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第54話 罠
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アンセルムとエドと私の奇妙な密会の数日後のある朝だった。私たちは馬車に乗っていた。
「ついに婚約式を教会でできるところまで、こぎ着けた」
ファルクは喜んでいた。
「正式な婚約者として披露できる」
「ごめんなさい、ファルク様」
私は、あやまった。
「私の名前を最初からちゃんと言ってなくて……」
「いいんだよ、そんなこと」
教会に婚約者として、名前を提出すると言われてマルティナ・シュメールだと名乗りなおしたのだ。クリスティーナだって言えなかった。
嘘が嘘を呼んで、私は真実の愛に酔いしれるファルクの目をまともに見ることすら、出来なかった。
「それより、僕の名前はファルクだ。ファルクと呼んで。様はいらない。他人じゃなくなるんだから」
「ファルク……?」
ファルクは笑み崩れた。氷の美貌と言われている彼が。最初に会った時の、なんとなく影がある感じは、最近は薄れて、素直に嬉しそうだ。
そして突然私を抱きしめた。
「ああ、こんな日が来るだなんて。幸せだ」
こんなに罪悪感に駆られる話ってないわ。
「ファルク様……ファルク」
私たちの運命は、どうしてこうなってしまったのか。
「僕はね、一生に一度しか恋をしないって、有名な占い師に言われたことがあるんだ」
ファルクは言った。私はなんだかドキンとした。
「ファルク、そんなことはありませんわ」
「何言っているの。僕の恋人はあなただけ。一生に一度の恋だ」
ファルクは真面目に怒ったらしい。微笑みながらだったけど。それはそうだ。
「私に何回でも恋をしてくださいな、ファルク」
ファルクはふふっと笑った。
「だけど、その恋は不幸に終わるって言われたんだ。その占い師はアルクマールからきた魔女で、その予言は絶対だって言われていた。だから、臆病になってしまって。でも、あなたを見た途端、わかったんだ。絶対に幸せになれる、それにできるって」
私はまじまじとファルクの顔を見つめた。
その予言は妙だ。なんだか、今の有様を言い当てているかのよう。それに、アルクマールから来た魔女?
ファルクは、私の少し不安そうな表情を、笑い飛ばした。
「魔女なんか信じるものか。不安になることなんかない。僕は騎士団長に任命されたし、お金も十分ある。剣の腕は一流のつもりだ。リール家の意向には逆らったけれど、それがなんなんだ。関係ないよ。関係するのは君の気持ちだけ。本人の気持ちだけだ」
真実の愛は……
その時、ガタンと馬車が傾いて、ウマが大きくいなないた。
「なんだ?」
ファルクが腰の剣に手を置いた。
教会までの道は、人通りこそ少ないが、きちんと整えられた街道だ。馬車が大きく揺れるなんてことはない。
ファルクが顔色を変えた。
「おかしい。待っていてくれ。そっち側によって。静かに中にいて」
突然、わあああという大勢の声がした。
「なんだ。どうかしたのかッ?」
御者の答えはなかった。
馬車の扉を半分開けて半身を乗り出すようにして、ファルクは外を、後ろを見た。
何が見えたのか知らない。
思っていたより、ずっと近くで、大勢の声が響いた。
「女だ! 女だけを狙え!」
「男はクレイモア家の御曹司だ」
「女は訳のわからねえ卑しい身分の女だ」
「殺せと命令されてるんだ」
「男には傷をつけるな!」
声が響いた。
「ティナ!」
ファルクは私の方に振り返って、片手を伸ばした。
だが、その瞬間、反対側のドアが開けられ、誰かの手が伸びてきた。
「ティナ!」
ファルクの声と顔付きが変わったが、彼の手は届かなかった。
私は馬車と併走していた馬上の男に抱きとられた。
「ファルク様!」
「ティナーーー」
土埃と喧騒と、馬の蹄の音がすごかった。
ファルクの声はすぐに聞こえなくなった。
「ついに婚約式を教会でできるところまで、こぎ着けた」
ファルクは喜んでいた。
「正式な婚約者として披露できる」
「ごめんなさい、ファルク様」
私は、あやまった。
「私の名前を最初からちゃんと言ってなくて……」
「いいんだよ、そんなこと」
教会に婚約者として、名前を提出すると言われてマルティナ・シュメールだと名乗りなおしたのだ。クリスティーナだって言えなかった。
嘘が嘘を呼んで、私は真実の愛に酔いしれるファルクの目をまともに見ることすら、出来なかった。
「それより、僕の名前はファルクだ。ファルクと呼んで。様はいらない。他人じゃなくなるんだから」
「ファルク……?」
ファルクは笑み崩れた。氷の美貌と言われている彼が。最初に会った時の、なんとなく影がある感じは、最近は薄れて、素直に嬉しそうだ。
そして突然私を抱きしめた。
「ああ、こんな日が来るだなんて。幸せだ」
こんなに罪悪感に駆られる話ってないわ。
「ファルク様……ファルク」
私たちの運命は、どうしてこうなってしまったのか。
「僕はね、一生に一度しか恋をしないって、有名な占い師に言われたことがあるんだ」
ファルクは言った。私はなんだかドキンとした。
「ファルク、そんなことはありませんわ」
「何言っているの。僕の恋人はあなただけ。一生に一度の恋だ」
ファルクは真面目に怒ったらしい。微笑みながらだったけど。それはそうだ。
「私に何回でも恋をしてくださいな、ファルク」
ファルクはふふっと笑った。
「だけど、その恋は不幸に終わるって言われたんだ。その占い師はアルクマールからきた魔女で、その予言は絶対だって言われていた。だから、臆病になってしまって。でも、あなたを見た途端、わかったんだ。絶対に幸せになれる、それにできるって」
私はまじまじとファルクの顔を見つめた。
その予言は妙だ。なんだか、今の有様を言い当てているかのよう。それに、アルクマールから来た魔女?
ファルクは、私の少し不安そうな表情を、笑い飛ばした。
「魔女なんか信じるものか。不安になることなんかない。僕は騎士団長に任命されたし、お金も十分ある。剣の腕は一流のつもりだ。リール家の意向には逆らったけれど、それがなんなんだ。関係ないよ。関係するのは君の気持ちだけ。本人の気持ちだけだ」
真実の愛は……
その時、ガタンと馬車が傾いて、ウマが大きくいなないた。
「なんだ?」
ファルクが腰の剣に手を置いた。
教会までの道は、人通りこそ少ないが、きちんと整えられた街道だ。馬車が大きく揺れるなんてことはない。
ファルクが顔色を変えた。
「おかしい。待っていてくれ。そっち側によって。静かに中にいて」
突然、わあああという大勢の声がした。
「なんだ。どうかしたのかッ?」
御者の答えはなかった。
馬車の扉を半分開けて半身を乗り出すようにして、ファルクは外を、後ろを見た。
何が見えたのか知らない。
思っていたより、ずっと近くで、大勢の声が響いた。
「女だ! 女だけを狙え!」
「男はクレイモア家の御曹司だ」
「女は訳のわからねえ卑しい身分の女だ」
「殺せと命令されてるんだ」
「男には傷をつけるな!」
声が響いた。
「ティナ!」
ファルクは私の方に振り返って、片手を伸ばした。
だが、その瞬間、反対側のドアが開けられ、誰かの手が伸びてきた。
「ティナ!」
ファルクの声と顔付きが変わったが、彼の手は届かなかった。
私は馬車と併走していた馬上の男に抱きとられた。
「ファルク様!」
「ティナーーー」
土埃と喧騒と、馬の蹄の音がすごかった。
ファルクの声はすぐに聞こえなくなった。
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