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第四章

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「ここです」
 妹尾の叔父の店シネマカフェ〈ラグタイム〉は名古屋城を西に臨む官庁街の近くだった。妹尾に案内されるまま中に入る。
 どこか懐かしくなる雰囲気の店は、壁面には当時の上映案内のポスターが貼られ、作りつけの棚にそのパンフレットが並べられていた。それもきれいにビニールに入れられて年代物なのを窺わせる。それだけでも感じのよさそうな洒落なカフェだ。
 妹尾は、カウンターの中にいる白髪混じりの髪をした男と話していた。おそらくそれが妹尾の叔父なのだろう。
「鮎原さん、こっちです」
 鮎原が店内を見回しているうちに、手続きが済んだようだ。
「ああ」
 妹尾について、奥に向かう。すれ違いざま男と目が合った鮎原は会釈をする。
「ひとりで楽しむなら、こっちなんですけど」
 店は奥に伸び、いくつかモニターの置いてある小さなブースに分かれていた。
 さらに奥、ついて行った先は扉のある部屋だった。中に入るとさながらカラオケボックスのようで、白い壁面を前にしてゆったり座れそうなシートがテーブルと共に並んでいる。左右の壁にはやはり映画のポスターが飾られていた。
「その壁に映し出されます」
 こっちへどうぞ、と言う妹尾に勧められるまま腰を下ろす。
「へえ、この部屋は結構広いんだな。カラオケみたい」
「ええ、元々カラオケ屋だったんですよ、ここ」
 それを改築して、今の店にしたという。
「朝から食べてないんですよね。メニューありますから、好きなの頼んでください」
「うん、そうだな」
 もう昼だなと、鮎原はコーヒーと手軽に食べられそうなサンドイッチを選んだ。それを妹尾が内線でオーダーする。
「で、何の映画なんだ?」
「それは始まってからのお楽しみで」
 頼んだものが部屋に届き、香りいい淹れたてのコーヒーを一口啜る。
 そうして、映画は始まった。
「これ……」
「はい、鮎原さん観たいって言ってたでしょ? 叔父に聞いたらソフトあるって言ったから」
 メトロポリスだった。何げなく言った鮎原の一言で、探してくれたようだった。
 自分のために。そう思うとくすぐったくなる。ありがとう、と言えば妹尾は照れたように笑った。
「映画好きとしては、観たいという映画があるなら応えたいですから」
「そうか」
 不思議な雰囲気のある映画だった。それも無声で、横に出る字幕を追いながら観る。そして要所要所で使われている曲がいい。話は特権階級の青年とアンドロイドの少女の物語だ。当時は最先端のファッションや背景も、今観るとレトロな感じがして、雑誌で紹介されていたとおりで、引き込まれる。
 観終わり、面白かったと告げれば、妹尾は嬉しそうに破顔した。
「来月、この部屋まだ予約入ってなくて空いてるんです。メトロポリス気に入ってもらえたなら、お薦めの映画あるんですけど、というか俺の好きな映画なんですけど、また一緒に観ませんか?」
「どんなの?」
 興味が惹かれて、タイトルを聞く。
「ブレードランナーです」
「ブレードランナー?」
「ハリソン・フォード主演のSF映画です。原作は『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』で」
 それなら耳にしたことがある。タイトルをもじったような言葉も。
「来月か――」
 休日は空けておく。これまでまではそうだった。しかし今は。
 武村からの連絡はない。ないのに、それでも他の予定を入れず、ずっと待つのだろうか。何もせず、ただじっと?
 いつから自分はこんなに待つだけの身になっていたのだ。
「いいよ。来月のいつ?」
「え、いいんですか? じゃあ第二の土曜日」
 申し込んでおくと言った妹尾の顔を見て、鮎原はこれでよかったのだと思った。
 喉の奥にまた何かが痞えるのを感じたが、吸い込んだ息で嚥下する。自分の行動ひとつ決められないなんて、情けなくなりたくなかった。



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