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瑚志岐はパルから手を放す。パルは下に落ちることもなく、ふわふわと宙に浮いた。
「元に戻すのは簡単です。魔法少女の務めを果たせばいいんです。三十年モノの純潔のあなたなら、少々の難敵もきっと倒しちゃうと思うし」
「魔法少女の務めって?」
昨夜聞いた気もするのだが、よく思い出せない。
「えっと、昨日言いましたよね、ボク」
「すまん、もう一度説明してくれるかな。今度はしっかり身を入れて聞くから」
瑚志岐は、パルに再度の説明してくれるように頼む。今度は元の姿に戻れるかどうかがかかっている。聞き流してしまうわけにはいかなかった。
「ボクたちが住む妖精の国〈デザイア〉が、危機に瀕しているとはお話ししましたよね」
そうだっけ? と思いつつ瑚志岐は神妙な顔でこくり顎を引く。
「この世界における人の欲望が良くも悪くも多大になりすぎて、〈デザイア〉とのバランスが崩れてしまって。このままでは肥大化した人の欲望で〈デザイア〉が呑み込まれてしまうんです。だからボクは浄化する力のある〈ファッシネイター〉を探しに来たんです」
「じゃあ、その欲望を浄化するのが、魔法少女〈ファッシネイター〉のお仕事っていうわけか?」
瑚志岐がそう言うと、パルは大きく頷いた。
「そうです。〈ディストレス〉に取り憑かれて〈欲望〉を剥き出しにした人に対抗できるのは〈ファッシネイター〉だけ。その者を〈解放〉して救えるのも〈ファッシネイター〉だけなんです」
「何か大変そうだ。そんなこと、オレにできるのか?」
ちょっとそこまで、と近所のコンビニ行くようなわけには、いかなさそうだ。〈ディストレス〉だとか〈ラスト〉だとか、どうやって浄化すると言うのだろう。
「そんなに心配することはないと思います。基本的な能力は、あなたは三十年モノの純潔なので高レベルですし。あとはその能力を使いこなすだけです」
「簡単に言ってくれるな。で? ともかくその〈ファッシネイター〉のお仕事をしないと、オレは元に戻らないんだな」
「はい」
だったらもう、やってやるだけだ。早く元の姿に戻りたい。こんな〈少女〉の姿なんて真っ平なのだ。不本意にキスまでされてしまったのだから。まったく、比良井塚がまさかあんなに手の早いナンパなヤツだとは思いもしなかった。
いきなり唇を塞がれた屈辱がぶり返して、瑚志岐は歯噛みした。何かで仕返しをしてやるぞとこっそり胸の内に誓い、今はこっちを片づけるの先だと脳裏からキスの件は追い出した。
「で、その〈ラスト・リブレイト〉しなくちゃいけないターゲットは、どこにいるんだ?」
問題はそれだ。妖精の国を滅ぼすような欲望なんて、きっと凄まじいものに違いない。とても、簡単に見つかるとは思えない。
「あ、それなら、そこ歩いてる人とか。あそこの物陰に潜んでいる人とかもそうですね」
フェンスの近くまで行き、下を見たパルは、道行く人を指差した。
「はあ? そんなに?」
まるで一つ見つけたら、何十匹と隠れているあれみたいじゃないか。瑚志岐は正直、拍子抜けるのと同時にぞっとした。
「他には……。規模の大小はありますけど、〈ディストレス〉に取り憑かれた人はこのビルの中にもいますよ。欲望は誰しも抱えているものですし、適度であれば活力にもなります。ですが度が過ぎたものは害悪にしかなりません」
これまでそんな欲望を「夢を叶える」「夢を摘む」「成功」「挫折」とバランスを取ってきたのが〈デザイア〉だと言う。
しかし今では、欲望を抱いた人自身が自ら浄化、もしくは昇華してきた事案さえも委ねられるようになり、処理が追いつかない。欲望は次第に膨れ上がってタチ悪く暴走するモノも出てくるようになった。そこで適切な手を打たなければ、二次被害とも言うべき周囲を汚染し始める。
「ショーゴさん、どうします?」
パルが瑚志岐を振り仰いだ。「どの人にしますか」と言うことなのはわかるが、そっちで適当に見繕ってくれればいいのに。聞かれても返事に困るし、そもそも自分はまだ、浄化のやり方を聞いていない。
「どうって言われてもな――あっ、あの男……」
何と答えようかと視線を泳がせた先で、瑚志岐は向かいのビルの陰にサラリーマン風の男が通りを窺っているのに気づいた。どこかで見たことのある顔だと記憶をたどれば、それも道理。昨日、瑚志岐が電車の中で遭遇した痴漢だった。
「あの男の人、ずいぶんとまた強烈な〈ラスト〉を滾らせてますね」
瑚志岐の視線を追い、男を見たパルがそう評した。
「昨日の痴漢だ。オレ、昨日帰りの電車であいつに触られたんだ。否定したが、オレのケツに貼りついていたのはあの男の手だった」
隣にいた女性にも触っていたようだし、自分を触ったのはその彼女と間違えてのことだったが、ともかくその痴漢男だった。
「電車痴漢ですか。衆人観衆の中、見咎められるかもしれないと言う危険を冒しながら性的対象を触りまくって楽しむ迷惑な人なわけですね」
「おい、その言い回しだとオレがその対象になってしまうじゃないか。隣にいた女性と間違えたんだって」
「いえ、それがそうでもなさそうですよ。ほら、見てください」
「え?」
パルに言われて、小さな指の先が差すほうに目をやると、男が窺っているのは、立ち止まって電話をしているビジネススーツの青年だった。男はその青年を舌なめずりしながら見ていた。
「元に戻すのは簡単です。魔法少女の務めを果たせばいいんです。三十年モノの純潔のあなたなら、少々の難敵もきっと倒しちゃうと思うし」
「魔法少女の務めって?」
昨夜聞いた気もするのだが、よく思い出せない。
「えっと、昨日言いましたよね、ボク」
「すまん、もう一度説明してくれるかな。今度はしっかり身を入れて聞くから」
瑚志岐は、パルに再度の説明してくれるように頼む。今度は元の姿に戻れるかどうかがかかっている。聞き流してしまうわけにはいかなかった。
「ボクたちが住む妖精の国〈デザイア〉が、危機に瀕しているとはお話ししましたよね」
そうだっけ? と思いつつ瑚志岐は神妙な顔でこくり顎を引く。
「この世界における人の欲望が良くも悪くも多大になりすぎて、〈デザイア〉とのバランスが崩れてしまって。このままでは肥大化した人の欲望で〈デザイア〉が呑み込まれてしまうんです。だからボクは浄化する力のある〈ファッシネイター〉を探しに来たんです」
「じゃあ、その欲望を浄化するのが、魔法少女〈ファッシネイター〉のお仕事っていうわけか?」
瑚志岐がそう言うと、パルは大きく頷いた。
「そうです。〈ディストレス〉に取り憑かれて〈欲望〉を剥き出しにした人に対抗できるのは〈ファッシネイター〉だけ。その者を〈解放〉して救えるのも〈ファッシネイター〉だけなんです」
「何か大変そうだ。そんなこと、オレにできるのか?」
ちょっとそこまで、と近所のコンビニ行くようなわけには、いかなさそうだ。〈ディストレス〉だとか〈ラスト〉だとか、どうやって浄化すると言うのだろう。
「そんなに心配することはないと思います。基本的な能力は、あなたは三十年モノの純潔なので高レベルですし。あとはその能力を使いこなすだけです」
「簡単に言ってくれるな。で? ともかくその〈ファッシネイター〉のお仕事をしないと、オレは元に戻らないんだな」
「はい」
だったらもう、やってやるだけだ。早く元の姿に戻りたい。こんな〈少女〉の姿なんて真っ平なのだ。不本意にキスまでされてしまったのだから。まったく、比良井塚がまさかあんなに手の早いナンパなヤツだとは思いもしなかった。
いきなり唇を塞がれた屈辱がぶり返して、瑚志岐は歯噛みした。何かで仕返しをしてやるぞとこっそり胸の内に誓い、今はこっちを片づけるの先だと脳裏からキスの件は追い出した。
「で、その〈ラスト・リブレイト〉しなくちゃいけないターゲットは、どこにいるんだ?」
問題はそれだ。妖精の国を滅ぼすような欲望なんて、きっと凄まじいものに違いない。とても、簡単に見つかるとは思えない。
「あ、それなら、そこ歩いてる人とか。あそこの物陰に潜んでいる人とかもそうですね」
フェンスの近くまで行き、下を見たパルは、道行く人を指差した。
「はあ? そんなに?」
まるで一つ見つけたら、何十匹と隠れているあれみたいじゃないか。瑚志岐は正直、拍子抜けるのと同時にぞっとした。
「他には……。規模の大小はありますけど、〈ディストレス〉に取り憑かれた人はこのビルの中にもいますよ。欲望は誰しも抱えているものですし、適度であれば活力にもなります。ですが度が過ぎたものは害悪にしかなりません」
これまでそんな欲望を「夢を叶える」「夢を摘む」「成功」「挫折」とバランスを取ってきたのが〈デザイア〉だと言う。
しかし今では、欲望を抱いた人自身が自ら浄化、もしくは昇華してきた事案さえも委ねられるようになり、処理が追いつかない。欲望は次第に膨れ上がってタチ悪く暴走するモノも出てくるようになった。そこで適切な手を打たなければ、二次被害とも言うべき周囲を汚染し始める。
「ショーゴさん、どうします?」
パルが瑚志岐を振り仰いだ。「どの人にしますか」と言うことなのはわかるが、そっちで適当に見繕ってくれればいいのに。聞かれても返事に困るし、そもそも自分はまだ、浄化のやり方を聞いていない。
「どうって言われてもな――あっ、あの男……」
何と答えようかと視線を泳がせた先で、瑚志岐は向かいのビルの陰にサラリーマン風の男が通りを窺っているのに気づいた。どこかで見たことのある顔だと記憶をたどれば、それも道理。昨日、瑚志岐が電車の中で遭遇した痴漢だった。
「あの男の人、ずいぶんとまた強烈な〈ラスト〉を滾らせてますね」
瑚志岐の視線を追い、男を見たパルがそう評した。
「昨日の痴漢だ。オレ、昨日帰りの電車であいつに触られたんだ。否定したが、オレのケツに貼りついていたのはあの男の手だった」
隣にいた女性にも触っていたようだし、自分を触ったのはその彼女と間違えてのことだったが、ともかくその痴漢男だった。
「電車痴漢ですか。衆人観衆の中、見咎められるかもしれないと言う危険を冒しながら性的対象を触りまくって楽しむ迷惑な人なわけですね」
「おい、その言い回しだとオレがその対象になってしまうじゃないか。隣にいた女性と間違えたんだって」
「いえ、それがそうでもなさそうですよ。ほら、見てください」
「え?」
パルに言われて、小さな指の先が差すほうに目をやると、男が窺っているのは、立ち止まって電話をしているビジネススーツの青年だった。男はその青年を舌なめずりしながら見ていた。
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