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【本章】異端と天災の力比べ
【15】姉なのに、姉だけど、姉だ
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創始 世界が地中に潜ってしまった、そのすぐ後、その行為を棄権と見なすべきなのか揉める運営。
息の詰まる攻防戦が一時中断したことに騒めきを取り戻す観客席。
彼女もそこにいた。
“爆炎の妖精”の出来損ないの姉ーーー真座沢 美蘭だ。
彼女はいつだって大嫌いな弟の試合を観客席で観ていた。
「いったいどうしたって言うの?」
隣の母が、必ず美蘭を連れて行くのだから。
ちらりと母を伺うと不機嫌な顔。
この表情の時は、口をつぐむと決めている美蘭。
何か言えば、またぐちぐちと嫌味を言われるからだ。
いつもなら帰りたくて堪らない弟の試合だが、今回の美蘭は違った。
弟の苦戦する姿にほくそ笑んでいたのだ。
(ざまーみろ)
母親の不機嫌な態度にも今は腹が立たない。
自分の望みを叶え続ける、順風満帆なふたりがあたふたするのが滑稽だった。
(もっと苦労すればいい)
長年の鬱積を反芻しながら、ふたりが苦しむ様子を妄想する。
その傍らには、カッコイイ自分の姿もあった。
そんな風に現実から遠ざかった美蘭を呼び戻したのは、異様な空気の変化。
ドッと冷や汗が噴き出してくるのを美蘭は感じた。
第六感なんてあやふやなものではない。
彼女が見たのは、文字通りの『空気』。
『気体を操る者』ーーー、一般ではそう称される気体使いの美蘭。
彼女だからこそ見ることができた、空気の異変。
弟がキョロキョロと辺りを警戒している、それよりもっと離れた、フィールドいっぱい程の大きさで半球体を被せたような区切りがあるのだ。
空気がそれを通り抜けられず、旋回していく。
逆にその中は空気量が減っており、そこで初めて彼女は球体が縮小しているのだと気づいた。
それがーーー創始 世界の仕業であることも。
(なんで誰も気づかないの!?)
呑気に雑談に耽る観客に美蘭は顔を青褪めさせた。
「ね、ねぇ、ママ……」
「なに!?今は貴女のことを構ってる場合じゃないの!!静かにしてなさい!」
「……」
いつもと同じ対応だ。
いつもの失望と弟への恨みが去来した時、美蘭の小さな悪魔が囁いた。
(このまま、黙っていればいいんじゃない?)
ふと浮かんだそのアイデアに美蘭は慌てて首を振る。
彼女のとってあまりに非人道的過ぎたのだ。
そう感じた頭の裏で、払い除けようとしても聞こえてくる声。
(今、あたしは言おうとしたもん。ママが聞いてくれなかっただけで、あたしは悪くない)
鬱陶しい弟と美蘭を邪険に扱う母親に仕返しできるのは、今しかなかった。
言わないでおこうーーー、彼女はそう決意した。
ーーーだが、
こんな時になって、浮かんでくるのは彼女らが今よりも小さく純真無垢だったころの思い出だけだった。
半べそをかきながら、必死になって美蘭を追いかけてくる弟。
いじめっ子から守ってあげたこともあった。
それに、父と母が言い争う中、ふたりで手を繋いで明かした夜。
美蘭が泣いている時、火蘭はぎゅっと強く手を握り一粒の涙だって流さなかった。
産まれた時からずっと一緒だった。
嫌な時も、悲しい時も、寂しい時も……嬉しい時も。
数えきれない喜怒哀楽を共に過ごした。
(そんな半身をあたしは見捨てるの?)
姉なのに弟より劣ってる。
姉だけど弟の失敗を願ってる。
だけど、半身だ。
「ーーーーー火蘭んんんんんッッッ!!!!」
遠くにいても、振り向いた弟。
いきなり立ち上がり、叫んだ美蘭に母はぎょっとして反応が遅れた。
言えるチャンスはその瞬間だけ。
「青い炎をッ!!自分を守ってぇ、早くッッ!!」
彼女が迷っている内に、随分と少なくなった球体の中の空気残量。
もう逃げられる場所は、残ってない。
「火蘭……早くっ「何やってるのっ!やめなさい!!」
母に口を塞がれ、拘束された美蘭は暴れた。
もがいた美蘭は疲れて、だんだんと勢いをなくしていく。
それを見兼ねた悪魔がまた囁く。
(あたしの言うことなんか誰が聞いてくれるの)
今までの自分の所業を思い出した美蘭。
大人しくなった彼女にいつもの強気な調子を取り戻す母親。
ガミガミと何かを言い募る母親に思考が遠のいていく。
母が覆い被さったためか、絶望したためか、目の前は真っ暗になっていった。
(誰も“あたし”なんか認識してくれない)
諦観が覆い尽くす前に
ーーー光が灯った。
ごおおおおおおおおッッッ!!!!!!
今までで一番、高い火柱があがる。
「なにっ!?」
母親の声。
驚きの声をあげる観衆。
観客席間際のフィールドに円柱状の炎の壁が立ち上がる。
肌がヒリつき、目が眩む。
それでもしっかりと瞼を開いて、見た。
ーーー諦めを燃やし尽くす信頼の炎を。
パリンっ、と破けた『分子分解』の膜。
美蘭を拘束していた白魚の手も緩む。
それを彼女は思い切りはたき落として、叫んだ。
「火蘭っ!」
火蘭は自分を見捨てなかった。
燃え盛る青い炎でおそらく聞こえないだろうけれど、何度も名前を呼んだ。
いつの間にか、美蘭の頰には涙が流れていた。
そして最後に呟いた。
「……見捨てないでいてくれて、ありがとう」
息の詰まる攻防戦が一時中断したことに騒めきを取り戻す観客席。
彼女もそこにいた。
“爆炎の妖精”の出来損ないの姉ーーー真座沢 美蘭だ。
彼女はいつだって大嫌いな弟の試合を観客席で観ていた。
「いったいどうしたって言うの?」
隣の母が、必ず美蘭を連れて行くのだから。
ちらりと母を伺うと不機嫌な顔。
この表情の時は、口をつぐむと決めている美蘭。
何か言えば、またぐちぐちと嫌味を言われるからだ。
いつもなら帰りたくて堪らない弟の試合だが、今回の美蘭は違った。
弟の苦戦する姿にほくそ笑んでいたのだ。
(ざまーみろ)
母親の不機嫌な態度にも今は腹が立たない。
自分の望みを叶え続ける、順風満帆なふたりがあたふたするのが滑稽だった。
(もっと苦労すればいい)
長年の鬱積を反芻しながら、ふたりが苦しむ様子を妄想する。
その傍らには、カッコイイ自分の姿もあった。
そんな風に現実から遠ざかった美蘭を呼び戻したのは、異様な空気の変化。
ドッと冷や汗が噴き出してくるのを美蘭は感じた。
第六感なんてあやふやなものではない。
彼女が見たのは、文字通りの『空気』。
『気体を操る者』ーーー、一般ではそう称される気体使いの美蘭。
彼女だからこそ見ることができた、空気の異変。
弟がキョロキョロと辺りを警戒している、それよりもっと離れた、フィールドいっぱい程の大きさで半球体を被せたような区切りがあるのだ。
空気がそれを通り抜けられず、旋回していく。
逆にその中は空気量が減っており、そこで初めて彼女は球体が縮小しているのだと気づいた。
それがーーー創始 世界の仕業であることも。
(なんで誰も気づかないの!?)
呑気に雑談に耽る観客に美蘭は顔を青褪めさせた。
「ね、ねぇ、ママ……」
「なに!?今は貴女のことを構ってる場合じゃないの!!静かにしてなさい!」
「……」
いつもと同じ対応だ。
いつもの失望と弟への恨みが去来した時、美蘭の小さな悪魔が囁いた。
(このまま、黙っていればいいんじゃない?)
ふと浮かんだそのアイデアに美蘭は慌てて首を振る。
彼女のとってあまりに非人道的過ぎたのだ。
そう感じた頭の裏で、払い除けようとしても聞こえてくる声。
(今、あたしは言おうとしたもん。ママが聞いてくれなかっただけで、あたしは悪くない)
鬱陶しい弟と美蘭を邪険に扱う母親に仕返しできるのは、今しかなかった。
言わないでおこうーーー、彼女はそう決意した。
ーーーだが、
こんな時になって、浮かんでくるのは彼女らが今よりも小さく純真無垢だったころの思い出だけだった。
半べそをかきながら、必死になって美蘭を追いかけてくる弟。
いじめっ子から守ってあげたこともあった。
それに、父と母が言い争う中、ふたりで手を繋いで明かした夜。
美蘭が泣いている時、火蘭はぎゅっと強く手を握り一粒の涙だって流さなかった。
産まれた時からずっと一緒だった。
嫌な時も、悲しい時も、寂しい時も……嬉しい時も。
数えきれない喜怒哀楽を共に過ごした。
(そんな半身をあたしは見捨てるの?)
姉なのに弟より劣ってる。
姉だけど弟の失敗を願ってる。
だけど、半身だ。
「ーーーーー火蘭んんんんんッッッ!!!!」
遠くにいても、振り向いた弟。
いきなり立ち上がり、叫んだ美蘭に母はぎょっとして反応が遅れた。
言えるチャンスはその瞬間だけ。
「青い炎をッ!!自分を守ってぇ、早くッッ!!」
彼女が迷っている内に、随分と少なくなった球体の中の空気残量。
もう逃げられる場所は、残ってない。
「火蘭……早くっ「何やってるのっ!やめなさい!!」
母に口を塞がれ、拘束された美蘭は暴れた。
もがいた美蘭は疲れて、だんだんと勢いをなくしていく。
それを見兼ねた悪魔がまた囁く。
(あたしの言うことなんか誰が聞いてくれるの)
今までの自分の所業を思い出した美蘭。
大人しくなった彼女にいつもの強気な調子を取り戻す母親。
ガミガミと何かを言い募る母親に思考が遠のいていく。
母が覆い被さったためか、絶望したためか、目の前は真っ暗になっていった。
(誰も“あたし”なんか認識してくれない)
諦観が覆い尽くす前に
ーーー光が灯った。
ごおおおおおおおおッッッ!!!!!!
今までで一番、高い火柱があがる。
「なにっ!?」
母親の声。
驚きの声をあげる観衆。
観客席間際のフィールドに円柱状の炎の壁が立ち上がる。
肌がヒリつき、目が眩む。
それでもしっかりと瞼を開いて、見た。
ーーー諦めを燃やし尽くす信頼の炎を。
パリンっ、と破けた『分子分解』の膜。
美蘭を拘束していた白魚の手も緩む。
それを彼女は思い切りはたき落として、叫んだ。
「火蘭っ!」
火蘭は自分を見捨てなかった。
燃え盛る青い炎でおそらく聞こえないだろうけれど、何度も名前を呼んだ。
いつの間にか、美蘭の頰には涙が流れていた。
そして最後に呟いた。
「……見捨てないでいてくれて、ありがとう」
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