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第26話 エド、十三歳の美少年になる
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見事変身に成功して、似ても似つかぬハゲで小太りの中年男になったのに、エドは激怒していた。
「もとに戻さないなら、殺す」
なんで? どうして? こんなすごい魔法を使える魔女なんかそうそういないわよ?
「え? 痛い! 痛い!」
「ダメですよ、ティナ様、下方修正は。上方修正しないと」
ラビリアがあわててパイを飲み込んで注意した。
「待って! 待って!」
私は急いで訂正した。
「カッコよくなあれ!」
しゅううううと小太りのハゲおやじは縮んで、スラリと細い知的な青年が出現した。黒縁の眼鏡をかけている。
「あ…ら……すてき……」
灰色の目、細くて鼻筋の通った鼻、黒い髪、細い手指と長い足をしている。
思わずうっとりした。
しかしエドは叫んだ。
「俺の筋肉は?」
そして私を振り返ると、すごい目つきでにらんで命令した。
「これのどこが上方修正だ! ちっとも力が出ない。見栄でモリモリじゃないんだって! 戦う時に困るんだよっ」
なんでみんな力技ばっかりなの?
エドが騒ぐので、筋肉は戻しておいた。せっかく美青年だったのに。またマッチョ出現か。
「これなら、どこへ行っても誰だかわからないでしょ?」
少し考え込んでいたが、エドは言った。
「見事な変装だと言うことは認めるけど、それも困る。誰も俺だってわからないと思うんだ。完全に別人だ」
「完璧な変身じゃない。安全よ?」
「別人になれば安心かもしれないが、目的が果たせなくなってしまう。元の姿にならないと、エドウィン王子の生死の確認が取れない。エドウィン王子が生きていればとにかく、死んでいたら、今の王権に逆らうような危ない話には乗ってこないだろう」
「その時は、魔法を解けばいいわ。あっという間にエドウィン王太子の出現よ」
エドは鋭い目で私をみた。
「君のおばあさまは、魔法のことは秘密にしろと言ってなかったか?」
痛いところを突いてくる。
「そうですよ? ティナ様。あれほどおばあさまに釘を刺されていたのに。エド様が好きだからって、勝手な真似を」
黙れ、ラビリア。余計な解説を。
「もちろん、エドが好きなわけなんかないじゃない。私の趣味はすらりと細い知的な美青年なのよ」
エドはなんだか微妙な顔をしていたが、話を続けた。
「話をつけたい貴族と会う時は、元の姿に戻らなきゃいけない。だが、彼らの多くがガレンの王城付近に住んでいる。そこまでたどり着くのに、変身はすごく便利だと思う。だけど、贅沢を言うようだが、自分が自分じゃないのは奇妙な気がするし……」
それはその通りだ。正直、私もエドがエドじゃないのはいやだ。
「同じエドじゃないといけないのね? でも年を取るのは嫌なのね? それなら……十三歳になあれ」
彼が十三歳の頃、どんな少年だったのか知らない。だけど、同じ顔でも年齢が違えば別人物。
だいぶ背が縮み、スッと細くなった。
頬のあたりが少しふっくらして、目元があどけない。
エドったら、子どもの頃はこんな顔だったのか。
わああ……可愛い。弟がいたら、きっとこんな風だったかも。
「エド! 可愛い! すっごく可愛い!」
ただ、目付きだけは異様に鋭くて、とても少年には見えない。
「可愛いわ」
私は思わず、エドの頭を撫でた。
「ティナ様は少しお姉さんになったらいかがでしょう?」
ラビリアが提案してきた。
「子ども二人では都合の悪いことがあると思います。たとえば、宿を取る時とか」
私は十分大人なんだけど……確かに十五歳と十三歳では、舐められるかも知れない。
「そ、そうね……二十五歳になあれ!」
鏡を見ると、背が伸びて、いつかのジェラルディン程ではないが、私はグッと大人びた体形のステキな一人前の大人の女性になっていた。
「その髪と目の色は目立つから、もっと普通の色にした方がいい」
エドが注意した。
「普通ってどんな色? アルクマールでは金と青は多いわ?」
「そうだな。栗色とか」
顔立ちはあまり変えず、髪と目を濃くして栗色に仕立てた。
「まあ。髪と目の色だけはありふれた感じになったな……ただなあ……」
エドがため息を漏らした。
どこに文句があるって言うのかしら。
「そうね。どこかの男爵夫人って名乗ろうかしら? 二十五歳にもなって結婚していないだなんておかしいもの」
なぜだか横でエドがヒッと言うような声を出した。
「そして親戚の少年を連れて旅行しているのよ」
設定がすらすらと出てくる。私ってば、天才?
「私は後見人ってことで。そして、少年をガレンの王都の親元、ううん、今度彼が後を継ぐことになった伯父の元に連れて行く……いいわね」
「それ、どういうメリットがあるの?」
懐疑的にエドがきく。
「あら。だって、王都に行かなきゃ話が始まらないと思うの。あなただって、今、そう言ってたじゃないの。話をしたい有力者たちは、地方にも散らばっているけど、王都に一番多いってね」
「でも、王都は危険だ。それにこんな子どもでは、王都に行くまでの街道沿いで盗賊にでも襲われたら命がない。俺の本来の姿でなければ君を守れない。君の嫌いな筋肉の出番だ」
守ってくれるの?
「まず王都に行きましょうよ。その変身なら絶対安全よ。そして、地方には手紙を出しましょう。郵便なら……」
私は、荷物の中から、いく枚もの紙を取り出した。
サッと手品のように折り畳むと、手裏剣のように手から飛ばした。
「何をするんだ?」
紙はパラパラと手から地面に落ちた……ように見えたが、途中からグインと方向を変えると、星空目掛けて飛び立った。
おばあさまがやったのと同じように、紙は綺麗に折られていって鳥の形になり、次には本物の鳥になって翼をはためかせながら、私の肩や頭に戻ってきた。
「まだ、伝言を頼んでいないから戻ってきたのよ」
一羽一羽を手に乗せると、途端に鳥は紙に戻り、私は元のように、荷物の中に仕舞い込んだ。
エドは信じられないと言った様子で、鳥を見ていた。
「あの時と一緒……」
そう。だいぶ練習したのだ。
おばあさまみたいな大きくて綺麗な鳥を生み出すことはできなかったけど、十分遠くまで飛んでくれる。
「郵便の問題は解決したでしょ?」
エドはごくりと喉を鳴らして、うなずいた。
「君は本当に魔女だったんだ」
「もとに戻さないなら、殺す」
なんで? どうして? こんなすごい魔法を使える魔女なんかそうそういないわよ?
「え? 痛い! 痛い!」
「ダメですよ、ティナ様、下方修正は。上方修正しないと」
ラビリアがあわててパイを飲み込んで注意した。
「待って! 待って!」
私は急いで訂正した。
「カッコよくなあれ!」
しゅううううと小太りのハゲおやじは縮んで、スラリと細い知的な青年が出現した。黒縁の眼鏡をかけている。
「あ…ら……すてき……」
灰色の目、細くて鼻筋の通った鼻、黒い髪、細い手指と長い足をしている。
思わずうっとりした。
しかしエドは叫んだ。
「俺の筋肉は?」
そして私を振り返ると、すごい目つきでにらんで命令した。
「これのどこが上方修正だ! ちっとも力が出ない。見栄でモリモリじゃないんだって! 戦う時に困るんだよっ」
なんでみんな力技ばっかりなの?
エドが騒ぐので、筋肉は戻しておいた。せっかく美青年だったのに。またマッチョ出現か。
「これなら、どこへ行っても誰だかわからないでしょ?」
少し考え込んでいたが、エドは言った。
「見事な変装だと言うことは認めるけど、それも困る。誰も俺だってわからないと思うんだ。完全に別人だ」
「完璧な変身じゃない。安全よ?」
「別人になれば安心かもしれないが、目的が果たせなくなってしまう。元の姿にならないと、エドウィン王子の生死の確認が取れない。エドウィン王子が生きていればとにかく、死んでいたら、今の王権に逆らうような危ない話には乗ってこないだろう」
「その時は、魔法を解けばいいわ。あっという間にエドウィン王太子の出現よ」
エドは鋭い目で私をみた。
「君のおばあさまは、魔法のことは秘密にしろと言ってなかったか?」
痛いところを突いてくる。
「そうですよ? ティナ様。あれほどおばあさまに釘を刺されていたのに。エド様が好きだからって、勝手な真似を」
黙れ、ラビリア。余計な解説を。
「もちろん、エドが好きなわけなんかないじゃない。私の趣味はすらりと細い知的な美青年なのよ」
エドはなんだか微妙な顔をしていたが、話を続けた。
「話をつけたい貴族と会う時は、元の姿に戻らなきゃいけない。だが、彼らの多くがガレンの王城付近に住んでいる。そこまでたどり着くのに、変身はすごく便利だと思う。だけど、贅沢を言うようだが、自分が自分じゃないのは奇妙な気がするし……」
それはその通りだ。正直、私もエドがエドじゃないのはいやだ。
「同じエドじゃないといけないのね? でも年を取るのは嫌なのね? それなら……十三歳になあれ」
彼が十三歳の頃、どんな少年だったのか知らない。だけど、同じ顔でも年齢が違えば別人物。
だいぶ背が縮み、スッと細くなった。
頬のあたりが少しふっくらして、目元があどけない。
エドったら、子どもの頃はこんな顔だったのか。
わああ……可愛い。弟がいたら、きっとこんな風だったかも。
「エド! 可愛い! すっごく可愛い!」
ただ、目付きだけは異様に鋭くて、とても少年には見えない。
「可愛いわ」
私は思わず、エドの頭を撫でた。
「ティナ様は少しお姉さんになったらいかがでしょう?」
ラビリアが提案してきた。
「子ども二人では都合の悪いことがあると思います。たとえば、宿を取る時とか」
私は十分大人なんだけど……確かに十五歳と十三歳では、舐められるかも知れない。
「そ、そうね……二十五歳になあれ!」
鏡を見ると、背が伸びて、いつかのジェラルディン程ではないが、私はグッと大人びた体形のステキな一人前の大人の女性になっていた。
「その髪と目の色は目立つから、もっと普通の色にした方がいい」
エドが注意した。
「普通ってどんな色? アルクマールでは金と青は多いわ?」
「そうだな。栗色とか」
顔立ちはあまり変えず、髪と目を濃くして栗色に仕立てた。
「まあ。髪と目の色だけはありふれた感じになったな……ただなあ……」
エドがため息を漏らした。
どこに文句があるって言うのかしら。
「そうね。どこかの男爵夫人って名乗ろうかしら? 二十五歳にもなって結婚していないだなんておかしいもの」
なぜだか横でエドがヒッと言うような声を出した。
「そして親戚の少年を連れて旅行しているのよ」
設定がすらすらと出てくる。私ってば、天才?
「私は後見人ってことで。そして、少年をガレンの王都の親元、ううん、今度彼が後を継ぐことになった伯父の元に連れて行く……いいわね」
「それ、どういうメリットがあるの?」
懐疑的にエドがきく。
「あら。だって、王都に行かなきゃ話が始まらないと思うの。あなただって、今、そう言ってたじゃないの。話をしたい有力者たちは、地方にも散らばっているけど、王都に一番多いってね」
「でも、王都は危険だ。それにこんな子どもでは、王都に行くまでの街道沿いで盗賊にでも襲われたら命がない。俺の本来の姿でなければ君を守れない。君の嫌いな筋肉の出番だ」
守ってくれるの?
「まず王都に行きましょうよ。その変身なら絶対安全よ。そして、地方には手紙を出しましょう。郵便なら……」
私は、荷物の中から、いく枚もの紙を取り出した。
サッと手品のように折り畳むと、手裏剣のように手から飛ばした。
「何をするんだ?」
紙はパラパラと手から地面に落ちた……ように見えたが、途中からグインと方向を変えると、星空目掛けて飛び立った。
おばあさまがやったのと同じように、紙は綺麗に折られていって鳥の形になり、次には本物の鳥になって翼をはためかせながら、私の肩や頭に戻ってきた。
「まだ、伝言を頼んでいないから戻ってきたのよ」
一羽一羽を手に乗せると、途端に鳥は紙に戻り、私は元のように、荷物の中に仕舞い込んだ。
エドは信じられないと言った様子で、鳥を見ていた。
「あの時と一緒……」
そう。だいぶ練習したのだ。
おばあさまみたいな大きくて綺麗な鳥を生み出すことはできなかったけど、十分遠くまで飛んでくれる。
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