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第5話 中年の社長の恋。めんどくせえ

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 修平は絵のことは、よく分からなかったが、素人目にも葉山がただならぬ腕の持ち主なのだということはわかった。

 あれで美大を出ていないって、どういうことなんだろう。

 美大に行きたいと言っていたのも理解できた。ただ、もう、十分、商業ベースに乗っている。美大へ行く必要があるのか良く分からなかった。

 社長が営業に精を出しているのも、理由がわかった気がした。しかし……

「ねえ、葉山、いつからここで働いてるの?」

 葉山が振り向いた。

「えー? いつだっけ。えーと、修平より一か月くらい前からだよ」

 修平はびっくりした。もっとずっと前から、社長と一緒なんだと勝手に思い込んでいたのだ。

 社長が帰ってきて、修平は帰る時間になったので、外へ出た。

 もう、春は過ぎてしまっていて、七時くらいまで日が落ちない季節になっていた。
 いつものように大阪駅まで、電車の高架沿いの道路を歩きながら、修平は考えに耽っていた。

 修平は、社長と葉山は長い付き合いなのだと、思っていたが、そうじゃなかったのだ。

 たった一か月、彼より先に入社しただけだったのか。


 彼らはどうやって知り合ったのだろう。
 なんだか、とても気になった。

「まさか、東通りとかで拾ってきたとかじゃないよな?」

 修平はバイトだったので、忙しくなっても、やることは一緒だった。配達や荷物の整理や入金などが主だったから、残業すればこなせる仕事だった。特に気を使う仕事でもない。

 だが、葉山の方はそうはいかなかった。

 何かを思いつく仕事と言うのは結構きついらしい。社長が心配そうにしていた。社長は気を遣う質だった。

 ある日、修平が出勤してみると、葉山がいなくて、代わりに社長が事務所にいた。

「葉山さんは?」

「うん。ちょっと……」

 社長の様子がおかしかった。
 イライラしている、心配していることがわかった。

「ねえ、前に修平クンの友達とデートしに行ったことあったよね?」

 社長が急に話しかけてきた。

「ええ、ありました。でも……」

「でも、なに?」

 いつもは穏やかな社長の剣幕に修平はびっくりして口ごもった。

「なんかあったの?」

「いえ。何もなかったみたいで、合わないので、デートも途中でやめてしまったと聞きました」

「そうなの……」

 社長は知らなかったのかな。葉山は、社長は知ってると言っていたが。

「あの、葉山さん、どうかしたんですか?」

 ついに修平は思い余って聞いてみた。

 社長がきっとなって振り返った。

「なんでもないわ!」

 あわてて、修平は仕事に戻った。だが、最近の様子で言うと、葉山がいないと、ここの事務所の仕事は全く進まないのではないか?

 社長は思い悩んでいるようだったが、とうとう修平に打ち明けた。

「葉山ね、昨日、帰ってこなかったのよ」

 えーと、それがなにか?

 葉山の正確な年齢は知らなかったが、大学に入るには年を取りすぎていると言っていたから、多分修平よりは年上だろう。そんな男が帰ってこなくたって、別に心配する必要はないと思うが?

「でもね、あの子、行く先がないはずなのよ。大阪には友達が誰もいないって言ってたから」

 葉山は不思議だった。いったい、どこの出身で、何をしていたのだろう。

「だから、ここに来たのに」

「お知り合いだったのですか?」

「いいえ。全然。三ヶ月前に、梅田の東通り商店街の入り口のところに立っているところを見つけたのよ……」

 まさか……。また、東通りなのか。

「客を引いてんのかと思ったわ……」

 おそろしいな、葉山。客引きに見えたのか。

「でも、素人なのはすぐわかった。連れて帰ってきたの。雨の日で、濡れたまま立ってたから」

 何をしてたんだろう、葉山は。相変わらず不健康な奴だ。

「まるで、迷子になった子猫みたいだった……ぬれた髪が、ネオンできらきら光って雫が垂れていた……」


 修平は黙っていた。社長の感想だから、修平としては異論をさしはさむ余地はない。
 社長の感想については、修平なりの感想はあるが、聞いたら社長は落ち込むだけだろう。ほかの点では申し分なくいい社長なんだが……葉山がらみ以外では、結構抜け目ない商売人でもあった。

「ここで働いていいって言ったの。最初はあんたに、今、してもらっている仕事をやらせてんだけど、パソコン使えるって言うから、あたしが受けた仕事のうち、簡単なのをやらせてみたら、すごくうまいの……あたしは引退に追い込まれたわ」

 あの絵は誰にでも描けるものじゃない。

「でも、もっといい仕事を探してやろうと思った。あの腕はあたしがやってたようなチンケな仕事じゃもったいない。でも、一旦納入した得意先は必ずあの子をまた指名してくるの。すぐには切れないわ。この頃、仕事が詰んでたのはわかってたんだけど……」

 ということは、単に仕事がしんどくなって、逃げたのか、葉山。

 しんどいだけで逃げたのか、そんなにお世話になってたくせにか?

「違うのよ。そうじゃないの。無理を頼んだあたしが悪かった。あの子は絵がうまくて、うますぎて、どんどん話が来たの。でも、あの子は、そんな子じゃなかった」

 出来損ないの背の低いフレディ・マーキュリーみたいな男が震えていた。

「あたしが悪かった。でも、どうしたらいいかわからないのよ。一体、どこに行ったのかしら」

 社長は思いあぐねて、ずっと悩んでいたらしかった。修平は悩む理由がわからなかった。そもそも中年のおっさんが、どっぷり恋愛に沈んで、仕事も手につかないってどうなの?

 ……とも思ったが、今の話によると、締め切りをどっさり抱えた葉山が、嫌になってどっかに行ってしまったと。
 それって、仕事上、大問題なんじゃ……社長だってわかってるだろうに、何を思い悩んでいるのだ。
 葉山ときたら、仕事の重要性をどこまで理解してるのか、全然わからないヤツだ。
 とっとと、ヤツをとっ捕まえて、仕事をさせなきゃ。

 修平は思わずムカッとなった。

「どんな子でも、いいから、とにかく今は探したいんですか? そうじゃないんですか?」

 思わず、修平は怒鳴った。

 あの葉山のことだ。何かやらかしているに決まってる。糸の切れた凧のような男だ。

 なんで、あんなのが好きなんだ。大事なんだ。

「行き先がわからない……修平クン、ほかに知り合いはいない?」

 修平ははっとした。
 そうだ、松木だ。携帯を取り出して、急いでかけてみた。

『おかけになった電話番号は電波の届かないところに……』

 松木……なんで、こんな時に……

「そ、そうだ!」

 佐名木だ。今回ばかりは何かの役に……

 今度は一発でつながった。

「ねえ、葉山知らない? 連絡とか取ってなかった?」

「え? 何なの? 今度は? どんなニュース?」

 ……これは、何も知らないんじゃないか?

「葉山と連絡とったことは?」

「ないのよ、それが!」

 答えには妙に力がこもっていたが、ないのかよ。じゃあ、用はないわ。

 問答無用で電話を切った。こんな緊急事態で、佐名木と話すのは、ただの時間の無駄だ。

 緊急事態?

 緊急事態ではない。葉山にとっては、別に緊急事態ではないだろう。やつにしてみれば日常茶飯だろう、多分だけど。前、何してたんだか、知らないけど。

 緊急事態なのは、そこの社長だ。それと、仕事だ。

 修平は社長が好きだった。
 いつでも、ゲイ丸出しで変な格好だったが、それとは別に、どこか尊敬できた。

 誰かが誰かを尊敬する理由は、良く分からない。
 敵対する立場にあったりすると、相手の要望を無残に蹴ったりしなきゃならないことはよくある。
 それなのに、同じことをしているのに、顔も見たくなくなる人間と、軽蔑したくなる人間、逆に仲良くなったり、なんとなく尊重したくなる人間と、どんどん分かれていくのはどうしてなんだ。

「俺、心当たりを探してみます」

「心当たりってなに? あたしも探すわ」

「それは……」

 思い出したのは、東通りで会ったという女だった。

『うっとりした…』

 どういう感性なのかさっぱりわからない。

 でも、行ってみようかと思ったのだ。

「ええと、松木の家に行って、聞いてみます。十三だからすぐです。携帯、切らしてるらしくて。多分、何も知らないんじゃないかと思いますけど……」

 社長はぐったりしていた。松木は修平の友達だったから、修平に任せるほかない。それに、あまり期待が持てそうになかった。

 東通りの魔性の女の話はしなかった。どういう反応が返ってくるかわからなかったし、修平としては、あまりにも薄弱な根拠だった。

 あんな長い、人だらけの通りなんか、正直探しようがなかった。

 でも、社長を見ていられなかったのだ。

「行ってきます」

 社長は無言だった。
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