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黄昏のマロード
3.捕獲
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「おい、こっちだっ!」
「おう」
夕暮れにはまだ少し早い、人の通りが途絶えた噴水塔の近くで、ゴウはふらつく体で、少しでも我が身を大きく見せようと、尻尾を膨らませ毛を逆立てていた。
目の前にはへらへらした顔の〈クソガキ〉が二人。後ろには一人。
「ホントにあの写真にそっくりだな、こいつ」
「な、言ったとおりだろ。この間見たとき、『こいつだ』って思ったんだよな。捕まえて、探し主んとこ持っていけば謝礼たんまりだ」
何をほざくかっ!!
ゴウは〈クソガキ〉の手が伸びてきたら、かわして思い切りパンチを喰らわせてやろうと前足を浮かせ気味にして、ますます尻尾を膨らませる。
どうも自分は、迷い猫と間違えられているようだった。黒猫なんて珍しくもなく、個体もいろいろだ。しかし〈クソガキ〉の目には同じ猫に見えるらしい。
「でもさ、あの写真の猫は目の色、左右色が違ってなかったか? こいつ、両目とも金色だぞ?」
「いいんじゃね? カラーコンタクトレンズでも入れちまえば」
「そりゃいい。で、三万か。ちょろいな」
「一人取り分、一万な」
話を聞いて、ゴウは戦慄した。違う猫と分かっていても、捕まえる気なのだ。謝礼目当てに。
何としても、逃げなければ。こんな奴らに捕まったらどうなるか、考えるまでもなく、命の保証なんてないだろう。こんなところで終わりたくない。
ゴウは、前にいる〈クソガキ〉の足元に目を遣る。猫に比べたら〈ニンゲン〉の動きは緩慢だ。少なくとも自分よりは。だから間をすり抜けられれば何とか逃げられそうだ。
しかしそれは、普通のときだ。今の自分はとてもいつもどおりとは言えない。体はふらつき、どくどくと呼吸も早く息が上がっていた。
「じっとしてろよ」
「そうそう。大人しくしてたら、さっきの魔法の粉やるぞ」
〈ニンゲン〉がそろりと近づく。じゃりっと砂を踏む音が前方から聴こえた。
何が魔法の粉だ。そのせいで今自分の体はこんなにもフラフラになっているのだ。まさかはつが置いていく餌入れの〈カリカリ〉にそんなものがかかっていたなんて思いもしなかった。
口に入れた瞬間おかしいと吐き出したが、間に合わなかった。それがおそらく仲間内に伝わるマタタビという薬だと気づいたときには、もう自分ではどうしようもないほど体が熱く、四肢のコントロールが利かなくなっていた。
「こいつ、すげな。顔三角にしてシャーシャーって牙剥いてる」
「おおう。尻尾もこんなだぜ。タヌキかっていうの。今にも腰を抜かしそうにフラフラしてるくせによ」
茶化すように言う〈クソガキ〉を尻目にゴウはひたすらに機会を窺っていた。あの手が伸びてきたらダッシュだ。足元をすり抜け様に、引っかいてやりたいが、この体では逃げ切ることが最優先だ。
そろりと〈クソガキ〉がまた近づく。
右へ迂回しながら走り抜け、茂みに飛びこんで遣り過ごす。どうせ何かと飽きっぽい〈クソガキ〉だ。少し身を隠せば、諦めるはずだ。
ゴウは、早いところケリをつけたかった。あともう少ししたら夕暮れで、はつがここに来る時刻になってしまうのだ。
こいつらとはつを鉢合わせさせたくなかった。
ゴウは薬のせいで上がる息をこらえ、走りに備えて身を低くした。後ろ足でいつでも地を蹴れるように力を溜める。
「よしっ」
〈クソガキ〉の一人が吠えた。
ゴウは伸びてくる手をかわそうと飛び避けようとしたが、いきなり視界が暗転した。
いったい何が起きた!? まだ日は落ちていなかったはずだ。それが急に真っ暗な闇になってしまうなど、信じられない。
突然のことにパニックに陥ったゴウは闇雲に走り出した。しかしあっと言う間もなくへにゃりとした壁にぶち当たり、体が撥ねた。
自分が何か四角い中に閉じ込められたと気がつくのに、時間はかからなかった。
「よしよし。成功成功」
「やっぱり猫は猫だな。後ろから近づいていたのに気づかないんだもんな」
〈クソガキ〉の声が聞こえた。
後ろから? 確か一人後ろにいたが、そこまで気が回らなかった。いつもなら決してありえないのに。これも薬のせいだった。
悔しさに、喉を震わす。もう自分はダメなのか? このままどこか知らないところに連れて行かれてしまうのか。
そんなの嫌だ。もう、はつに会えないなんて――
ゴウは喉が張り裂けんばかりに、声を上げた。
(もしも願いが届くなら、今すぐ〈ニンゲン〉にしてくれ。こんな〈クソガキ〉のいいようにされて、終わるなんて真っ 平だ!!)
「おう」
夕暮れにはまだ少し早い、人の通りが途絶えた噴水塔の近くで、ゴウはふらつく体で、少しでも我が身を大きく見せようと、尻尾を膨らませ毛を逆立てていた。
目の前にはへらへらした顔の〈クソガキ〉が二人。後ろには一人。
「ホントにあの写真にそっくりだな、こいつ」
「な、言ったとおりだろ。この間見たとき、『こいつだ』って思ったんだよな。捕まえて、探し主んとこ持っていけば謝礼たんまりだ」
何をほざくかっ!!
ゴウは〈クソガキ〉の手が伸びてきたら、かわして思い切りパンチを喰らわせてやろうと前足を浮かせ気味にして、ますます尻尾を膨らませる。
どうも自分は、迷い猫と間違えられているようだった。黒猫なんて珍しくもなく、個体もいろいろだ。しかし〈クソガキ〉の目には同じ猫に見えるらしい。
「でもさ、あの写真の猫は目の色、左右色が違ってなかったか? こいつ、両目とも金色だぞ?」
「いいんじゃね? カラーコンタクトレンズでも入れちまえば」
「そりゃいい。で、三万か。ちょろいな」
「一人取り分、一万な」
話を聞いて、ゴウは戦慄した。違う猫と分かっていても、捕まえる気なのだ。謝礼目当てに。
何としても、逃げなければ。こんな奴らに捕まったらどうなるか、考えるまでもなく、命の保証なんてないだろう。こんなところで終わりたくない。
ゴウは、前にいる〈クソガキ〉の足元に目を遣る。猫に比べたら〈ニンゲン〉の動きは緩慢だ。少なくとも自分よりは。だから間をすり抜けられれば何とか逃げられそうだ。
しかしそれは、普通のときだ。今の自分はとてもいつもどおりとは言えない。体はふらつき、どくどくと呼吸も早く息が上がっていた。
「じっとしてろよ」
「そうそう。大人しくしてたら、さっきの魔法の粉やるぞ」
〈ニンゲン〉がそろりと近づく。じゃりっと砂を踏む音が前方から聴こえた。
何が魔法の粉だ。そのせいで今自分の体はこんなにもフラフラになっているのだ。まさかはつが置いていく餌入れの〈カリカリ〉にそんなものがかかっていたなんて思いもしなかった。
口に入れた瞬間おかしいと吐き出したが、間に合わなかった。それがおそらく仲間内に伝わるマタタビという薬だと気づいたときには、もう自分ではどうしようもないほど体が熱く、四肢のコントロールが利かなくなっていた。
「こいつ、すげな。顔三角にしてシャーシャーって牙剥いてる」
「おおう。尻尾もこんなだぜ。タヌキかっていうの。今にも腰を抜かしそうにフラフラしてるくせによ」
茶化すように言う〈クソガキ〉を尻目にゴウはひたすらに機会を窺っていた。あの手が伸びてきたらダッシュだ。足元をすり抜け様に、引っかいてやりたいが、この体では逃げ切ることが最優先だ。
そろりと〈クソガキ〉がまた近づく。
右へ迂回しながら走り抜け、茂みに飛びこんで遣り過ごす。どうせ何かと飽きっぽい〈クソガキ〉だ。少し身を隠せば、諦めるはずだ。
ゴウは、早いところケリをつけたかった。あともう少ししたら夕暮れで、はつがここに来る時刻になってしまうのだ。
こいつらとはつを鉢合わせさせたくなかった。
ゴウは薬のせいで上がる息をこらえ、走りに備えて身を低くした。後ろ足でいつでも地を蹴れるように力を溜める。
「よしっ」
〈クソガキ〉の一人が吠えた。
ゴウは伸びてくる手をかわそうと飛び避けようとしたが、いきなり視界が暗転した。
いったい何が起きた!? まだ日は落ちていなかったはずだ。それが急に真っ暗な闇になってしまうなど、信じられない。
突然のことにパニックに陥ったゴウは闇雲に走り出した。しかしあっと言う間もなくへにゃりとした壁にぶち当たり、体が撥ねた。
自分が何か四角い中に閉じ込められたと気がつくのに、時間はかからなかった。
「よしよし。成功成功」
「やっぱり猫は猫だな。後ろから近づいていたのに気づかないんだもんな」
〈クソガキ〉の声が聞こえた。
後ろから? 確か一人後ろにいたが、そこまで気が回らなかった。いつもなら決してありえないのに。これも薬のせいだった。
悔しさに、喉を震わす。もう自分はダメなのか? このままどこか知らないところに連れて行かれてしまうのか。
そんなの嫌だ。もう、はつに会えないなんて――
ゴウは喉が張り裂けんばかりに、声を上げた。
(もしも願いが届くなら、今すぐ〈ニンゲン〉にしてくれ。こんな〈クソガキ〉のいいようにされて、終わるなんて真っ 平だ!!)
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