【完結・後日談と番外編追加】シンデレラ・パーティ~溺愛王太子が開く壮大な王太子妃選抜パーティ(出来レース)ヒロインの都合は無視

buchi

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後日談 その3 セバスの怒り

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セバスは、あの時からずっと後を追っていた。

『エミリは私を始末すると言っていたわ』

『セバスッ!』

初めて、マラテスタ侯爵夫人から怒鳴られた。

言われなくても分かっている。監督不行き届きだ。

お家を乗っ取りを画策したうえに、さらに当主の令嬢を亡き者にしようとは。

セバスはリナのご両親が上品過ぎるのではないかと常々心配していたのだが、やはり寄生虫を身の内に入れてしまっていたようだ。


特にあのエミリという娘。

セバスは考えただけでも、何か暗い炎が身の内に噴きあがるのを覚える。

くだらない、バカな娘だと言うことは知っている。
だらしなく、目先の宝石や、安物のドレスなどに目を奪われ、異常に欲しがり、手に入れた後は大事にしない。それから使用人に過酷だった。

人の気持なんか、わからないのだ。わかるのは自分がどう思ったかだけ。

常にリナ様のことを気にしていた。マウントを取りたがり、自分が上だと言うことを思い知らせようと、くだらない仕事を言いつけたり、料理番に言って食事の量を減らすように言いつけた。

「高慢ちきなのよ、あのリナという姉は! はいつくばって、私のところにお願いに来なくちゃいけないのよ。誰がえらいのか、わかっていないんだから。本当なら鞭をふるわれてもおかしくないくらいの、高慢さだわ。それは罪よ。重罰が必要だわ」


だが、リナ様は飄々としていた。

伯母のオリビア様に似て、膨大な魔力を持つ彼女に、エミリのつまらない嫌がらせは全く通用しなかったのだ。

嫌がらせが嫌がらせになっていない……由々しき問題だったが、エミリにはわからなかった。

だが、まさか本気で殺そうとしていたとは……。


あの連中を、ロビア家から追い出したときは痛快だった。

セバスは直接手を下したりしない。

役人を使った。

「なんなの? こんな紙切れ一枚にどういう意味があるの?」

顔を隠し、黒っぽい恰好をした大勢の騎士たちに取り囲まれて、バーバラ夫人とエミリはおびえた。

「退去命令です」

「た、たいきょ?」

彼女たちは、何回も何回もどういう意味なのか聞き返していた。

「あなたの家ではありません」

「どうして? あの出来損ないの、アンジェリーナの代わりを務めて、次期公爵になってあげるのよ?」

役人は首を振った。

アンジェリーナ様は、伯母上の庇護のもとにおり、その能力に疑義をはさむ者は誰もいない。

使用人たちは、家から出ていく彼女たちに、ついていかなかった。普段から扱いが悪かったから、ついていきたいとは誰も考えなかったのだろう。二人はそれまでに買い込んだ宝石やドレスを持って行きたがったが、邸宅から持ち出すことは許されなかった。
バッグに入れようとすると、役人の手がそっと、押さえて取り上げるのだ。

「ロビア家の財産から購入したものです。あなたのものではありません」

エミリは、もちろん、逆上して泣き喚いたが、誰も取り合わなかった。
役人と専門の騎士は、この手の猿芝居には慣れている。

彼女たちは、この家にやって来た時、着ていたもの、持って来たもの以外、持ち出すことは許されなかった。
セバスは全部覚えていたのだ。

それからの二人の行方はようとしれない。


……はずだったが、セバスは知っていた。

二人が知り合いの格下の貴族のところに身を寄せ、歓迎されなかったが、公爵夫人と令嬢という触れ込みで、しばらく逗留していた。

シンデレラ・パーティの時の衣装代を借りたのもこの家である。

「こんなものしか作れないの。みすぼらしいわねえ。男爵家じゃあ、この程度か」

件の男爵家は、むろんはらわたが煮えくり返る思いだったが、本人たちが王太子殿下と親しいのだ、殿下の恋人とは自分のことなのだとエミリに言われると、そこは下層貴族、正直判断がつかない。姉のアンジェリーナ様が婚約者だったことは事実だったので、これは男爵家にとっては、賭けだった。

「万一、王太子殿下のハートを射止めると言うなら、当家にとっては破格の幸運になる」

だが、王太子殿下は全くエミリを相手にしなかった。

こんな話をしたの、大事にされたのという話をエミリは次々と披露したが、王家からはもちろん何の音沙汰もない。それどころか、シンデレラ・パーティの夜、殿下が真実の恋人として選んだのは、姉のアンジェリーナだった。

「だが、姉上が王太子妃というなら、おこぼれくらいは……」

だが、その家の子どもを、エミリが癇癪を起して叩いたところを見つかった。前から、子ども相手に暴力をふるっていたらしい。家の者が、止めさせてほしいとロビア公爵家へご注進で駆け付けたが、セバスは頑として関係を認めなかった。

「ロビア家と、関係はないというのですか?」

男爵家の使いの者は、訳がわからなくて、何回も確認した。

「そうだ。血縁上のつながりはない。ロビア家の勘当された末息子が晩年めとった妻とその連れ子だ」


こうなると容赦はない。

彼らは、怒った子どもの両親から殴り返されて、外へ追い出されてしまった。

「うちの幼い息子に何をした」

「嘘ばかりつきやがって!」

「嘘じゃないわ!」

そう、嘘じゃない。エミリの中で、自分自身は王太子殿下が迎えに来ても当然の存在なのだ。だから、そう言っただけだ。嘘なんかじゃない。アンジェリーナが王妃になるなら、自分だって……

「エミリ、殺されてしまうわ。ここから出ましょう」

母が小声でささやいた。

「あの子供が生意気で、失礼なだけよ! 私のことをだらしないと言うのよ!」

「まだいうか! だからと言って、七歳の子供を殴っていいのか!」

「私に向かって失礼なことを言ったんだから、当たり前よ」

男爵は息を止めた。この女は狂っている。思わず、平手で思い切り頬を張った。唇が切れて、血が流れた。


エミリは人の悪意と本気の憎悪を初めて知った。


人は怖いのだと。

人の気持ちがわからない彼女には、理解ができない。なぜ、憎まれるのか、どうすれば回避できるのか。


行先は救貧院だった。

救貧院に拾ってもらって幸運だったのだ。でなければ、どこの町にもある
本当に汚い掘っ建て小屋のような得体のしれない家に住み、人からの施しで暮らすことになったかもしれない。

救貧院の小母さんは怖かった。気に入られないと容赦なく手が出る。ほかの人たちにはそんな真似はしないのに。

ある日、母が別の棟に移ってしまった。

これまで、母はエミリの仕事の分もこっそりやってくれた。それで、エミリは助かっていた。少ないご飯も自分は食べないで、分けてくれた。

だが、離されてしまった。

どうして?

エミリはもう、公爵家での暮らしは忘れてしまっていたし、一日一日を送ることで精いっぱい、母に文句を言って暮らしていた。

「お母さんは病気なんだよ」

寮母の小母さんは、大きな目をして、じろじろエミリを眺めながら教えてくれた。

「あんたの面倒を見切れないんで、自分から、あっちの棟へ移ったのさ」

「なんで?」

エミリは思わず叫んだ。

「じゃあ、私もそっちに行く」

寮母の小母さんはエミリの肩に手をかけて、押しとどめた。

「あんたのお母さんは、いい人ではなかった。公爵家の乗っ取りを謀っただなんて、バカだと思うよ。犯罪だからね。だけど、死ぬ時くらいは勘弁してやんなよ。あんたに食わして、あんたの仕事を代わりにして、すっかり弱ってしまったんだ」

「だって、これから私はどうしたらいいの? 私に全部仕事をしろというの? ごはんだって足りないのよ? 誰が分けてくれるの?」

寮母の小母さんの目に憐みの色が浮かんだ。

いつまで経っても分からないのだ。



だが、ここに唯一、満足げな人物がいた。

セバスである。

「因果応報」

彼は言った。

「私が何もしなくても、モノの道理を世間様が教えてくれるってわけですね」

彼は何ごとか、硬い鉛筆でちまちまとメモすると、パタンと手帳を閉じた。

「もう、ここに来ることはない。さあ、ジョン、お屋敷迄帰ってくれ」

ごく普通の、しかし、この界隈では立派過ぎる馬車がガラガラと離れていった。

「マラテラス侯爵夫人には、いい報告が出来るわい」

馬車の中で、セバスはほくそ笑んだ。

「ロビア家に逆らうとどうなるか。あのようなお家を相手に、くだらない詐欺を仕掛けた女は死につつある」

バーバラ夫人は病気に間違いなかったが、エミリのそばを離れたのはそれが理由ではなかった。

「エミリと一緒だと死んでしまう」

「もう十分世話をしたわ! 公爵家へ行ったのも、エミリのため。私は仕方なくてやっただけよ!」

セバスは知っていた。

金があれば、内部の話を聞くことだって簡単だ。

「何が、仕方なくて、だ」

仕方なくてしたことだったら、おとなしく下女代わりにでも働けばいい。
なぜ、アンジェリーナお嬢様をいじめる必要がある?

だが、このことはアンジェリーナお嬢様には知らせるまい。

「アンジェリーナ様はお優しい。あのような者に、情けをかける必要はない。何かあれば、手を下すつもりだったけれど、案の定の行く末をたどったな。人の世のことわりだよ」



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どう考えても、この作者、後日談不向きタイプ。
不向きの理由は、次回から炸裂。
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