上 下
37 / 62

第37話 マグリナには、イアンはいない

しおりを挟む
私はダンスのレッスンとドレスの仮縫いの合間を縫って、暇さえあればギルドへ通った。


今、私は魔術ギルドの会員なのだ。

依頼をとっくりと眺める。

ダンスパーティが済むまで依頼を受けてはならないと伯母から厳命されているので、とりあえず受けないけど、ダンスパーティが終わったら、どの依頼から受けるべきか、虎視眈々と検討中である。

それから、ここへ来るのは、イアンの噂を集めるためだ。

ギルドの受付嬢というか受付夫人は、私がマラテスタ家の一員と知ってから、態度を改めた。とても丁重になった。

逆に噂を聞きにくい。

大体、マラテスタ家の親戚だというだけで、ギルドに登録できるなら、私、一体、何のためにわざわざフリージアへ行ったんだろう。

伯母が知らないことだってあるだろう。しかし、この程度のことなら、少し調べればわかるのに、なぜフリージアまで行くことになったのかしら。

「若い娘さんが、ギルド会員になるとは珍しい」

ギルドで、いつものように貼り付けられた依頼書のメモを取っていると、背中から話しかけられた。

「覚えてる? カルロとマーシーだよ。前、会ったことあるよね?」

顔も名前も全く覚えてないけど、そう言えば、前に一度ギルドで話しかけられたことがある。その人たちかしら。

「君、魔力があったんだね。ギルドに登録したって聞いたんだけど?」

彼らは好奇心でいっぱいだった。

その後ろから、一人の中年のギルド員も何だか不満そうな顔つきでやってきた。

「カルロ、その娘なのか。実力もないのに縁故で我がギルドに入ったと言う娘は」

カチンときたけど、これはしょうがない。

ウチの護衛騎士が、マラテスタ家の親戚でーすと宣言しただけで、ギルド入会を果たしたのだから。

ギルド会員は希少な魔力の持ち主だからという理由で非常に尊敬されて、プライドの高い人が多いらしい。入会するには、厳しいテストを受けて実力を証明しなくてはならないからだ。

「それなりのテストがあるにも関わらず、テストを受けず、力もないくせに、縁故で裏口入会したそうだな」

中年男はしつこくネチネチ言い募った。カルロとマーシーは、困った顔になって引っ込んでいる。

魔力はそれなりだと思うの。だけど、困ったわ。伯母からは魔力を人前で出さないようにと言われている。

だが、この時点で、ウチの護衛騎士がシュタタタタと走ってきた。

後で知ったが、国一番の魔法力の持ち主の伯母は、ギルドの大御所だったそうで。
護衛騎士は、ギルド内でマラテスタ家の一族に無礼を働く者などいるはずがないと言う理屈で、少々気が緩んでいたらしい。

「副ギルド長!」

護衛騎士は叫んだ。

「何をなさいます! マラテスタ家がお預かりしている女性ですよ?」

副ギルド長!
そう言えば、前に会ったことがあるわ。そして、その時も感じ悪かった。

「この女は、マラテスタ家の侍女だろう」

「失礼を言っちゃいけません!」

護衛騎士は、副ギルド長を引きずっていってしまった。カルロやマーシーの前では、言いたくないことがあるに違いない。

私たちは取り残されて、気まずそうにしていた。

「魔力持ちなの?」

カルロが聞いた。

「まあね。そうね」

いい機会だった。私は、思い切ってイアンの話を持ち出すことにした。
ドキドキしながら。

「騎士団員のことなら、大抵の人がよく知ってるよ。イアンは女の子には人気だったよ」

そう言うとカルロはニヤリとした。

ううっ、気まずい。

「でも、相当な家の御曹司だろうって言われてたよ。それで、余計に人気だったよ」

「俺んちの妹がファンでさ。名前も名乗らないかっこいい騎士様だって、一時、騒いでいた」

「イアンのお家はどこなのかしら? 家名は?」

二人は顔を見合わせた。

「騎士団に友人も多かったんだけど、誰も知らなかったよ。本人が話さなかったらしい」

「……誰にも?」

「それも噂になってたよ。みんなイアンという名前だけしか知らない。でも、もう半年か一年くらい前かな?」

赤毛のマーシーもうなずいた。

「多分それくらいだと思うな。まったく見かけなくなった」

ああ。それって、ケガをした頃だ。

でも、その後、誰も見ていないというなら、王都を離れて領地へ帰ったのだろうか。

「わからない。でも、星祭りの夜、見かけた人がいたよ」

「え?」

「とてもかわいい恋人と一緒だったみたいだよ? 猟師のなりをしてたって。御曹司のイアンが何してんだって噂にちょっとなったけど、その後は、なんの噂も聞かないな」

私は落ち込んだ。

「イアンは、ここにはいないんじゃないかな。さすがの俺の妹も、新しい恋人を見つけたよ」

カルロが追い打ちをかけた。

「イアンがいなくなってからずいぶん経つ。君も、切り替えて、ほかを考えてみたらどうかなあ? この間、お茶のお誘いしたことがあると思うけど、あれ、まだ、有効だよ?……」

私は、親切なカルロに「お手紙の有効期限ってあるんですね」と返事して、ギルドを出た。


マグリナに来たかったのは、イアンに会えるかも知れないと言う、ほのかな期待があったから。

「世の中甘くないよね……」

希望が一つ消えただけだ。

夜空に瞬く星が美しいのは、イアンも同じ星を見ているかも知れないから。
星のうちの一つがスーッと落ちて、暗黒の闇に吸い込まれて消えた。

別に生活が変わるわけではない。いつも通りの日々が流れるだけだ。


「お嬢さまが、最近、ものすっごく、暗いんですけど」

「何かあったんでしょうか。自室に立てこもって、本を読んでいるふりをしているつもりらしいんですけど、本が逆さになってましたわ」


私はギルドの依頼を見ては、次々と依頼されている(でも、私が受けているわけではない)商品を作成して行き、おとなしくダンスのレッスンを受け、黙って、それはそれはすばらしいドレスを試着した。

「ロビア公爵のご令嬢らしい、本当に美しく堂々としたご様子です」

侍女のハリエットがほれぼれした様子で言った。

「では、次は午餐に招かれた時のドレスを……」

どうして、パーティ出席の時用以外のドレスが、こんなにたくさん仕上げられているのか?

でも、私は抗議する気力もなければ、興味もなかった。


「少し早めにお戻りをと、マラテスタ侯爵夫人から言いつかっております」

メアリが言った。

「ロビア公爵令嬢として、お披露ひろめしないといけないとの仰せで」

「それはどういうこと?」

さすがに私は聞いた。

まだ、バーバラ夫人とエミリは、公爵家の敷地内に頑張っているはずだ。彼女たちの排除は、ノラネコについたノミより駆逐が難しい。

「バーバラ夫人とエミリ嬢が、ついに公爵邸から出て行ったそうですわ」

「えええ?」

よくあの二人が家を出ることを了承したわね。

メアリが口元を歪ませて笑った。

「アンジェリーナ様が、お元気でいらっしゃることが世に広まったからですわ。伯母さまがロビア公爵邸で待っていらっしゃいます」





しおりを挟む
感想 66

あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】偽物と呼ばれた公爵令嬢は正真正銘の本物でした~私は不要とのことなのでこの国から出ていきます~

Na20
恋愛
私は孤児院からノスタルク公爵家に引き取られ養子となったが家族と認められることはなかった。 婚約者である王太子殿下からも蔑ろにされておりただただ良いように使われるだけの毎日。 そんな日々でも唯一の希望があった。 「必ず迎えに行く!」 大好きだった友達との約束だけが私の心の支えだった。だけどそれも八年も前の約束。 私はこれからも変わらない日々を送っていくのだろうと諦め始めていた。 そんな時にやってきた留学生が大好きだった友達に似ていて… ※設定はゆるいです ※小説家になろう様にも掲載しています

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

【完結】皆様、答え合わせをいたしましょう

楽歩
恋愛
白磁のような肌にきらめく金髪、宝石のようなディープグリーンの瞳のシルヴィ・ウィレムス公爵令嬢。 きらびやかに彩られた学院の大広間で、別の女性をエスコートして現れたセドリック王太子殿下に婚約破棄を宣言された。 傍若無人なふるまい、大聖女だというのに仕事のほとんどを他の聖女に押し付け、王太子が心惹かれる男爵令嬢には嫌がらせをする。令嬢の有責で婚約破棄、国外追放、除籍…まさにその宣告が下されようとした瞬間。 「心当たりはありますが、本当にご理解いただけているか…答え合わせいたしません?」 令嬢との答え合わせに、青ざめ愕然としていく王太子、男爵令嬢、側近達など… 周りに搾取され続け、大事にされなかった令嬢の答え合わせにより、皆の終わりが始まる。

母の中で私の価値はゼロのまま、家の恥にしかならないと養子に出され、それを鵜呑みにした父に縁を切られたおかげで幸せになれました

珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれたケイトリン・オールドリッチ。跡継ぎの兄と母に似ている妹。その2人が何をしても母は怒ることをしなかった。 なのに母に似ていないという理由で、ケイトリンは理不尽な目にあい続けていた。そんな日々に嫌気がさしたケイトリンは、兄妹を超えるために頑張るようになっていくのだが……。

愛人をつくればと夫に言われたので。

まめまめ
恋愛
 "氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。  初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。  仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。  傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。 「君も愛人をつくればいい。」  …ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!  あなたのことなんてちっとも愛しておりません!  横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。 ※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…

愛されなかった公爵令嬢のやり直し

ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。 母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。 婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。 そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。 どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。 死ぬ寸前のセシリアは思う。 「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。 目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。 セシリアは決意する。 「自分の幸せは自分でつかみ取る!」 幸せになるために奔走するセシリア。 だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。 小説家になろう様にも投稿しています。 タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。

処理中です...