恋の魔法はAAA

波奈海月

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「はぁー」
 夜風が気持ちいいと思うものの、息をつけば自然と零れたのは溜め息だった。駅前のコンビニで買ったビールの入った袋を手にしたまま肩を落とす。気にしていない、と言ってみてもそれが強がりでしかないことは、自分が一番分かっていた。
 藤代ふじしろ純玲すみれ、二十九歳。年齢イコール恋人いない歴、女性経験なし、さらに思い出せる限り記憶を遡ってもキスすら未経験。
 決して、純粋培養の環境にいたわけではなく、そういう機会に恵まれなかっただけの童貞だった。三十を目前に控え、このまま独り者で過ごしていくのかと思うと、焦燥感に情けなさがない交ぜになって滅入ることもしばしばだ。
 いや、実のところ超絶に焦っていた。これといって才たるものもなく、どちらかといえば肉食よりは草食。本人の焦りと裏腹に周囲の評価は「いい人」どまりで、一線を越えられるお相手に巡り会えないのだった。
 そんな中迎えた今夜の合コンは、男としての正念場だと鼓舞して臨んだ。相手グループは今回セッティングした同僚の遊び友達で、その中の一人が思いのほか好みのタイプだったのも純玲を奮い立たせた。
 二人きりの二次会までは無理でも、メールアドレスの交換まではこぎつけるのだと頑張った。それがもうあと一押しというところで――。
梅木戸うめきどのヤツ」
 この日のターゲットをかっさらっていったのは四年下の後輩だった。
 いてはことを仕損じると、気を落ち着けるためちょっとトイレに立った。しかし戻って来たときには、席替えよろしく梅木戸が純玲のいた席に座っていたのだ。仕方がなく空いていた端の席に腰を下ろしたが、新たに隣の席になった彼女は既にカップル成立で、純玲に見向きもしない。
 おかげで適当に振られる話題に相槌あいづちを打ちつつ、ビールを嘗めているしかなかった。ちらりと元の席を見れば、梅木戸の横で可愛らしく元ターゲットは笑い声を上げていた。
 そしてお開き。店を出て同輩たちの背中を見送るのは、もうお決まりのエンディング。ターゲットだった彼女は梅木戸と夜の街に消えていき、純玲は独り帰途につくしかなかった。
「何でいつもこうなるんだろう」
 つくづく「御縁」がない。このまま恋人の一人もできずに一生を過ごすことなりでもしたら堪らない。純玲とて人並みに結婚に憧れているのだ。愛する人に出会い、ともに歩んでいけたらどんなに幸せか。
 こうなったら何としても見つけなくては。愛を語り合い心許せる恋人が欲しい。既に立派にアラサーだが、やっぱり二十代と呼ばれるうちに。
「――今夜は満月だったんだ」
 普段素通りしている自宅近くの小さな公園に差しかかったとき、何気なく見上げた空にはくっきり大きく丸い月が出ていた。
 少しだけ気まぐれを起こして足を公園に向ける。置かれているベンチに腰を下ろして園内を見渡せば、中央にある滑り台の下に、おもちゃのトラックが転がっていた。昼間遊んでいた子供が忘れていったのだろう。
 手に提げていたコンビニを脇に置き、中から缶ビールを取り出した。プルトップを引いて一口呷る。
 純玲はそのまま目線を上げた。月の光を皓々と浴びた滑り台の上で、何かがふわりと降り立ったように視界の端をかすめたからだ。
 鳥か? カラスよりも小さくて、せいぜいスズメぐらいか。
 しかし待てよ、と純玲は首を捻る。今は夜だ。俗に鳥目というではないか。こんな時間に果たして鳥は飛ぶのだろうか?
 缶を脇に置き、瞬きを数回してもう一度見た。しかし何もなかった。気のせいだったらしい。
「だよな、鳥が夜飛ぶなんてさ――あれ?」
 確か、おもちゃのトラックは滑り台の下に転がっていたと思ったのだが。
「見間違えたのかな。トラック、砂場のとこにある」
 アルコールはすでに許容を超えていたが、ふらつくことなく歩けるし、意識もしっかりしているつもりだった。しかし目に来ているようだ。
「なに?」
 純玲は静まり返った公園で突然上がったきーきーと軋む音に横を見た。ブランコが揺れている。
「……何で動いてんだ?」
 風にでも吹かれたのだろうか? いやそんなブランコを揺らすほどの風なら気づくだろう。先ほどから、そよりともしていない。
「っ! ぼ、ぼちぼち帰るか」
 帰ろう、と思った。やっぱり酔っている、と自覚症状も出てきた。
 何しろ、先ほどのトラックが純玲の足元近くにあったのだ。おもちゃのトラックが、子供が跨って足で蹴って進むやつが、自動推進装置などついているはずのない、おもちゃが。
「じゃ、荷物を持って――」
 トラックから目が逸らせないまま、純玲は傍らに置いていたコンビニの袋に手を伸ばす。買ったビールはまだ二本入っていた。
「え?」
 しかし指先に当たったのはかさりとしたビニール袋でも、かつんと硬い缶でもなく、何かぷにぷにとした柔らかいものだった。しかも温かい。
「ひっ」
 純玲は驚き慌てて手を引っ込めた。指先に生温かく濡れたものを感じたからだ。まるで子猫に嘗められたような――。
 そうか、子猫か。目の前で指を広げ、純玲はほっと息をついた。親猫なら警戒心も強いだろうが、子猫なら分かる。
 きっと好奇心旺盛で、何でも興味を示して、トラックも動かし、ブランコにも乗ってみたのだろう。滑り台の上に見た影もきっとその子猫だ。
「んなわけ、あるかいっ」
 子猫がどうやって自分よりも大きなトラックを動かせるのだ。後ろ足で立って、前足で押したのか? 想像するとかなり可愛いが、現実感皆無だ。本当に子猫なら、鳴き声の一つくらい聞こえてもいいはずだ。
 やはり帰ろう。とっとと帰ろう。帰って寝てしまおう。何ともいえない不気味さに、純玲は乱暴に袋をつかみ立ち上がった。
「うぎゃーっ」
「ななな、何? いったい!?」
 足元から何かが叫んだような声が聞こえた。子猫の叫び声というより人の声に近い。
 胸がぎゅっとして、どくどくと血流が激しくなる。純玲は生唾を飲み込むと、怖いもの見たさで目線を下げていく。
 そして、見た。
 地面に転がっていたのは、三五〇ミリリットル入りのビールの缶ほどの大きさのモノだった。
「何だ、人形か」
 純玲は、はーっと息を吐いた。肩から力が抜け再びベンチに腰を下ろす。
 きっとこれも誰かの忘れ物だろう。さっき手に触れたのはこれだったのだ。自分が立ち上がった拍子に下に落ちたと断定する。
 ならば何が指先を嘗めたのか――。
 そんなことは考えない。自分が座るまでベンチの上には何もなかったことも思い出してはいけない。聞こえた声はきっと気のせいだ。
 そうに違いない。間違いない。と、自分に言い聞かせているうちに、純玲の表情筋はひくりと一瞬動いたあと固まった。
 動いたのだ。地面に転がったそれが。人が起き上がるように、脇に手をついて足を振り上げると勢いよくぴょこんと。
「――っ!!」
 声にならなかった。しかし純玲の喉から出たのは確かに悲鳴だった。
 こんなことが現実のはずがない。酔っているのだ。とても、とてつもなく。前例がないほどに酔っ払っているのだ自分は。だから今、目にしているのは幻覚だ。幻影だ。それ以外にない。あってたまるか。
「おい」
 だってほら、今夜は決めようと思っていたターゲットを取られた悔しさもあって、酒をたくさん飲んだし。それに今もビールを飲んでいたし。
「おいって」
 そうでなければ、何だというのだ。目だけでなく耳までおかしくなったというのか。
「おい、お前! 聞こえてんだろっ!?」
 喋っている。喋ってるよ、これっ!! ああそうか、これが喋る人形なのだ。話しかけたり刺激を受けたりするとセンサーが反応して言葉を紡ぐあれだ。隠れた癒し系と深夜の通販番組で観た覚えがある。
「お前、ナニ呆けた顔してやがんだ。この高貴なオレ様を振り落としておいてっ! 謝れ! それとも人はロクに謝罪の一つもできねーのかよっ!!」
 何ていろんな言葉を一度に話すのだろう。少し甲高い声も可愛らしく、とても合成音には聞こえない。本当に最近のおもちゃはよくできている。
「うわぁっ!」
 しかし次の瞬間、純玲は目を見開く。いきなり飛んだのだ。ソレが。小さな腕を振り回して、ぴょんと勢いよく純玲の膝の上に――。
 払い除けようとは思わなかった。そこまで気が回らなかったといっていい。驚きが思考力を大きく上回り、結果全身を硬直させていた。
「もう一度言うぞ。お前、自分が何をしたか分かってんのか? このオレを振り落としたんだぞ。おかげでしたたかケツ打ったぞ。この愛らしいオレのぷりぷりしたケツにアオアザできたらどうしてくれんだ」
 いったい、これは何を言っているのだろう。純玲は膝の上で喚いている小さなものから目が逸らせない。
 可愛い。それが正直な感想だった。
 双眸はくりりとして、ぽっちゃりした頬は柔らかそうだ。光沢のある紫色の服を着て、まさにお伽話とぎばなしさながらの風体はもしかして妖精――?
 やっぱり今自分は眠ってしまっている。夢を見ているのだ。そうでなければ説明がつかない。だからこれは、小人。コロボックル、ドワーフと呼ばれるものか。この際、もう何でもいい。たとえランドセルにしか見えない四角い箱を背負せおっていても。
 夢と決まれば無問題モウマンタイ。純玲は膝の上にいる体長十センチ強のそれをつまみ上げた。
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