能力が舞い戻っちゃいました

花結 薪蝋

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【本章】異端と天災の力比べ

【19】暁人の部屋

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 放課後、麻莉奈と花壇の水遣りをし終えた暁人は、自室のベットに寝転び天井のシミを数えていた。
するとピンポーンと、チャイムを鳴らす音がした。

(誰だろう……)

暁人は考えを巡らせた。
麻莉奈か、友達の誰かか、と思いつつも、可能性の片隅にちらつく少女の姿。

(まさか……。まさか!?)

ドタドタっと慌てて立ち上がった暁人は、近くに積み上げていた本や書類を豪快にぶち撒け、男にとって見せられないものがちゃんとクローゼットの奥底にしまわれているか確認すること5秒。

もう一度、ピンポーンと鳴ったときには、ガチャリとドアを開けていた。

「こ、こんにちは……」

疾しい気分で顔を出した暁人を見て、知ってか知らずか彼女はーーー世界は変な顔をした。
暁人は夢でも見ているような心地で、いや夢だと思って目を擦った。
いくら擦っても、眼前の世界はムスッとした様子のまま突っ立っていた。

(本物だ!)

暁人は驚いた。

「……」

ぼけっとする暁人に、世界は言いにくそうに口をつぐんだまま。

「なにかあったの?創始さん」

思ったよりまともな声で話せた暁人。

もう大丈夫なのか、とか、今まで何してたのか、とか、ちゃんとご飯食べていたのか、を聞きたい気持ちに蓋をして、世界の返答をゆっくり待つと彼女は視線を合わさず言った。

「勉強を教えてほしい」

頼られた!と目を輝かせた暁人だが、内心では強く戸惑っていた。
それでも笑顔で、言う。

「もちろん!今からでもいいけど、創始さん、どうする?」

「……教材は持ってきた」

世界の肩に掛かった鞄を見て、ゆっくりと浸透するその意味。

(あれ、それってもしや)

「……オレの部屋で?」

コクリと頷いた世界は、やけに大人しい。

*

「ど、どうぞ……」

創始さんを通すため、扉を押さえたまま端に寄る。
彼女は手荷物を胸に抱え、そっと入ってきた。

「お邪魔します」

その言葉が、庶民的でなんだか意外だった。

短い廊下が過ぎるとすぐにリビング兼、寝床兼、キッチン兼……、風呂と脱衣所、洗面所以外の全てである一間にたどり着く。
そこには小さなテーブルがあって、手前に座布団が一枚敷いてある。
その脇には、背の低い、辛うじて背もたれになるくらいの高さのベッドがある。
ベッドを見て改めて、こんな簡単に女子を部屋にいれていいものか悩んだ。

創始さんは気にした様子なかったが、急にここに座っていいかと聞くように俺を見たので、「そこどうぞ!」と変に上擦った返事をしてしまう。

創始さんが座った後、俺もその向かいに腰をおろした。
僅かな沈黙の後、創始さんが鞄をゴソゴソと漁り、学園で配られた教科書を取り出した。
シンプルな筆箱が創始さんらしいな、と思わず顔がほころんでしまった。

能面のようなその顔。
彼女は何を考えているんだろう。
唐突に知りたくなった。
でも、聞くのはおかしい気がしたので、黙ったまま見つめた。
パラっと教科書をめくり、その中身を凝視する創始さん。

「……こんなの、習ったことがない」

彼女がそう言って顔を上げて初めて、俺と瞳がかち合った。
不安そうだな、と感じたのは目の錯覚と思われる。
一年の頃の、俺みたいだ。

「うん。俺も入学したての時、驚いた」

ーーー“超能力者”はこんな勉強するんだって。

その言葉は呑み込んだ。
彼らへの皮肉が含まれていると自分でわかっていたから。

選民思想の超能力者たちは、“無能”と己らを分断するべく、独自の教育を施していた。
だから、“無能”の高校から転入してきた創始さんには基礎知識が全くなく、二年目の教科書を読んだとしても、ちんぷんかんぷんなのは当たり前のことだ。
テストで0点を取ったこともなんら可笑しなことではない。

「俺の一年の頃の教科書あげるよ。ないよりはマシだろ」

そう言って腰を浮かしたのはいいが、目的の物があるのはクローゼットの中だ。
ビキッと動きを止めた俺を見てか見ずにか、「いいのか?」と聞いてきた。
それも心なしか嬉しそうに。

中腰になって創始さんを見下ろすと、若干上目遣い気味の艶めいた瞳が、光を宿し……つまりキラキラしていた。

「うぐっ」

無理だ、こんな創始さんに無理だなんて言えない。

(……男は度胸だ、コンチクショー!!)

内心、叫び出すようにして覚悟を決めた。
くるっと回ってクローゼットに飛びついた俺は、腕が二本入るくらいの隙間だけを開けて中を探った。
暗くてよく見えないが、致し方ない。

「あった!」

格闘すること五分、無駄な動きにぐったり疲れながらも、なんとか見つけ出した教科書と当時のノート。
そう、俺は男の秘密を死守したのだった。

喜びを噛み締めて(安堵して?)、創始さんを見ると、先程から変わらぬ姿勢でじっと俺を見つめていた。
俺が振り向いたことに初めて気づいたみたいにハッとして、不自然に顔を逸らした彼女。

俺は意味がよくわからなくて首を傾げつつも、元の場所、創始さんの向かいに腰ををおろした。

「創始さん!これ、一応ノートもどうぞ。多分、わからないところいっぱいあると思うから、ちゃんと俺が責任を持って教えます。ので、安心してください」

改まって、ちゃんと宣言しておく。
次は創始さんに欠点を取らせないぞ!、とひとり勝手に燃えていた俺は、その決意表明としてちゃんと言っておいたのだ。

もう一度、「どうぞ」と言って差し出すと、創始さんは受け取り、ボソッと呟いた。

常人ならば聞こえないだろう。
だが俺は、身体能力に関しては人一倍よかった。
それは聴力もだ。

だから、聞こえた。


「ありがとう」という言葉が。
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