グッバイマイラブ ~そばにいるよ~

波奈海月

文字の大きさ
上 下
35 / 37
第七章

35

しおりを挟む
【7】

「サンプルのほうはこれで生産に入ります。それで御社のコンセプトを元に、私どもとしてはこういった商品ではどうかと提案するのですが」
 ヤシマとの企画品の最終チェックの日、鮎原は新たに持ってきていた商品サンプルをテーブルに広げた。商品管理部の相模とも話を進めて、自社としても力を入れていくことになったシリーズの一つだ。
「いかがでしょうか? 昨今のヤング層の売れ筋キーワード『カワイイ』を意識して御社のコンセプトに沿うように揃えたのですか」
 鮎原が並べていくサンプルを手に取ったバイヤーの食いつきの程は、その表情から窺えた。鮎原は予想どおりと手応えを感じる。
「ひとことで『カワイイ』と言っても、その範疇は多岐に渡ります。ですがコンフォート、リクライニングウエアというならまず着心地が重要です。その上でのデザイン性を加味して、色使い、ヤング層に人気のあるパステルカラー、そしてホワイトアンドブラックでの展開です」
 さらに、数量をまとめてもらえるなら他社には出さず、このデザインのものはヤシマのオリジナルとして商品を押さえるとつけ加える。これも相模と打ち合わせて了解を得ている。
「では、初期発注数量はこちらのロット数でお願いします。ありがとうございます」
 ヤシマの企画品投入日に合わせて、注文書を切ってもらった鮎原は頭を下げた。これで売上目標がクリアできた。
 会社に戻った鮎原は、課長の椎名にこの日の結果を報告する。
「よし、今月も成績達成だな、鮎原」
 鮎原がもらってきた注文伝票を確認した椎名は嬉しそうに計算機を叩く。
「はい。おかげさまで、ヤシマさんが順調です」
「お前、最近何か変わったな。生き生きしてるというか、一人前の顔をするようになった」
「そうですか?」
 やはりヤシマの仕事を任せて正解だったと満悦そうに頷く上司の言葉に、面映い気持ちになる。仕事を認められる、というのは営業として嬉しいものだ。営業でなくとも、自分が評価されるのはやりがいを感じる。
「そうだ、妹尾だが。お前、ここのところ仲いいよな。どうだ、あいつは」
 鮎原がヤシマの企画を任されてから、ちょくちょく営業部に顔を出すようになっていた妹尾の名を上げる。
「妹尾ですか? ええ、よくやってると思います。相模さんの下で」
 つき合いが深くなってプライベートの顔をよく知るようになったが、ここで求められているのは仕事面だ。少々気難しい感のする相模の下で頑張っている。周囲からの、特に女性社員からの評判も変わらずいい。ときどき嫉妬しまいそうになるほどだ。
「そうか。妹尾は元々営業を希望していたようだし、今度あいつをウチに引っ張ろうかと思うんだが、どうだ?」
「営業に、ですか。そ、そうですねえ……」
 鮎原はつい言葉を濁した。妹尾が営業を希望した本当の理由を聞いている身としては内心微妙だった。
「なんだ、そんなもんか?」
 鮎原の態度を怪訝そうに椎名が聞き返す。
「いえ。いいと思います。あいつみたいなのが営業にいてくれたら、いろいろやってくれそうだし」
 ここで、妹尾の評価を下げるわけにはいかない。あれはあくまでも二人きりの本音だ。
「そうか。じゃあ人事課に申し入れておくかな。――それはそうと鮎原。武村のこと、聞いたか?」
 上司から出た名前に鮎原は一瞬どきりとする。
「武村、ですか? 最近はちょっと、連絡取ってないんですが」
「何だ、聞いてないのか。お前なら、仲良かったから連絡してきてるかと思ったんだが」
「武村がどうかしましたか?」
 ある種予想がついたが、鮎原は敢えて訊ねる。
「結婚するそうだ。お相手は東京支社きっての才媛だそうだよ。ずっと武村の仕事を補佐していた人なんだとさ」
 そんな鮎原を椎名は意外そうに見ながらも、向こうの課長からそう連絡があったと話した。
「そうですか。よかった」
 鮎原は心から言った。まだ胸に残していた小さな痞えが解けていくようだった。
「お前、本当に嬉しそうだな。先越されたんだぞ?」
 同じ年の鮎原もそうなって欲しそうな口ぶりだ。
「課長、何言ってんですか。おめでたい話ですよ? 先越されるとか、関係ないです」
「お前はそういう人いないのか? 俺が仲人してやるぞ」
 どうも椎名とは同期だという武村の課長が仲人をするようで、対抗心を燃やしているらしい。
「申し訳ないですが、そんな相手がいません」
 笑いながら返す。大丈夫だ。自分は大丈夫。
 結婚なんて気はまったくない。今はこの胸にある気持ちを大切にしたいのだから。



しおりを挟む
波奈海月/ブログ
【オレンジとシェリー】
感想 0

あなたにおすすめの小説

セカンドコンタクト

アカネラヤ
BL
 弥汲佑哉(ヤクミユウヤ)は、とあるネットゲームに執心する二十七歳のサラリーマン。そこで出逢ったギルドメンバーであるゲームネーム《セカイ》と、ひょんなことからお互い共通の通話アプリのIDを持っていることが判明し。そこからほぼ毎週、彼と通話をしながらネットゲームをするのが常となっていた。通話を通じるうちにだんだんとセカイに惹かれていく弥汲。  そんなある時。いつものように通話をする予定が、セカイの通話が不調になり彼の様子もおかしいため、弥汲は単身東京から大阪にあるセカイ邸に向かう事を決意するのだった。  長年想いを密かに募らせていた相手の自宅に到着し来客すると、そこにはとんでもない姿の想い人が立っていて……?

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

たまにはゆっくり、歩きませんか?

隠岐 旅雨
BL
大手IT企業でシステムエンジニアとして働く榊(さかき)は、一時的に都内本社から埼玉県にある支社のプロジェクトへの応援増員として参加することになった。その最初の通勤の電車の中で、つり革につかまって半分眠った状態のままの男子高校生が倒れ込んでくるのを何とか支え抱きとめる。 よく見ると高校生は自分の出身高校の後輩であることがわかり、また翌日の同時刻にもたまたま同じ電車で遭遇したことから、日々の通勤通学をともにすることになる。 世間話をともにするくらいの仲ではあったが、徐々に互いの距離は縮まっていき、週末には映画を観に行く約束をする。が……

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

金色の恋と愛とが降ってくる

鳩かなこ
BL
もう18歳になるオメガなのに、鶯原あゆたはまだ発情期の来ていない。 引き取られた富豪のアルファ家系の梅渓家で オメガらしくないあゆたは厄介者扱いされている。 二学期の初めのある日、委員長を務める美化委員会に 転校生だというアルファの一年生・八月一日宮が参加してくれることに。 初のアルファの後輩は初日に遅刻。 やっと顔を出した八月一日宮と出会い頭にぶつかって、あゆたは足に怪我をしてしまう。 転校してきた訳アリ? 一年生のアルファ×幸薄い自覚のない未成熟のオメガのマイペース初恋物語。 オメガバースの世界観ですが、オメガへの差別が社会からなくなりつつある現代が舞台です。 途中主人公がちょっと不憫です。 性描写のあるお話にはタイトルに「*」がついてます。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

処理中です...