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第七章
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【7】
「サンプルのほうはこれで生産に入ります。それで御社のコンセプトを元に、私どもとしてはこういった商品ではどうかと提案するのですが」
ヤシマとの企画品の最終チェックの日、鮎原は新たに持ってきていた商品サンプルをテーブルに広げた。商品管理部の相模とも話を進めて、自社としても力を入れていくことになったシリーズの一つだ。
「いかがでしょうか? 昨今のヤング層の売れ筋キーワード『カワイイ』を意識して御社のコンセプトに沿うように揃えたのですか」
鮎原が並べていくサンプルを手に取ったバイヤーの食いつきの程は、その表情から窺えた。鮎原は予想どおりと手応えを感じる。
「ひとことで『カワイイ』と言っても、その範疇は多岐に渡ります。ですがコンフォート、リクライニングウエアというならまず着心地が重要です。その上でのデザイン性を加味して、色使い、ヤング層に人気のあるパステルカラー、そしてホワイトアンドブラックでの展開です」
さらに、数量をまとめてもらえるなら他社には出さず、このデザインのものはヤシマのオリジナルとして商品を押さえるとつけ加える。これも相模と打ち合わせて了解を得ている。
「では、初期発注数量はこちらのロット数でお願いします。ありがとうございます」
ヤシマの企画品投入日に合わせて、注文書を切ってもらった鮎原は頭を下げた。これで売上目標がクリアできた。
会社に戻った鮎原は、課長の椎名にこの日の結果を報告する。
「よし、今月も成績達成だな、鮎原」
鮎原がもらってきた注文伝票を確認した椎名は嬉しそうに計算機を叩く。
「はい。おかげさまで、ヤシマさんが順調です」
「お前、最近何か変わったな。生き生きしてるというか、一人前の顔をするようになった」
「そうですか?」
やはりヤシマの仕事を任せて正解だったと満悦そうに頷く上司の言葉に、面映い気持ちになる。仕事を認められる、というのは営業として嬉しいものだ。営業でなくとも、自分が評価されるのはやりがいを感じる。
「そうだ、妹尾だが。お前、ここのところ仲いいよな。どうだ、あいつは」
鮎原がヤシマの企画を任されてから、ちょくちょく営業部に顔を出すようになっていた妹尾の名を上げる。
「妹尾ですか? ええ、よくやってると思います。相模さんの下で」
つき合いが深くなってプライベートの顔をよく知るようになったが、ここで求められているのは仕事面だ。少々気難しい感のする相模の下で頑張っている。周囲からの、特に女性社員からの評判も変わらずいい。ときどき嫉妬しまいそうになるほどだ。
「そうか。妹尾は元々営業を希望していたようだし、今度あいつをウチに引っ張ろうかと思うんだが、どうだ?」
「営業に、ですか。そ、そうですねえ……」
鮎原はつい言葉を濁した。妹尾が営業を希望した本当の理由を聞いている身としては内心微妙だった。
「なんだ、そんなもんか?」
鮎原の態度を怪訝そうに椎名が聞き返す。
「いえ。いいと思います。あいつみたいなのが営業にいてくれたら、いろいろやってくれそうだし」
ここで、妹尾の評価を下げるわけにはいかない。あれはあくまでも二人きりの本音だ。
「そうか。じゃあ人事課に申し入れておくかな。――それはそうと鮎原。武村のこと、聞いたか?」
上司から出た名前に鮎原は一瞬どきりとする。
「武村、ですか? 最近はちょっと、連絡取ってないんですが」
「何だ、聞いてないのか。お前なら、仲良かったから連絡してきてるかと思ったんだが」
「武村がどうかしましたか?」
ある種予想がついたが、鮎原は敢えて訊ねる。
「結婚するそうだ。お相手は東京支社きっての才媛だそうだよ。ずっと武村の仕事を補佐していた人なんだとさ」
そんな鮎原を椎名は意外そうに見ながらも、向こうの課長からそう連絡があったと話した。
「そうですか。よかった」
鮎原は心から言った。まだ胸に残していた小さな痞えが解けていくようだった。
「お前、本当に嬉しそうだな。先越されたんだぞ?」
同じ年の鮎原もそうなって欲しそうな口ぶりだ。
「課長、何言ってんですか。おめでたい話ですよ? 先越されるとか、関係ないです」
「お前はそういう人いないのか? 俺が仲人してやるぞ」
どうも椎名とは同期だという武村の課長が仲人をするようで、対抗心を燃やしているらしい。
「申し訳ないですが、そんな相手がいません」
笑いながら返す。大丈夫だ。自分は大丈夫。
結婚なんて気はまったくない。今はこの胸にある気持ちを大切にしたいのだから。
「サンプルのほうはこれで生産に入ります。それで御社のコンセプトを元に、私どもとしてはこういった商品ではどうかと提案するのですが」
ヤシマとの企画品の最終チェックの日、鮎原は新たに持ってきていた商品サンプルをテーブルに広げた。商品管理部の相模とも話を進めて、自社としても力を入れていくことになったシリーズの一つだ。
「いかがでしょうか? 昨今のヤング層の売れ筋キーワード『カワイイ』を意識して御社のコンセプトに沿うように揃えたのですか」
鮎原が並べていくサンプルを手に取ったバイヤーの食いつきの程は、その表情から窺えた。鮎原は予想どおりと手応えを感じる。
「ひとことで『カワイイ』と言っても、その範疇は多岐に渡ります。ですがコンフォート、リクライニングウエアというならまず着心地が重要です。その上でのデザイン性を加味して、色使い、ヤング層に人気のあるパステルカラー、そしてホワイトアンドブラックでの展開です」
さらに、数量をまとめてもらえるなら他社には出さず、このデザインのものはヤシマのオリジナルとして商品を押さえるとつけ加える。これも相模と打ち合わせて了解を得ている。
「では、初期発注数量はこちらのロット数でお願いします。ありがとうございます」
ヤシマの企画品投入日に合わせて、注文書を切ってもらった鮎原は頭を下げた。これで売上目標がクリアできた。
会社に戻った鮎原は、課長の椎名にこの日の結果を報告する。
「よし、今月も成績達成だな、鮎原」
鮎原がもらってきた注文伝票を確認した椎名は嬉しそうに計算機を叩く。
「はい。おかげさまで、ヤシマさんが順調です」
「お前、最近何か変わったな。生き生きしてるというか、一人前の顔をするようになった」
「そうですか?」
やはりヤシマの仕事を任せて正解だったと満悦そうに頷く上司の言葉に、面映い気持ちになる。仕事を認められる、というのは営業として嬉しいものだ。営業でなくとも、自分が評価されるのはやりがいを感じる。
「そうだ、妹尾だが。お前、ここのところ仲いいよな。どうだ、あいつは」
鮎原がヤシマの企画を任されてから、ちょくちょく営業部に顔を出すようになっていた妹尾の名を上げる。
「妹尾ですか? ええ、よくやってると思います。相模さんの下で」
つき合いが深くなってプライベートの顔をよく知るようになったが、ここで求められているのは仕事面だ。少々気難しい感のする相模の下で頑張っている。周囲からの、特に女性社員からの評判も変わらずいい。ときどき嫉妬しまいそうになるほどだ。
「そうか。妹尾は元々営業を希望していたようだし、今度あいつをウチに引っ張ろうかと思うんだが、どうだ?」
「営業に、ですか。そ、そうですねえ……」
鮎原はつい言葉を濁した。妹尾が営業を希望した本当の理由を聞いている身としては内心微妙だった。
「なんだ、そんなもんか?」
鮎原の態度を怪訝そうに椎名が聞き返す。
「いえ。いいと思います。あいつみたいなのが営業にいてくれたら、いろいろやってくれそうだし」
ここで、妹尾の評価を下げるわけにはいかない。あれはあくまでも二人きりの本音だ。
「そうか。じゃあ人事課に申し入れておくかな。――それはそうと鮎原。武村のこと、聞いたか?」
上司から出た名前に鮎原は一瞬どきりとする。
「武村、ですか? 最近はちょっと、連絡取ってないんですが」
「何だ、聞いてないのか。お前なら、仲良かったから連絡してきてるかと思ったんだが」
「武村がどうかしましたか?」
ある種予想がついたが、鮎原は敢えて訊ねる。
「結婚するそうだ。お相手は東京支社きっての才媛だそうだよ。ずっと武村の仕事を補佐していた人なんだとさ」
そんな鮎原を椎名は意外そうに見ながらも、向こうの課長からそう連絡があったと話した。
「そうですか。よかった」
鮎原は心から言った。まだ胸に残していた小さな痞えが解けていくようだった。
「お前、本当に嬉しそうだな。先越されたんだぞ?」
同じ年の鮎原もそうなって欲しそうな口ぶりだ。
「課長、何言ってんですか。おめでたい話ですよ? 先越されるとか、関係ないです」
「お前はそういう人いないのか? 俺が仲人してやるぞ」
どうも椎名とは同期だという武村の課長が仲人をするようで、対抗心を燃やしているらしい。
「申し訳ないですが、そんな相手がいません」
笑いながら返す。大丈夫だ。自分は大丈夫。
結婚なんて気はまったくない。今はこの胸にある気持ちを大切にしたいのだから。
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波奈海月/ブログ
【オレンジとシェリー】
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