進め!羽柴村プロレス団!

宮代芥

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6 Mっ気のある少年

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そしていよいよ、プロレスの練習の番がやってきた。樹は児童館の仕事があるということで帰ってしまったが、剛毅は練習に付き合ってやると言ってくれる。
「正晴。プロレスに必要なものが何かわかるか?」
正弘にそう問いかけられ、正晴は少し考えてから。
「相手を倒すためのパワーとか技術とか?」
あまりプロレスに詳しくはない、といった様子でそう答えると。
「それも大事かもしれないがな。たとえば今の正晴君に俺を倒すだけの力があると思うか?」
「いや、それはさすがに……」
剛毅は身長は180センチそこそこと羽柴村プロレスのレスラーの中ではそこまで大きいというわけではないが、無駄な脂肪がそぎ落とされた格闘家の肉体も相まって。小学生の正晴では逆立ちしたところで勝つことはできないだろう。空手の技術でもかなわないのだから、それに加えて相手の攻撃を全て受け止め、そのうえで勝たなくてはならないプロレスという競技においては、まかり間違っても剛毅に勝つことなどできない。
いや、剛毅だけではない。羽柴村プロレスのレスラーたちはプロレスという舞台の上で闘ってきた猛者たちだ。そんな猛者たちのうちの誰かと、来月正晴は試合をしなくてはならないのだ。
(思ったよりもこれって大変なことじゃないのか?)
小学生の正晴では大人を抱え上げて投げ落とすことはできない。関節技で捉えても力づくですぐに外されてしまうだろう。そして、頼みの綱の打撃だって大人に通用するのか。体格と年齢が違うだけでこんなに格闘技というものは難しくなるものなのか、と驚きを隠せなかった。
「まあ、だからこそ大人は手加減をしないといけないんだ。大人が本気でやったら華奢な子どもは大けがを負ってしまう。前提として子どもに多大な負荷をかけている試合なんだ。そんなことになったら、なんて人に言われたって言い返せないしな。子どもと一緒に楽しむというのがこのプロレスの魅力でもあるんだから」
「へぇ……難しいんだなあ、プロレスって」
剛毅の言葉をうなずきながら聞いている正晴に、正弘は。
「うむ。難しいことに難しいんだよ、プロレスは。……というわけで正晴。おまえには今回、ロープワークと受け身の取り方を練習してもらう」
そう宣言する。だが正晴にとって、ロープワークと受け身というのはそれほど馴染みのあるものではない。
「えっと……。ロープワークはいいとして、受け身ってことは先生とか渡辺さんに投げられまくって覚えろ、ってこと?」
正晴は恐る恐る、そう尋ねる。
「ははは。そんな無慈悲なことは言わないさ。それに、受け身っていうのはだな」
剛毅は正晴の腰をつかむと、ブリッジしながら彼をリングにたたきつける。ジャーマンスープレックスだ。剛毅が体で支えながら投げてくれたおかげで背中からリングにたたきつけられ、首にダメージが行くことはないのだが。
「…………!?」
あまりの痛みに背中に痺れたような感覚が走る。燃えるような熱さを感じてしまい、もはや痛いのか痛くないのかすらわからないレベルである。
「俺たちレスラーが気を遣えば、重要な場所にダメージが行かないように投げるのはさほど難しくはないんだ。だが、それでも起こりうる事故を防ぐために……って、大丈夫か?」
剛毅は正晴の顔を覗き込んでくる。
「し、死ぬほど痛いけど、だ、だいじょうぶです」
正晴はなんとか立ち上がりながら、震える手でサムズアップを返す。剛毅に肩を支えられつつ椅子に座り込むと、
(もう二度とやらないぞ、これ)
そんな誓いを胸に立てるのだった。
「まあ、受け身の取り方についてはこれくらいにしておいて。次はロープワークのやりかただ」
「ロープワーク?」
「ああ。お前だって見たことあるだろ?ロープの反動をつかってラリアットとかドロップキックを繰り出すレスラーをさ」
「ああ。あの、ロープの反動で勢いをつけるやつね」
「そうだ。プロレスでは、ロープワークは重要な技術なんだ」
「えー?でもそんなに難しくなさそうだけどな。だってこうやって走って……って、痛いっ!?」
正晴はロープへと走り、反動をつけようと背中からぶつかっていく。プロレスの試合ではレスラーが体を預けるとしなりがあるようにみえるものだから、柔らかいものだとばかり思っていた正晴は。
「ちょっ!このロープめっちゃ固いっ!?なんかすごかったよ、今!?」
ふにゃふにゃに見えていたのが嘘だったかのように弾力のあるロープに押し返され、したたかに体を打ったことに抗議の声を上げるが。
「ああ、びっくりしたろ?中にぶっといワイヤーが仕込んであってな。柔らかく見えても実は鉄でできてるんだよ」
「ええ!?そんなのあるの!?」
「ああ。だからロープワークをしっかりしないと、大怪我をするんだ」
「そ、そうなんだ……」
プロレスの奥深さを垣間みた正晴は、改めてロープワークを習得することの重要性を理解する。
「よし、それじゃあ練習に入る前にまずは柔軟から始めるか」
「柔軟?」正晴は首をかしげる。
「ああ。プロレスのロープワークは柔軟性が大事なんだ。だからまずは、体を柔らかくするストレッチから始めるぞ。ほら、そこに座って!」
正弘に言われるままに正晴はマットの上に座ると、両足首を持って股を開脚する。90度を超えるほどに開いても、正晴は痛みを感じない。むしろ体が柔らかくなったような気がして、なんだか楽しくなってくる。
「ほう?正晴君はずいぶんと柔らかいんだな」
「そりゃあ、空手の練習で毎日ストレッチしてますから」
「そうか。じゃあ、次は開脚した状態で前屈をしてみよう。手も床につけてな」
「わかりました!」正晴は言われたとおりに、足を開いたまま前屈をする。ぺたりと体をつけても痛みはなかった。
「ここまで柔らかいなら、関節技をかけても大丈夫そうだな。どれ、試しに技をかけてみるか」「え!?関節技?」
まさかここに来て、プロレス技をかけられるとは思ってもいなかった。とはいえ体は柔軟なほうが怪我をしづらいし、ましてや剛毅に技をかけてもらえるというのであれば願ったりかなったりだ。
「どんな技でもどんとこいです!」
そう胸を張って返すが。剛毅はにやにやと笑いながら、
「そうか。なら、ちょっと痛いかもしれないけど我慢しろよ」
そういいながら剛毅は正晴を座らせ、背後から彼の頭に腕を回す。そしてもう片方の腕で彼の腕を背後へと引き絞る。いわゆるチキンウィングフェイスロックという技だ。
(す、すげえ!後ろから渡辺さんに拘束されてるから、筋肉が盛り上がってるのとかわかる!それに、なんか……)
剛毅の体が正晴の背中にぴったりとはりついている。それはまるで、背後から抱きしめられているかのような感覚で。
(って、何考えてんだ俺は!)
「ん?どうした、正晴君」
「あ、いえ!なんでもないです!」
思わず顔が赤らむのを隠そうと、顔を下に向けるが。
「そうか。じゃあ、いくからな」剛毅はそう言うと、正晴の後頭部を引き寄せるように力を込めていく。その痛みから逃れようとじたばたする正晴だったが、身動きがとれずにいた。
「あ、あの!ちょっと、痛いです!」
「へえ?結構強めにやってるんだけどな、今は。まあ、もう少し痛くしても大丈夫そうだな」
剛毅はそう言い捨てるとさらに力を込めてくる。背中や首に痛みが走り、思わず身じろぎをするがすぐにあえなく封じられてしまった。そんな状況になって初めて、正晴は自分の置かれている立場を理解する。
(こ、これは……!)
剛毅に技をかけられているというこの状況。それはまるで背後から抱きすくめられるように拘束されて、痛みを与えられているかのようで……って、何を考えているんだ俺は!?と正晴は自分の考えを振り払う。だがそれでも。密着されているせいで、剛毅の体臭が正晴の鼻孔をくすぐり。その体温が、息遣いが。そして、自分の頭を掴んでいる剛毅の腕の力強さが。
「よし、こんなもんか。どうだ?痛かっただろ?」
「え?あ……はい」
剛毅に声をかけられるまで正晴は呆けてしまっていた。それほどまでに、この技は痛みもそうだがそれ以上に衝撃的だったといえよう。
「まあな。このチキンウィングフェイスロックは相手の後頭部を引きつけつつ腕を極める。だから痛みを感じる神経が引っ張られ、増幅して脳に伝わるんだ。その結果、反射的に体を動かす力が抜けてしまうんだよ」
「な、なるほど……。勉強に、なります……」
呆然と剛毅の説明を聞きながらも。これはプロレスの試合のための下準備なのだとわかってはいても。
(って、俺なに考えてんだよ!バカじゃねーの!?)
そんな混乱を覚えずにはいられない正晴なのだった。
「よし!次はプロレスじゃ定番の逆エビだ!」
「逆エビって、あのエビ反りになるやつ?」
「ああ。そうだ。この技もプロレスの技としては定番でな。相手の体を弓なりにして、背中への痛みを増大させるんだ。見栄えもいいし人気の技だな。よし、それじゃあさっそく!」
そう言いながら、剛毅は正晴の足首をつかむと、うつぶせに転がせながら正晴の腰の上に乗り。エビ反りの体勢をとらせようとするが。
「……あ、あの。これ、結構痛いです」
正晴は顔をゆがめながらそう訴える。その痛みは先ほどチキンウィングフェイスロックを食らったときとは比べ物にならないほどで、思わず抵抗したくなるほどだ。だが、そんな正晴の反応などお構いなしに。
「よし、いくぞ!」
剛毅はその体勢で、正晴の体を弓なりに反らしていく!
「いぎぎぎっ!い、痛い!やめてぇ!」
「ほら!我慢しろ!男だろう!?」
剛毅の叱咤に正晴は歯を食いしばりながら耐える。無理やりエビ反りにされる痛みもあるが、剛毅が背中に乗っている重みも、このまま折られるのではないかと恐怖を覚える要因となっている。だが剛毅は容赦なく正晴をエビ反りの姿勢へと導いていく。
(うう……痛い!で、でも。渡辺さんが背中に乗ってくれているっていう、このありえないシチュエーションが……!)
子どもが大人に乗られて身動きが取れないようにされているという。そんな普通ならばあり得ない、非現実的とも思えるほどの拘束が正晴を倒錯的な感覚へと誘う。
「渡辺さん、1分経ちましたよ」
「ん?もうそんなに経ったか」剛毅は正晴から降りると、彼の頭を優しくなでる。
「正晴君、よく頑張ったな」
「プロレスの関節技っていうのは、本当なら相手がロープブレイクしなければ解かなくていいことにはなってるんだけどね。でも、子どもが大人を引きずってロープまでたどり着くなんて無理だろう?だから大人が子どもに技をかけるときは、技をかけ始めてから1分で解かないといけない、っていうルールに決められてるんだよ」
剛毅は、正晴の体を優しくなでながらそう説明する。
「まあ、プロレスは相手を倒すことが目的じゃなくて、お客さんを喜ばせるのが目的だからな。だから、技をかけるのもかけられるのも楽しい!っていう空気感を大事にするわけさ」
「なるほど……。でも俺、渡辺さんに乗られて逆エビされたとき、ちょっと楽しかったです!」
「お?なんだ、正晴君。Mっけがあるのか?」
剛毅がにやにやと笑いながら煽るように問うてくるが、正晴はその意味を理解できずに首をかしげる。
「えむって、何?」
「ま、子供にはまだ早い言葉だな」剛毅は正弘の疑問にそう返す。
「まあ、あまりやりすぎても怪我の元になるし、そろそろロープワークの練習を始めるぞ!」
「はい!よろしくお願いします、先生!」
正晴はやる気に満ち溢れた返事をするのだった。
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