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第46話 無断欠勤バレる
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私はファルクから縁を切るべく、それきりハンスの店に出勤しなかった。
ファルクは私の家を知らない。ハンスも知らない。連絡の取りようがない。
ファルクから声がかかっていたことは、ハンスも知っている。
そんな平民の女がどうなるか、ハンスだって想像がつくだろう。普通、店に戻ってきたりしない。捨てられれば別だが。
だからきっとハンスは私を探したりしないだろう。勝手に納得していると思う。
「アンセルムと直接会う方法が無くなるのは残念だが、イズレイル先生を通せばなんとかなるだろう」
エドはそう言って、心配そうに付け加えた。
「本当に店はやめるんだね?」
私はうなずいた。
「だって、知りたいことは全部知ってしまったわ」
クレイモア家で、図らずもリール家の姉妹に会ってしまった。事情は大体わかったので、これ以上スパイ活動にいそしむ必要はないと思うの。
「ファルクがどうこうより、ジェラルディンとメアリの方が心配よ。本気で殺されるかもしれないわ」
「うん。それは心配だ。この家が一番安心だ」
この家にアルクマールのクリスティーナの姿でいれば、誰も決して気がつかないだろう。魔法陣があるので、いつでもアルクマールに帰れるし。
でも、外に出られないのだったら、私は、ここにいる必要はないのじゃないかしら?
「アルクマールに帰ろうかしら?」
私の役目は終わった気がする。予期せぬ形だったけど。
アンセルムは希望に満ちた目をしていた。
彼はエドウィン王太子を推す気満々だった。
リール公爵家との縁談を断ったのは、エドウィン元王太子を推すための布石なのだろう。
国内にこれだけの勢力があり、無事に王太子がガレンの王都に戻ったなら、私ができることはもうない。
さらに偶然の賜物とはいえ、エドはアンセルムと会い、意思確認をすることができたのだ。あとはエドウィン王太子の姿でアンセルムと再会を果たす手順が残っているだけ。
でも、それはエド自身が言っているように、イズレイル先生を通せばなんとかなる。
「帰ろう。アルクマールに」
「え?」
エドが私の一人言を聞きつけて、心配そうに聞き返してきた。
「……ここに残っていてほしい。愛してる」
どうなっちゃったのかしら。
ファルクに迫られて以来、何かのタガが外れたみたいだ。
やっぱり帰ろうかしら。こんなことを言われると、なんだか困る。
「私の知らない間に、ずいぶん色々あったようで」
やっと侍女の姿に戻れたラビリアが恨みがましく言った。
「だって、魔法力が枯渇しちゃって」
私は言い訳した。
何回も変身するのは、しかもこれまで一度もなったことのない人物に変身するのは、ものすごく大変なのだ。しかも二人分を即時に!
「なんだか、エド様も変わられましたよねえ。凄みが増して。私、ティナ様の身の上が心配ですぅ」
「何、言ってるのよ?」
「なんでも、恋のライバルが現れたそうで?」
ベタな言い方だこと。
「そんなんじゃないわよ」
「え? でも、求婚してるそうじゃないですか?」
「あれは偽装なのよ。リール家のメアリ様と婚約したくないので、まあ、魔除けみたいなものよ」
「じゃあ、ティナ様のことはお好きじゃないと?」
……お好きかも知れない。
「でしょう?」
「でも、もう、会わないから」
「そう言ってもらえたら、エド様、自分が選ばれた気になると思いますよぉ?」
「あ、じゃ、ファルクとも会おうかなー?」
「何、やばいこと言ってるんです。そんな発言、バレたら、ある晩、パックリと食べられてしまいますよ? 別の男に食べられてしまったら嫌だからとか言って」
私は食材ではない。
「しないと思うわ。アルクマールの姫だって知ってるもん。もう支援してもらえなくなるから」
「違いますよ。頭からがっぽり食べちゃったら、今後は娘可愛さに支援されるでしょう?」
帰ろうかしら。アルクマールに。
「それはそうと、エド様はおられませんので、今日はアップルパイと梨のタルト、ベリーのゼリーを挟んだスポンジケーキとチョコレートムースが食べたいです。七分立ての生クリームを添えてください。あと、ナッツの入ったクッキー。アーモンドと胡桃とピスタチオなんかがいいですね」
「えー」
要求が細かい。
ラビリアは恨めしそうに私を見た。
「ずっと私をほったらかして。二人で……」
「わかりました、わかりました」
放っといたのは、たかが二日くらいなんだけどな。
こっそり変身して買い物に出かけた。だって、食料品がもうなかったのだ。金髪は目立つ。もうめんどくさいから、いつもの姿だ。
「この際だから、食料品をがっぽり買いだめしよう」
無から有は生み出せない。たとえ、どんなに優秀な魔法使いでも、それは同じだ。
「タマネギと小麦粉、それからりんごと梨と、あとはえーと……」
「こっちの胡桃とレーズンもだね?」
「見つけた!」
食料品店のおばさんと私は、物凄い大声に振り返った。
向こうから太った男が懸命に走ってくる。
「ティナあああああ!」
しまった。ハンスだ。
ファルクは私の家を知らない。ハンスも知らない。連絡の取りようがない。
ファルクから声がかかっていたことは、ハンスも知っている。
そんな平民の女がどうなるか、ハンスだって想像がつくだろう。普通、店に戻ってきたりしない。捨てられれば別だが。
だからきっとハンスは私を探したりしないだろう。勝手に納得していると思う。
「アンセルムと直接会う方法が無くなるのは残念だが、イズレイル先生を通せばなんとかなるだろう」
エドはそう言って、心配そうに付け加えた。
「本当に店はやめるんだね?」
私はうなずいた。
「だって、知りたいことは全部知ってしまったわ」
クレイモア家で、図らずもリール家の姉妹に会ってしまった。事情は大体わかったので、これ以上スパイ活動にいそしむ必要はないと思うの。
「ファルクがどうこうより、ジェラルディンとメアリの方が心配よ。本気で殺されるかもしれないわ」
「うん。それは心配だ。この家が一番安心だ」
この家にアルクマールのクリスティーナの姿でいれば、誰も決して気がつかないだろう。魔法陣があるので、いつでもアルクマールに帰れるし。
でも、外に出られないのだったら、私は、ここにいる必要はないのじゃないかしら?
「アルクマールに帰ろうかしら?」
私の役目は終わった気がする。予期せぬ形だったけど。
アンセルムは希望に満ちた目をしていた。
彼はエドウィン王太子を推す気満々だった。
リール公爵家との縁談を断ったのは、エドウィン元王太子を推すための布石なのだろう。
国内にこれだけの勢力があり、無事に王太子がガレンの王都に戻ったなら、私ができることはもうない。
さらに偶然の賜物とはいえ、エドはアンセルムと会い、意思確認をすることができたのだ。あとはエドウィン王太子の姿でアンセルムと再会を果たす手順が残っているだけ。
でも、それはエド自身が言っているように、イズレイル先生を通せばなんとかなる。
「帰ろう。アルクマールに」
「え?」
エドが私の一人言を聞きつけて、心配そうに聞き返してきた。
「……ここに残っていてほしい。愛してる」
どうなっちゃったのかしら。
ファルクに迫られて以来、何かのタガが外れたみたいだ。
やっぱり帰ろうかしら。こんなことを言われると、なんだか困る。
「私の知らない間に、ずいぶん色々あったようで」
やっと侍女の姿に戻れたラビリアが恨みがましく言った。
「だって、魔法力が枯渇しちゃって」
私は言い訳した。
何回も変身するのは、しかもこれまで一度もなったことのない人物に変身するのは、ものすごく大変なのだ。しかも二人分を即時に!
「なんだか、エド様も変わられましたよねえ。凄みが増して。私、ティナ様の身の上が心配ですぅ」
「何、言ってるのよ?」
「なんでも、恋のライバルが現れたそうで?」
ベタな言い方だこと。
「そんなんじゃないわよ」
「え? でも、求婚してるそうじゃないですか?」
「あれは偽装なのよ。リール家のメアリ様と婚約したくないので、まあ、魔除けみたいなものよ」
「じゃあ、ティナ様のことはお好きじゃないと?」
……お好きかも知れない。
「でしょう?」
「でも、もう、会わないから」
「そう言ってもらえたら、エド様、自分が選ばれた気になると思いますよぉ?」
「あ、じゃ、ファルクとも会おうかなー?」
「何、やばいこと言ってるんです。そんな発言、バレたら、ある晩、パックリと食べられてしまいますよ? 別の男に食べられてしまったら嫌だからとか言って」
私は食材ではない。
「しないと思うわ。アルクマールの姫だって知ってるもん。もう支援してもらえなくなるから」
「違いますよ。頭からがっぽり食べちゃったら、今後は娘可愛さに支援されるでしょう?」
帰ろうかしら。アルクマールに。
「それはそうと、エド様はおられませんので、今日はアップルパイと梨のタルト、ベリーのゼリーを挟んだスポンジケーキとチョコレートムースが食べたいです。七分立ての生クリームを添えてください。あと、ナッツの入ったクッキー。アーモンドと胡桃とピスタチオなんかがいいですね」
「えー」
要求が細かい。
ラビリアは恨めしそうに私を見た。
「ずっと私をほったらかして。二人で……」
「わかりました、わかりました」
放っといたのは、たかが二日くらいなんだけどな。
こっそり変身して買い物に出かけた。だって、食料品がもうなかったのだ。金髪は目立つ。もうめんどくさいから、いつもの姿だ。
「この際だから、食料品をがっぽり買いだめしよう」
無から有は生み出せない。たとえ、どんなに優秀な魔法使いでも、それは同じだ。
「タマネギと小麦粉、それからりんごと梨と、あとはえーと……」
「こっちの胡桃とレーズンもだね?」
「見つけた!」
食料品店のおばさんと私は、物凄い大声に振り返った。
向こうから太った男が懸命に走ってくる。
「ティナあああああ!」
しまった。ハンスだ。
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