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第36話 辞めないで!
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ハンスが反応を求めているようだったので、困った私は一応返事した。
「え……意外な展開ですね」
「全然、意外じゃない」
店主はゴホンと咳払いして言った。
「いくら台所専門でも、こうなることは目に見えていた」
「どうなることですか?」
「若いきれいな娘が、騎士連中の周りをウロついたら、先は見えていた。当然の成り行きだろ?」
当然の成り行き?
「どう言う事ですか?」
ハンス氏は、眉を八の字に下げて、あざけりでもあわれみとも、なんとも言えない表情を浮かべた。
「私、そんなつもりは、なかったんですよ?」
「うん。どうやらそうらしいな。最初は、騎士連中に取り入る気満々だと思ってたけど、途中から、まるきり、そんな気なさそうだってことに気がついたよ」
店主は渋い顔だった。そしてグサリと一言、言った。
「無防備」
うっ。そうなのか。ラビリアに怒られる。
「あ、そうだ、結婚してることにしといてください」
思いついて必死になって言ってみた。
最初の設定だと、男爵夫人だったんだけど、目立たない方がいいからと、ただの平民の娘になった。
宮廷では男爵夫人は全く目立たない存在だったけど、街の中では、結構目立つ存在だそうで……知らなかったわ。
「うーん。どうかなあ? 結婚している雰囲気、微塵もないんだけどね?」
それはそうかもしれない。お母様やお姉さま達の落ち着きはないと、自分でも思う。
「色気がないって言うか」
店主のハンスが余計な注釈をつけた。反射的にムカッとした。
じゃあ、なんで騎士連中が交際を申し込みたがるのよ?
「えーと、その、それは、なんかこう、何も知らない感じがダメだったんじゃないかと……騎士様たちのツボにきたって言うか。ちっとも媚びないから、逆にそそられたって言うか」
何、言ってるんだろ。意味が分からない。大体、ダメって、私のどこがダメなのよ?
「じゃあ、私、ここを辞めます」
亭主は慌てふためいた。
「いや、辞めないで!」
「だって、騎士に媚び売る従業員なんか要らないって、最初、言ってたじゃないですか?」
「それは給仕の女たちの話。あんたは料理人だ。冗談じゃない。今やこの店は大評判なんだ。料理がうまいって」
「ええっ? そうなんですか?」
うっかりいい気になりかけた。
さすが、私。
いや、違う。今はそんな話をしてる場合じゃない。
「でもね? あの人たちは騎士様なのですよ? 結構身分の高い家の人も混ざっているのでは?」
つまり、ゴリ押ししてくる可能性がある。なにしろ、今の私は平民の娘なんだから。下手にかかわらない方がいいんじゃないかしら。
亭主はがっくりした様子だった。
「そうなんだよ。第二夫人に迎えたいとか言い出しかねない」
この私を第二夫人……ありえない。
「それは家庭不和まっしぐらなのでは?」
だが、自分のことより、正規の夫人の反応の方が心配になった。
第二夫人なんか、ありえないしね。いざとなったら、変身を解けばいいだけだし。
「俺が知るかよ」
亭主は困っているらしかった。
「とにかく、とんでもありません。私には婚約者がいます」
言ってみた。
「えええ?」
亭主が顔を上げた。そんなに驚くようなことかしら?
「婚約者……?」
「いたっていいでしょう」
私はむくれた。そんなに色気がなさそうなのかしら?
「いや。そう。しかし、そうなるとなんだか余計揉めそうな……。変な対抗心を燃やしそうな、ややこしい連中が大勢混ざっているような……」
「婚約者がいるんだから、そこは尊重してただかないと」
私はそう指摘したが、店主は余計微妙な顔をした。
「だって、相手は貴族のおぼっちゃま連中なんだよ? 気位も高ければ、身分も高い。金だって持ってる。王宮の警備をするような連中の中に、平民出身者などほとんどいない。みんな相当の貴族だ。あんたの婚約者なんか木っ端微塵では?」
何言っているの! 私の婚約者は、そんな手合い、簡単に返り討ちにしてくれるわ。超身分高いんだから! 身分だけなら最強よ! 首を洗って待っているがいいわ。その上、筋肉隆々の武芸の達人よ(但し本人の供述による)。
「で、一体誰なの? その婚約者?」
はっ?
しまった。婚約破棄したんだった。忘れてた。
現在、私に婚約者なんかいない。
あ、でも、わざわざ本当のことを言う必要はないわね。
だが、亭主が煽るようなことを言いだした。
「まあ、でも、平民の婚約者じゃ役不足だからなあ。それに、連中、腕自慢だし」
むっ。決闘させるとか。私の婚約者は強い(はず)。
逆上したエドが騎士団の前に現れる、斬り倒す、ウェーハッハッハッ、「お前ら、俺の婚約者に声掛けようだなんて、百年早い! おこがましーわー、出直してきやがれ!
……そんなことはない。
なぜなら、エドはお尋ね者だから。
人前に出られない。
ほんっと役に立たない婚約者だわー。
……婚約者じゃなかったな。それに……
「私のために出てくるはずがないわ」
店主のハンスは、頷いた。
「そりゃ誰だって命が惜しいからな」
ハンスは、私の婚約者(架空)は騎士に、身分でも腕でも負けると思ってるのだろうけど、私の婚約者(婚約破棄済みの実物:エド)は正体を現せば、どの騎士より身分としては最強のはずだった。だけど、それは同時に彼の死を意味する。
命は惜しい。その通りだ。
「え……意外な展開ですね」
「全然、意外じゃない」
店主はゴホンと咳払いして言った。
「いくら台所専門でも、こうなることは目に見えていた」
「どうなることですか?」
「若いきれいな娘が、騎士連中の周りをウロついたら、先は見えていた。当然の成り行きだろ?」
当然の成り行き?
「どう言う事ですか?」
ハンス氏は、眉を八の字に下げて、あざけりでもあわれみとも、なんとも言えない表情を浮かべた。
「私、そんなつもりは、なかったんですよ?」
「うん。どうやらそうらしいな。最初は、騎士連中に取り入る気満々だと思ってたけど、途中から、まるきり、そんな気なさそうだってことに気がついたよ」
店主は渋い顔だった。そしてグサリと一言、言った。
「無防備」
うっ。そうなのか。ラビリアに怒られる。
「あ、そうだ、結婚してることにしといてください」
思いついて必死になって言ってみた。
最初の設定だと、男爵夫人だったんだけど、目立たない方がいいからと、ただの平民の娘になった。
宮廷では男爵夫人は全く目立たない存在だったけど、街の中では、結構目立つ存在だそうで……知らなかったわ。
「うーん。どうかなあ? 結婚している雰囲気、微塵もないんだけどね?」
それはそうかもしれない。お母様やお姉さま達の落ち着きはないと、自分でも思う。
「色気がないって言うか」
店主のハンスが余計な注釈をつけた。反射的にムカッとした。
じゃあ、なんで騎士連中が交際を申し込みたがるのよ?
「えーと、その、それは、なんかこう、何も知らない感じがダメだったんじゃないかと……騎士様たちのツボにきたって言うか。ちっとも媚びないから、逆にそそられたって言うか」
何、言ってるんだろ。意味が分からない。大体、ダメって、私のどこがダメなのよ?
「じゃあ、私、ここを辞めます」
亭主は慌てふためいた。
「いや、辞めないで!」
「だって、騎士に媚び売る従業員なんか要らないって、最初、言ってたじゃないですか?」
「それは給仕の女たちの話。あんたは料理人だ。冗談じゃない。今やこの店は大評判なんだ。料理がうまいって」
「ええっ? そうなんですか?」
うっかりいい気になりかけた。
さすが、私。
いや、違う。今はそんな話をしてる場合じゃない。
「でもね? あの人たちは騎士様なのですよ? 結構身分の高い家の人も混ざっているのでは?」
つまり、ゴリ押ししてくる可能性がある。なにしろ、今の私は平民の娘なんだから。下手にかかわらない方がいいんじゃないかしら。
亭主はがっくりした様子だった。
「そうなんだよ。第二夫人に迎えたいとか言い出しかねない」
この私を第二夫人……ありえない。
「それは家庭不和まっしぐらなのでは?」
だが、自分のことより、正規の夫人の反応の方が心配になった。
第二夫人なんか、ありえないしね。いざとなったら、変身を解けばいいだけだし。
「俺が知るかよ」
亭主は困っているらしかった。
「とにかく、とんでもありません。私には婚約者がいます」
言ってみた。
「えええ?」
亭主が顔を上げた。そんなに驚くようなことかしら?
「婚約者……?」
「いたっていいでしょう」
私はむくれた。そんなに色気がなさそうなのかしら?
「いや。そう。しかし、そうなるとなんだか余計揉めそうな……。変な対抗心を燃やしそうな、ややこしい連中が大勢混ざっているような……」
「婚約者がいるんだから、そこは尊重してただかないと」
私はそう指摘したが、店主は余計微妙な顔をした。
「だって、相手は貴族のおぼっちゃま連中なんだよ? 気位も高ければ、身分も高い。金だって持ってる。王宮の警備をするような連中の中に、平民出身者などほとんどいない。みんな相当の貴族だ。あんたの婚約者なんか木っ端微塵では?」
何言っているの! 私の婚約者は、そんな手合い、簡単に返り討ちにしてくれるわ。超身分高いんだから! 身分だけなら最強よ! 首を洗って待っているがいいわ。その上、筋肉隆々の武芸の達人よ(但し本人の供述による)。
「で、一体誰なの? その婚約者?」
はっ?
しまった。婚約破棄したんだった。忘れてた。
現在、私に婚約者なんかいない。
あ、でも、わざわざ本当のことを言う必要はないわね。
だが、亭主が煽るようなことを言いだした。
「まあ、でも、平民の婚約者じゃ役不足だからなあ。それに、連中、腕自慢だし」
むっ。決闘させるとか。私の婚約者は強い(はず)。
逆上したエドが騎士団の前に現れる、斬り倒す、ウェーハッハッハッ、「お前ら、俺の婚約者に声掛けようだなんて、百年早い! おこがましーわー、出直してきやがれ!
……そんなことはない。
なぜなら、エドはお尋ね者だから。
人前に出られない。
ほんっと役に立たない婚約者だわー。
……婚約者じゃなかったな。それに……
「私のために出てくるはずがないわ」
店主のハンスは、頷いた。
「そりゃ誰だって命が惜しいからな」
ハンスは、私の婚約者(架空)は騎士に、身分でも腕でも負けると思ってるのだろうけど、私の婚約者(婚約破棄済みの実物:エド)は正体を現せば、どの騎士より身分としては最強のはずだった。だけど、それは同時に彼の死を意味する。
命は惜しい。その通りだ。
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