どん底貧乏伯爵令嬢の再起劇。愛と友情が向こうからやってきた。溺愛偽弟と推活友人と一緒にやり遂げた復讐物語

buchi

文字の大きさ
上 下
93 / 120

第93話 リーズ伯爵邸にて

しおりを挟む
その頃、リーズ伯爵の田舎の邸宅には訪問客があった。

「リオネール・ハーマン様から依頼を受けてきております」

ほこりの積もった汚らしいテーブル、昔は立派だったろうが、何点か欠けている椅子、伯爵本人は酒臭かった。

「この金額をすぐにお返しいただきたいと」

「リオネール……あのガキか。なまいきな。育ててやったのに」

「聞き捨てなりませんね。あなたは学費さえ出そうとなさらなかった。あなたがリオネール様にかけた費用はほとんどないと見積もられています」

「ばかばかしい」

弁護士は立ち上がった。

「残念ですな。お支払いいただけないなら、王都の裁判所でお目にかかりましょう」

「ま、待て。リオとは甥だ。弟の子どもだ。弟の財産を兄が使ってどこが悪い」

弁護士は不愉快そうに笑った。

「その理屈で行くと、あなたの弟はあなたの財産を自由にしてよいことになりますな。あなたの弟君の相続人がこの屋敷を差し押さえても文句はないですよね」

「差し押さえ?」

伯爵は目の色を変えた。

「ダメだ。差し押さえは嫌いだ」

「それなら、この金額を今すぐお支払いください。正直、この田舎の土地と建物、王都の住居を全部売っても、リオネール様のご両親の財産と見合うかどうか」

伯爵の頭の中に、まじめに仕事をしないで賭け事や贅沢にふけり、財産をすり減らして いつの間にか社交界の噂にさえならなくなった何人かの貴族たちが浮かんだ。

彼自身、憐れみと嘲笑を持って、彼らの噂を聞いたものだった。
平民の金持ちに無理に嫁がせた娘や、ろくに教育を受けられなかった息子たちの運命も哀れなものだった。

伯爵はこれと言って贅沢もしていない。貴族にふさわしいと言われるような仕事だけを選んでこなしてきた。金にはあまりならなかったが、びっくりするような贅沢をしたつもりもない。

「なんで、そんなひどい目に合わせるのだ。これまで何の音沙汰もなかったのに」

伯爵は抗議したが、弁護士は肩をすくめただけだった。

「リオネール様が成年に達したので、本人から申し立てができるようになったのですよ。リオネール様の申し立ては、すでに裁判所で認められています。あとは、あなたが差し押さえを不当として裁判を起こすかどうかですが、まあ、勝てないでしょうね。さもなくば、爵位や領地を債権債務ごと引き取ってくれる人を探すか……まあ、こんな借金まみれで今後とも利益を生みそうにないシロモノ、引き取るような酔狂はいないでしょう」

弁護士は、言うだけ言うと、一分でもこんなところにいるのは嫌だと言った様子で立ち上がった。

「待ってくれ」

弁護士はチラリと振り返った。

「何ですか?」

「リオに、リオに伝えてくれ。そんなひどい真似はやめてくれ。そして仕送りが欲しい。金持ちになったんだろう? この家に引き取ってやったんだ。感謝してるはずだ」

「他の親族に引き取られた方が、数倍マシだったでしょうね。まだ子どもだったアッシュフォード子爵に仕事をさせた件で、児童虐待で訴えましょうか?」

「アッシュフォード子爵?」

「ハーマン侯爵の養子になったので、リオネール様は、アッシュフォード子爵を名乗っておられます。それはもう、ご立派な方で」

そう言うと弁護士は、リーズ伯爵のなりをじろじろ見た。

「その方を虐待するとは。今の言葉でいくらか追加請求が来るかもしれませんよ? リオだなんて呼び捨ては止めた方がいいですな。あなたが懇意にしているレイノルズ侯爵より、ハーマン侯爵家は格上ですからね」

言うだけ言うと、弁護士はさっさと出て行った。

伯爵は、汚いテーブルの上の請求書の紙を見つめていた。

莫大な金額。

確かに、当時から借金で傾きかけていたリーズ伯爵家が一時的でも持ち直したのは、弟の財産を預かることになったからだ。

当時の出入りの弁護士も、リオの財産に手をつけないように、注意していた。
だが、当時から借金の取り立てに悩んでいた伯爵は、なし崩し的に使い果たしてしまって、今では何も残っていない。

使用人たちは、伯爵を見捨てて、全員出て行ってしまった。今では、食事も自分で作っている有様だ。

たまに領民の代表が、決められた金額を持ってくる。
今の伯爵は、その金で酒と食事を買っているだけの生活だった。

突然、伯爵は何もかもが嫌になった。

手元にあった請求書を暖炉目掛けて投げたが、紙はペラペラと舞い上がったものの、テーブルの上にまた落ちてきた。

絶対にここから動かないぞと言っているようだ。


突然、ドアが軋む音がして、人が入ってきた。

「誰だ?」

その人は、あたりを見回して、伯爵に目をとめた。その顔を見て、伯爵はすぐに気づいた。

「お前は……パトリックだな?」

伯爵は思い出した。すっかり忘れていたが、息子に手紙で借金の申し出をしたのだった。

「来てくれたのか!」

パトリックは嫌そうな顔をした。

「あんまり手紙がしつこいのでね。だが、なんだ、この有様は! 座る椅子もないじゃないか。どうしたんだ」

「金がなくて……売ったんだよ。昔の椅子を集めてる人がいて……」

パトリックはすぐには返事をしなかった。

「そんなことか! 俺はもう、この家とは関係ない。まるで疫病神のようだ」

貧乏神である。

「二度と来ない。どうせ借金まみれなんだろう。もう関係ない!」

「せっかく来たのに……」

その時、伯爵の頭に、悪魔的なアイデアが浮かんだ。

「パトリック、お前は俺の長男だ!」

もう帰りかけていたパトリックだったが、嫌そうに振り返った。

「パトリック、ペンを貸せ」

「ペン?」

パトリックは内ポケットから、王都で最近流行り出した携帯用のペンを渡した。

伯爵は飛びつくようにペンを受け取ると、さっきの請求書の裏側に書いた。

『私こと、リーズ伯爵は、嫡男パトリックに爵位を含め当主としての全てを譲り、引退する』

そして自分の名前をサインすると、パトリックに渡した。

「どうせ、早いか遅いかだ。わしは隠居だ。もう、何も出来ん。全部、お前がやれ」

パトリックは顔をしかめて伯爵の字を読んだ。

「何、寝言言ってるんだ。借りたのは俺じゃない。こんなもの、何の効力もない」

だが、裏を返して、文面と金額を見ると驚いた顔をした。

「リオに? リオの両親は、金持ちだったのか?」

「うっ……」

「ひどいな。これだけあれば、リオはあんな生活、ここですることなかったのに。悪人だな、あんた」

「だが、その借金は今度はお前の債務だ。その金でお前だって学校へ行ったんだ」

「盗んだ金で学校へ行ったなんて、言われたくない。だが、どっちにしろ、こんな紙切れは無効だ。あんたとは縁を切る」

パトリックは紙切れをポケットにねじ込み、屋敷を出て行った。

伯爵がどうなろうと知ったことではない。

外へ出ると彼は走り出した。

馬車を待たせている。

中には、さっきの弁護士が見えないように気を遣いながら待っていた。

「パトリック! うまく行ったか?」

「ああ。こちらから、持ち出すまでもなく、責任放棄しやがった。これだ」

弁護士は熱心に文字を眺めた。

「すべてを譲ることになっているな。よし、これを届け出よう。当主はパトリック様だ。もう、シエナ様が他所に嫁がされる心配はない。当主のパトリック様が、認めれば明日にでもリオ様と結婚できる!」

パトリックが笑った。

「そんなことでもなければ、あの伯爵の屋敷まで出向かなかったよ! 顔も見たくないんだ! リオへのせめてもの恩返しだ」

それから、彼らは御者に向かって叫んだ。

「出発だ! 大急ぎだ。チップを弾むぞ!」


しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

ぼっちな幼女は異世界で愛し愛され幸せになりたい

珂里
ファンタジー
ある日、仲の良かった友達が突然いなくなってしまった。 本当に、急に、目の前から消えてしまった友達には、二度と会えなかった。 …………私も消えることができるかな。 私が消えても、きっと、誰も何とも思わない。 私は、邪魔な子だから。 私は、いらない子だから。 だからきっと、誰も悲しまない。 どこかに、私を必要としてくれる人がいないかな。 そんな人がいたら、絶対に側を離れないのに……。 異世界に迷い込んだ少女と、孤独な獣人の少年が徐々に心を通わせ成長していく物語。 ☆「神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです」と同じ世界です。 彩菜が神隠しに遭う時に、公園で一緒に遊んでいた「ゆうちゃん」こと優香の、もう一つの神隠し物語です。

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

女神に頼まれましたけど

実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。 その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。 「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」 ドンガラガッシャーン! 「ひぃぃっ!?」 情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。 ※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった…… ※ざまぁ要素は後日談にする予定……

処理中です...