グッバイマイラブ ~そばにいるよ~

波奈海月

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第二章

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【2】

「そろそろ寝るかな。まだちょっと早いけど」
 明日の土曜日は、武村がこっちに来る番だった。だから午前中に部屋の片づけと買い物を済ませておけばいい。鮎原はそう予定を立てていた。
 椎名に頼まれた商品写真は、妹尾のおかげもあって木曜にはすべて撮り終え、データベース化した。これでいつでも部内のパソコンで参照できる。後は必要に応じて出力して台帳として使えばいい。
 考えてみれば、営業と商品管理、同じようなことをしている。だったらデータをはじめから共有できるようにしておけば、無駄を省けるというものだ。次シーズンには提案してみるのもいいかなと思う。もっとも妹尾は商品を勉強するため個人的に撮っていたようだったが。
「誰だ? 今時分――」
 響いたインターフォンに、鮎原は訝しげに玄関に向かう。まさか妹尾が、と一瞬過ぎったが、家まで教えていない。
「た…け、むら……どうしたんだ、明日じゃ……」
 ドアを開ければ、武村が立っていた。
 来るのは明日のはずだった。昼ぐらいに東京を出て、鮎原の部屋に来るのは三時ごろの――。
「何だ、迷惑だったのか?」
「いや、そんなことないよ。そんなはずないだろ。びっくりしたんだよ。急だから。明日だとばかり思っていたから」
 いきなりの驚きのほうが大きく、会えた喜びが湧き上がってくるのまでのタイムラグが後ろめたい。鮎原はそんな自分の揺らぎに蓋をするため、つい意味もなく言葉を重ねた。
 武村は、ネクタイを外し、スーツにビジネスバッグ一つという軽装だった。どうも退社後直接来たようだ。身の回りの物は鮎原の部屋に置いてあるし、必要なものならコンビにでも買いに行けばいいから、体一つで来て困ることはない。
「たまにはいいだろ、こういうのも新鮮で」
 武村が苦笑しながら部屋に上がる。鮎原は急いで武村の背を追った。
「そりゃそうだけど、いったいどうして?」
「明日出勤なんだ。今日も残業あったが早めに切り上げた。で、その足でこっちに来た――佳史」
 まずは挨拶代わり、と名を呼ばれて抱き寄せられる。すぐに口づけが降りてくる。もう何度もかわし、馴染んでいる行為だ。少し口の中に広がる煙草の香りもいつもと同じ。
「た…、んっ、武、村――。何? 明日、出勤?」
 重ねる唇を僅かにずらして空気を取り込む。武村に名を呼ばれても、照れが手伝い同じように名前を呼んで返すことができない。
「そうなんだ。だから今夜こっちにな」
 東京と名古屋、どちらで過ごすにしても、土曜日に会って日曜に戻るという一泊二日の逢瀬、それが二人で決めた週末だった。しかし会社勤めをしている以上、急な仕事が入ればプライベートよりも優先されるのは仕方がない。
「じゃ、始発で戻るのか?」
「昼前に行けばいいから、朝ってことはない。それにここは駅に近いからな。少し余裕あるよ」
 本陣ほんじんにある鮎原のアパートは名古屋駅まで地下鉄で二駅だった。
「――お、お前、メシは?」
「新幹線で弁当食ってきたよ。ほら一週間ぶりなんだ、もう少し味わわせろ」
「ま、待てよ……そんな……来てすぐ……あっ」
 武村の手が鮎原の敏感なところを撫でる。布越しでも覚える刺激が、鮎原の体に熱を呼び始める。
「ったく。嫌なのか?」
「そういうわけじゃないけど、明日も仕事ならそんなに……」
 このままベッドにもつれ込んでしまいそう雰囲気に身を任せたくなる。けれど始発ではないにしろ昼前に東京に戻るのなら、ここを出るのは平日と変わらない時間になるだろう。
「こっちは、今夜はどうやってお前を抱こうかずっと考えてきたんだぞ」
「武村……」
 自分を求める武村の声は甘く、感じ出している体はいっそう煽られていく。「しょうがないな」と鮎原は、言葉の裏に嬉しさを隠して武村の背に腕を回した。
「イイ子だ」
 部屋の奥のベッドに口づけながら移動し、横たわらせられる。上着を脱いだ武村が覆いかぶさり、鮎原の着ているのシャツを捲り上げた。
「まだ跡残ってるな」
 あらわになった胸元から首へと武村の指がたどり、薄くなった先週の名残を強く押す。
「知らない間につけるなよ。着替えてるとき見つけて焦ったんだぞ」
 文句をつけるわけではなかった。ちょっとぼやいてみたかっただけだった。
「いいだろ、お前は俺のだっていう印だ」
 武村も、鮎原がただ言っているだけなのは分かってくれている。襟元を開けなければ見えない位置なのだから気にすることはない、とまた同じところをきつく吸い上げた。
「あ、んっ。眼鏡外せよ。当たってフレームが歪むぞ」
 鮎原は、ちりっとする小さな痛みに、抗議のように声を上げる。
「ああ。最近ネジが緩くなってきたんだ。眼鏡屋行って調整してもらうかな、一度」
 下を向くとずり落ちてくるんだよな、と言って武村は外した眼鏡を枕の横に置いた。そして鮎原の下肢を覆うズボンを取り去る。
「うわっ」
「もうこんなにしてるんだ」
「お前がしたんだろ――あっ」
 勃ち上がっている鮎原のものは、武村の指に弾かれて震えた。
「そうだな。お前が俺をこんなにしたんだ」
 武村も前を緩めて、すでに猛っている自分のものを取り出す。そして二つの熱を重ねた。
「佳史……」
 武村の甘く内耳を刺激する声が鮎原に届く。扱かれて熱がさらに膨らんでいる。
「うん、あれ使って」
「ああ」
 鮎原の首筋に顔を埋めながら武村が手探りで、ヘッドボードの引き出しを開ける。抱き合うために用意していたローションが入っていた。
 じっくり慣らされて体を開かされるのは、気恥ずかしくとも嫌ではない。けれど早く繋がりたいと思う気持ちもある。繋がって得られる濃密な充足感は、今二人が一緒にいるという証だ。
「くっ…んっ」
 ひんやりとした滑りを最奥に感じる。武村の指が、閉ざしていた鮎原の窄まりを捏ねて広げていく。
「入れるぞ」
 鮎原は小さく頷いた。
 足を左右に広げられ、熱が体に押し入ってくる。何度もしている行為でも、この瞬間は身が割り裂かれてしまいそうで慣れることはない。
 しかし熱を中に収め、揺さぶられ出すと、意識は高く放たれる瞬間を目指して駆け上っていく。抉るように突かれ、擦り上げられる内壁への圧迫感で呼吸もままならなくなっても、武村が自分の中に白濁を迸らせるまで、動きに合わせて自身を高めていった。



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【オレンジとシェリー】
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