初恋迷路

稲葉海三

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プロローグ

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 小学5年生のある日。
 わたしは、幼なじみの日向カケルといっしょに、トランプで遊んでいる。
 わたしの部屋でふたりっきり。
 床に置いたクッションに座っていた。

「ううっ……。わかんないよ」

 カケルは床にならべてあるトランプのカードを見つめて、頭をかきながら困っている。
 その姿がなんだかかわいくて、わたしは思わずニヤけてしまう。


 あ、わたしの名前は、桜井あずさ。
 カケルと同い年で、10歳だよ。
 家がとなり同士だから、わたしとカケルは、よくいっしょに遊ぶんだ。
 カケルのサッカーの練習がない日は、だけど。
 カケルはサッカーが大好きで、すべてにおいて、サッカーが優先。
 サッカーの練習があるときは、わたしがいくらさそってもことわるんだ。
 だけど、それだけ夢中になれるものがあるって、いいよね。
 サッカーが大好きで、心からサッカーを愛してるって感じ。
 サッカーをしているときのカケルは、キラキラとかがやいてて。
 わたしはそんなカケルを、応援するのが大好きなんだ。


 それで、今、わたしたちがしているのは、『神経衰弱』だよ。
 ふせられたカードを2枚めくって、同じ数字だと自分のものになるっていう単純なゲーム。
 それで次は、カケルの番ってわけ。

「6の位置は、ここだったはず……」

 カケルは迷いながら、床にならべられていたカードを、ゆっくりめくると……。


 1枚目は、スペードの6。
 2枚目は、ダイヤの2。


「残念、ハズレだよ!」
「うわっ! また、まちがえた!」

 カケルは頭をかきむしって、くやしがっている。
 ちがう数字のカードをめくってしまったので、カケルの番は終わり。
 めくったカードを元にもどすと、今度はわたしの番。
 のこされたカードの番号は、今のカケルのミスですべてわかった。

「あはははっ、ハートの6は、その下だよ。あとは、こことそっちで……」

 わたしは勝利を確信しながら、残っているカードを次々と、とっていく。
 5組のカードを連続でとったら、カードがなくなってしまい、ゲームは終了となった。

「さあ、これで終わり。結果は……、数えるまでもないよね」
「……うっ」

 カケルが手にしているのは、数組のカード。
 わたしの前には、大量のカードがつまれていた。
 どっちが多いかなんて、数える必要はない。見ただけでわかるもの。
 カンゼン! カンペキ! わたしの大勝利!

「じゃあ、わたしの勝ちってことで。カケルは罰ゲームだね」
「……わかったよ。なにをすればいいの?」

 カケルはあきらめたように言った。

(ふふっ、ここからが、本番なの!)

 このトランプの勝負には、負けたときの罰ゲームを決めていた。
 罰ゲームの内容は。

【負けた人は、勝った人の命令を、ひとつだけ聞くこと!】

 カケルにとっては、ただの遊びのつもりだったかもしれない。
 だけど、わたしにとっては、ちがったんだ。
 これは、なにがなんでも勝たないといけない真剣勝負。

(勝ったときに命令することも、ずっと前から、決めていたんだから!)

「それじゃ、命令するね……。【好きな人の名前を言いなさい!】」

 わたしの言葉に、カケルの顔がサッと青ざめる。

「そんなの、できるわけないよ!」

 カケルは首をブンブンとふって、罰ゲームを拒否する。

(もちろん、そんなことはゆるさない!) 

「あっ、ずるーい! 負けたら、なんでも言うことを聞くってルールでしょ? サッカーでもルールを守るのは大事だと、いつも言ってたじゃん」
「そうだけどさ……。ぼく、好きな人なんて、いないから」
「ウソ! カケルはぜったいに、好きな人がいるでしょ!」
「うっ……」

 カケルは、わきに置いてあったサッカーボールを右手でいじりながら、目をそらした。
 耳の先が、ほんのりと赤くそまっている。

(さあ、言っちゃいなって。わたしのこと、好きなんでしょ?)

 カケルの気持ちは、わかっている。
 だけど、カケルったら度胸がなくて、なかなか告白してこないんだよね。
 じれったいから、こうやって告白させちゃおうってわけ。
 わたしはね、カケルのことが好きっていうか……。
 カケルが真剣にサッカーをしている姿は、ときどき、カッコいいと思うこともあるし。
 がんばり屋だし、やさしいところもあるし……。
 カケルがどうしてもって言うなら、つきあってあげてもいいかなー、って感じ。
 しょうがないからね。しかたなく、つきあってあげるだけだよ。
 ああ、わたしって、なんてやさしくて、いい子なんだろう。

「……わかったよ」

 わたしの顔を、まっすぐに見つめてくるカケル。
 トクンッ。
 わたしの心臓が高鳴った。
 カケルの真剣な瞳は、いつもよりするどくて、カッコいい。
 いよいよ、告白のときみたい。
 トクンッ、トクンッ、トクトクトクトクッ。
 心臓がこわれたように、早鐘を打つ。

 ……おかしい。
 こんなはずじゃ、なかった。

 カケルの告白を、大人の女の人っぽく、ヨユーの笑顔で受けとめる。
 それが、わたしの計画だったはず。
 でも、今のわたしは、最高に緊張している。
 このままだと、心臓が爆発しちゃいそうだ。
 もう、計画なんてどうでもいい。
 さあ、早く、わたしに告白し――。

「――ぼくは、如月のことが好きだ!」

(えーっーーー!!! わたし……じゃ……ない……)

 わたしは心の中で、絶叫する。
 カケルの口からでてきたのは、予想外の名前。
 頭の中は、大パニック。
 目をまんまるにして、口をポカーンとあけ。
 さぞかし、まぬけな顔になっていただろうね。

 カケルが好きと言ったのは、如月やよいちゃんという名前の女の子。
 かわいくてやさしくて頭のいい、カンペキな女の子。
 わたしの……いちばんの親友。

(そっか……カケルはやよいちゃんのことが、好きだったんだ……)

 カケルのことをわかっていたつもりで、わたしはなにもわかってなかったみたい。
 カケルは、わたしのことが大好きだなんて、思い上がっていて。
 わたしって、本当にバカだ!

 それと、このとき、わかっちゃったんだよね。
 わたしの……本当の気持ち。
 しょうがないから、つきあってあげようか、みたいな気分だったけど。
 わたしは本当に、カケルのことが好きだったみたい。

 これが、わたしのはじめての恋。

 ……そして、はじめての失恋。
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