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第13話 モンゴメリ卿のガーデンパーティ
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モンゴメリ卿のガーデンパーティの日、シャーロットは着飾って出かけた。
モンゴメリ卿は、それはにこやかに迎え入れてくれたし、パーティに参加している「選りすぐりの貴公子たち」も婚約の噂を気にしている様子はなかった。何しろ、主催者の卿自身が、婚約者はいないと彼女のことを紹介してくれたからだ。シャーロットはほっとした。
「一方的な婚約宣言か。そんな真似をする男には見えなかったがなあ?」
モンゴメリ卿はくびをひねった。
フレデリックを全く知らないわけではなかったからだ。
「私もそう思いました。承諾してくれるまで待つとおっしゃっていたのですが……」
シャーロットは小さな声で言った。
天気の良い日だった。
気候もよく、邸宅の庭に面した部屋のフランス窓は開け放たれ、庭の木陰にはいくつかテーブルが設えられていた。
シャーロットは庭の様子と招待客の様子に見とれた。
「マッキントッシュ嬢、こちらに来られませんか? モンゴメリ卿、シャーロット嬢をお借りします」
親しみやすい感じのすらりとした男が声を掛けてきた。その横には高そうなドレスを着た、シャーロットとそう年が変わらない感じの令嬢が好奇心いっぱいで顔をのぞかせている。
そのドレスを見て、シャーロットはなぜかほっとした。
カーラが横にいる時は、彼女はドレスが気になって仕方がなかった。
多分、値段の安い仕立て屋に流行をまねて無理に作らせた、生地も悪いドレスで、なまじカーラの気性を知り抜いているだけに、シャーロットは彼女がきっとやっかんで惨めな気持ちになっていることを感じていた。
だが、今ここにいる少女たちや若者たちは、いずれも相当の金持ちの子弟に違いなかった。
何の屈託もない。
シャーロットもニコリとした。自分と同じだ。
すっと自由になった気がした。
失礼さえしなければ、友達になれそうだった。
年齢はバラツキがあるし、多分聞いてみればそれなりに爵位持ちだったり、驚くような富豪の子女なのかもしれないが、さすがにモンゴメリ卿が招いた客だけあって、悪意はなくて話が面白い。
「まあ、ああやって社交に出ていれば、噂なんかなくなるさ」
「だといいですけど……」
モンゴメリ卿の隣にはシルビア・ハミルトン嬢がいた。相変わらず、抜群のファッションセンスだった。彼女は用心深く口を挟んだ。
「なぜ? 噂は消えないと言いたいのですか?」
「フレドリックは正直者で通ってますもの。嘘をつけない人物と言われていますわ。そしてシャーロットのことは誰も知らない」
シルビア嬢は立派な行き遅れの三十代だが、落ち着いた物腰ながら鋭い洞察力があって、それが年齢を感じさせなかった。
彼女がそう言うと、モンゴメリ卿はいささか心配そうにシャーロットの後ろ姿を追った。シルビア嬢の言うことは大抵当たるのだ。
だが、シャーロットは何の抵抗もなく迎え入れられていて、迎え入れる側は、大いに歓迎しているようだった。
「かわいらしい令嬢だよな?」
彼女をこのテーブルに呼んできた男は、隣の黒髪の友人に囁いた。
「だって、ヒューズ家のフレデリックが、彼女がデビューした途端惚れ込んで結婚を申し込んだそうだから」
「え? あのフレデリックがか?」
「そう。いいやつなんだが、ちょっとばかり、女性の気を惹きつける能力には欠けるんだよな」
「今回も承諾してもらえていないのか。まあ、それはそうだろうな」
「フレデリックが、苦肉の策で婚約を既成事実化しようと、あちこちで婚約したとしゃべって回ったらしい」
相手は少し驚いたようだった
「ちょっとひどくないかい?」
そう言いながら、彼はフレデリックの気持ちがわかる気がした。目の前のシャーロット嬢は、生き生きとして、確かに社交界の噂などはまだ詳しくなさそうだが、なかなか鋭い突っ込みを入れている。
今もメアリ・ジェーン・カストル嬢が、シャーロット嬢の論評にうっかり笑いだしていた。
「なんでも北の帝国の公爵が、恋人探しに宮廷に来られているのですって?」
「年は二十二歳。身長六フィート二インチ。金髪で青い目の大柄な美男子だそうだ。陛下の伯母君の孫にあたり、現皇帝陛下には甥にあたる。興味はない?」
女性たちは少し気を引かれたようだった。申し分のない人物紹介ではないか。
「見て見たくはありますわ。あなた方、男性もそうではありませんこと?」
「いやそんな大物に興味はないね。それに、会う機会がない。きっと宮廷の大舞踏会に参加しているのさ。」
シャーロットは、笑って言った。
「私は平和なこの庭の小さなパーティで十分ですわ。とても楽しいわ」
モンゴメリ卿は、美人好きかもしれなかったが、人間を見て招待していた。身分が高いから、裕福だから、招待されるわけではない。だから逆に彼のパーティは有名になり、招待して欲しいと希望する者が絶えなかった。
だが、そのちっぽけで平和なモンゴメリ卿のガーデンパーティーに、何の前触れもなく、呼ばれてもいないのに、その大物は乗り込んできたのだった。
モンゴメリ卿は、それはにこやかに迎え入れてくれたし、パーティに参加している「選りすぐりの貴公子たち」も婚約の噂を気にしている様子はなかった。何しろ、主催者の卿自身が、婚約者はいないと彼女のことを紹介してくれたからだ。シャーロットはほっとした。
「一方的な婚約宣言か。そんな真似をする男には見えなかったがなあ?」
モンゴメリ卿はくびをひねった。
フレデリックを全く知らないわけではなかったからだ。
「私もそう思いました。承諾してくれるまで待つとおっしゃっていたのですが……」
シャーロットは小さな声で言った。
天気の良い日だった。
気候もよく、邸宅の庭に面した部屋のフランス窓は開け放たれ、庭の木陰にはいくつかテーブルが設えられていた。
シャーロットは庭の様子と招待客の様子に見とれた。
「マッキントッシュ嬢、こちらに来られませんか? モンゴメリ卿、シャーロット嬢をお借りします」
親しみやすい感じのすらりとした男が声を掛けてきた。その横には高そうなドレスを着た、シャーロットとそう年が変わらない感じの令嬢が好奇心いっぱいで顔をのぞかせている。
そのドレスを見て、シャーロットはなぜかほっとした。
カーラが横にいる時は、彼女はドレスが気になって仕方がなかった。
多分、値段の安い仕立て屋に流行をまねて無理に作らせた、生地も悪いドレスで、なまじカーラの気性を知り抜いているだけに、シャーロットは彼女がきっとやっかんで惨めな気持ちになっていることを感じていた。
だが、今ここにいる少女たちや若者たちは、いずれも相当の金持ちの子弟に違いなかった。
何の屈託もない。
シャーロットもニコリとした。自分と同じだ。
すっと自由になった気がした。
失礼さえしなければ、友達になれそうだった。
年齢はバラツキがあるし、多分聞いてみればそれなりに爵位持ちだったり、驚くような富豪の子女なのかもしれないが、さすがにモンゴメリ卿が招いた客だけあって、悪意はなくて話が面白い。
「まあ、ああやって社交に出ていれば、噂なんかなくなるさ」
「だといいですけど……」
モンゴメリ卿の隣にはシルビア・ハミルトン嬢がいた。相変わらず、抜群のファッションセンスだった。彼女は用心深く口を挟んだ。
「なぜ? 噂は消えないと言いたいのですか?」
「フレドリックは正直者で通ってますもの。嘘をつけない人物と言われていますわ。そしてシャーロットのことは誰も知らない」
シルビア嬢は立派な行き遅れの三十代だが、落ち着いた物腰ながら鋭い洞察力があって、それが年齢を感じさせなかった。
彼女がそう言うと、モンゴメリ卿はいささか心配そうにシャーロットの後ろ姿を追った。シルビア嬢の言うことは大抵当たるのだ。
だが、シャーロットは何の抵抗もなく迎え入れられていて、迎え入れる側は、大いに歓迎しているようだった。
「かわいらしい令嬢だよな?」
彼女をこのテーブルに呼んできた男は、隣の黒髪の友人に囁いた。
「だって、ヒューズ家のフレデリックが、彼女がデビューした途端惚れ込んで結婚を申し込んだそうだから」
「え? あのフレデリックがか?」
「そう。いいやつなんだが、ちょっとばかり、女性の気を惹きつける能力には欠けるんだよな」
「今回も承諾してもらえていないのか。まあ、それはそうだろうな」
「フレデリックが、苦肉の策で婚約を既成事実化しようと、あちこちで婚約したとしゃべって回ったらしい」
相手は少し驚いたようだった
「ちょっとひどくないかい?」
そう言いながら、彼はフレデリックの気持ちがわかる気がした。目の前のシャーロット嬢は、生き生きとして、確かに社交界の噂などはまだ詳しくなさそうだが、なかなか鋭い突っ込みを入れている。
今もメアリ・ジェーン・カストル嬢が、シャーロット嬢の論評にうっかり笑いだしていた。
「なんでも北の帝国の公爵が、恋人探しに宮廷に来られているのですって?」
「年は二十二歳。身長六フィート二インチ。金髪で青い目の大柄な美男子だそうだ。陛下の伯母君の孫にあたり、現皇帝陛下には甥にあたる。興味はない?」
女性たちは少し気を引かれたようだった。申し分のない人物紹介ではないか。
「見て見たくはありますわ。あなた方、男性もそうではありませんこと?」
「いやそんな大物に興味はないね。それに、会う機会がない。きっと宮廷の大舞踏会に参加しているのさ。」
シャーロットは、笑って言った。
「私は平和なこの庭の小さなパーティで十分ですわ。とても楽しいわ」
モンゴメリ卿は、美人好きかもしれなかったが、人間を見て招待していた。身分が高いから、裕福だから、招待されるわけではない。だから逆に彼のパーティは有名になり、招待して欲しいと希望する者が絶えなかった。
だが、そのちっぽけで平和なモンゴメリ卿のガーデンパーティーに、何の前触れもなく、呼ばれてもいないのに、その大物は乗り込んできたのだった。
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