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第三章
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【3】
武村を見送ってから、会えない週末を一度過ごし、そろそろ部内でもその武村の噂を聞くようになった。
単純に元一緒に仕事をしていた仲間の抜擢を喜ぶ者、羨ましがる者、そしてつい同期である鮎原の顔を見て黙ってしまう者――反応はそれぞれだ。
「鮎原さん、今いいですか?」
「妹尾か。あ、ちょっと待ってくれ。入力、切りのいいとこまでしてしまうから」
営業部に顔を見せた妹尾に、鮎原はパソコンの前でかちかちとキーボードを叩きながら答える。投入の決まった商品のリストを見ながら、画像入り台帳を作成していた。
「食事行きました?」
「いや、まだ。あとでコンビニでパンか何か買ってくるよ。お前は?」
「今買ってきた弁当で済ませたところです」
昼休みだ。他の者は食事に出て部屋には鮎原を含めて数人残っているだけだった。
「で、何?」
結局、待ってくれと言ったがキーを打ち込む手を休めて、横に来た妹尾を振り仰ぐ。
「え、あのですね。今日帰り飲みにいきませんか?」
「飲みに?」
「いや、どっちかというと食いにかな。たまにはこったもん食いたいなって思いまして」
自分も飲むより食べるほうだ。しかし夜にひとりで食事にどこか店に入るのは何か気が引け、もっぱらテイクアウトできるもので済ませている。
「そうだな。メシ行くのもいいな。俺もスーパー特製の惣菜が続いてるし。余り遅くならなければいいよ。まだ週の半ばだからな」
「やった。じゃ仕事終わったらこっち顔出します」
事務椅子を回転させ妹尾に向き直った鮎原は、分かったと返事をする。
「そういや、お前まだ眼鏡なんだな」
コンタクトレンズを落としたとい聞いてから、妹尾はもうずっと眼鏡にしていた。
「今度給料入ったら作りに行こうかって思ってます。でもこのまま眼鏡もいいかなって思うんですよね。面倒な取り外しの手間ないから」
髪の先が目に入って痛い思いをすることもない、と妹尾は鮎原にはよく分からない説明をして、ずり下がっていたのか眼鏡を指先で押し上げた。
「――そう…だな……」
自分でもなぜそんな態度を取ってしまったのか、分からない。じっと妹尾を見つめてしまい、慌てて顔を逸らした。
「どうかしました?」
「何でもない。コンビニ行ってくる。妹尾、その続きやっといてくれ」
お腹が空いたから、と立ち上がる。
「え、続きって? ああ、商品台帳――分かりました」
何を? と驚いたのは一瞬で、妹尾はモニター画面に表示されている内容を見てすぐに把握した。鮎原に代わって、空いた椅子に座り、キーボードの横につんでいた商品リストを手に取り入力を始める。
その様子に鮎原は、じゃあ頼む、とその場を後にした。喉の奥に飴を丸ごと飲み込んでしまったように、甘くて、息苦しくて、そんな痛みを覚えながら。
武村を見送ってから、会えない週末を一度過ごし、そろそろ部内でもその武村の噂を聞くようになった。
単純に元一緒に仕事をしていた仲間の抜擢を喜ぶ者、羨ましがる者、そしてつい同期である鮎原の顔を見て黙ってしまう者――反応はそれぞれだ。
「鮎原さん、今いいですか?」
「妹尾か。あ、ちょっと待ってくれ。入力、切りのいいとこまでしてしまうから」
営業部に顔を見せた妹尾に、鮎原はパソコンの前でかちかちとキーボードを叩きながら答える。投入の決まった商品のリストを見ながら、画像入り台帳を作成していた。
「食事行きました?」
「いや、まだ。あとでコンビニでパンか何か買ってくるよ。お前は?」
「今買ってきた弁当で済ませたところです」
昼休みだ。他の者は食事に出て部屋には鮎原を含めて数人残っているだけだった。
「で、何?」
結局、待ってくれと言ったがキーを打ち込む手を休めて、横に来た妹尾を振り仰ぐ。
「え、あのですね。今日帰り飲みにいきませんか?」
「飲みに?」
「いや、どっちかというと食いにかな。たまにはこったもん食いたいなって思いまして」
自分も飲むより食べるほうだ。しかし夜にひとりで食事にどこか店に入るのは何か気が引け、もっぱらテイクアウトできるもので済ませている。
「そうだな。メシ行くのもいいな。俺もスーパー特製の惣菜が続いてるし。余り遅くならなければいいよ。まだ週の半ばだからな」
「やった。じゃ仕事終わったらこっち顔出します」
事務椅子を回転させ妹尾に向き直った鮎原は、分かったと返事をする。
「そういや、お前まだ眼鏡なんだな」
コンタクトレンズを落としたとい聞いてから、妹尾はもうずっと眼鏡にしていた。
「今度給料入ったら作りに行こうかって思ってます。でもこのまま眼鏡もいいかなって思うんですよね。面倒な取り外しの手間ないから」
髪の先が目に入って痛い思いをすることもない、と妹尾は鮎原にはよく分からない説明をして、ずり下がっていたのか眼鏡を指先で押し上げた。
「――そう…だな……」
自分でもなぜそんな態度を取ってしまったのか、分からない。じっと妹尾を見つめてしまい、慌てて顔を逸らした。
「どうかしました?」
「何でもない。コンビニ行ってくる。妹尾、その続きやっといてくれ」
お腹が空いたから、と立ち上がる。
「え、続きって? ああ、商品台帳――分かりました」
何を? と驚いたのは一瞬で、妹尾はモニター画面に表示されている内容を見てすぐに把握した。鮎原に代わって、空いた椅子に座り、キーボードの横につんでいた商品リストを手に取り入力を始める。
その様子に鮎原は、じゃあ頼む、とその場を後にした。喉の奥に飴を丸ごと飲み込んでしまったように、甘くて、息苦しくて、そんな痛みを覚えながら。
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波奈海月/ブログ
【オレンジとシェリー】
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