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第38話 店主のハンスによると
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私はハンスをカラカラに搾り取るくらいの勢いで、なおかつ、怪しまれないように王家に関する話題を聞かなくてはならなかった。
「そんなこと、全然興味ないんですけどー」
と言いつつ、私はカマをかけたが、店主は本気で王家の噂なんかどうでも良さそうだった。
「サボってないで、とっとと仕事してよ!」
ハンスの機嫌が悪いのには理由があった。
「俺が料理配って歩いたら、嫌味を言われる、言われる。もう、一年分の嫌味を言われたよ!」
「えー、でも私は料理人で、ハンスさんだって、料理人なら雇うって言ってくれたじゃないですか」
この話し方、ラビリアに聞かれたら、さぞ怒られるだろう。王女様あ!とか言われて。
「料理人なら大丈夫だと思った俺も甘かった。たまには給仕もするからな! 昨日は散々言われたよ。どうして、お前が給仕してるんだ、なんで会わせてくれないんだ、中年の脂ぎった親父なんか見たくもないって!」
「ここは、そんな店ではありません!」
私は思わず大きな声で言った。
ハンスの店だけど。私の店じゃないから、私が決めつけるのはおかしいけど。
「別な給仕の女を雇えばいいではありませんか! それで済む話でしょう!」
ハンスは私の勢いに気圧されたようだったが、気を取り直して、怒鳴り返した。
「なに寝言、言っているんだ! 美人でなきゃこんな騒ぎにならなかった。男は美人が好きなんだ」
何を宇宙の真理を発見したみたいに威張って言うのよ。
「だから、美人を雇えって言ってるんです!」
「あんたほどの美人がそうゴロゴロしてる訳ないだろ!」
は?
この顔は変身の結果だ。
失敗した。
もう一工夫が必要だったのだ。もうちょい顔面偏差値を下げるべきだった。今のこの顔は私の顔じゃない。褒められても全然嬉しくない。
私は苦い顔をした。
アルクマールのクリスティーナ姫なら、あんな面倒な男を引き寄せたりしない。
全然親しみやすくない、高貴で近寄り難い人物なのだ。それが、全く、なんなのかしら!
自分で自分が悔しいわ。なんだか高貴な姫君が値打ちを落としたみたい。嫌だわ。
だが、もう遅い。それにここでの仕事はあと一息だ。
「じゃあ、給仕にも少しは出ますよ」
私は妥協した。
「それから、昨日、実はファルクさんから花束をもらったんです」
私は神妙にハンスに告白した。
「へえ」
「大変に美しい方ですね。いっぺんで気に入りました」
ハンスは私の顔をまじまじと見ていた。
何か変なものでも顔についているのかしら?
「身分も申し分ないってハンスさんから伺いました。ぜひ、もっと気に入られたいんですが、あいにく話題がなくて」
「へえ!」
「ファルク様は騎士様でしょう? 王宮での出来事なんかが話題にいいんじゃないかと思うんです。この間、エドウィン王太子殿下が生きているという噂を聞いたんです」
「誰から?」
「騎士様の誰かが店の中で話していました。弟が学校に通っていて、学校で噂になってると。それからハンスさん自身もバカな話だ、誰も信じちゃいないって言ってたじゃないですか。でも、それって、どこかから聞いたってことでしょう?」
ハンスは私の顔を見ていたが、答えた。
「王太子殿下が亡くなって以来、景気は悪くなってしまった。皆用心してるんだ。王太子殿下を騙って、新しく別なクーデターが起きるんじゃないかと心配なんだよ。殿下の生死を信じる信じないの問題じゃない。俺たち、商売人にそんなこたぁどうでもいいんだ」
「誰から聞いたのですか?」
ハンスはため息をついた。
「同業者の間では噂が広まっている。どうでもいいことだろう。あんたが男心をわかっていないのには、ため息が出るよ。そんな話を持ち出されたって、誰も喜ばないよ」
「でも、騎士様ですから」
「まあ、ファルク様は一筋縄ではいかない方だという噂だ。名門の伯爵家の御曹司だしね。もらっった花の話でもしている方が無難じゃないかな」
大丈夫です。私、あの面倒臭そうなファルク様に二度と会う気はないですから。
「そうですか。じゃあ、その話はしないほうがいいってことですね」
ハンスは頷いた。
「ファルク様は、あの騎士たちの中でもダントツに腕が立つ。あの若さで騎士団長に就任するという噂だ。国王陛下の身近に仕えることになるだろう」
「え……」
国王陛下の身近に仕えるのですって? 色々聞けるんじゃないかしら?
色仕掛け……と言うアルクマールのクリスティーナ姫が聞いたら、腰を抜かしそうな言葉を思い出した。
だが、彼は本当に底が知れない。
私の変身術をもってしても、対抗できるだろうか。
それに、騎士団長という名誉職にその若さで就く男は、必ずそれ相応の家の娘との結婚が待っている。
彼は決してバカではないはず。次期騎士団長という地位が全てを表している。
それなのに、なぜ、こんな料理人の女に声をかけるのかしら?
「ファルク様は寡黙で人付き合いしない方でね」
店主は言った。
「よく知らないが、彼の仲間から一度だけ話を聞いたことがある。なんでも若い頃、占い師に言われたそうだよ。あなたは一生、恋をしないほうがいい、愛する人が不幸になるからって。まあ、あの性格じゃそう言われるかもしれないな」
「そんなこと、全然興味ないんですけどー」
と言いつつ、私はカマをかけたが、店主は本気で王家の噂なんかどうでも良さそうだった。
「サボってないで、とっとと仕事してよ!」
ハンスの機嫌が悪いのには理由があった。
「俺が料理配って歩いたら、嫌味を言われる、言われる。もう、一年分の嫌味を言われたよ!」
「えー、でも私は料理人で、ハンスさんだって、料理人なら雇うって言ってくれたじゃないですか」
この話し方、ラビリアに聞かれたら、さぞ怒られるだろう。王女様あ!とか言われて。
「料理人なら大丈夫だと思った俺も甘かった。たまには給仕もするからな! 昨日は散々言われたよ。どうして、お前が給仕してるんだ、なんで会わせてくれないんだ、中年の脂ぎった親父なんか見たくもないって!」
「ここは、そんな店ではありません!」
私は思わず大きな声で言った。
ハンスの店だけど。私の店じゃないから、私が決めつけるのはおかしいけど。
「別な給仕の女を雇えばいいではありませんか! それで済む話でしょう!」
ハンスは私の勢いに気圧されたようだったが、気を取り直して、怒鳴り返した。
「なに寝言、言っているんだ! 美人でなきゃこんな騒ぎにならなかった。男は美人が好きなんだ」
何を宇宙の真理を発見したみたいに威張って言うのよ。
「だから、美人を雇えって言ってるんです!」
「あんたほどの美人がそうゴロゴロしてる訳ないだろ!」
は?
この顔は変身の結果だ。
失敗した。
もう一工夫が必要だったのだ。もうちょい顔面偏差値を下げるべきだった。今のこの顔は私の顔じゃない。褒められても全然嬉しくない。
私は苦い顔をした。
アルクマールのクリスティーナ姫なら、あんな面倒な男を引き寄せたりしない。
全然親しみやすくない、高貴で近寄り難い人物なのだ。それが、全く、なんなのかしら!
自分で自分が悔しいわ。なんだか高貴な姫君が値打ちを落としたみたい。嫌だわ。
だが、もう遅い。それにここでの仕事はあと一息だ。
「じゃあ、給仕にも少しは出ますよ」
私は妥協した。
「それから、昨日、実はファルクさんから花束をもらったんです」
私は神妙にハンスに告白した。
「へえ」
「大変に美しい方ですね。いっぺんで気に入りました」
ハンスは私の顔をまじまじと見ていた。
何か変なものでも顔についているのかしら?
「身分も申し分ないってハンスさんから伺いました。ぜひ、もっと気に入られたいんですが、あいにく話題がなくて」
「へえ!」
「ファルク様は騎士様でしょう? 王宮での出来事なんかが話題にいいんじゃないかと思うんです。この間、エドウィン王太子殿下が生きているという噂を聞いたんです」
「誰から?」
「騎士様の誰かが店の中で話していました。弟が学校に通っていて、学校で噂になってると。それからハンスさん自身もバカな話だ、誰も信じちゃいないって言ってたじゃないですか。でも、それって、どこかから聞いたってことでしょう?」
ハンスは私の顔を見ていたが、答えた。
「王太子殿下が亡くなって以来、景気は悪くなってしまった。皆用心してるんだ。王太子殿下を騙って、新しく別なクーデターが起きるんじゃないかと心配なんだよ。殿下の生死を信じる信じないの問題じゃない。俺たち、商売人にそんなこたぁどうでもいいんだ」
「誰から聞いたのですか?」
ハンスはため息をついた。
「同業者の間では噂が広まっている。どうでもいいことだろう。あんたが男心をわかっていないのには、ため息が出るよ。そんな話を持ち出されたって、誰も喜ばないよ」
「でも、騎士様ですから」
「まあ、ファルク様は一筋縄ではいかない方だという噂だ。名門の伯爵家の御曹司だしね。もらっった花の話でもしている方が無難じゃないかな」
大丈夫です。私、あの面倒臭そうなファルク様に二度と会う気はないですから。
「そうですか。じゃあ、その話はしないほうがいいってことですね」
ハンスは頷いた。
「ファルク様は、あの騎士たちの中でもダントツに腕が立つ。あの若さで騎士団長に就任するという噂だ。国王陛下の身近に仕えることになるだろう」
「え……」
国王陛下の身近に仕えるのですって? 色々聞けるんじゃないかしら?
色仕掛け……と言うアルクマールのクリスティーナ姫が聞いたら、腰を抜かしそうな言葉を思い出した。
だが、彼は本当に底が知れない。
私の変身術をもってしても、対抗できるだろうか。
それに、騎士団長という名誉職にその若さで就く男は、必ずそれ相応の家の娘との結婚が待っている。
彼は決してバカではないはず。次期騎士団長という地位が全てを表している。
それなのに、なぜ、こんな料理人の女に声をかけるのかしら?
「ファルク様は寡黙で人付き合いしない方でね」
店主は言った。
「よく知らないが、彼の仲間から一度だけ話を聞いたことがある。なんでも若い頃、占い師に言われたそうだよ。あなたは一生、恋をしないほうがいい、愛する人が不幸になるからって。まあ、あの性格じゃそう言われるかもしれないな」
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