17 / 57
第17話 なりすまし
しおりを挟む
誰もが一瞬凍り付いた。
沈黙を破ったのは、ハミルトン嬢だった。
「フレデリック、お久しぶりね! 間に合ったのね」
彼女は、はしゃいだような声を出した。
「遅くなりまして申し訳ございません」
ジャックが落ち着いた声で答えた。
「君がシャーロット嬢の婚約者?」
公爵は疑い深そうにジャックを眺めた。
「はい。フレデリック・ヒューズと申します」
ジャックは礼をしながらすらすらと答えた。
シャーロットがみるみる赤くなっていくのを見て、公爵はどうやら本物だと納得したようだった。
公爵は確かに、チッと舌打ちした。
公爵と言う身分の人としては、あるまじき品のない行為だったが、全員が胸をなでおろした。
どうやら、信じてもらえたらしい。
「まあ、目の前で見なかったら信じられなかったよ。その様子じゃ本当らしいな」
そんなわけないだろと、その場の全員が心の中で突っ込みを入れたが、なぜかうまい具合にシャーロット嬢の顔は真っ赤になっていた。その顔を見て、公爵は納得したらしい。シャーロット嬢、迫真の演技……なのだろうか。
「恐れ入ります」
ジャックは冷静そのものだった。
「ささ、公爵、そろそろ日が暮れようとしております。いったん、宿舎にお戻りになられて、そのあと、夜の街に繰り出すのはいかがでございましょうか? ちょうど、頃合いの案内人が見つかりまして」
ボードヒル子爵が近付いてきて、公爵に声をかけた。
「モンゴメリ卿が都合してくださいました。夜の街を隅々まで熟知しているそうでございます。まず、手始めにショーなどからいかがでしょう。気に入った踊り子がいれば、モンゴメリ卿の顔で楽屋まで入れるそうでございますよ?」
公爵は夜の街のご案内に気を惹かれたようだったが、シャーロットの顔を見据えた。
それから、ちょっと頬を崩して笑いかけて見せた。
「婚約者……と。まだ、結婚しているわけではない。なかなか忘れがたい可愛い娘だ。気が変わると言うこともあるだろう。いつでも、受け入れるよ。覚えておきなさい」
彼は子爵を伴って、ゆっくりと離れて行った。
モンゴメリ卿が出口まで付き従って、今晩の遊び場の説明をしているらしかった。
「それはいいな! 興味があるね!」
公爵のテノールの声が庭の奥の方まで聞こえてきた。
そして、彼の大きな姿が建物の中に入り、ものものしい大型の馬車がゆっくりとモンゴメリ卿の敷地を離れて行った途端、……緊張して様子をうかがっていたシャーロットの周りの連中は、ほっとして大声で笑い出した。
「よくやったな! ジャック! 惚れ直したぜ」
叫んだのは、ジャックもよく知っている貴族の息子だった。
「これで、あの公爵はマッキントッシュ嬢に手出してきないわ。もう、安心ね」
「実にいいタイミングに、すっと現れたな!」
同席していた連中は彼を褒めそやした。
シャーロットも、ほおを染めてジャックの顔を見上げた。
「でも、この話は公爵が出国するまで黙っておきましょう」
その場にいたうちで、最も年上のシルビア嬢がはしゃぐ若い連中に向かって言った。
「騙されたと聞いたら、きっと怒るわ」
「おっしゃる通りですね、ハミルトン嬢。私も恨みは買いたくありませんし」
ジャックが言った。
「そうだな! ジャックの為にもマッキントッシュ嬢の為にも黙っておくが、あの金髪がいなくなったら、思う存分ネタに使える」
自分も金髪の若い貴族の息子が言い、全員がニヤリとうなずいた。
「あら、いやだ」
陽気そうに騒いでいる横で、ハミルトン嬢が小さな声でつぶやいた。
真横にいたジャックだけが振り向いた。
「公爵は金髪に染めているのよ。地毛は黒。それから頭頂部はカツラなの。そっちの方がネタになると思うんだけど」
ジャックは思わず聞かないではいられなかった。
「なぜ、ご存じなのですか?!」
シルビア嬢はにっこり笑っただけだった。
沈黙を破ったのは、ハミルトン嬢だった。
「フレデリック、お久しぶりね! 間に合ったのね」
彼女は、はしゃいだような声を出した。
「遅くなりまして申し訳ございません」
ジャックが落ち着いた声で答えた。
「君がシャーロット嬢の婚約者?」
公爵は疑い深そうにジャックを眺めた。
「はい。フレデリック・ヒューズと申します」
ジャックは礼をしながらすらすらと答えた。
シャーロットがみるみる赤くなっていくのを見て、公爵はどうやら本物だと納得したようだった。
公爵は確かに、チッと舌打ちした。
公爵と言う身分の人としては、あるまじき品のない行為だったが、全員が胸をなでおろした。
どうやら、信じてもらえたらしい。
「まあ、目の前で見なかったら信じられなかったよ。その様子じゃ本当らしいな」
そんなわけないだろと、その場の全員が心の中で突っ込みを入れたが、なぜかうまい具合にシャーロット嬢の顔は真っ赤になっていた。その顔を見て、公爵は納得したらしい。シャーロット嬢、迫真の演技……なのだろうか。
「恐れ入ります」
ジャックは冷静そのものだった。
「ささ、公爵、そろそろ日が暮れようとしております。いったん、宿舎にお戻りになられて、そのあと、夜の街に繰り出すのはいかがでございましょうか? ちょうど、頃合いの案内人が見つかりまして」
ボードヒル子爵が近付いてきて、公爵に声をかけた。
「モンゴメリ卿が都合してくださいました。夜の街を隅々まで熟知しているそうでございます。まず、手始めにショーなどからいかがでしょう。気に入った踊り子がいれば、モンゴメリ卿の顔で楽屋まで入れるそうでございますよ?」
公爵は夜の街のご案内に気を惹かれたようだったが、シャーロットの顔を見据えた。
それから、ちょっと頬を崩して笑いかけて見せた。
「婚約者……と。まだ、結婚しているわけではない。なかなか忘れがたい可愛い娘だ。気が変わると言うこともあるだろう。いつでも、受け入れるよ。覚えておきなさい」
彼は子爵を伴って、ゆっくりと離れて行った。
モンゴメリ卿が出口まで付き従って、今晩の遊び場の説明をしているらしかった。
「それはいいな! 興味があるね!」
公爵のテノールの声が庭の奥の方まで聞こえてきた。
そして、彼の大きな姿が建物の中に入り、ものものしい大型の馬車がゆっくりとモンゴメリ卿の敷地を離れて行った途端、……緊張して様子をうかがっていたシャーロットの周りの連中は、ほっとして大声で笑い出した。
「よくやったな! ジャック! 惚れ直したぜ」
叫んだのは、ジャックもよく知っている貴族の息子だった。
「これで、あの公爵はマッキントッシュ嬢に手出してきないわ。もう、安心ね」
「実にいいタイミングに、すっと現れたな!」
同席していた連中は彼を褒めそやした。
シャーロットも、ほおを染めてジャックの顔を見上げた。
「でも、この話は公爵が出国するまで黙っておきましょう」
その場にいたうちで、最も年上のシルビア嬢がはしゃぐ若い連中に向かって言った。
「騙されたと聞いたら、きっと怒るわ」
「おっしゃる通りですね、ハミルトン嬢。私も恨みは買いたくありませんし」
ジャックが言った。
「そうだな! ジャックの為にもマッキントッシュ嬢の為にも黙っておくが、あの金髪がいなくなったら、思う存分ネタに使える」
自分も金髪の若い貴族の息子が言い、全員がニヤリとうなずいた。
「あら、いやだ」
陽気そうに騒いでいる横で、ハミルトン嬢が小さな声でつぶやいた。
真横にいたジャックだけが振り向いた。
「公爵は金髪に染めているのよ。地毛は黒。それから頭頂部はカツラなの。そっちの方がネタになると思うんだけど」
ジャックは思わず聞かないではいられなかった。
「なぜ、ご存じなのですか?!」
シルビア嬢はにっこり笑っただけだった。
0
お気に入りに追加
130
あなたにおすすめの小説

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――
子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。
彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。
「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」
四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。
そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。
文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!?
じれじれ両片思いです。
※他サイトでも掲載しています。
イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
雇われ寵姫は仮初め夫の一途な愛に気がつかない
新高
恋愛
リサは3カ国語を操り、罵詈雑言ならば7カ国語は話すことができる才女として有名な伯爵令嬢だ。そして、元は捨て子であることから「雑草令嬢」としても名を知られている。
そんな知性と雑草魂をかわれ、まさかの国王の寵姫として召し上げられた。
隣国から嫁いでくる、わずか十一歳の王女を精神面で支える為の存在として。さらには、王妃となる彼女の存在を脅かすものではないと知らしめるために、偽装結婚までするハメに!相手は国王の護衛の青年騎士。美貌を持ちながらも常に眉間に皺のある顰めっ面に、リサは彼がこの結婚が不本意なのだと知る。
「私は決して、絶対、まかり間違っても貴方を愛することはありませんから! ご安心ください!!」
余計に凍り付いた夫の顔におののきつつ、でもこの関係は五年の契約。ならばそれまでの我慢と思っていたが、まさかの契約不履行。夫は離婚に応じないと言い出した。
国王夫婦を支えつつ、自分たちは思春期全開な仮初め夫婦のラブコメです。
※他サイト様でも投稿しています
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから
えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。
※他サイトに自立も掲載しております
21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
誰にも言えないあなたへ
天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。
マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。
年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる