進め!羽柴村プロレス団!

宮代芥

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9 いよいよ巡って子どもの日!

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ゴールデンウィークも半ばをむかえ、いよいよ子どもの日がやってきた。
商店街のイベントスペース。その中央にはリングが鎮座しており、その近くに建てられたテントの中で正晴は待機している。先月と同じ光景だ。それはいつもどおり、ということなのだろう。
ただ一つ違うところと言えば……。
(うわあ……。これ、先月よりお客さん多くないか?)
そうなのだ。ざっと数えてみても、先月のイベントよりも大勢の客が来訪しているのだ。子どもと大人の対決、というのがそれだけ人気があるということなのだろうか?
ここまでの客入りがあるとは思っていなかった正晴は、心臓が高鳴るのを感じた。それと同時に、緊張と期待が混ざった感情に襲われる。
「おい、大丈夫か?顔色悪いぞ」
普段よりも表情をこわばらせる正晴に正弘が声をかけてくる。
「先生……。まさかここまで人が多いとは思ってなかったから……。俺、ちゃんとみんなの期待に応える試合できるかな?」
「はは。なんだ、そんなことを気にしてるのか。いいか、正晴。重要なのは誰かに見られているからいい格好をしなければいけない、なんて意識することじゃない。自分の全力を出し切って試合に挑むことだけを考えろ。お客さんのことなんてその次でいいんだから」
「そ、そうなんですかね?」
正弘に励まされても、正晴の心は落ち着かないままであった。そんなところに重蔵が声をかけてくる。
「そうだぞ。だいたいお前は子どもなんだ。子どもが大人相手にまともな試合が出来ると思うか?みんな、お前が強いところを見に来ているんじゃないんだ。だからいい格好をしよう、強いところを見せてやろうなんて思わなくてもいい。せいぜい大人相手に足掻けばそれでいいんだ」
にこやかに、しかしその内容は厳しい。しかしそれも含めて、重蔵という人の強い男ゆえなのだろうか。そんな彼に鼓舞されて、正晴の心は少しずつほぐれていくのを感じた。
「佐倉さん!いい方ってものがあるでしょう!」
「うむ?なにか変なことを言ったか?」
正弘は咎めようとするが重蔵はきょとんとしており、毒気を抜かれてしまったようだ。そしてくすりと笑うと、「それも佐倉さんらしいですけどね」と言ってみせる。
そこにマイクを通して声が聞こえてくる。
『さあやってまいりました!我が村の名物、大人対子どものプロレスショーの時間です!大人と子どもがプロレスで対決をするなんて本来あり得ない試合!しかし我が村のプロレス団はエンターテイメントを重要視するプロレス団体!こんなありえない試合でもエンターテイメントの名の元なら許される!さあ、本日も子どもが大人に勝てるのか!?はたまた大人が子どもをいたぶるのか?そんな熱い戦いが繰り広げられます!』
リングの上に立つのはこの村の村長、羽柴哲也だ。哲也の言葉に、会場中から拍手が起こる。
『それではまずは我がプロレス団恒例、対戦相手決定の儀を始めます!今回参加してくれる子供の数は五人。ということでこの抽選ボックスには五人分の名前が書かれたボールが入っているわけです。まずはいったい誰が闘ってくれるのか!?』
哲也の近くに一人の青年が近づいてく。彼は両手で『子ども』と書かれた箱を持っている。その反対には『大人』と書かれた箱を持った女性がおり、どうやらここで抽選を行うらしい。
「そういえば、先月も同じ方法で抽選してましたよね」
「ああ、そうだ。この抽選で誰と戦うかを決めるんだ」
正弘の答えに正晴は少し驚いた表情を見せる。
「え?それじゃあ直前まで誰と闘うのかわからないって言うことですか!?」
「まあ、そういうことになるな。これもエンターテイメント性を高めるためだ、と村長が決めたやり方なんだが。確かにどうなるかわからないドキドキ感もあるし、これはこれで面白いショーだからな」
哲也は『子ども』の箱に手を突っ込むと、すぐにボールを取り出した。野球に使うためのゴムボールだ。
『出ました!まずは羽柴小学校五年一組、斎藤卓(すぐる)君です!さあ、その相手は果たして……出ました!……おおっ!なんと卓君の相手は斎藤弥七さん!』
大人の箱からボールを取り出した哲也は、その名前を読みあげる。『弥七』という名前を聞いた正弘と重蔵は「おおっ!」と歓声をあげる。
斎藤なんてよくある苗字だし、それが同じだったところで何があるのだろうか?一瞬そう思った正晴だったが、二人の反応からそれが特別な意味を持つ名前だということを感じ取れた。
そしてその答え合わせはすぐに哲也によって行われる。
『斎藤という名字はよくあるものですが、この卓君と弥七さん。実は血がつながった親子同士なのです!つまりこれは盛大な親子喧嘩と言っても過言ではありません!その内、どちらかが命をおとしたとしてもそれは不運な事故ということで片が付くことでしょう!』
哲也の言葉に会場はどっと沸いた。
「おいおい、マジで親子対決か!」
「すげえ!これは期待大だな!」
「いいなあ!親子対決っていう響きだけでもうクライマックスじゃん!」
「でもよ、あの弥七さんだろ?いくら息子だからって手加減なんてすると思うか?」
観客たちは口々に感想を述べている。どうやら親子対決という言葉に浮足立っているようだ。
『普段は仲がいい斎藤さん親子!しかし息子の卓君の前に立ちはだかる弥七さんは、果たしてどのような試練を課すのでしょうか!?』
哲也の言葉に、正晴は首をかしげる。
「えっ?試練って何のことなんですか?」
「ああ、それはな。この試合に出る大人は、子どもに対して『何か』を期待して試合に挑むんだ。それは例えばプロレスの面白さを伝えることだったり、男としての根性をみせることだったり。本当に色々だ」
「つまり弥七さんはこの試合を通して、卓君に何かを伝えたい、ってことですか。……あの、ちなみに先生はどんなことを伝えたいんですか?」
「俺か?俺はそうだな。やっぱりプロレスのエンターテイメント性かな。派手な技を出せばお客さんは喜んでくれるし、頑張っている姿を見せればお客さんも応援してくれる。子どもたちだって喜んでくれる。頑張った先にはきっとなにかがある。それを伝えるために、過激にはなりすぎないくらいに痛みのある試合をやってるな」
それはまさしく教育者の言葉、と言えるだろう。正弘の話を聞いて、正晴は感心すると同時に、自分が『プロレスショー』という空間をまだ甘く考えていたことを反省した。
「ちなみに俺は日ごろのフラストレーションの解消だ。金玉を蹴ってきたり大人をからかってくる子どもは多いからな。その憂さを試合で発散しているといったところか」
「佐倉さんって警察官ですよね!?それってどうなんですか!?」
正弘の突っ込みに、重蔵は「はは。ほんの冗談だよ」と笑い飛ばす。だがその目は笑っているようには見えなかった。
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