいちゃんをせめていたみたい。
 やよいちゃんがゆるしたので、この件はこれでおしまいってことになった。

 すべてのことがいい感じにおさまっているのに、どこかわたしの心にポッカリと穴が空いているような……。
 さっきから、やよいちゃんの言葉を上の空で聞き流してしまっている。
 やよいちゃんは、そんなわたしにおかまいなしに、興奮したようにカケルのことを話しつづけていた。

「そろそろね」
「……あ、うん」

(いけない、集中しないと!)

 いよいよ男子の選抜リレーがはじまる。
 現在の5組の順位は3位だ。
 他の組の順位次第だけど、リレーで1位をとれば、逆転優勝の可能性はある。
 わたしたちは固唾をのんで見守っていた。
 スタートのホイッスルとともに、5人の男子がいっせいに走りだす。
 選抜された男子だけなので、みんなすごく速い。
 ビュンビュンとトラックをかけていく

「いけー!」
「がんばれー!」

 たくさんの声援が飛び交っている。
 わたしも、声がかれるくらいがんばって応援していた。
 だけどうちのクラスは、少しずつ先頭からおくれていく。
 第3走者が走っているときには、ついに最下位になってしまった。
 うちのクラスは、陸上部がいないせいで、不利なんだよね。
 だけどみんなのがんばりで、圧倒的なビリというわけではなく、なんとか4位の背中に食らいついている。

「……きびしいね」
「でも、コウタと日向くんなら」

 ふたりの出番は最後。
 八代くんが最後から2番目で、カケルはアンカーだ。
 結局、順位は変わらずに、最下位のまま八代くんがバトンを受けとる。

 だけどここから、うちのクラスの快進撃がはじまった。
 八代くんは軽快な走りをみせ、4位の男子を抜かした。

「いいぞー、コウター!」

 やよいちゃんが、大きな声で応援している。
 なんだか、さっきからテンションが高くて、やよいちゃんが別人のようである。
 いつものクールなやよいちゃんは、どこかへいってしまった。
 
(カケルとふたりのときに、なにかあったのかな?)

 ある予感が……いや、もう確定だよね。
 八代くんはがんばったけど、残念ながら3位にはとどかなかった。
 ギリギリまで、せまったけどね。
 アンカーであるカケルに、バトンをたくす。

「たのむ!」
「まかせろ!」

 ふたりはそんな感じの言葉を、かわしたっぽい。
 声援でかき消されてなにも聞こえなかったけど、口が動いたのが見えたので、そんな気がした。

「す……すごい」
「うん」

 本気で走ったカケルは、サッカーをしていたときは、だれも追いつけなかったくらい速い。
 八代くんも速かったけど、カケルは次元がちがった。
 スタート直後には、もう3位の男子を追い抜いた。
 エンジンに火がついたようにグングンと加速していき、トラックの半周をしたところで、2位の男子も追い抜いた。

 アンカーはトラックを1周するので、残りは半周。
 カケルの顔がけわしくなり、1位の男子の背中をにらみつけると、さらにスピードを上げた。
 声援が大きくなる。
 じょじょに差がちぢまってきて、ついには最後の直線でカケルは、トップの男子のすぐうしろまでせまった。
 声援が最高潮になる。
 わたしたちも、必死に声を上げた。

 ゴール前でふたりは、ほぼ横にならんだ状態になり……。
 ゴールのテープを切ったのは、カケルの胸だった。

「やった! やったよ! 日向くんが勝った」

 やよいちゃんが顔を真っ赤にし、うっすらと涙を浮かべながら、よろこびの声を上げる。

「わたしね……」

(おねがい、言わないで……)

 やよいちゃんの次の言葉はわかる。
 ずっとそれを望んでいたはずなのに。
 そうなるように、仕向けていたはずなのに。
 胸がどうしようもなく苦しくて、切なくて……。

「日向くんのことが……好きになっちゃった」

(ああっ、やっぱり。こうなっちゃうよね……)

 やよいちゃんが不安げな表情で、わたしを見ていた。
 
(しっかりしなさいよ、あずさ! 心の準備はしていたでしょ!)

 わたしはおどろいた表情を作った。

「そうなんだ……びっくりしちゃったな。でも、やよいちゃんのためだもんね。上手くいくように、わたしも全力で協力するよ」

 そして、やよいちゃんを安心させるように、明るく笑ってみせた。

「わたし、こんな気持ちはじめてで……。どうしたらいいのか、わからなかったの。ありがとう、あずさ!」

 やよいちゃんにきつく手をにぎられ、ブンブンと振り回される。
 リレーが終わったばかりなので、まだ運動場は大騒ぎ。
 わたしたちのように、よろこびあっている生徒はたくさんいる。
 視界のはしに、クラスのみんなにもみくちゃにされているカケルが見えた。


 運命って、やっぱりあるのかな?

 わたしが協力する必要なく、自然と両想いになるふたり。
 いくらがんばっても、報われなかったわたしの初恋。

 きっとわたしの恋は、運命に祝福されなかったんだ。
 わたしはこの想いを、心の奥にある箱にしまって、しっかりとカギをかけた。
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