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第三章
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「おい、武村」
部屋の鍵を開けるのも惜しかったのだと、中に入るなり口づけられた。
「飲みに行くなんて予定外だったからな」
「そりゃ、お前が今日きたことのほうが予定外だろ? で、お前これからどうするんだ?」
まだ九時だ。今出れば何とか最終には間に合うだろう。
「そんなもの、決まってるじゃないか」
鮎原を離した武村は、にやっと笑った。
「明日は早起きすればいいんだ」
そして、「先にシャワー使うぞ」と武村が浴室に向かう。
「お前着替えは?」
「適当に出してくれ。まあ、必要ないかもなパジャマとかは――」
くぐもった武村の声に続いて、すぐに湯を使う音が聞こえ始めた。
しばらくして「さっぱりした」と出てきた武村に続けて、鮎原もシャワーを浴びる。濡れた髪をタオルで拭きながら部屋に戻ると、まるで自分の部屋のように寛いでいる武村が、ベッドに腰かけ紫煙を上げていた。
流しには空になったビール缶がおいてあった。すでにもう一本あけたようだ。鮎原も倣って冷蔵庫からビールを取り出す。
部屋には曲が流れていた。
「勝手に触ったぞ。珍しいな、こういうのは」
妹尾がくれた「虹の彼方に」ばかり集めたオリジナルのCDだ。
「あ、まあ、ちょっとな」
鮎原は何と答えればいいのか惑い言葉を濁した。正直に妹尾のことを話せばいいと思っても、どことなく覚える疚しさが躊躇わせる。
しかし武村は、それ以上は聞いてこなかった。それが市販のものではないのは見れば分かることだったが。
「この曲って、結構聴くな。映画か何かだったか?」
「そう。『オズの魔法使い』っていう子供向けのファンタジー映画」
「へえ、意外だな。お前そういうの聴くんだったか?」
「まあね。嫌いじゃないよ、この曲は」
本当は好きな曲だ。そう言ったから、妹尾はこれを作ってくれた。わざわざあの日、サントラ盤も買って。
好きな曲、好きな映画、武村とはそんな話をしたことはない。仕事を絡めて経済流通ファッション、同じ目線で感じていたいと拙い価値観で話を合わせた。
「こうやって聴くには悪くないな。ずっと同じ曲だが」
「止めようか?」
「いや、かけときゃ勝手に止まるだろ? それより佳史――」
こっちに来いと言われて、鮎原は、武村の隣に腰を下ろした。
「うん、和…仁……」
タオルを巻きつけただけの鮎原は、すぐに肌をさらす。武村も同じだ。
被さる武村から口づけを施されてきつく吸い上げられる。湯を浴びて温もっていた体は煽られて、さらに熱くなっていく。鮎原はそぞろに零す胸のうちをその熱に溶かして足を開いた。耳には武村の湿る吐息が届き、その向こうに静かに曲が流れている。
「あ、ああ、ん――早く、和仁、はや…く、もう……」
先走りの蜜を零す肉茎を握られて、最奥が与えられる熱を待ち構えるようにひくつき始める。
「しょうがないやつだな、お前は。どうした、今夜のお前は珍しく激しいな」
「うるさい。ずっと放っておかれてんだ。いいだろっ――ああっ」
武村の肉塊を受け入れて、揺さぶられて息が絶え絶えになって。繋がりから侵す熱に全身が痺れていく。
そうして抱き合った後に残るのは、二人の証のはずで。
「佳史、何を考えている?」
「何って、別に」
虹の彼方、ここではないどこかで。繰り返し再生されるフレーズ。
熱に酔いしれる中、ふと浮かび上がってくる違和感をやり過ごしてただ心を重ねようと意識する。
「好きなヤツでもできたのか?」
「な、何バカなこと言ってんだ」
なぜそんなことを言うのだ、今夜の武村は。
溶かせたはずの思いが凝るのを覚えて鮎原は、自分に伸しかかる男に手を伸ばす。冗談でも言われたくなかった。
「お前だけだ」
ここが自分の場所ならば。恋人に抱かれて、腕の中で眠りたかった。
部屋の鍵を開けるのも惜しかったのだと、中に入るなり口づけられた。
「飲みに行くなんて予定外だったからな」
「そりゃ、お前が今日きたことのほうが予定外だろ? で、お前これからどうするんだ?」
まだ九時だ。今出れば何とか最終には間に合うだろう。
「そんなもの、決まってるじゃないか」
鮎原を離した武村は、にやっと笑った。
「明日は早起きすればいいんだ」
そして、「先にシャワー使うぞ」と武村が浴室に向かう。
「お前着替えは?」
「適当に出してくれ。まあ、必要ないかもなパジャマとかは――」
くぐもった武村の声に続いて、すぐに湯を使う音が聞こえ始めた。
しばらくして「さっぱりした」と出てきた武村に続けて、鮎原もシャワーを浴びる。濡れた髪をタオルで拭きながら部屋に戻ると、まるで自分の部屋のように寛いでいる武村が、ベッドに腰かけ紫煙を上げていた。
流しには空になったビール缶がおいてあった。すでにもう一本あけたようだ。鮎原も倣って冷蔵庫からビールを取り出す。
部屋には曲が流れていた。
「勝手に触ったぞ。珍しいな、こういうのは」
妹尾がくれた「虹の彼方に」ばかり集めたオリジナルのCDだ。
「あ、まあ、ちょっとな」
鮎原は何と答えればいいのか惑い言葉を濁した。正直に妹尾のことを話せばいいと思っても、どことなく覚える疚しさが躊躇わせる。
しかし武村は、それ以上は聞いてこなかった。それが市販のものではないのは見れば分かることだったが。
「この曲って、結構聴くな。映画か何かだったか?」
「そう。『オズの魔法使い』っていう子供向けのファンタジー映画」
「へえ、意外だな。お前そういうの聴くんだったか?」
「まあね。嫌いじゃないよ、この曲は」
本当は好きな曲だ。そう言ったから、妹尾はこれを作ってくれた。わざわざあの日、サントラ盤も買って。
好きな曲、好きな映画、武村とはそんな話をしたことはない。仕事を絡めて経済流通ファッション、同じ目線で感じていたいと拙い価値観で話を合わせた。
「こうやって聴くには悪くないな。ずっと同じ曲だが」
「止めようか?」
「いや、かけときゃ勝手に止まるだろ? それより佳史――」
こっちに来いと言われて、鮎原は、武村の隣に腰を下ろした。
「うん、和…仁……」
タオルを巻きつけただけの鮎原は、すぐに肌をさらす。武村も同じだ。
被さる武村から口づけを施されてきつく吸い上げられる。湯を浴びて温もっていた体は煽られて、さらに熱くなっていく。鮎原はそぞろに零す胸のうちをその熱に溶かして足を開いた。耳には武村の湿る吐息が届き、その向こうに静かに曲が流れている。
「あ、ああ、ん――早く、和仁、はや…く、もう……」
先走りの蜜を零す肉茎を握られて、最奥が与えられる熱を待ち構えるようにひくつき始める。
「しょうがないやつだな、お前は。どうした、今夜のお前は珍しく激しいな」
「うるさい。ずっと放っておかれてんだ。いいだろっ――ああっ」
武村の肉塊を受け入れて、揺さぶられて息が絶え絶えになって。繋がりから侵す熱に全身が痺れていく。
そうして抱き合った後に残るのは、二人の証のはずで。
「佳史、何を考えている?」
「何って、別に」
虹の彼方、ここではないどこかで。繰り返し再生されるフレーズ。
熱に酔いしれる中、ふと浮かび上がってくる違和感をやり過ごしてただ心を重ねようと意識する。
「好きなヤツでもできたのか?」
「な、何バカなこと言ってんだ」
なぜそんなことを言うのだ、今夜の武村は。
溶かせたはずの思いが凝るのを覚えて鮎原は、自分に伸しかかる男に手を伸ばす。冗談でも言われたくなかった。
「お前だけだ」
ここが自分の場所ならば。恋人に抱かれて、腕の中で眠りたかった。
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波奈海月/ブログ
【オレンジとシェリー】
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