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真昼のストレンジャー
第五章 2
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猫だって、自分に課せられた責任のために体を張って生きている。それに引き替え自分は? 逃げ出してしまった。自分が取らなきゃいけない責任を放り出して。
庄野はルイを探していた。ルイに望みを叶えてもらわなくては。人間に戻って請け負った仕事の始末つけないといけないのだ。それが自分の責任だ。
ベンチ裏の茂みをすぎて、柔らかな土を踏みしめる。靴を履いている人のときは思いもしなかった感触が不思議だった。
「何か変だ――」
そろそろ公園の端、外と仕切るパイプゲートが見えてきたところで庄野は最大の違和感を覚えた。
空を見上げる。やはり太陽は真上で明るい。けれどゲートの向こうに映る景色は夜のように暗かった。自分の目がおかしいのかと手で擦ってみるが、暗く見えるのは変わらない。
ゲートの付近だけかと思い、横道に逸れて境界を作る茂みの隙間から外を見る。けれど暗さは同じで、そして何よりも奇妙なのは外の音がしなかった。道路を行き交う車の音が。人の声だって聞こえてもいいはずだった。
「どこなんだ、ここは」
公園ではなかったのか? 毎週足を運んでいた、噴水塔がある。
背にぞくりと嫌なものが走る。改めて自分の身に起きている異常さを感じた。
「ここにいた?」
その声に、びくり、と庄野の体は固まった。恐る恐る振り返れば、先ほどの黒マスクがにやにやしながら立っていた。
「さっきは邪魔入ったけど、こんな外れじゃ誰もいない?」
舌打ちして庄野は、駆け出す。目指すはゲートの向こう。街を知っている分、自分のほうが有利だと思った。どこか上手く建物に入り込めれば、逃げ切れるはずだ。
「逃げても無駄だよ?」
「やってみなくちゃ分からない」
だが黒マスクが言い放った言葉の意味を庄野はすぐに実感する。パイプゲートをすり抜けるはずだった体は、壁に激突したような衝撃に襲われた。
「がふっ!」
いったい何が!? 何度やっても同じで、向こうとこちら世界を分ける壁でもあるのか、庄野の行く手を阻んでいる。
「なあ、オレを人間にしてくれよ? 公園猫は人間にならないとここから出ていけないんだよ?」
「人間じゃないと出ていけない……?」
「あのゲートの向こうは鉄の塊がすごい勢いで走ってるし? 小さなこの体じゃあっという間に喰われるんだ」
黒マスクに間合いをつめられ庄野は、相手を睨めつけるしかできなかった。
「ほらほら早く?」
「できるか! 猫を人間にするなんて知るかよ」
早く、と言われても、庄野には無理な相談だった。本当に分からないのだから。
焦れた黒マスクに、ばしゅっと頭を叩かれ、爪が頬を薙いだ。痛みに顔を顰めるが、痛がっている余裕はなかった。同じように爪を出し黒マスクの顎を狙う。しかし繰り出された黒マスクの前足にまたも顔を張られる。
「お前、弱いね? これでオレに向かってきたんだから、世間知らず?」
「うるさいっ!」
よろけながらも庄野は辛うじて踏み止まる。倒れて上に乗られたら、体格差もあるから逃れられないと思った。しかしその懸念は現実のものとなる。
黒マスクが庄野めがけて飛びかかり、体を両手で押さえて後ろ足で蹴りを連続で入れる。
「ぐふっ!!」
腹をしたたかに蹴り上げられて庄野は息をつまらせた。そのまま首の後ろを噛みつかれ、背に乗られる。後ろ足が庄野の腰を固定し身動きできない。体をよじれば、噛みつかれた箇所に黒マスクの牙が食い込んだ。
「離せっ!!」
いやな予感がした。この体勢は何だ? 庄野は尻に当たった尖ったものの感触に血の気が引いていく。
「ぎゃああっああっああ――」
喉から悲鳴が迸った。すさまじい痛みが庄野の体を貫いていた。
庄野はルイを探していた。ルイに望みを叶えてもらわなくては。人間に戻って請け負った仕事の始末つけないといけないのだ。それが自分の責任だ。
ベンチ裏の茂みをすぎて、柔らかな土を踏みしめる。靴を履いている人のときは思いもしなかった感触が不思議だった。
「何か変だ――」
そろそろ公園の端、外と仕切るパイプゲートが見えてきたところで庄野は最大の違和感を覚えた。
空を見上げる。やはり太陽は真上で明るい。けれどゲートの向こうに映る景色は夜のように暗かった。自分の目がおかしいのかと手で擦ってみるが、暗く見えるのは変わらない。
ゲートの付近だけかと思い、横道に逸れて境界を作る茂みの隙間から外を見る。けれど暗さは同じで、そして何よりも奇妙なのは外の音がしなかった。道路を行き交う車の音が。人の声だって聞こえてもいいはずだった。
「どこなんだ、ここは」
公園ではなかったのか? 毎週足を運んでいた、噴水塔がある。
背にぞくりと嫌なものが走る。改めて自分の身に起きている異常さを感じた。
「ここにいた?」
その声に、びくり、と庄野の体は固まった。恐る恐る振り返れば、先ほどの黒マスクがにやにやしながら立っていた。
「さっきは邪魔入ったけど、こんな外れじゃ誰もいない?」
舌打ちして庄野は、駆け出す。目指すはゲートの向こう。街を知っている分、自分のほうが有利だと思った。どこか上手く建物に入り込めれば、逃げ切れるはずだ。
「逃げても無駄だよ?」
「やってみなくちゃ分からない」
だが黒マスクが言い放った言葉の意味を庄野はすぐに実感する。パイプゲートをすり抜けるはずだった体は、壁に激突したような衝撃に襲われた。
「がふっ!」
いったい何が!? 何度やっても同じで、向こうとこちら世界を分ける壁でもあるのか、庄野の行く手を阻んでいる。
「なあ、オレを人間にしてくれよ? 公園猫は人間にならないとここから出ていけないんだよ?」
「人間じゃないと出ていけない……?」
「あのゲートの向こうは鉄の塊がすごい勢いで走ってるし? 小さなこの体じゃあっという間に喰われるんだ」
黒マスクに間合いをつめられ庄野は、相手を睨めつけるしかできなかった。
「ほらほら早く?」
「できるか! 猫を人間にするなんて知るかよ」
早く、と言われても、庄野には無理な相談だった。本当に分からないのだから。
焦れた黒マスクに、ばしゅっと頭を叩かれ、爪が頬を薙いだ。痛みに顔を顰めるが、痛がっている余裕はなかった。同じように爪を出し黒マスクの顎を狙う。しかし繰り出された黒マスクの前足にまたも顔を張られる。
「お前、弱いね? これでオレに向かってきたんだから、世間知らず?」
「うるさいっ!」
よろけながらも庄野は辛うじて踏み止まる。倒れて上に乗られたら、体格差もあるから逃れられないと思った。しかしその懸念は現実のものとなる。
黒マスクが庄野めがけて飛びかかり、体を両手で押さえて後ろ足で蹴りを連続で入れる。
「ぐふっ!!」
腹をしたたかに蹴り上げられて庄野は息をつまらせた。そのまま首の後ろを噛みつかれ、背に乗られる。後ろ足が庄野の腰を固定し身動きできない。体をよじれば、噛みつかれた箇所に黒マスクの牙が食い込んだ。
「離せっ!!」
いやな予感がした。この体勢は何だ? 庄野は尻に当たった尖ったものの感触に血の気が引いていく。
「ぎゃああっああっああ――」
喉から悲鳴が迸った。すさまじい痛みが庄野の体を貫いていた。
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