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8 新しい生活
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「なあ、転校生。あの後誤解は解けたのか?」
翌日投稿すると。信也が気まずそうにそう聞いてくる。
「誤解?」と。正晴が首をかしげる。だがすぐに思い出す。目の前にいる信也と直人が喧嘩――というよりも一方的に暴力を振るってきたことを誤魔化すために、『正晴が子どもの日のプロレスに参加するから、その練習のためにプロレス技をかけあった』と嘘をついたのだ、ということを。
(そういえば、こいつらのせいなんだよな)
そう考えると少しは腹が立つが、あれがなければ試合に参加しよう、なんて思わなかったから一概に悪いともいえないだろう。
「ああ、あれか。俺、試合に参加することにしたから」
「は!?おまえそれ、マジで言ってんの!?」
「大人と試合するんだぞ!?わかってるのか!?」
正晴の言葉に、信也も直人も目を大きく見開いて驚きを露わにする。
「わかってるよ、ちゃんと」
「いや、わかってないって!お前、大けがするぞ!?」
そんな正晴の返答に、信也は声を荒らげる。
「大丈夫だって。先生も、大人の人は子どもに怪我をさせないように気を付けて試合をしてくれる、って言っていたからさ」
「そういうことじゃねえよ! 第一、先生がそういってくれたとしてもさ……相手が無茶しないとは限らないじゃん……」
正弘の言葉をどれだけ信用していたとしても。それでもプロレスというスポーツが危険な者であることに変わりは無いのだ。ましてや相手は自分たちよりもはるかに大きく、力の強い大人なのである。信也が心配するのは当然なのだ。
「なんだよ。昨日は体育館裏にまで呼び出して因縁つけてたくせに。心配してくれるのか?」
正晴がからかうように信也を見ると、信也はバツが悪そうに顔を背ける。その態度に正晴は笑わずにはいられなかった。
「いや、そりゃあ。だって、おまえがプロレスの試合に出なきゃいけなくなったのって、俺たちが嘘ついたせいじゃん?だから俺たち、お前のことが気になって」
直人が申し訳なさそうに頭を下げる。信也は少し迷ったようだったが、どうやら頭を下げるつもりはないらしい。
(まあ、別にいいんだけどな)
プライドが邪魔をして、意地を張ってるだけ。子供なんだししょうがない事だろ。それを許せるような人間の方が格好いいよなあなんて考えながら、正晴は「気にすんなよ」と信也に笑いかけたのだった。
その週の土曜日。正晴は約束通り、剛毅の空手道場を訪れていた。道場には大人が多く、正晴はかなり緊張してしまう。
「緊張してるな、正晴君。だが大丈夫だ!ここにいる人たちはみんな優しい人ばかりだから」
剛毅が子供をあやすように語りかけると、それを聞いていた柔道着を着た壮年の男性が声をあげて笑い出す。
「ああ、そうだとも!羽柴村の住民はみんな家族みたいなもんだ。中には正晴君ぐらいの小さい子もいるんだ!みんな仲間だし、正晴君の事だってきっと歓迎してくれるから、安心してくれ」
剛毅はそういうと「な?」と笑いかける。その笑顔に正晴も安心したように、こわばっていた表情を緩める。そして元気よく「はい!」と返事をしてみせる。
そんなやり取りを苦笑いしながら見ていた他の大人たちの前に正晴は立つと。
「先日引っ越してきた黒木正晴です。小学校三年生です。プロレスの試合に出させてもらうことになりました。どうぞよろしくお願いします」
ぺこりと礼儀正しく頭を下げる正晴に、拍手が起こる。どうやらおおむね好評のようだ。それにほっとする正晴だったが。
「へえ?三年生か。にしてはおとなびてんな」
「ああ、しっかりした子じゃないか」
そんな声が耳に届く。正晴は内心ぎくりとしながら剛毅の方を見たが。剛毅は「よくできました!」といわんばかりの笑顔で拍手をしてくれる。
「よし!それじゃあさっそくだが、正晴。お前がどれくらい強いか、みんなに見せつけてやれ!」
「見せつけろって言われても、どうすればいいんですか?」
「そうだなあ。おっ、そうだ豊!おまえ、正晴君と組手してくれよ!」
剛毅が見つめる先にいるのは、中学生の少年だ。150センチとそれほど背は高くないが、それでも正晴にくらべれば20センチは背が高い。「ええー?でも、黒木君ってまだ小学生ですよね?さすがに気まずいっていうか、怪我をさせちゃったら……」
と不安げに後ずさりする豊を見て剛毅は笑う。
「心配しなくてもいいぞ!正晴はおまえよりは強いからな」
「え、そうなんですか?」
豊は意外そうに正晴の方を見る。正晴も、自分がそこまで強くはないとわかっているので、苦笑いするしかないのだが。それでも豊よりは強いだろうという自信はあるし、事実そうなのだろうと思う。
「でも……本当にいいんですか?僕、手加減なんてできないですよ?」
「ああ!大丈夫だ!正晴も本気でいっていい!」
剛毅がそう言うと、豊は安心したように笑う。その笑みにはどこか余裕のようなものがある。どうやら正晴が小学生だから負けることは無いだろうとたかをくくっているのだろう。
「おお、いいねえ!」「正晴君、しっかりな!」「豊も結構強いからなあ。油断してるとやられるぞ?」
などと、周囲の大人たちがはやし立てる。正晴は「はい!」と返事をすると、豊の目の前に立つ。そして構えを取った。
「それじゃあ……行くぞ」
豊がゆっくりと拳を構えるのを見て、正晴もそれに倣うように拳を握る。
「いつでもいいですよ」
「それじゃあ……いくね?」
豊は正晴に攻撃を仕掛ける。その動きはなかなか様になっており、正晴は咄嗟に躱すのがやっとだった。だがそれだけだ。
「へえ、やるじゃん」
正晴の反撃を難なくいなしながら、豊が笑う。その余裕のある笑みに正晴は苛立ちを覚えるが、それでも必死に食らいつく。
「でも、まだまだだな!」
豊はそういうと正晴の足を払いにくるが、それをなんとか避ける。そして反対に豊の懐に潜り込むと正拳突きを彼の腹に突き立てる。
「ぐうっ!?」
正晴は130センチと背も低く体重もないが、何しろ相手もまだ中学生の豊だ。その一撃でも十分なダメージを負ったのだろう。豊は腹を抑えながら後ずさる。
「まだまだ!」
正晴はその隙を逃さず、さらに追撃を仕掛ける。連続で繰り出される拳からの、彼の頬にたたきこまれる回し蹴り。その見事なコンビネーションに、剛毅だけでなく大人たちは「おお!」と。歓声を上げていた。
「勝者、黒木正晴!」
豊が尻もちをついたのを見て、剛毅が声を上げる。すると道場内に拍手が鳴り響き、大人たちは一様に感嘆の声をあげる。
「やるじゃないか!ガキにしちゃあ大したもんだ!」「ああ!あの動き見たか?本当に小学生なのか?」
口々に褒めそやす言葉に正晴は照れながらも頭を下げると、豊に向かって手を差し伸べる。
「……ありがとう」
「いや……俺も……油断しすぎたから」
豊も素直にその手を取って立ち上がる。そしてそのまま二人は手をとり合ったまま握手をしたのだった。
「ほう?それじゃあおまえは、中学生に勝ったという事か」
その日の夜。正晴は父親である蒼月に今日の空手の試合の報告をしていた。蒼月は台所で料理をしており、そこから良い匂いが漂ってくる。今日のメニューはカレーのようだ。
「うん!でもあれは豊君が油断してくれたのもあると思うし、それに……みんなも応援してくれて、それが嬉しかったから」
正晴はそういうと照れくさそうに笑う。そんな息子を見て蒼月は目を細めると、正晴の頭を撫でた。
「そうか……それはよかったな」
「うん!……でも、俺の強さってせいぜい中学生相手くらいまでしか通用しないと思う」
「はは。まあ、中学生相手に通用するなら、大会に出てもいい結果を残せるんじゃないか?なにせ相手は同じ小学生なんだからな」
正晴の言った言葉の意味がわからないのだろうか。蒼月は笑いながらそう答える。
「それともなにか?おまえがプロレスの試合に出るっていう話のことか?」
蒼月の言葉に、正晴はどきりと胸を高鳴らせる。まだ蒼月にその話はしていないというのに、なぜ自分が試合に参加することを知っているのだろうか?
「なんだ、不思議そうな顔をしているな。おまえが子どもの日のプロレスの試合に参加する、って村中の評判になってるんだぞ」
「えっ!?そうなの!?いつの間に……」
「はは。ここは狭い村だからな。一度話がでれば、あっという間に広まるんだろうな」
「そ、そういうものなのかな……」
田舎では情報がまわるのが早い、というのは正晴も聞いたことがあった。だが、つい三日前の話がまさかそこまで広まっているとは思ってもみなかったのだ。
「そ、それでさ、父さん。父さんはその、反対とか……しないの?」
「うむ。それはなぁ……。正直おまえには危険なことはしてほしくはないが。それでもおまえが決めたことなんだろう?だったら父親としては応援しないとな」
「父さん……」
その言葉は正晴にとって嬉しかった。何より、プロレスに出ることを後押ししてくれると言ってくれていることが何よりありがたかった。
「さあ、出来たぞ」
「いただきまーす」
正晴は手をあわせると、早速スプーンを手に取りカレーをすくう。口に運ぶと甘辛い味わいが広がり、思わず「美味しい!」と声を上げる。そんな正晴に、蒼月も満足げな笑みを浮かべる。
「どうだ、俺も料理がうまくなっただろう?」
蒼月が料理を始めたのは半年ほど前――妻の絵里奈と離婚をした後からだ。離婚の理由は絵里奈の浮気が発覚したから、というよくある理由だ。絵里奈が正晴の親権を取らなかったのは、正晴のことなんていらない、と。そうはっきり言ったからだ。
不倫相手と再婚をするのに、正晴を引き取る余裕は無かったのだろう。だから蒼月は妻の心変わりを受け入れ。正晴の生活の環境を変えるためにも、たまたま石を募集していたこの村の診療所へとやってきたのだ。
「うん!美味しいよ。ありがとう」
正晴が笑うと、蒼月もつられて笑顔になる。
「……なあ、正晴。ここでの生活は楽しいか?」
まだ来てからそれほど時間はたっていないが。それでも蒼月にはこの新しい生活は楽しいと感じられていた。だが、正晴はどうなのだろうか?東京の方が生活が便利だったし、友人とも会えるのだから。そのことを蒼月はずっと心配していた。
だが、今の正晴の表情を見るときっと楽しいのだろうということが伝わってくる。だからそのことだけがせめてもの救いだった。
「うーん……。えっとね?この間、渡辺さんと先生とプロレスの練習した後、一緒に銭湯に行ったんだ。東京だと大人の人とそんな関わり方することなかったから、すごく楽しかった。それに……俺、東京にいた時よりも今のほうがずっと楽しいよ」
正晴のその笑顔に、蒼月はほっと胸をなでおろす。そして「そうか」と優しく微笑むのだった。
翌日投稿すると。信也が気まずそうにそう聞いてくる。
「誤解?」と。正晴が首をかしげる。だがすぐに思い出す。目の前にいる信也と直人が喧嘩――というよりも一方的に暴力を振るってきたことを誤魔化すために、『正晴が子どもの日のプロレスに参加するから、その練習のためにプロレス技をかけあった』と嘘をついたのだ、ということを。
(そういえば、こいつらのせいなんだよな)
そう考えると少しは腹が立つが、あれがなければ試合に参加しよう、なんて思わなかったから一概に悪いともいえないだろう。
「ああ、あれか。俺、試合に参加することにしたから」
「は!?おまえそれ、マジで言ってんの!?」
「大人と試合するんだぞ!?わかってるのか!?」
正晴の言葉に、信也も直人も目を大きく見開いて驚きを露わにする。
「わかってるよ、ちゃんと」
「いや、わかってないって!お前、大けがするぞ!?」
そんな正晴の返答に、信也は声を荒らげる。
「大丈夫だって。先生も、大人の人は子どもに怪我をさせないように気を付けて試合をしてくれる、って言っていたからさ」
「そういうことじゃねえよ! 第一、先生がそういってくれたとしてもさ……相手が無茶しないとは限らないじゃん……」
正弘の言葉をどれだけ信用していたとしても。それでもプロレスというスポーツが危険な者であることに変わりは無いのだ。ましてや相手は自分たちよりもはるかに大きく、力の強い大人なのである。信也が心配するのは当然なのだ。
「なんだよ。昨日は体育館裏にまで呼び出して因縁つけてたくせに。心配してくれるのか?」
正晴がからかうように信也を見ると、信也はバツが悪そうに顔を背ける。その態度に正晴は笑わずにはいられなかった。
「いや、そりゃあ。だって、おまえがプロレスの試合に出なきゃいけなくなったのって、俺たちが嘘ついたせいじゃん?だから俺たち、お前のことが気になって」
直人が申し訳なさそうに頭を下げる。信也は少し迷ったようだったが、どうやら頭を下げるつもりはないらしい。
(まあ、別にいいんだけどな)
プライドが邪魔をして、意地を張ってるだけ。子供なんだししょうがない事だろ。それを許せるような人間の方が格好いいよなあなんて考えながら、正晴は「気にすんなよ」と信也に笑いかけたのだった。
その週の土曜日。正晴は約束通り、剛毅の空手道場を訪れていた。道場には大人が多く、正晴はかなり緊張してしまう。
「緊張してるな、正晴君。だが大丈夫だ!ここにいる人たちはみんな優しい人ばかりだから」
剛毅が子供をあやすように語りかけると、それを聞いていた柔道着を着た壮年の男性が声をあげて笑い出す。
「ああ、そうだとも!羽柴村の住民はみんな家族みたいなもんだ。中には正晴君ぐらいの小さい子もいるんだ!みんな仲間だし、正晴君の事だってきっと歓迎してくれるから、安心してくれ」
剛毅はそういうと「な?」と笑いかける。その笑顔に正晴も安心したように、こわばっていた表情を緩める。そして元気よく「はい!」と返事をしてみせる。
そんなやり取りを苦笑いしながら見ていた他の大人たちの前に正晴は立つと。
「先日引っ越してきた黒木正晴です。小学校三年生です。プロレスの試合に出させてもらうことになりました。どうぞよろしくお願いします」
ぺこりと礼儀正しく頭を下げる正晴に、拍手が起こる。どうやらおおむね好評のようだ。それにほっとする正晴だったが。
「へえ?三年生か。にしてはおとなびてんな」
「ああ、しっかりした子じゃないか」
そんな声が耳に届く。正晴は内心ぎくりとしながら剛毅の方を見たが。剛毅は「よくできました!」といわんばかりの笑顔で拍手をしてくれる。
「よし!それじゃあさっそくだが、正晴。お前がどれくらい強いか、みんなに見せつけてやれ!」
「見せつけろって言われても、どうすればいいんですか?」
「そうだなあ。おっ、そうだ豊!おまえ、正晴君と組手してくれよ!」
剛毅が見つめる先にいるのは、中学生の少年だ。150センチとそれほど背は高くないが、それでも正晴にくらべれば20センチは背が高い。「ええー?でも、黒木君ってまだ小学生ですよね?さすがに気まずいっていうか、怪我をさせちゃったら……」
と不安げに後ずさりする豊を見て剛毅は笑う。
「心配しなくてもいいぞ!正晴はおまえよりは強いからな」
「え、そうなんですか?」
豊は意外そうに正晴の方を見る。正晴も、自分がそこまで強くはないとわかっているので、苦笑いするしかないのだが。それでも豊よりは強いだろうという自信はあるし、事実そうなのだろうと思う。
「でも……本当にいいんですか?僕、手加減なんてできないですよ?」
「ああ!大丈夫だ!正晴も本気でいっていい!」
剛毅がそう言うと、豊は安心したように笑う。その笑みにはどこか余裕のようなものがある。どうやら正晴が小学生だから負けることは無いだろうとたかをくくっているのだろう。
「おお、いいねえ!」「正晴君、しっかりな!」「豊も結構強いからなあ。油断してるとやられるぞ?」
などと、周囲の大人たちがはやし立てる。正晴は「はい!」と返事をすると、豊の目の前に立つ。そして構えを取った。
「それじゃあ……行くぞ」
豊がゆっくりと拳を構えるのを見て、正晴もそれに倣うように拳を握る。
「いつでもいいですよ」
「それじゃあ……いくね?」
豊は正晴に攻撃を仕掛ける。その動きはなかなか様になっており、正晴は咄嗟に躱すのがやっとだった。だがそれだけだ。
「へえ、やるじゃん」
正晴の反撃を難なくいなしながら、豊が笑う。その余裕のある笑みに正晴は苛立ちを覚えるが、それでも必死に食らいつく。
「でも、まだまだだな!」
豊はそういうと正晴の足を払いにくるが、それをなんとか避ける。そして反対に豊の懐に潜り込むと正拳突きを彼の腹に突き立てる。
「ぐうっ!?」
正晴は130センチと背も低く体重もないが、何しろ相手もまだ中学生の豊だ。その一撃でも十分なダメージを負ったのだろう。豊は腹を抑えながら後ずさる。
「まだまだ!」
正晴はその隙を逃さず、さらに追撃を仕掛ける。連続で繰り出される拳からの、彼の頬にたたきこまれる回し蹴り。その見事なコンビネーションに、剛毅だけでなく大人たちは「おお!」と。歓声を上げていた。
「勝者、黒木正晴!」
豊が尻もちをついたのを見て、剛毅が声を上げる。すると道場内に拍手が鳴り響き、大人たちは一様に感嘆の声をあげる。
「やるじゃないか!ガキにしちゃあ大したもんだ!」「ああ!あの動き見たか?本当に小学生なのか?」
口々に褒めそやす言葉に正晴は照れながらも頭を下げると、豊に向かって手を差し伸べる。
「……ありがとう」
「いや……俺も……油断しすぎたから」
豊も素直にその手を取って立ち上がる。そしてそのまま二人は手をとり合ったまま握手をしたのだった。
「ほう?それじゃあおまえは、中学生に勝ったという事か」
その日の夜。正晴は父親である蒼月に今日の空手の試合の報告をしていた。蒼月は台所で料理をしており、そこから良い匂いが漂ってくる。今日のメニューはカレーのようだ。
「うん!でもあれは豊君が油断してくれたのもあると思うし、それに……みんなも応援してくれて、それが嬉しかったから」
正晴はそういうと照れくさそうに笑う。そんな息子を見て蒼月は目を細めると、正晴の頭を撫でた。
「そうか……それはよかったな」
「うん!……でも、俺の強さってせいぜい中学生相手くらいまでしか通用しないと思う」
「はは。まあ、中学生相手に通用するなら、大会に出てもいい結果を残せるんじゃないか?なにせ相手は同じ小学生なんだからな」
正晴の言った言葉の意味がわからないのだろうか。蒼月は笑いながらそう答える。
「それともなにか?おまえがプロレスの試合に出るっていう話のことか?」
蒼月の言葉に、正晴はどきりと胸を高鳴らせる。まだ蒼月にその話はしていないというのに、なぜ自分が試合に参加することを知っているのだろうか?
「なんだ、不思議そうな顔をしているな。おまえが子どもの日のプロレスの試合に参加する、って村中の評判になってるんだぞ」
「えっ!?そうなの!?いつの間に……」
「はは。ここは狭い村だからな。一度話がでれば、あっという間に広まるんだろうな」
「そ、そういうものなのかな……」
田舎では情報がまわるのが早い、というのは正晴も聞いたことがあった。だが、つい三日前の話がまさかそこまで広まっているとは思ってもみなかったのだ。
「そ、それでさ、父さん。父さんはその、反対とか……しないの?」
「うむ。それはなぁ……。正直おまえには危険なことはしてほしくはないが。それでもおまえが決めたことなんだろう?だったら父親としては応援しないとな」
「父さん……」
その言葉は正晴にとって嬉しかった。何より、プロレスに出ることを後押ししてくれると言ってくれていることが何よりありがたかった。
「さあ、出来たぞ」
「いただきまーす」
正晴は手をあわせると、早速スプーンを手に取りカレーをすくう。口に運ぶと甘辛い味わいが広がり、思わず「美味しい!」と声を上げる。そんな正晴に、蒼月も満足げな笑みを浮かべる。
「どうだ、俺も料理がうまくなっただろう?」
蒼月が料理を始めたのは半年ほど前――妻の絵里奈と離婚をした後からだ。離婚の理由は絵里奈の浮気が発覚したから、というよくある理由だ。絵里奈が正晴の親権を取らなかったのは、正晴のことなんていらない、と。そうはっきり言ったからだ。
不倫相手と再婚をするのに、正晴を引き取る余裕は無かったのだろう。だから蒼月は妻の心変わりを受け入れ。正晴の生活の環境を変えるためにも、たまたま石を募集していたこの村の診療所へとやってきたのだ。
「うん!美味しいよ。ありがとう」
正晴が笑うと、蒼月もつられて笑顔になる。
「……なあ、正晴。ここでの生活は楽しいか?」
まだ来てからそれほど時間はたっていないが。それでも蒼月にはこの新しい生活は楽しいと感じられていた。だが、正晴はどうなのだろうか?東京の方が生活が便利だったし、友人とも会えるのだから。そのことを蒼月はずっと心配していた。
だが、今の正晴の表情を見るときっと楽しいのだろうということが伝わってくる。だからそのことだけがせめてもの救いだった。
「うーん……。えっとね?この間、渡辺さんと先生とプロレスの練習した後、一緒に銭湯に行ったんだ。東京だと大人の人とそんな関わり方することなかったから、すごく楽しかった。それに……俺、東京にいた時よりも今のほうがずっと楽しいよ」
正晴のその笑顔に、蒼月はほっと胸をなでおろす。そして「そうか」と優しく微笑むのだった。
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