グッバイマイラブ ~そばにいるよ~

波奈海月

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第三章

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 営業でよく使う、「いつもの店」は、名古屋駅の西口にあった。
 顔を出した鮎原は、飲めと言われる椎名の酒を辛うじてかわしながら、腹に溜まるものを口にする。武村を窺えば、相変わらずのソツのなさで同僚たちと酒を酌み交わしていた。
 そうして八時を過ぎたころ、そろそろと武村が立ち上がった。
「何だ、もう時間か?」
 まだ時間いいだろう、と椎名が引き止める。
「いえ、お名残惜しいですが、ホントに最終にしたら家に着くのが日付変わってしまいますから」
「そうか。いや急に悪かったな」
「とんでもないですよ。俺も思わぬところで皆さんと飲めて楽しかったです」
「じゃあ、これでお開きだ。いいぞ、今夜は俺が出しておく」
「おお、課長太っ腹。じゃあ、仕上げにお茶漬け頼むかな」
 賑やかに声を上げた同僚が椎名に睨まれる。
「鮎原、行こうか。見送れ」
「え……」
 テーブルの隅で、もう箸を置いていた鮎原は武村に腕を取られた。
「そうだな、同期だし鮎原お前、武村を見送ってやれ」
 サイフを取り出して中身を確認していた椎名が言った。
「はあ、――はい」
「じゃあお疲れさまー」
「また本社にも来いよ」
 同僚たちの声を背中に、二人で連れ立って店を出る。
「相変わらずだな、椎名さん。娘さんが結婚するっていうの聞かされたよ。父親としては寂しいんだろうな」
 可愛がってくれていた元上司の話に、何か感じるものがあるのか、男親ってそういうものなんだろうな、と武村は口を開く。
「ときどき仕事中でも溜め息ついてるよ。娘さんの結婚相手にはいろいろ思うところあるみたいだ。いい人そうだけど」
 仕事の合い間に見せる上司の姿を思い出し、鮎原は答える。
「結婚、か」
 今まで意識してこなかったが、はたから見れば自分たちも、そういう年なのだ。いつかは考えなければならないときが来るのだろうか。
「佳史。結婚したいのか?」
「え……、どうして?」
 お前がいるのに? という言葉は飲み込んだ。「お前はどうなんだ?」という言葉も。ただ視線だけが交差した。
「――行くか」
 答え合わせはなかった。武村は、発した言葉を自分で意味のないものにして歩いていく。そして手を挙げた。
「駅、歩けばすぐだぞ?」
 走ってきたタクシーが前で停まり後部ドアを開ける。
「後で行くって言ったろ?」
 乗り込んで告げた行き先は本陣だった。



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【オレンジとシェリー】
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