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第119話 おまけ ボリスの運命
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時は走り過ぎていく。
ボリスがやっと牢から出されたのは、もう、何もかもが終わった後だった。
アラン殿下はとうの昔にセドナに帰っていたし、シエナはリオと結婚し、アッシュフォード子爵夫人を名乗っていた。
その上、バカにしていたリーズ伯爵邸前を通りかかると、建物はきれいに改装され、少しだけ見える庭の様子も以前とはまるで違ってよく手入れされていた。
以前は、広かったものの荒れ放題だったのに。
「こりゃあ、たかり甲斐があるってもんだな。よかったぜー」
しかし、彼はまずは自分の家に戻らなくてはならない。
「小銭一枚持ってないんだ。全く何もしてないってのに、酷い目に遭わされた。父上に早速言わなきゃいけない。父上も父上だ。なんで、こんなに長い間、俺をほったらかしにしたんだ」
本当に金を持っていなかったので、ボリスは歩いて屋敷に戻った。
牢の中で、途中から彼は、どうでもいい人になっていた。
アラン殿下は、ボリスの無礼を咎めはしたが、帰ってしまった。
娼館や小商売人どもが訴えたのは、ボリス本人ではなくて父の侯爵だった。ボリス本人が金を持っていないことを彼らは熟知していたのである。
ボリスを投獄する理由がなかった。
ただ、ほとぼりが冷めるまで入れておけというのがモーブレー公爵の意見だった。
だから、アラン殿下がセドナに戻れば、恩着せがましく解放する予定だった。ところが、今度は、父のレイノルズ侯爵が帝国の皇女様を連れてきてしまったのである。
「レイノルズ侯爵は、弱い人間を脅したり、少額のつまらない詐欺を働くことは得意でも、国際政治など全くわかっていないのではないか?」
回り回って、レイノルズ侯爵が帝国に出したという手紙を読んだ宰相のグレイ侯爵は首をひねった。
帝国などと取引するのは危険だ。
誰もがその認識のはずだった。
なのに、堂々とお手紙を出してしまった貴族がいた。
帝国では身分制度は厳密で、貴族かそうでないかで区別される。そして、彼らの認識では、貴族というものはどうやら国王の身内らしい。
「私も詳しい事は知らないけれども、帝国において、新しい皇女を見つけたと報告することは、その方の味方をしますという意味らしい」
モーブレー公爵も帝国のことはよく知らない。国交がないからだ。
「次の皇帝に誰がなるかは、必ず血で血を洗う抗争になる。そこへ皇帝になれない皇女を押し立てて参戦するのは、訳がわからない。だから、次皇帝への立候補じゃなくて、帝国へのおもねり、味方するという意思表示と取られたのかもしれない。だって、お金をもらってるから」
「えっ? そうなのですか?」
モーブレー公爵は大声を上げた。
「ここに金百枚とある」
マドレーヌ嬢がよこした汚らしい紙の中に受取が混ざっていた。
「帝国語なんで、侯爵は読めなかったのではないか?」
なんともお粗末。そして、軽率。
「でも、金子は受け取ったのですね?」
「多分。返しようがない。返そうものなら、殺されると思う。侯爵の認識は不明だが」
レイノルズ侯爵は現在、行方不明だ。
帝国と事を構えたくなければ、レイノルズ家は消滅しなければならなかった。
「一旦、お味方しますと宣言しといて、後から何の話ですか?は、帝国には通用しない。マドレーヌ嬢とレイノルズ侯爵は、旅立った」
「どこへ?」
モーブレー公爵は尋ねた。
「もちろん、帝国へさ。ゴートを追放されたのだ。どこへとなり行くが良いと。帝国なら、他国へ忠誠を誓った者は、スパイだ。追放されるのが常だ。ゴートにそんな決まりはないが、帝国方式に合わせないとね。でないと痛くもない腹を探られるからな」
「どう言う意味ですか?」
グレイ侯爵は肩をすくめた。
「ゴートはスパイは許さない。バレたレイノルズ侯爵は国外追放されたのだ。皇女を伴うのは皇帝への義務だ」
モーブレー公爵はゾッとした。
今頃、その二人はどうしているのだろう。
「マドレーヌ嬢が気の毒ですな」
「確かにね。でも喜んでたのだろ? 高いところに登って喜ぶバカのようだ。落ちる可能性を忘れている」
「侯爵は?」
「金子をもらって、皇帝に感謝されたと言っていたからな。自分に手荒な真似をすると、皇帝陛下が黙っちゃいないと息巻いてたが、皇帝の子どもが九十人ほどいる話を聞かせたら、黙ってしまった」
レイノルズ侯爵は、知らなかったのだろうな。
「今頃どこにいるかねえ」
「はあ。そうですねえ」
二人はため息をついた。
「どこにいるんだ! 父上!」
旧侯爵家の前で、ボリスは叫んだ。
他人の屋敷に押し入ろうとして、警備兵を呼ばれて危うく牢に逆戻りするところだった。
「ボリスはどうなるんですか?」
モーブレー公爵に聞かれて、グレイ侯爵は答えた。
「牢屋で食費を払うのが嫌になったから、出したよ」
「えっ? あんな悪人を?」
「だって、あの男は、父親がいたから偉そうにしていただけだ。もう、父の侯爵はいない。これまで仲良くしていた連中だって、ヤツが金を持っていたから付き合ってただけだ。荷物運びでも、何でもやるだろうよ。悪事を企んだわけじゃないからね。そんな頭はない」
それは、それでキツそうな。
「改心の良い機会を与えられたと思おう。何事も神の御心のままに!」
そうなの? これって、超現実主義なだけなんじゃないの? 神様の出番なんかどこにもないだろう!
しかし、全ては済んでしまったこと。
三日たったら、二人とも忘れていた。
ボリスがやっと牢から出されたのは、もう、何もかもが終わった後だった。
アラン殿下はとうの昔にセドナに帰っていたし、シエナはリオと結婚し、アッシュフォード子爵夫人を名乗っていた。
その上、バカにしていたリーズ伯爵邸前を通りかかると、建物はきれいに改装され、少しだけ見える庭の様子も以前とはまるで違ってよく手入れされていた。
以前は、広かったものの荒れ放題だったのに。
「こりゃあ、たかり甲斐があるってもんだな。よかったぜー」
しかし、彼はまずは自分の家に戻らなくてはならない。
「小銭一枚持ってないんだ。全く何もしてないってのに、酷い目に遭わされた。父上に早速言わなきゃいけない。父上も父上だ。なんで、こんなに長い間、俺をほったらかしにしたんだ」
本当に金を持っていなかったので、ボリスは歩いて屋敷に戻った。
牢の中で、途中から彼は、どうでもいい人になっていた。
アラン殿下は、ボリスの無礼を咎めはしたが、帰ってしまった。
娼館や小商売人どもが訴えたのは、ボリス本人ではなくて父の侯爵だった。ボリス本人が金を持っていないことを彼らは熟知していたのである。
ボリスを投獄する理由がなかった。
ただ、ほとぼりが冷めるまで入れておけというのがモーブレー公爵の意見だった。
だから、アラン殿下がセドナに戻れば、恩着せがましく解放する予定だった。ところが、今度は、父のレイノルズ侯爵が帝国の皇女様を連れてきてしまったのである。
「レイノルズ侯爵は、弱い人間を脅したり、少額のつまらない詐欺を働くことは得意でも、国際政治など全くわかっていないのではないか?」
回り回って、レイノルズ侯爵が帝国に出したという手紙を読んだ宰相のグレイ侯爵は首をひねった。
帝国などと取引するのは危険だ。
誰もがその認識のはずだった。
なのに、堂々とお手紙を出してしまった貴族がいた。
帝国では身分制度は厳密で、貴族かそうでないかで区別される。そして、彼らの認識では、貴族というものはどうやら国王の身内らしい。
「私も詳しい事は知らないけれども、帝国において、新しい皇女を見つけたと報告することは、その方の味方をしますという意味らしい」
モーブレー公爵も帝国のことはよく知らない。国交がないからだ。
「次の皇帝に誰がなるかは、必ず血で血を洗う抗争になる。そこへ皇帝になれない皇女を押し立てて参戦するのは、訳がわからない。だから、次皇帝への立候補じゃなくて、帝国へのおもねり、味方するという意思表示と取られたのかもしれない。だって、お金をもらってるから」
「えっ? そうなのですか?」
モーブレー公爵は大声を上げた。
「ここに金百枚とある」
マドレーヌ嬢がよこした汚らしい紙の中に受取が混ざっていた。
「帝国語なんで、侯爵は読めなかったのではないか?」
なんともお粗末。そして、軽率。
「でも、金子は受け取ったのですね?」
「多分。返しようがない。返そうものなら、殺されると思う。侯爵の認識は不明だが」
レイノルズ侯爵は現在、行方不明だ。
帝国と事を構えたくなければ、レイノルズ家は消滅しなければならなかった。
「一旦、お味方しますと宣言しといて、後から何の話ですか?は、帝国には通用しない。マドレーヌ嬢とレイノルズ侯爵は、旅立った」
「どこへ?」
モーブレー公爵は尋ねた。
「もちろん、帝国へさ。ゴートを追放されたのだ。どこへとなり行くが良いと。帝国なら、他国へ忠誠を誓った者は、スパイだ。追放されるのが常だ。ゴートにそんな決まりはないが、帝国方式に合わせないとね。でないと痛くもない腹を探られるからな」
「どう言う意味ですか?」
グレイ侯爵は肩をすくめた。
「ゴートはスパイは許さない。バレたレイノルズ侯爵は国外追放されたのだ。皇女を伴うのは皇帝への義務だ」
モーブレー公爵はゾッとした。
今頃、その二人はどうしているのだろう。
「マドレーヌ嬢が気の毒ですな」
「確かにね。でも喜んでたのだろ? 高いところに登って喜ぶバカのようだ。落ちる可能性を忘れている」
「侯爵は?」
「金子をもらって、皇帝に感謝されたと言っていたからな。自分に手荒な真似をすると、皇帝陛下が黙っちゃいないと息巻いてたが、皇帝の子どもが九十人ほどいる話を聞かせたら、黙ってしまった」
レイノルズ侯爵は、知らなかったのだろうな。
「今頃どこにいるかねえ」
「はあ。そうですねえ」
二人はため息をついた。
「どこにいるんだ! 父上!」
旧侯爵家の前で、ボリスは叫んだ。
他人の屋敷に押し入ろうとして、警備兵を呼ばれて危うく牢に逆戻りするところだった。
「ボリスはどうなるんですか?」
モーブレー公爵に聞かれて、グレイ侯爵は答えた。
「牢屋で食費を払うのが嫌になったから、出したよ」
「えっ? あんな悪人を?」
「だって、あの男は、父親がいたから偉そうにしていただけだ。もう、父の侯爵はいない。これまで仲良くしていた連中だって、ヤツが金を持っていたから付き合ってただけだ。荷物運びでも、何でもやるだろうよ。悪事を企んだわけじゃないからね。そんな頭はない」
それは、それでキツそうな。
「改心の良い機会を与えられたと思おう。何事も神の御心のままに!」
そうなの? これって、超現実主義なだけなんじゃないの? 神様の出番なんかどこにもないだろう!
しかし、全ては済んでしまったこと。
三日たったら、二人とも忘れていた。
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