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9.戦勝国の王妃
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「父上、リリアナを連れてきた」
「うむ。リリアナ、此度は国の窮地を救済してくれたと聞いた。誠にありがとう」
リリアナは突然の国王との邂逅に加え、その国王に頭を下げられたことに驚愕する。
国王は白いひげを口元にたくわえ、少しだけ威厳がある。
しかし、黒い瞳の奥には優しいあたたかみを感じ、親子だなあと感心した。
あまり怖くないその見た目に、緊張がほぐれた。
「いえ、私にできることをしたまでです。みなさんを助けられてよかったです」
「そうか。――堅苦しいのはここまでにしよう。わしは苦手なんじゃ、そういうの」
アーロンと似たようなことを言う国王を見て、リリアナは冒険者の国ドーバン王国へと思いを馳せた。
アーロンとマデリンがいつかくっつくといいな。なんて思っていると、セオドラに横腹を小突かれた。
集中していないことがばれたらしい。
「それでな、これはお願いなんだが、わしの妃――ローレルも救ってやってくれないか」
国王は説明した。
隣国との戦争が終わってから、王妃の様子がおかしいらしい。
お気に入りのお菓子すら食べず、部屋からも出てこない。なにをしているのか見てみると、ずっと眠っているか、ボーッと空を眺めている。
「もしかすると、ローレルも呪いをかけられたのかもしれん。リリアナ、見てやってはくれぬか」
大国の国王でも、ひとりの妻を想う気持ちがこんなにあるのか。
リリアナは不思議に思った。
聖教国にいたころ、自分は確かに一番えらい人である大聖女とよく話をした。それでも、”尊敬”の念は起きなかったのだが――――。
「分かりました。私がなんとかできるかは分かりませんが、全力を尽くします」
国の偉い人というのは、不正を働き、人の功績までも奪う、そういう利己的な人ばかりだと思っていた。
実際、聖教国はそうだったから。
しかし、この国の王子は民のために自ら危険を冒して聖魔法の使い手を探す旅に出た。
国王は、国民の呪いをといたリリアナに頭を下げて感謝し、愛する人のことを想っている。
「ここは、いい国だね」
国王が自室に帰った廊下で、リリアナはセオドラにそういった。
「それは、そうかも」
セオドラは少し照れたように、でも嬉しそうに返した。
「じゃあ、母上の部屋に入るよ。あ、母上は少し……かなり? 気難しい人だけど、めげないでね。じゃ、心の準備は?」
「え? いまそれ言う? ふう。あ、待って。さすがにライムを――」
魔物の姿をしたライムを、王妃の寝室に入れるわけにはいかない。
そう思ってライムを胸元から取り出したが――
「あら」
王妃の寝室の扉は開かれてしまった。
さらには、いつも寝ているはずの王妃が、しっかり起きている。
「ス、スライム……?」
そして、王妃はしっかりスライムを見ている。
リリアナは、聖教国で「魔物と友達だなんて」と言われたことを思い出した。
ノーヴィア王国に来る途中の馬車で、セオドラがあまりにも自然にライムの存在を受け入れたので、感覚がくるっていた。
ライムは悪くないが、魔物(の姿をした精霊王)を王妃様が見たら、きっと大変なことになる、終わった。
リリアナはそう思ったが――
「まあ、まあ! スライムね、本物ね?」
なにやら、喜んでいる。
元気そうだし、スライムを見て喜ぶ姿はとても気難しそうには見えない。
「母上……?」
「そこの娘、こちらにスライムを」
「あ、はあ……」
やや、気難しそう。リリアナはとっさにそう感じた。
「そこの娘」と呼ばれたリリアナは、恐る恐るライムを近づける。
王妃のほうも恐る恐る手を近づけ、プルン! とライムを触った。
「いてっ!」
「あら? あなた、なにか言った?」
痛みのあまりライムは声を出してしまったが、王妃はまだ気づいていない。
しかし、むにぃと揉みしだかれるライムは、ついつい大きな声で言ってしまった。
「あひゃひゃ、こしょばいい、ひゃひゃひゃ」
「まあ!?」
しゃべるスライム。
聞いたこともない魔物を目にし、心を躍らせる王妃は、確かに頬がこけ、痩せているのが見て取れた。
「母上、この人は戦争後の呪いをといてくれたリリアナですよ」
「あら。そうなの? ふたりで話がしたいわ」
言外に「セオドラは部屋から出ていけ」と言われ、彼は従った。
リリアナは助けてと目で訴えたが、にこりと微笑んで出て行ってしまった。
「それで。あなたの望みはなに? お金? 地位?」
「……はい?」
スライムを豊かな胸の前で抱きしめながら、王妃は睨みを効かす。
王妃は立場上、疑いから相手と接するため、リリアナの純粋な好意もまるでなにかを求める乞食のそれのように見えていた。
「私は――」
「分かったわ、セオドラね。確かにいま婚約者はいないけれど、あなたのようなどこぞの馬の骨だか分からないような人に息子は渡さなくてよ。それに王弟であられるあのお方が、あなたを甥っ子の妻として認めるはずが――」
セオドラと一緒に部屋に来たのも、きっと婚姻の許しを得るためだ。
そう決めつけた王妃は、矢継ぎ早にリリアナを責め立てる。
「いえ、私はなにも求めていません。王妃様のことをご心配なさっている王様に、ここに王妃様のご様子を見るよう頼まれました」
「ふん。そんなものいらないわ。このスライムだけ置いて消えなさい」
リリアナは思った。”やや”じゃない。かなり気難しい王妃様だ。
ここは、無理にとどまって状況を悪化させてはいけない。
リリアナは言われたとおりにライムを置いて部屋を退出した。
「どうだった?」
心配そうに、部屋から出てきたリリアナに声をかける王子。
「ごめん、もう少し説明すべきだったよね。嫌な思いしたかな」
しかしリリアナの口から発せられたのは、王妃のことについてだった。
「呪いではないわ。心の病よ」
「うむ。リリアナ、此度は国の窮地を救済してくれたと聞いた。誠にありがとう」
リリアナは突然の国王との邂逅に加え、その国王に頭を下げられたことに驚愕する。
国王は白いひげを口元にたくわえ、少しだけ威厳がある。
しかし、黒い瞳の奥には優しいあたたかみを感じ、親子だなあと感心した。
あまり怖くないその見た目に、緊張がほぐれた。
「いえ、私にできることをしたまでです。みなさんを助けられてよかったです」
「そうか。――堅苦しいのはここまでにしよう。わしは苦手なんじゃ、そういうの」
アーロンと似たようなことを言う国王を見て、リリアナは冒険者の国ドーバン王国へと思いを馳せた。
アーロンとマデリンがいつかくっつくといいな。なんて思っていると、セオドラに横腹を小突かれた。
集中していないことがばれたらしい。
「それでな、これはお願いなんだが、わしの妃――ローレルも救ってやってくれないか」
国王は説明した。
隣国との戦争が終わってから、王妃の様子がおかしいらしい。
お気に入りのお菓子すら食べず、部屋からも出てこない。なにをしているのか見てみると、ずっと眠っているか、ボーッと空を眺めている。
「もしかすると、ローレルも呪いをかけられたのかもしれん。リリアナ、見てやってはくれぬか」
大国の国王でも、ひとりの妻を想う気持ちがこんなにあるのか。
リリアナは不思議に思った。
聖教国にいたころ、自分は確かに一番えらい人である大聖女とよく話をした。それでも、”尊敬”の念は起きなかったのだが――――。
「分かりました。私がなんとかできるかは分かりませんが、全力を尽くします」
国の偉い人というのは、不正を働き、人の功績までも奪う、そういう利己的な人ばかりだと思っていた。
実際、聖教国はそうだったから。
しかし、この国の王子は民のために自ら危険を冒して聖魔法の使い手を探す旅に出た。
国王は、国民の呪いをといたリリアナに頭を下げて感謝し、愛する人のことを想っている。
「ここは、いい国だね」
国王が自室に帰った廊下で、リリアナはセオドラにそういった。
「それは、そうかも」
セオドラは少し照れたように、でも嬉しそうに返した。
「じゃあ、母上の部屋に入るよ。あ、母上は少し……かなり? 気難しい人だけど、めげないでね。じゃ、心の準備は?」
「え? いまそれ言う? ふう。あ、待って。さすがにライムを――」
魔物の姿をしたライムを、王妃の寝室に入れるわけにはいかない。
そう思ってライムを胸元から取り出したが――
「あら」
王妃の寝室の扉は開かれてしまった。
さらには、いつも寝ているはずの王妃が、しっかり起きている。
「ス、スライム……?」
そして、王妃はしっかりスライムを見ている。
リリアナは、聖教国で「魔物と友達だなんて」と言われたことを思い出した。
ノーヴィア王国に来る途中の馬車で、セオドラがあまりにも自然にライムの存在を受け入れたので、感覚がくるっていた。
ライムは悪くないが、魔物(の姿をした精霊王)を王妃様が見たら、きっと大変なことになる、終わった。
リリアナはそう思ったが――
「まあ、まあ! スライムね、本物ね?」
なにやら、喜んでいる。
元気そうだし、スライムを見て喜ぶ姿はとても気難しそうには見えない。
「母上……?」
「そこの娘、こちらにスライムを」
「あ、はあ……」
やや、気難しそう。リリアナはとっさにそう感じた。
「そこの娘」と呼ばれたリリアナは、恐る恐るライムを近づける。
王妃のほうも恐る恐る手を近づけ、プルン! とライムを触った。
「いてっ!」
「あら? あなた、なにか言った?」
痛みのあまりライムは声を出してしまったが、王妃はまだ気づいていない。
しかし、むにぃと揉みしだかれるライムは、ついつい大きな声で言ってしまった。
「あひゃひゃ、こしょばいい、ひゃひゃひゃ」
「まあ!?」
しゃべるスライム。
聞いたこともない魔物を目にし、心を躍らせる王妃は、確かに頬がこけ、痩せているのが見て取れた。
「母上、この人は戦争後の呪いをといてくれたリリアナですよ」
「あら。そうなの? ふたりで話がしたいわ」
言外に「セオドラは部屋から出ていけ」と言われ、彼は従った。
リリアナは助けてと目で訴えたが、にこりと微笑んで出て行ってしまった。
「それで。あなたの望みはなに? お金? 地位?」
「……はい?」
スライムを豊かな胸の前で抱きしめながら、王妃は睨みを効かす。
王妃は立場上、疑いから相手と接するため、リリアナの純粋な好意もまるでなにかを求める乞食のそれのように見えていた。
「私は――」
「分かったわ、セオドラね。確かにいま婚約者はいないけれど、あなたのようなどこぞの馬の骨だか分からないような人に息子は渡さなくてよ。それに王弟であられるあのお方が、あなたを甥っ子の妻として認めるはずが――」
セオドラと一緒に部屋に来たのも、きっと婚姻の許しを得るためだ。
そう決めつけた王妃は、矢継ぎ早にリリアナを責め立てる。
「いえ、私はなにも求めていません。王妃様のことをご心配なさっている王様に、ここに王妃様のご様子を見るよう頼まれました」
「ふん。そんなものいらないわ。このスライムだけ置いて消えなさい」
リリアナは思った。”やや”じゃない。かなり気難しい王妃様だ。
ここは、無理にとどまって状況を悪化させてはいけない。
リリアナは言われたとおりにライムを置いて部屋を退出した。
「どうだった?」
心配そうに、部屋から出てきたリリアナに声をかける王子。
「ごめん、もう少し説明すべきだったよね。嫌な思いしたかな」
しかしリリアナの口から発せられたのは、王妃のことについてだった。
「呪いではないわ。心の病よ」
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