グッバイマイラブ ~そばにいるよ~

波奈海月

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第三章

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 武村が取ってくれたシングルの部屋。荷物という荷物はなく、着ていた上着をベッドに放り投げるとそこに座る。
 いったい何をしているのだろう。こんなところまで来て、ひとり。
 会えて嬉しいはずなのに。そして夜にはまた会えるはずなのに。
 呼び出されてのこのこ来た自分が滑稽に思えてならなかった。
「何かすごく情緒不安定だな、俺」
 武村だって時間を作って会いに来てくれたのだ。自分も応えたいと思うのに。
 このまま夜を待つのが怖い。仕事が終わらないからと明日になったら? それよりも、もし来なかったら?
「何て顔してんだ、俺」
 ベッドの正面に設えた鏡。顔を上げれば自分の姿が映る。
 ひどく疲れているように見えた。
 こんな中途半端な会い方しかできないのなら、家で休んでいたかった。妹尾を誘って他愛もなく話すのもいい。あいつの好きな映画の話でも。
「いつまで続くんだろう」
 いつまで続けられるのだろう。
 武村のことが好きなのに。ちゃんと気持ちはあるのに。時間が許す限り、会いたいと思っているのに。
 それなら今日のような逢瀬でもいいではないか。それに何の不満があるというのだ。
「あ……」
 息が苦しくなって、喉の奥からせり上がってくるものを感じる。
「オーバーザレインボー……」
 脳裏に流れ出したのは、妹尾が作ってくれたCDのクリアな音ではなく、ぷつん、ぷつん、とレコードの針が引っかかる音まで再生される、ずっと記憶にある曲だった。
 ここではない、どこか。ふと行ってしまいたい。
 それがただの現実逃避と分かっていても、ひとりでいるとどうしようもなく、気持ちが沈んでいく。
 会いに行きたいのに行けない。今会いに行くということは、仕事に戻った武村の邪魔をするだけだと分かるから。そんな真似はしたくない。
「ったく、何やってんだよ、俺は」
 じっとしているのが堪らない。近くにいるから、会いたいという思いが強くなるなら。
 鮎原は立ち上がった。上着をつかみ、ルームキーを手にする。そしてチェックアウトのためにフロントに向かった。
 新幹線の中から武村にメールした。「急用を思い出した」などわざとらしくは思ったけれど「仕事頑張れ」と結んだ。絵文字を使うほうではなかったが、文末に笑顔の顔文字を入れて。



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波奈海月/ブログ
【オレンジとシェリー】
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