上 下
14 / 57

第14話 ロストフ公爵登場

しおりを挟む
庭から、ボードヒル子爵が大柄な若い男と一緒にモンゴメリ卿へ向かってやってくるのが見えた。

「あら、ボードヒル子爵が来られましたわ? 珍しい」

目ざといシルビア・ハミルトン嬢が気がついて、モンゴメリ卿に伝えた。

モンゴメリ卿は眉をしかめた。

子爵は卿の従兄弟にあたる。

ただし、彼は一度もモンゴメリ卿のガーデンのパーティなんかに参加したことがなかった。彼は謹厳実直で鳴らす堅物である。若くもない。こんなパーティに用事はない筈だ。

それが、モンゴメリ卿目指してまっしぐらにやってくるのだ。

「おかしい。悪い予感しかしないな」

モンゴメリ卿はつぶやいた。

「やあ、アーサー」

子爵は暗い声でいかにも気軽そうに声をかけてきた。
アーサーはモンゴメリ卿の名前で、子爵の声質が暗いのは元々である。気軽そうというのは、いつもの子爵にしては、という意味だ。

「ああ、モリソン、久しぶり。一体どうして今日は……」

「実は珍しい賓客を案内してきたんだ」

子爵は早口で説明した。

「紹介しよう。陛下のまた従兄弟に当たられるピョートル・ドルゴルーキ殿だ。ロストフ公爵である」

「は?」

ロストフ公爵?

「公爵はしばらくこの街に滞在される。私は接待係を仰せつかった。面白く楽しいところをご案内せよと」

モンゴメリ卿は半目になって従兄を眺めた。
この世で、この従兄ほど融通が付かず、遊びと程遠い男がいるだろうか。

紹介された公爵は、にっこり微笑んでいた。モンゴメリ卿はあわてて言葉をつないだ。

「アーサー・モンゴメリでございます。このようなささやかなパーティにお越しいただき光栄に存じます」

モンゴメリ卿もうわさは聞いて知っていた。この若い高貴の公爵は北のはずれの帝国に嫁いだ、陛下の伯母君の孫のはずだ。
ここ数か月は祖母君のお勧めで、この国での社交シーズンを楽しむ予定らしい。

確か、金だけはたんまりあるはずだった。

ただ、王族とは言えド田舎の国の出身なので礼儀作法が少々あやしく、さらに困ったことに美しい女性に目がないと言う。
マナーがなっていない公爵は、高い身分を盾に、人妻に話しかけたり、遠慮を飛び越えて若い娘に馴れ馴れしく声を掛けたりしているらしい。その武勇伝のいくつかはモンゴメリ卿も聞いて知っていた。

どうして私の庭園に、前触れもなくそんな野獣を連れてくるんだ。

モンゴメリ卿は心の中でののしった。

いくらでも繁華街があるじゃないか。パリ程ではないにしても、この街だって結構派手に遊べるところがある。お前が知らんだけじゃないのか、モリソン。

「そうではなくて、社交界の花をお楽しみになりたいとおっしゃるのだ」

どうしてモンゴメリ卿の考えが分かったのか、子爵が答えた。

「モンゴメリ卿、突然の訪問を申し訳ない」
テノールの声がしゃべった。

モンゴメリ卿は、改めて公爵を見た。

見た目は悪くない。流行の服に身を包み、キラキラと輝く金髪はきれいに整えられ目鼻の整った顔立ちだ。豪華な服でうまく隠しているが、放蕩で太りかけているのがわかった。

よおく目を凝らして観察すると、年齢の割に頭髪が薄い。それで髪をきれいに整えているのか。手を見ると、ぽってり太って、指輪が肉に食い込んでいる。

公爵はいかにも面白そうにきょろきょろしていた。そして、テーブルの一つを指さすと座ってもよいかと尋ねた。

「もちろんでございます。失礼がないようご一緒しましょう」

子爵が慇懃に申し出ると、公爵はいとも簡単に断った。ノーである。ひとりで行って、何をやらかすつもりなんだろう。モンゴメリ卿は冷や汗が出てきた。

「それでは、わたくしがご案内いたしますわ」

かわいらしい声がして、小柄で美しい女性が名乗り出てきた。シルビアだった。

ちょっと待って、シルビア嬢。そんな野獣に……
しかし、子爵はいかにも安心したような声を出した。

「ハミルトン嬢なら、安心ですな」

いや、子爵は安心でもモンゴメリ卿は安心できない。公爵はいかにもシルビア嬢が気に入ったと言う様子で、シャーロットたちが談笑している木陰のテーブル目指して一緒に歩いて行った。

「ハミルトン嬢なら、ものすごい事態をどうにかこうにか避けてくれそうです」

「ものすごい事態って、どんな事態のことですか? モリソン」

モンゴメリ卿はものすごい目つきで従兄を眺めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜

氷雨そら
恋愛
 婚約相手のいない婚約式。  通常であれば、この上なく惨めであろうその場所に、辺境伯令嬢ルナシェは、美しいベールをなびかせて、毅然とした姿で立っていた。  ベールから、こぼれ落ちるような髪は白銀にも見える。プラチナブロンドが、日差しに輝いて神々しい。  さすがは、白薔薇姫との呼び名高い辺境伯令嬢だという周囲の感嘆。  けれど、ルナシェの内心は、実はそれどころではなかった。 (まさかのやり直し……?)  先ほど確かに、ルナシェは断頭台に露と消えたのだ。しかし、この場所は確かに、あの日経験した、たった一人の婚約式だった。  ルナシェは、人生を変えるため、婚約式に現れなかった婚約者に、婚約破棄を告げるため、激戦の地へと足を向けるのだった。 小説家になろう様にも投稿しています。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~

瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)  ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。  3歳年下のティーノ様だ。  本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。  行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。  なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。  もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。  そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。  全7話の短編です 完結確約です。

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

冤罪で婚約破棄され、隣国に嫁がされそうです。そのまま冷遇されるお飾り王妃になるはずでしたが、初恋の王子様に攫われました。

櫻井みこと
恋愛
公爵令嬢のノエリアは、冤罪によって王太子から婚約破棄を告げられる。 どうやらこの婚約破棄には、国王陛下も関わっているらしい。 ノエリアを、隣国に嫁がせることが目的のようだ。 だが夫になる予定の国王にはもう妻がいて、ノエリアは血筋だけを求められるお飾りの王妃になる予定だった。 けれど結婚式直前に、ノエリアは忍び込んできたある男に攫われてしまう。 彼らの隠れ家に囚われているうちに、ノエリアは事件の真実を知る。

処理中です...