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イカの大海獣

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「行かなくていいよ。信吾お兄さん」
 昨日までの弱々しさはどこへやら、流亥は冷めきった目でそう訴えた。
「信吾お兄さんも分かってるでしょ?あの村の人達は自分の気に入らない人はテッテイテキにイジメる人なんだよ。そんな悪いヤツらをどうして信吾お兄さんが命をかけて守らなきゃなの?」腕を掴む力がまた一段と強くなった気がする。「旅に出るんでしょ?僕聞いてたよ。もう行こうよ、ぼくも行くからさ!今なら村の人たちは魔物にあっぷあっぷだから、あの船で簡単に逃げられるよ!」彼はかの魔法モーターエンジン式の船を指さした。確かに今なら信吾の思い描いていた計画が実行できるかもしれない。だが、そう分かっていながらも彼は流亥の腕を振り払った。
「僕は昨日思ったんだ、誰かに対する勇者でいたいって。もし僕がここで村の人達をみすみす見捨てたら、僕を勇者と言ってくれたファスランは失望すると思う。僕はファスラン以外の人はどうでもいいなんて、そんなちっぽけな勇者じゃいたくないからね!」そう言うと信吾は五メートルはある崖を飛び降り五点着地をした。
 走り出す信吾は、全身を鎧で包んでいたら到底出ないであろうスピードで走る。彼は昨日のうちに気づいたことがある。まず、彼の身体が鎧と一体化していること、そしてもう一つは喉が乾かない、汗をかかないなど水に関する事象が無くなっている事だ。これらは恐らく汚染した海に漂っていたことが原因だと思われる。
 これらを元にして彼はある能力を会得していた。それは、海獣に向かって電気を放とうとした時に突如発覚する。
「ゴールドマジック・ライデン!」
 彼はいつも通り腕を組み、電気魔法を敵に飛ばそうとすると、信吾は魔法により自らの身体にも電気を流れる。その刺激を受けとった元鎧だった部位は変形し、黒々とした隆起が彼の身体を包む。その姿はまるでサイボーグのようだ。元鎧の部位はマシーンとなり、電気魔法の電力によって動くパワードスーツとなったのだ!
「うぉう!なんだこりゃ!……でも、なんか調子いいかも!」
 元は鎧であったスーツの力で力強く軽やかに海獣の元へ馳せ参じる。
 その海獣は直立したイカの海獣で、高さは十メールはあるであろう。そんな巨体から生えるこれまた太い触手は既に兵士や村人を見境なく掴んでいた。村は静かだった。掴まれている村人以外はどこへ行ってしまったのだろうか。
「助けてー!」
「イカだイカだ!」
「ヌルヌルする!」
「魔物が来よった。仲間を呼ばれたんだ」
「うちの犬が死によった……」
 反応はまちまちだが、それぞれ恐怖していることに変わりはない。
 その時、イカの海獣の触手がゆっくりと口元に近づいていく。掴まれている内の一人が今まさに食べられようとしているのだ。それは村を守る兵士の長であった。
「いいいぃぃぃいい!!ああぁぁいいぃぃぃぃ!!」
 声にならない悲鳴とはこの事だろう。だが今度はまた違った衝撃が彼を襲った。
「ライデンパンチ!」
 信吾の身体は水を欲していない。つまりは体内の水分を完全に操っているのだ。身体の七割を占める水分を手中に収めた彼は、スーツによる殴打力強化だけではなく、腕を通して電気魔法をめいいっぱい海獣に当てる。水の力で電気を通しやすくした彼の腕はもはや電気魔法を拡散せず、百パーセントの力で流すことが可能なのだ。
「おっ、安直でダサい技名だけど効いてるみたいだな
 物理と魔法の攻撃を一気にくらい、海獣も巨体をうねらせて悶えている。触手に包まれていた人も解放できたようだ。
「なんだあれは!?」
「誰誰?」
「もしやあの顔は……かの魔物か?」
「だがあの姿はまるで……」
 続いて信吾は飛び上がった。スーツにより強化された脚により繰り出される跳躍力により、あっという間にイカのヒレに相当する部分まで到達した。
「魔物の弱点は大抵狙いにくいところにある……お父さんの受け売りだし、こいつは魔物じゃねぇけど、この法則が当てはまるのなら……一か八か!ライデンキック!」
 彼はスーツから高圧で空気を噴射し空中で方向転換すると、空気圧と重力加速でついた勢いをそのまま海獣にぶつけた。イカでいう胴の部分に強烈な攻撃を受け、海獣は白かった肌を真っ赤にしながら黒い煙をあげて倒れた。落下していく信吾は再び空気圧で姿勢制御し、落下速度を調節して海獣の遺体の上へ降り立った。
「おぉ……神だ」
「神がおられた」
「皆の者!祭りの準備じゃ!」
「ありがたやーありがたやー」
 危機が去り、生き残った村人ははしゃぎ騒ぎ踊り出した。あまりに少なすぎる村人。そんな彼らを尻目に、信吾はかの洞窟へと引き返した。
「くひひ……これぞ勇者って感じだな。ちょっと想像と違うけど、タイマンで敵に負けるような僕じゃないよーってな!」    
 この勝利で浮かれているのは信吾も例外ではなかった。
「にしても、死んだ後分解されないってことはホントに魔物とは別物なんだな」
 なんだかいい匂いがする。そういえば海がこんなになる前はイカも食材のひとつだったそうだが、焼いたイカはこんな香りなのだろうか。
 彼は再び自分の格好を見る。笑ってしまうほどメタリックだが、どこの鎧とも違うスタイリッシュかつパワフルな見た目を気に入った。基本は紺色だが、所々が電気を示すように黄色い。
「僕の身体に何が起こってんだか知らねぇけど、これは棚からぼたもちだな!ハハハハハ!勇者になりたくてよかった!」
 一人でいるくせに彼は饒舌になっていた。アルコールも入れていないのにほろ酔い気分で、自分は不死身、不老不死なのだともさえ思うほどの優越感を感じている。そんな彼の前にひとつの現実がやってきた。
「信吾お兄さん!」
「おぉ流亥。あの海獣は僕が殺ってきた。もう動くこともない。あの村人達でさえ僕のことを神と称え……」
「ファスランお姉さんが連れ去られた!」
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