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第59話 拗ねてワガママで
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アルクマールの日々は退屈だ。
どの臣下も、私にお辞儀をしろとか言わないし、ここでならジェラルディンなんかぶっ飛ばしてやれる。
私に料理を作れとか、騎士に皿を運べとか、恐れ多いこと言う人間なんかいやしない。
ガレンでは、変装がバレないかドキドキしたり、料理屋の店主のハンスと口論したり、ファルクに連れられてあちこちのパーティに出入りした。
でも、アルクマールでは、侍女たちと本を読むくらいしかやることがない。
それにエドがいない。
何か世界が光を失ったような……。
だけど、エドは連絡してこなかった。
なんとなく、しょっぱい気分で私は悩んだ。
まあ、迎えに来ないとか言うなら、それはそれでよろしい。
あれは、なんだったんだろうなあ。なんだか熱烈に愛を語られたような気がするんだけど……。気のせいか、私の誤解か。
ここアルクマールの静かで安全な王宮に、見慣れた侍女たちに囲まれて座っていると、ガレンに旅立つ前の私と、今の私は全然違っていることに気がついた。
私はどうしよう。
「エドの線がダメになったとすると、やはり国内の誰かと結婚するとか。あるいは、おばあさまの弟子になって、魔法を極めるか」
****************
「なんで帰ってきたんだい」
いきなり、ドアを開けて入ってきたのはおばあさまだった。
「おばあさま?」
「何驚いてるんだ。帰ってきたなら、会いにくるに決まっているじゃないか」
私はハッと思い出した。
「おばあさまは、ラビリアを通して、ずっと私を監視していたの?」
私は唇を尖らせた。
おばあさまは、おかしそうに笑った。
「だって、どんな無茶をするか、心配するに決まっているだろう。よかったよ。大したことをしてなくて。私の出番がなかった。もっとも、時々ラビリアはウサギになっていたけれどね」
「だって、魔力を食うんですもの」
「そりゃ仕方ない。だけどティナはすごかった。あんな変身魔法は私でも使えない。一時に二人も違う格好の人間に変身させるだなんて、すごい魔法量だ。あれがあれば、大抵、どんなことがあっても逃げ切れる。実際、逃げていたし」
おばあさまはそこまでは褒めてくれたけど、急に意地悪そうにニヤリと笑った。
「それで、どうしてガレンから帰ってきちゃったんだい? エドはどうした?」
「え……だって、私は冒険をしたかっただけなんですもの。エドなんか」
エドは、あれきり会いにきてくれなかった。噂を聞くだけだった。
連絡も来なかった。
愛していると言っていたのに。
一緒にいたいと思っているのは、私だけだったのよ。
「エドウィン王子は、今は、思い通り、王位を継承する手続きに入っていると思います。よかったわ。うまくいって。私の役割は終わりましたから、戻ってきたの。面白かったわ」
私は見栄を張った。辛いこともあったけど、充実した日々だったわ。それは間違いない。
エドには何回も言ったけど、私は冒険がしたかったの。自分の力を試したかった。
そして冒険は終わった。しかも大成功。よかったはずよ。
おばあさまにも褒めていただけたし。
「ふーん。エドはもういいのかね?」
「あら。だって、エドの方が私に用事はないらしいのです。もう、魔法を使う必要はないでしょうから。ガレンの貴族たちの大半がエドの味方についたので、エドはもう臣下の謀反に悩まされることはないでしょう。今後は魔法ではダメだと思います。政治力や軍事力の問題ですわ」
「そりゃひどいね。利用するだけ利用して、あとは捨てられたのかい」
そう言うことか。ショックを受けた。他人から見てもそうなんだ。
「きっと、アルクマールからの提供した資金は返ってくるんじゃないかしら? お金は返さないと信用問題になりますからね」
私はエドを庇った。
私はエドが言った言葉を思い出した。
魔法なんて誰も信じていない。
そう。
大っぴらにできない。
私の力は使えない。
「お前はどうなんだい? エドウィン王子の婚約は、王位を取り戻せば戻す約束だったと思うけど」
エドにそんな気はないんだろう。何も言ってこなかったんだもの。
「でも、本人にその気がないなら仕方ないことですわ」
「本人って誰のこと?」
急に声がして、おばあさまの後ろから、大きな人影が現れた。
エドの声に似てる……?
「ねえ、本人て誰のこと?」
もう一度、大きな声が響いた。
「エド?」
「ちょっと! どうして消えちゃったの? なんで勝手にいなくなっちゃったの?」
本物のエドが私の両肩を掴んでガタガタ揺すぶった。
「どんなに心配したか、わかってるの? 行ったらいないんだもの! どうして手紙くらい出してくれなかったの?」
「どうして、ここにいるの?」
私はガタガタの合間に、かろうじてエドに聞いた。
「おばあさまに連れてきてもらったんだよ! それより、どうしていなくなっちゃったの?」
「だって、エドが何にも言ってこないから」
「待っててって、言ってたでしょう? 人をやるのが嫌だったんだよ? おかしいでしょう? アルクマールの姫君があんなところにいたら!」
「だから、帰ったんじゃないの。あなただって、アルクマールに帰れって何回も言ってたじゃない」
「書き置きくらい残してよ? 鳥メールくれたらよかったのに」
「別にいらないんじゃないの? そんなに心配じゃないでしょう。そっちだって連絡くれなかったくせに」
「俺は魔法使いじゃないんだよ! 鳥メールなんか送れないんだよ。人、行かせるの、嫌だったんだよ」
「勝手ばっかり」
「勝手はどっちだ! おばあさまが助けてくれなかったら、俺はここに来れなかった」
私は、半分涙目になって、おばあさまを睨んだ。
おばあさまは、面白がっているような表情で言った。
「だって、ティナがガレンの国王との結婚を渋っているって、ラビリアから連絡があったんだもの」
「ねえ! 本当なの? それ?」
大きな筋肉男が、小柄で細い私に、縋り付いて聞いてきた。
「だからエドに伝えにいったんだよ。お気の毒様でした……」
おばあさま! なにをガセネタをわざわざ本人に伝えに……
「よ、余計な!」
「余計じゃないよ! 知らなかったよ、そんな心変わりしてるだなんて!」
心変わりなんかしてない。変わったのはあなたでしょう、エド。
「お願い。嘘だと言って」
私に抱きついたまま、エドが崩れ落ちた。
「どうしても連れていってほしい、自分で聞きたいからって言うんで、仕方なくて連れてきちゃったんだよ」
おばあさまが、やれやれと言った様子で説明した。
「ガレンから普通に馬で来たら二週間近くかかるからね」
「何しにきたのよ」
「決まってるじゃないか。婚約してくれるんだよね? ファルクと婚約するつもりなんかないよね?」
いつものエドだ。心配しているエドだ。なんにも変わっていない。グジグジ涙が出てきた。
「魔女でなくたって関係ない。ティナ、好きだ。離れないでほしい。愛してる」
「全然、来なかった。一週間」
ガレンに行って以来、一週間も会えなかったのは初めてだった。
「何言ってんだよ。一週間、行けなくて心配でしょうがなかった。あそこが絶対安全だってわかっていたから、我慢したけど。アンセルムの手前、もう、変身は出来ないし、アルクマールの姫君がクレイモア邸にいるのはおかしいし、あの魔法陣のそばが一番安全だったんだ。行ってみてティナがいなかった時、愕然とした」
「ティナ、あんたが悪いんだよ」
おばあさまがいやに優しい声で言い出した。
「エドが忙しいことはわかってたはずだ。会えないからって、なんなんだい。わがままだよ」
「紐をつけるぞ!」
エドが吠えた。
「すっごい心配したんだからな!」
「お母様は褒めてくださったわ! 帰ってきただなんていい判断だって」
「「それは、ちゃんと置き手紙なり、置いて出てきた場合の話」」
おばあさまとエドが同時に言った。
「アルクマールの姫君、元の婚約者を取り戻しにきたんだ。ガレンが待っている。今度こそ、華々しく嫁ぎにきてくれ」
エドがガバリと私を抱いた。
「もう離さないからな。絶対だ」
エドがほおを擦り付けてきた。ヒゲが痛い。
「大好きだ。離さない」
彼はそのままキスしてきた。
今回はギャラリーがいた。
ラビリアだけじゃない。恋愛小説が大好きな私の侍女の皆さんだ。
「キャー! あんなマッチョなイケメンに!」
「しかも隣国の国王よ!」
「姫様、やりましたねっ!」
「やった! やったわ! 愛の告白ね!!!」
キャーキャー言わないで! 拍手も止めて! カッコ悪すぎる。いっぱい、人が来た! 止めてええ。
「マッチョ好きのクリスティーナ様の夢が叶った瞬間ですね!」
違う。それだけは違うって!
どの臣下も、私にお辞儀をしろとか言わないし、ここでならジェラルディンなんかぶっ飛ばしてやれる。
私に料理を作れとか、騎士に皿を運べとか、恐れ多いこと言う人間なんかいやしない。
ガレンでは、変装がバレないかドキドキしたり、料理屋の店主のハンスと口論したり、ファルクに連れられてあちこちのパーティに出入りした。
でも、アルクマールでは、侍女たちと本を読むくらいしかやることがない。
それにエドがいない。
何か世界が光を失ったような……。
だけど、エドは連絡してこなかった。
なんとなく、しょっぱい気分で私は悩んだ。
まあ、迎えに来ないとか言うなら、それはそれでよろしい。
あれは、なんだったんだろうなあ。なんだか熱烈に愛を語られたような気がするんだけど……。気のせいか、私の誤解か。
ここアルクマールの静かで安全な王宮に、見慣れた侍女たちに囲まれて座っていると、ガレンに旅立つ前の私と、今の私は全然違っていることに気がついた。
私はどうしよう。
「エドの線がダメになったとすると、やはり国内の誰かと結婚するとか。あるいは、おばあさまの弟子になって、魔法を極めるか」
****************
「なんで帰ってきたんだい」
いきなり、ドアを開けて入ってきたのはおばあさまだった。
「おばあさま?」
「何驚いてるんだ。帰ってきたなら、会いにくるに決まっているじゃないか」
私はハッと思い出した。
「おばあさまは、ラビリアを通して、ずっと私を監視していたの?」
私は唇を尖らせた。
おばあさまは、おかしそうに笑った。
「だって、どんな無茶をするか、心配するに決まっているだろう。よかったよ。大したことをしてなくて。私の出番がなかった。もっとも、時々ラビリアはウサギになっていたけれどね」
「だって、魔力を食うんですもの」
「そりゃ仕方ない。だけどティナはすごかった。あんな変身魔法は私でも使えない。一時に二人も違う格好の人間に変身させるだなんて、すごい魔法量だ。あれがあれば、大抵、どんなことがあっても逃げ切れる。実際、逃げていたし」
おばあさまはそこまでは褒めてくれたけど、急に意地悪そうにニヤリと笑った。
「それで、どうしてガレンから帰ってきちゃったんだい? エドはどうした?」
「え……だって、私は冒険をしたかっただけなんですもの。エドなんか」
エドは、あれきり会いにきてくれなかった。噂を聞くだけだった。
連絡も来なかった。
愛していると言っていたのに。
一緒にいたいと思っているのは、私だけだったのよ。
「エドウィン王子は、今は、思い通り、王位を継承する手続きに入っていると思います。よかったわ。うまくいって。私の役割は終わりましたから、戻ってきたの。面白かったわ」
私は見栄を張った。辛いこともあったけど、充実した日々だったわ。それは間違いない。
エドには何回も言ったけど、私は冒険がしたかったの。自分の力を試したかった。
そして冒険は終わった。しかも大成功。よかったはずよ。
おばあさまにも褒めていただけたし。
「ふーん。エドはもういいのかね?」
「あら。だって、エドの方が私に用事はないらしいのです。もう、魔法を使う必要はないでしょうから。ガレンの貴族たちの大半がエドの味方についたので、エドはもう臣下の謀反に悩まされることはないでしょう。今後は魔法ではダメだと思います。政治力や軍事力の問題ですわ」
「そりゃひどいね。利用するだけ利用して、あとは捨てられたのかい」
そう言うことか。ショックを受けた。他人から見てもそうなんだ。
「きっと、アルクマールからの提供した資金は返ってくるんじゃないかしら? お金は返さないと信用問題になりますからね」
私はエドを庇った。
私はエドが言った言葉を思い出した。
魔法なんて誰も信じていない。
そう。
大っぴらにできない。
私の力は使えない。
「お前はどうなんだい? エドウィン王子の婚約は、王位を取り戻せば戻す約束だったと思うけど」
エドにそんな気はないんだろう。何も言ってこなかったんだもの。
「でも、本人にその気がないなら仕方ないことですわ」
「本人って誰のこと?」
急に声がして、おばあさまの後ろから、大きな人影が現れた。
エドの声に似てる……?
「ねえ、本人て誰のこと?」
もう一度、大きな声が響いた。
「エド?」
「ちょっと! どうして消えちゃったの? なんで勝手にいなくなっちゃったの?」
本物のエドが私の両肩を掴んでガタガタ揺すぶった。
「どんなに心配したか、わかってるの? 行ったらいないんだもの! どうして手紙くらい出してくれなかったの?」
「どうして、ここにいるの?」
私はガタガタの合間に、かろうじてエドに聞いた。
「おばあさまに連れてきてもらったんだよ! それより、どうしていなくなっちゃったの?」
「だって、エドが何にも言ってこないから」
「待っててって、言ってたでしょう? 人をやるのが嫌だったんだよ? おかしいでしょう? アルクマールの姫君があんなところにいたら!」
「だから、帰ったんじゃないの。あなただって、アルクマールに帰れって何回も言ってたじゃない」
「書き置きくらい残してよ? 鳥メールくれたらよかったのに」
「別にいらないんじゃないの? そんなに心配じゃないでしょう。そっちだって連絡くれなかったくせに」
「俺は魔法使いじゃないんだよ! 鳥メールなんか送れないんだよ。人、行かせるの、嫌だったんだよ」
「勝手ばっかり」
「勝手はどっちだ! おばあさまが助けてくれなかったら、俺はここに来れなかった」
私は、半分涙目になって、おばあさまを睨んだ。
おばあさまは、面白がっているような表情で言った。
「だって、ティナがガレンの国王との結婚を渋っているって、ラビリアから連絡があったんだもの」
「ねえ! 本当なの? それ?」
大きな筋肉男が、小柄で細い私に、縋り付いて聞いてきた。
「だからエドに伝えにいったんだよ。お気の毒様でした……」
おばあさま! なにをガセネタをわざわざ本人に伝えに……
「よ、余計な!」
「余計じゃないよ! 知らなかったよ、そんな心変わりしてるだなんて!」
心変わりなんかしてない。変わったのはあなたでしょう、エド。
「お願い。嘘だと言って」
私に抱きついたまま、エドが崩れ落ちた。
「どうしても連れていってほしい、自分で聞きたいからって言うんで、仕方なくて連れてきちゃったんだよ」
おばあさまが、やれやれと言った様子で説明した。
「ガレンから普通に馬で来たら二週間近くかかるからね」
「何しにきたのよ」
「決まってるじゃないか。婚約してくれるんだよね? ファルクと婚約するつもりなんかないよね?」
いつものエドだ。心配しているエドだ。なんにも変わっていない。グジグジ涙が出てきた。
「魔女でなくたって関係ない。ティナ、好きだ。離れないでほしい。愛してる」
「全然、来なかった。一週間」
ガレンに行って以来、一週間も会えなかったのは初めてだった。
「何言ってんだよ。一週間、行けなくて心配でしょうがなかった。あそこが絶対安全だってわかっていたから、我慢したけど。アンセルムの手前、もう、変身は出来ないし、アルクマールの姫君がクレイモア邸にいるのはおかしいし、あの魔法陣のそばが一番安全だったんだ。行ってみてティナがいなかった時、愕然とした」
「ティナ、あんたが悪いんだよ」
おばあさまがいやに優しい声で言い出した。
「エドが忙しいことはわかってたはずだ。会えないからって、なんなんだい。わがままだよ」
「紐をつけるぞ!」
エドが吠えた。
「すっごい心配したんだからな!」
「お母様は褒めてくださったわ! 帰ってきただなんていい判断だって」
「「それは、ちゃんと置き手紙なり、置いて出てきた場合の話」」
おばあさまとエドが同時に言った。
「アルクマールの姫君、元の婚約者を取り戻しにきたんだ。ガレンが待っている。今度こそ、華々しく嫁ぎにきてくれ」
エドがガバリと私を抱いた。
「もう離さないからな。絶対だ」
エドがほおを擦り付けてきた。ヒゲが痛い。
「大好きだ。離さない」
彼はそのままキスしてきた。
今回はギャラリーがいた。
ラビリアだけじゃない。恋愛小説が大好きな私の侍女の皆さんだ。
「キャー! あんなマッチョなイケメンに!」
「しかも隣国の国王よ!」
「姫様、やりましたねっ!」
「やった! やったわ! 愛の告白ね!!!」
キャーキャー言わないで! 拍手も止めて! カッコ悪すぎる。いっぱい、人が来た! 止めてええ。
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違う。それだけは違うって!
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