進め!羽柴村プロレス団!

宮代芥

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1 羽柴村プロレスメインイベント!井上正弘対佐倉重蔵!

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桜が満開に咲き誇る四月。その最初の土曜日に、羽柴村の商店街のイベントスペースに人だかりができていた。彼らの囲むその中央にあるのはプロレスのリングだ。今日は月に一度、羽柴村プロレスが興行を行う日である。
『さあ、いよいよ第四試合。メインイベント。井上正弘対佐倉重蔵のスペシャルマッチであります!』
アナウンスの呼び声に、観客が拍手と指笛で応える。
『赤コーナーより。176センチ72キロ。井上正弘!!』
レフェリーに紹介されて、赤コーナーから正弘が出てくる。正弘はレスラーとしてはそれほど大きくはないが、がっしりとしたいかにもスポーツマンという風貌に、男らしくてハンサムなマスクをしている。正弘がリングに上がると、
「きゃーっ!正弘くーん!!」
「こっちむいてーっ!」
と黄色い歓声が上がった。女性に人気の高い正弘だが、彼は子どもにも人気が高いのだ。それというのも。
「先生頑張ってー!」「お巡りさんなんかに負けないでー!」
そうなのだ。正弘は月に一度レスラーとしてリングに立ってはいるが、普段は羽柴小学校三年一組の担任として子どもたちに授業を行っている教師なのである。
いや、彼だけではないのだ。羽柴村プロレスはいわゆる社会人プロレスの団体であり、警察官や消防隊員。児童館の管理人や正弘のように教師など。普段は社会人として働いている者が、月に一度、自分の仕事もプライベートも忘れてリングに上がるのだ。
『青コーナーより。182センチ105キロ。佐倉重蔵!!』
アナウンスにあわせるように、反対側の青コーナーから重蔵がのっそりと現れた。正弘とは対照的に、筋骨隆々とした大男だ。そのごつい体に不似合いな、どこか愛嬌のある顔立ちは、観客の人気を二分する要因となっている。だが、その人気は正弘とは対照的だ。
「重蔵、負けるんじゃねえぞーっ!」
「ぶっとばせーっ!オラオラオラーッ!!」
明らかに正弘のときより野太い歓声が上がる。重蔵はその声にこたえるように右手を大きく突き上げた。観客のボルテージが一気に上がる。重蔵は男性人気が高いのだ。
重蔵は正弘よりも10歳近い年上の、36歳の警察官である。普段は羽柴村に唯一存在している交番に勤務している巡査部長だ。
『それでは第四試合……開始ッ!!』
試合開始を告げるゴングが打ち鳴らされた。ゴングとともに正弘はリングを走り。
「いくぜっ!重蔵っ!」
軽やかに跳び上がると、両足をそろえたドロップキックを重蔵に放った。
『まずは先取点をとったのは井上っ!跳ね飛び式ドロップキックだっ!』
見事に重蔵の胸に命中したドロップキック。が、重蔵は仁王立ちのまま倒れる様子もない。驚いた観客たちがどよめく。
「ふん!軽いなっ!」
起き上がる正弘の胸に、重蔵のラリアットが突き刺さる。100キロを超える体重と馬鹿力に遠心力が加わって放たれたラリアットは、そう威力のない技ではない。しかも繰り出したのはパワーファイターとしても名高い重蔵だ。正弘は後ろへと吹き飛んで仰向けになった。すかさずそこへ走りこむと、重蔵はジャンプをして、体重を乗せたエルボーを正弘の胸へ振り下ろす。思わず苦悶の声を漏らす正弘。客席の子どもたちが悲鳴を上げる。
「先生大丈夫!?」「がんばれっ!」
子どもたちの声援に、正弘は胸を押さえながら立ち上がった。
「まだまだぁっ!」
正弘は重蔵のラリアットをかいくぐり、背後から重蔵の腰をとらえるとジャーマンスープレックスで投げた。
『おおっと、井上が反撃だーっ!パワーファイターの佐倉をジャーマンで投げる!』
背中からリングにたたきつけられた重蔵だが、きちんと受け身をとるとくるりと回転して立ち上がる。やはりプロレスラーは素軽い。再び並んだ二人を見て、客席が最高潮に盛り上がる。重蔵の「よくもやったな」というような険しい視線に臆することなく、正弘は再び攻めた。飛びかかりながらチョップを連続で叩き込む。乱打戦に持ち込まれるのが不利なパワーファイターには真似のできない連続攻撃だ。だがそれも、相手が普通であればの話だ。
「甘い!」
重蔵は正弘の攻撃をものともせずに、鳩尾に渾身の右ストレートを叩き込んだ。息を詰まらせる正弘の胸ぐらをつかむと頭突きを見舞う。一度ならず二度、三度。両の瞳に涙が浮かぶ。「この野郎……」正弘のその言葉を聞いた重蔵は、がら空きになっている正弘の鳩尾に必殺の拳をたたき込む。胃液を吐き散らし、えずきながらうずくまる正弘。しかしそこへ第二撃が飛び、うなじをもろに打ち据えられた正弘はうつ伏せにダウンした。
『佐倉選手の強烈な右フックが井上選手に炸裂っ!これは効いたーっ!』
レフェリーのカウントが進む中。
「先生、立ってーっ!!」
客席からそんな声が上がる。
『おっと?これは……?』
その声に重蔵は攻撃の手を止めた。振り向いたレフェリーも思わず攻撃の手を止めてしまう。
「先生頑張ってーっ!」「お巡りなんかに負けるなーっ!」
それは子どもたちの声だ。その声が届いたのか、あるいは単に気力を振り絞っただけなのか。正弘はよろめきながら、しかし力強く立ち上がった。
「くそっ!負けるかあっ!」
新体操仕込みの軽やかさで正弘は走る。重蔵は正弘を捕まえようと手を伸ばすが、その腕をかいくぐり、正弘は重蔵の背後に回り込んだ。そして、その首に両手を回すと一気に締め上げる。
『これは……チョークスリーパーだっ!井上、チョークで佐倉の首を締め上げるっ!』
重蔵は苦しそうに顔をしかめながらも、その口元にわずかな笑みを浮かべ。
「それで次は、どうするんだ……?」
ぎりぎりと正弘の首を締め上げる。だが正弘は動じることなく、
「こうするんだよっ!」
正弘は重蔵をリング中央まで引きずった。そして、その巨体を軽々と持ち上げると。
『おおっと!井上選手、なんと佐倉選手を持ち上げたーっ!自分よりも30キロも重いのにっ!井上、なんて力持ちなんだーっ!!』
観客たちの歓声を背中で受け止めながら、正弘は重蔵を投げ捨てた。渾身の力でリング中央へと投げ飛ばされた重蔵だったが。
「……ほう、なかなかやるな」
柔道の黒帯であり、警察官として職務の合間を縫って柔道も続けている重蔵は、マットに投げ落とされても軽やかに受け身を取り、すぐに立ち上がる。
『さあ、両者まだまだやる気のようだっ!井上選手も佐倉選手も打撃と投げ技を組み合わせた得意技を駆使し、一進一退の攻防を続けております!』
『いいですね。やっぱりこういうのは良いですねえ』
実況と解説の二人が称えるように頷く。
(くそっ!やっぱり佐倉さんは強いな)
正弘の息は上がっているが、重蔵の方はいまだぴんぴんしている。重蔵は正弘がまだ十代の子供のころからリングに上がり試合をしてきた強者だ。そのころからの強さは健在であり、くわえて筋肉の量もはるかにあがっている。自分では勝てないのではないか、と。弱気になりそうな自分を叱咤して、正弘は重蔵に向かって行った。
「うりゃあっ!」
正弘は重蔵の腰にタックルを決めるが。
「ふんっ!」
正弘の肩をつかんだ重蔵の膝蹴りが、正弘の鳩尾を直撃した。
「がっ……は……」
『あーっ、井上選手!ここでまたも佐倉選手の膝蹴りが炸裂っ!』
『これはきついですよ。鳩尾を蹴られると呼吸が止まって意識を失う人もいるくらいです』
耳元で風が鳴るような痛打だった。耳の後ろが熱くなるのを感じながら、正弘はリングの中央にへたり込んだ。ぜいぜいという自分の呼吸の音しか聞こえない。
そんな正弘の背後から、重蔵の腕が伸びてくる。その腕は正弘の首に巻き付き、正弘を自分の肩口まで引っ張りあげた。絞められる、と咄嗟に身構えた正弘だが、首は絞められることなく重蔵の肩の上に担ぎ上げられ。背中を無理やり捻じ曲げられていく。
「あぐっ!がぁっ……っ!」
肩の上で強引に腰を折られたせいで、呼吸が苦しい。必死に暴れようとする正弘だが。重蔵は意に介した様子もなく技を解く様子もない。ただでさえスタミナがなくなっているというのに、肺の中の空気まで絞り出されるような感覚に意識が朦朧とする。
『おーっと!ここでアルゼンチン・バックブリーカーが炸裂するー!!』
『井上選手はすでにスタミナがなくてバテバテでしたからね。これは相当にきついですよ』
地獄の責苦から逃れようと必死にもがく正弘。だが、それでも重蔵は逃がしてくれることはなく。
「頑張れ先生!」「負けるなー!」
子供たちの応援の声が遠くなっていくのを聞きながら。正弘は意識を手放したのだった。
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