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29.マフィンは王子に食べられた(2)
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「えぇ? マフィンを食べれなかったから、また作ってほしい?」
その日の夕方、肩をがっくり落としたレオナード様は、帰宅後すぐに私の部屋に来た。
どうやら、持って行ったマフィンを一つも食べることができず、私にもう一度作ってほしいらしい。
「マフィン、落っことしちゃったんですか?」
「違う」
レオナード様は、一度大きなため息をついた。
「第三王子に食べさせたんだ」
「第三王子? そういえば、一緒に遠征に行くって言ってましたけど……」
「急に現れた魔物に対応できず、かなりの大けがを負ったんだ。あいつはすぐ無茶するからな」
「あ、あいつ……」
騎士団に入団したがっているとはいえ王子をあいつ呼ばわりするなんて。よっぽど仲がいいのかしら。
「それで、王子様は無事なんですか?」
「ああ、マフィンをふたつ食べたら傷がふさがってな。なのにうまいと言って、目を離した隙にすべて食べてしまったんだ」
レオナード様は悔しそうにこぶしを握りしめている。
いやいや、そこまでではないでしょうよ。
「緑色のマフィンが、気持ち悪い見た目のわりにうまいと言っていた。俺も食べたい」
「気持ち悪いって……」
失礼な。貴重な東国の食材を使ったのに。
それにしても、お菓子大好きレオナード様だって我慢するときはできるらしい。
先日、ミストが瘴気のせいで倒れたときも、ほとんど文句を言わなかった。
……なんだか、それって当然のことな気もするけど。
たださすがにずっと我慢させるのも可哀そうなので、抹茶とチョコのマフィンを作ってあげることにした。
「ミストにも少しあげてくださいね」
作ったマフィンをのせたお皿をレオナード様の前に置く。
今にもすべて食べつくそうとする彼に、一応釘も刺しておく。
「……分かっている」
分かっていなかったらしい。
ミストの分、と、味違いをひとつずつだけ端にやった。
「いただきます」と、緑色の”気持ち悪い見た目”と言われた抹茶味から食べた。
「こ、これは……!」
大げさに感動したレオナード様は、残っていた抹茶マフィンもすべて口へ放り込んだ。
どうやら、かなりお気に召したらしい。
「ほろ苦い。これぞまさにオトナの味……。どこか落ち着くこの香り、これが抹茶というものか」
「はい。抹茶は本来飲み物だそうですが、その粉末を使ったお菓子は特に大人に人気らしいですわ」
「そうか。いずれ飲み物のほうも飲んでみたいな」
と、階段をおりる慌ただしい足音が聞こえる。
「ちょっと! 私のぶんは!? おじさん、全部は食べてないよね?」
お菓子の匂いにつられて、ミストがやってきた。
ひとつずつしか残されていないのを見てムッとしたが、なにかを思い出したようにむくれた顔をやめた。
たぶん、瘴気の森でのことを思い出したのね。レオナード様がお菓子を譲ってくれたことを。
「この、緑色のはなに?」
おぞましいものでも見るかのように、ミストは抹茶マフィンを指さした。
ひと通り説明すると、くんくん匂いを嗅ぎ、目をつむって一口食べた。
「……」
一口目で大喜びしていたレオナード様とは違い、ミストは可愛らしい顔をぎゅっとしかめている。
「これは、苦いね」
「ふっ」
レオナード様は小ばかにしたように鼻で笑うと、自分のチョコマフィンをひとつ渡した。
「これと交換だ」
どうやらレオナード様は抹茶マフィンがとても気に入ったみたいね。
対して、ミストは好みの味ではなかったらしい。
「子どもには分かるまい」
少しカッコつけたように、レオナード様は言った。
……お菓子でこんなに喜ぶ時点で、レオナード様も大人といえるか怪しいですけどね。
その日の夕方、肩をがっくり落としたレオナード様は、帰宅後すぐに私の部屋に来た。
どうやら、持って行ったマフィンを一つも食べることができず、私にもう一度作ってほしいらしい。
「マフィン、落っことしちゃったんですか?」
「違う」
レオナード様は、一度大きなため息をついた。
「第三王子に食べさせたんだ」
「第三王子? そういえば、一緒に遠征に行くって言ってましたけど……」
「急に現れた魔物に対応できず、かなりの大けがを負ったんだ。あいつはすぐ無茶するからな」
「あ、あいつ……」
騎士団に入団したがっているとはいえ王子をあいつ呼ばわりするなんて。よっぽど仲がいいのかしら。
「それで、王子様は無事なんですか?」
「ああ、マフィンをふたつ食べたら傷がふさがってな。なのにうまいと言って、目を離した隙にすべて食べてしまったんだ」
レオナード様は悔しそうにこぶしを握りしめている。
いやいや、そこまでではないでしょうよ。
「緑色のマフィンが、気持ち悪い見た目のわりにうまいと言っていた。俺も食べたい」
「気持ち悪いって……」
失礼な。貴重な東国の食材を使ったのに。
それにしても、お菓子大好きレオナード様だって我慢するときはできるらしい。
先日、ミストが瘴気のせいで倒れたときも、ほとんど文句を言わなかった。
……なんだか、それって当然のことな気もするけど。
たださすがにずっと我慢させるのも可哀そうなので、抹茶とチョコのマフィンを作ってあげることにした。
「ミストにも少しあげてくださいね」
作ったマフィンをのせたお皿をレオナード様の前に置く。
今にもすべて食べつくそうとする彼に、一応釘も刺しておく。
「……分かっている」
分かっていなかったらしい。
ミストの分、と、味違いをひとつずつだけ端にやった。
「いただきます」と、緑色の”気持ち悪い見た目”と言われた抹茶味から食べた。
「こ、これは……!」
大げさに感動したレオナード様は、残っていた抹茶マフィンもすべて口へ放り込んだ。
どうやら、かなりお気に召したらしい。
「ほろ苦い。これぞまさにオトナの味……。どこか落ち着くこの香り、これが抹茶というものか」
「はい。抹茶は本来飲み物だそうですが、その粉末を使ったお菓子は特に大人に人気らしいですわ」
「そうか。いずれ飲み物のほうも飲んでみたいな」
と、階段をおりる慌ただしい足音が聞こえる。
「ちょっと! 私のぶんは!? おじさん、全部は食べてないよね?」
お菓子の匂いにつられて、ミストがやってきた。
ひとつずつしか残されていないのを見てムッとしたが、なにかを思い出したようにむくれた顔をやめた。
たぶん、瘴気の森でのことを思い出したのね。レオナード様がお菓子を譲ってくれたことを。
「この、緑色のはなに?」
おぞましいものでも見るかのように、ミストは抹茶マフィンを指さした。
ひと通り説明すると、くんくん匂いを嗅ぎ、目をつむって一口食べた。
「……」
一口目で大喜びしていたレオナード様とは違い、ミストは可愛らしい顔をぎゅっとしかめている。
「これは、苦いね」
「ふっ」
レオナード様は小ばかにしたように鼻で笑うと、自分のチョコマフィンをひとつ渡した。
「これと交換だ」
どうやらレオナード様は抹茶マフィンがとても気に入ったみたいね。
対して、ミストは好みの味ではなかったらしい。
「子どもには分かるまい」
少しカッコつけたように、レオナード様は言った。
……お菓子でこんなに喜ぶ時点で、レオナード様も大人といえるか怪しいですけどね。
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