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第27話 ネックレスの選び方
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ロストフ公爵とボードヒル子爵が宝石店に入ってきても、ジャックは振り返りもしなかった。
「こちらも似合いそうだ。つけて差し上げて」
十でも二十でも付け替えさせたいくらいだ。その都度、赤くなっていく首筋と、ぽっと染まる頬や耳たぶを鑑賞できる。
それにいくら触れても構わない。
碧い石とダイヤのきらきらした商品だった。
「美しい」
ジャックは感嘆した。
「目の色に似合う」
シャーロットが真っ赤になって困惑しきっているのがわかった。
ジャックはつい口元がほころんだ。面白い。演技だからな。何をしても許されるだなんて、こんな面白いことはなかった。しかもギャラリー付きだった。
耳のイヤリングをつまみ、ついでに指の腹で首筋に触れた。ついにシャーロットが悲鳴を上げた。
「ジャ……フレデリック!」
オーケー。ジャックって言わないとはえらい子だ! 演技だってことを忘れちゃだめだよ? シャーロット。
店内にある鏡を見てみると、公爵の姿が確認できた。
ボードヒル子爵と公爵は、立ちすくんでいた。
鏡の中で、公爵の顔がぐしゃりと不機嫌で歪んだ。
「帰ろう! 子爵」
次の瞬間、背中でバタンといささか乱暴にドアが閉まった。
「行ったかい?」
「……ええ」
ジャックはニヤリとまた笑った。
「ねえ、本当はどれがいい?」
シャーロットは戸惑った。
「買ってもらうんだから、好きなものにしなよ」
シャーロットは首を振った。
「そんな気持ちになれませんわ」
「僕の気持ちを無にするつもり?」
静かに放たれた一言に、シャーロットはあわててジャックの顔を見た。
これは、演技の続きなのか、そうではないのか? だって、公爵はもう帰ってしまったのに?
「ダメだよ。お店の人にも世話になったし。君が決められないなら、僕が決めよう」
ジャックは考えた。指輪を買ってしまうとフレデリックが嫌がるかもしれない。ネックレスくらいならいいだろう。
「これにしよう」
それはシャーロットの瞳の色によく似た大粒の宝石が真ん中に付き、小粒のダイヤが連なったキラキラした飾りだった。
「僕のことを忘れないで」
彼は自分の財布から支払っていた。
「待って。値段を教えて」
「後で言うよ」
気軽に彼は言うと、何気なく腰を抱いた。
もう、演技はいいのに!
シャーロットは熱が出そうだった。
「誰かが見ているといけないから。公爵の付き人とか」
そうなの? そんなことってあるの?
シャーロットは、通りに出た途端、きょろきょろしてしまった。だが、そんな怪しげな人影は見当たらない。
ジャックは平然とそのままの格好で通りを歩いた。恋人同士以外の何者にも見えない。
だが、ホテルに戻り、部屋のドアを一歩入ると途端にジャックの表情が変わった。
手を離し、いつも通りの無口で無表情なジャックだ。
使用人だって大勢いる。マッキントッシュ家の者ばかりだが、ジャックがジャックであることを知っている者たちばかりだ。
黙って、いつも通り、自分の部屋に入って、ジャックは反省した。
今日は楽しかった。
楽しみ過ぎた。
ダメだ、あれは。
クセになりそう。
演技だと信じて、必死で彼の行動に耐えていたシャーロットが遂に悲鳴を上げていた。
愉しすぎる。
もっといろいろできたかも知れなかった。
もちろん、やってはダメなことはわかっている。だが、想像力が掻き立てられるではないか!
反省の意味を込めて、ジャックは、夕食では一言も喋らなかった。
夕食後、彼の部屋を遠慮がちにノックする音がした。
「すみません。シャーロットです」
ダメじゃないか、夜中に男の部屋に来ては。
「あのう、今日のネックレス代なんですけど……」
「シャーロット嬢、夜中に男の部屋なんかに来てはダメです」
「ですけど、使用人のいるところで値段の話はしにくくて……」
「私だって、女性にプレゼントの値段の話なんかできませんよ。だからモンゴメリ卿に話してしておきます。モンゴメリ卿があなたの父上に直接話してくれるでしょう。婚約者でもない女性に費用の話なんかできません」
そう言うとジャックはドアを閉めて彼女を追いだしてしまった。
明日から、また、だんまりの生活が始まる。
「こちらも似合いそうだ。つけて差し上げて」
十でも二十でも付け替えさせたいくらいだ。その都度、赤くなっていく首筋と、ぽっと染まる頬や耳たぶを鑑賞できる。
それにいくら触れても構わない。
碧い石とダイヤのきらきらした商品だった。
「美しい」
ジャックは感嘆した。
「目の色に似合う」
シャーロットが真っ赤になって困惑しきっているのがわかった。
ジャックはつい口元がほころんだ。面白い。演技だからな。何をしても許されるだなんて、こんな面白いことはなかった。しかもギャラリー付きだった。
耳のイヤリングをつまみ、ついでに指の腹で首筋に触れた。ついにシャーロットが悲鳴を上げた。
「ジャ……フレデリック!」
オーケー。ジャックって言わないとはえらい子だ! 演技だってことを忘れちゃだめだよ? シャーロット。
店内にある鏡を見てみると、公爵の姿が確認できた。
ボードヒル子爵と公爵は、立ちすくんでいた。
鏡の中で、公爵の顔がぐしゃりと不機嫌で歪んだ。
「帰ろう! 子爵」
次の瞬間、背中でバタンといささか乱暴にドアが閉まった。
「行ったかい?」
「……ええ」
ジャックはニヤリとまた笑った。
「ねえ、本当はどれがいい?」
シャーロットは戸惑った。
「買ってもらうんだから、好きなものにしなよ」
シャーロットは首を振った。
「そんな気持ちになれませんわ」
「僕の気持ちを無にするつもり?」
静かに放たれた一言に、シャーロットはあわててジャックの顔を見た。
これは、演技の続きなのか、そうではないのか? だって、公爵はもう帰ってしまったのに?
「ダメだよ。お店の人にも世話になったし。君が決められないなら、僕が決めよう」
ジャックは考えた。指輪を買ってしまうとフレデリックが嫌がるかもしれない。ネックレスくらいならいいだろう。
「これにしよう」
それはシャーロットの瞳の色によく似た大粒の宝石が真ん中に付き、小粒のダイヤが連なったキラキラした飾りだった。
「僕のことを忘れないで」
彼は自分の財布から支払っていた。
「待って。値段を教えて」
「後で言うよ」
気軽に彼は言うと、何気なく腰を抱いた。
もう、演技はいいのに!
シャーロットは熱が出そうだった。
「誰かが見ているといけないから。公爵の付き人とか」
そうなの? そんなことってあるの?
シャーロットは、通りに出た途端、きょろきょろしてしまった。だが、そんな怪しげな人影は見当たらない。
ジャックは平然とそのままの格好で通りを歩いた。恋人同士以外の何者にも見えない。
だが、ホテルに戻り、部屋のドアを一歩入ると途端にジャックの表情が変わった。
手を離し、いつも通りの無口で無表情なジャックだ。
使用人だって大勢いる。マッキントッシュ家の者ばかりだが、ジャックがジャックであることを知っている者たちばかりだ。
黙って、いつも通り、自分の部屋に入って、ジャックは反省した。
今日は楽しかった。
楽しみ過ぎた。
ダメだ、あれは。
クセになりそう。
演技だと信じて、必死で彼の行動に耐えていたシャーロットが遂に悲鳴を上げていた。
愉しすぎる。
もっといろいろできたかも知れなかった。
もちろん、やってはダメなことはわかっている。だが、想像力が掻き立てられるではないか!
反省の意味を込めて、ジャックは、夕食では一言も喋らなかった。
夕食後、彼の部屋を遠慮がちにノックする音がした。
「すみません。シャーロットです」
ダメじゃないか、夜中に男の部屋に来ては。
「あのう、今日のネックレス代なんですけど……」
「シャーロット嬢、夜中に男の部屋なんかに来てはダメです」
「ですけど、使用人のいるところで値段の話はしにくくて……」
「私だって、女性にプレゼントの値段の話なんかできませんよ。だからモンゴメリ卿に話してしておきます。モンゴメリ卿があなたの父上に直接話してくれるでしょう。婚約者でもない女性に費用の話なんかできません」
そう言うとジャックはドアを閉めて彼女を追いだしてしまった。
明日から、また、だんまりの生活が始まる。
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