どん底貧乏伯爵令嬢の再起劇。愛と友情が向こうからやってきた。溺愛偽弟と推活友人と一緒にやり遂げた復讐物語

buchi

文字の大きさ
上 下
109 / 120

第109話 護衛、肝を冷やす

しおりを挟む
「キャロライン様、どちらに向かわれますか?」

パトリックは、裕福な貴婦人たちが買い物などの時に雇う護衛よろしく女主人(のつもりの)キャロライン嬢に声をかけた。

何しろ、キャロライン嬢はパトリックが個人的に敬愛する赤公爵のお嬢様だ。
安全に気を配るのはもちろん、お楽しみいただかなくてはならない。

「そうねえ。あまり人のいないところがいいわ」

パトリックは一瞬黙った。
人でいっぱいの十二月祭りの最中に、人がいないところってどこ?

「でも、まずはお腹が空いたわ。あそこの肉の串焼きを食べてみたいの」

「……あれですか」

それはすごくいい匂いがする、あぶらしたたるうまそうな串焼きだったが、いかんせん庶民の食べ物過ぎて、パトリックだって食べたことがない。

「二人前、買ってきて頂戴」

「二人前……」

あんなでかい串を二つも食べるの?
キャロライン嬢は意外に大食いだった……わけではなく、もちろん二人で一本ずつ分け合って食べる計算だった。

「串を持って手がふさがると、いざという時、剣が抜けませんので、護衛は食べないことになっております」

パトリックは固辞したが、キャロライン嬢が解決策を出した。

「それなら、食べさせてあげます」

「あ、いえ、そんな……」

パトリックは目を白黒させたが、キャロライン嬢は言った。

「護衛なのですから、しっかり見張りをしてくださいね。そちらの手抜きは困りますから」

人でいっぱいの噴水前のベンチに座って、(見た感じだけは)どのカップルにも負けないくらい甘々な雰囲気で、キャロライン嬢は迷うことなくパトリックの口に焼き立ての肉を突っ込んだ。

「アジイ!(熱い!)」

パトリックは思わず涙目になった。

「ごめんなさい! ごめんなさい! 私としたことが」

キャロライン嬢はびっくりして焦りまくり、今度は自分の串をパトリックの膝の上に落としてしまった。

「アッツウウ!」

うっかり叫んでしまった。
冬なので厚地の服を着ていてよかった。それでも熱々の脂がしみ込んで熱かったけど。

「キャロライン様、私の肉とあなたの肉を交換しましょう。あなたの肉は、私の膝の上に落ちてしまったので汚いと思います」

「ごめんなさい、リーズ様」

キャロライン嬢は泣いていた。嫌われちゃうわ。

「大丈夫。熱くない、熱くないですから」

護衛対象を泣かせてしまっては 護衛失格である。パトリックは一生懸命キャロライン嬢を慰めた。

自分の妹と同い年の令嬢である。
シエナと違ってかなり抜けているようだけれど、大貴族の両親に大事にされて育ったせいか、素直でかわいらしい。
肉を足に落とされたところで、せいぜいが軽いやけどだ。
敵勢に切り込み隊長をしてきたパトリックは小さなケガなら散々してきた。これくらい平気である。そんなことより、赤公爵の愛娘を泣かせたら大ごとだ。

「さあ、串焼きを食べましょうね」

「あ、あとで、うちの医者を回しますわ」

「そんな心配いりません。さあ、肉をどうぞ」

「……ん。おいしい」

「よかったですね」
パトリックはニコリとした。キャロライン嬢はうっかり見ほれた。いい男……。

二人は肉汁のしみだらけになりながら串を堪能し、今度はキャロライン嬢は飲み物を所望した。

「仕事中は飲みませんので」

困惑した様子のパトリックに、キャロライン嬢はレモネードを買ってくるように言いつけた。

「酒じゃなかったのか」

当たり前だ。シエナがこんなところでお酒を飲みたいなどと言い出したら、パトリックは叱っただろう。

「でも、キャロライン様、ここは一番混むところです。レモネードを買ったら、場所を移りましょう」

「そうですわね」

だんだんと酒が回ってきて、いい調子になってきている連中も増え始めた。
騎士姿なら取り締まりようもあるのだが、今日はただの護衛の格好である。
こんな場所にキャロライン嬢を置いてはいけない。

「さあ、お手を拝借します」

パトリックの人ごみをかき分ける能力は、抜きんでていた。リオほどではないが、大きな体で割り込むと人混みは割れる。すらすらとレモネード売りのところまでたどり着き、金を払ってコップを受け取ったところで、事件は起きた。


「すごいきれいだよな。天使みたいだ」

すごく変わった格好をした男が声をかけてきたのだ。

カッとパトリックは目を光らせた。

祭りには必ずこういう手合いが現れる。酔っぱらって女に絡むのだ。キャロライン嬢は若くてかわいらしくてとてもきれいだ。本当に危ない。
パトリックは、とっさに自分の背中にキャロライン嬢をかばった。

「何か用か?」

「家はどこだ」

「家?」

「お手紙を書きたい」

相手は酔っぱらっているらしく、足元がおぼつかないが、まっすぐにパトリックの目を見つめてきた。

「唐突で驚くかもしれないけど、美しい。見ほれてしまった。天使がいるならきっと君のような顔と姿をしているんだと思う。肉体派天使だね。俺は画家だ。君を描きたい」

「は?」

キャロライン嬢じゃなくて自分? しかも画家?

「……と言われても困るだろう。おうちを教えてください。お手紙からスタートしたいと思う。手は出さない。もちろん、君さえよければ受け入れる用意はある」

何だ、こいつ……。

背中からキャロライン嬢が顔を出した。

「ちょっと。初対面の人間に向かって、ずうずうしくない?」

「キャロライン様。酔っ払いにまともな話は通じませんから」

「だからお手紙から始めようと提案している」

「お手紙って何? リー……ではない、彼に手を出そうと言うの? 私が許さないわ」

名前を言ってはいけない。相手はパトリックのお名前とご住所を知りたがっている。危険だ。自分だって、手紙を書きたいのを我慢しているのに。もっとも、何を書いたらいいかわからないんだけど。

画家だと名乗る酔っ払いは、パトリックに聞いてきた。

「かわいい女の子だけど、あなたの恋人か?」

「違う」
「違います」

「じゃあ、許さないも何もないだろうが!」

「やかましいわね。絵を描くだなんて、何がなんでも禁止よ!」

「いいですから、お嬢様。こんな酔っ払い時は放っておきましょう。この場を離れれば問題ないです。どうせ千鳥足なんですから、追いかけて来れませんよ」

冷静にパトリックがキャロライン嬢にささやいた。

「そ、そうね!」

「待て。俺は高名な画家なんだ。描いた絵を売ってやるぞ」

「え?」

キャロライン嬢が振り返った。

パトリック様の絵が手に入る?

「この肉体派天使が君に向かって謎の微笑みを浮かべている絵を描いてやる。あんたの部屋用に描いてもいいし、手元用にいろんな表情のデッサンを数枚描いてやるぞ。値段は、見てから決めてくれていい」

「いろんな表情のデッサン……欲しいわね。それで、あの……」
キャロライン嬢が、うっかり話に乗りかけたので、護衛のパトリックはあわてた。

「いいから、ここから離れましょう」

早口になったパトリックが、キャロライン嬢の腰をぐっとつかんで移動を開始した。

「一度だけ描いたことがある。お前の名前を知りたい。あの時は教えてもらえなかった……」

後ろから自称画家が大声で怒鳴った。

「え? 誰なの? あの人?」

もたつくキャロライン嬢にしびれを切らしたパトリックはレモネードごとキャロライン嬢を抱き上げた。
騎士様の鍛え抜かれた肉体はキャロライン嬢の一人や二人、簡単に抱き上げられる。パトリックは、足早に雑踏の中にまぎれていった。



中心部から少し離れて、多少人が少なくなったあたりで、パトリックはキャロライン嬢を下ろした。
令嬢はびっくりしたのかパトリックの腕の中でおとなしくしていた。
女性を抱きあげて運ぶのは初めての体験だったが、ちょっと楽しい。これって役得っていうやつ?
令嬢の方はいきなり抱き上げられて怒ってないかな?
横目でパトリックは、キャロライン嬢を眺めた。

しかし、キャロライン嬢はキョロキョロしていた。

「さっきの人、なんだったのかしら?」

キャロライン嬢は好奇心旺盛らしい。しきりと画家のことを気にする。
なんであんなヤツのことを気にするんだろう。

「あんな酔っ払って話しかけてくる男なんて、ロクな人間じゃありませんよ。画家なら公爵家に出入りの者がいるでしょう」

実は、パトリックはあの画家に見覚えがあった。

イライザ嬢とか言う、シエナの友達でコーンウォール卿夫人とも親しい令嬢がパトリックのデッサンを描かせてくれと頼みに来たことがある。
その時連れてきた画家ではないか。

「名前を教えておかなくてよかった」

まさか、あんな下心があるとは思わなかった。

「さっ、キャロライン様。レモネードを飲んで、落ち着きましょう」

「え? そうね」

二人は黙って果実水を飲み、売りにやってくる揚げ菓子や果物を買い、賑やかな回りの雑踏を眺めた。

「お嬢様、次はどこへ行かれますか?」

「ここでいいわ」

キャロライン嬢は言った。

人がいっぱいなので、思ったほど寒くはない。ところどころで、かがり火が焚かれ、周りは意外と明るい。

キャロライン嬢は、きっと、夜出歩くことなどないのだろう。

このような祭りに参加されるのも初めてに違いない。
しっかり護衛しなくては。

「だって、お父様に見つかったら大変じゃない」

キャロライン嬢は言った。

「しっかり見張っててね?」

は?  えっ?

パトリックはキャロライン嬢の顔を見つめた。
ブライトン公爵が護衛を頼んだんじゃないの?
まさかと思うけど、もしかして、公爵は令嬢の外歩きを知らないの?

パトリックの背中を冷たい汗が流れた。

しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

女神に頼まれましたけど

実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。 その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。 「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」 ドンガラガッシャーン! 「ひぃぃっ!?」 情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。 ※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった…… ※ざまぁ要素は後日談にする予定……

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

処理中です...