25 / 62
第25話 エド、おっさんになる
しおりを挟む
運悪く、魔法陣はエドの頭の上で発動したらしい。
「イテッ、アチッ、アゥ、なんだこれ? あーっ」
まず私が、次にラビリアが、最後に荷物がいくつか、次々にエドの頭の上に落ちてきた。
「誰だっ?」
「そっちこそ誰?」
気の立っているラビリアが、顔中が黒い髭に覆われた大柄な男にビビって叫んだ。
そこは真夜中の森の中で、ラビリアは本能的に暗い森なんか大嫌いなのだ。
エドはどうやら野営していたようだった。
「ことと次第によっては、ただでは済まさないわよ?」
「ラビリアじゃないか。と言うことは、さっきのはティナ様か」
私も男の顔をつくづく見た。顔中髭だらけだ。
「うわあ、ひどい」
ほとんど人相がわからない。
焚き火が熾されていて、夕食らしいものが中で煮えていた。中身は豆と草だった。
「ここはどこ?」
私は周りを見回しながら聞いた。
エドは渋い顔だった。
「まだアルクマールの領地内から出ていないよ。三日しか経っていないんだ」
「たった三日で、その顔はひどくない?」
ラビリアが尋ねたが、エドは無視した。
「なんでこんなところへ来たんだ? お付きはどうした? 馬車で来たのか?」
「あら、いやだ。忘れたの? 私は魔女よ」
エドはまじまじと私の顔を見た。
「魔女?」
「魔女よ。知っているでしょう? 知っているところなら、瞬間移動できるのよ」
エドの前でなら遠慮することはない。
だって、エドは私が魔女だって知っているんだもの。
古城でバラしてしまっている。その後、二度と会うことは無いはずだった。
その三日後くらいに、なんの因果か再会を果たしちゃったけど。
「その顔はひどいわ」
私はしかつめらしく宣言した。
エドの可哀想な顔は、綺麗さっぱり髭を剃られ、貧相な鍋の中身はベーコンとじゃがいもと野菜のスープに変更され、さらに鳥の丸焼きがメニューに追加された。その上、ラビリアがゴネるので、デザートは桃のパイに決まった。
テントは天蓋付きのベッドに代わって、そのほかに虫除けがつけられた。
エドはこの有様にピクピクしていたが、気になったらしく聞いた。
「そこの大きな箱はなんだ?」
「バスルームよ」
私はすまして答えた。
「女性にとっては必需品です。それより、今後の計画を聞かせてほしいわ。どうするの?」
エドは思い切り渋い顔した。
なんなの? 私と結婚したいって言ってたじゃない。もっと喜びなさいよ?
「まず、あんたをアルクマールの王城に返さなきゃいけない。この三日の行程が台無しだ」
「私を返すなんて諦めた方がいいわ」
私は言った。
「そうよ、そうよ。私もティナ様に散々言ったんだけど、聞かないんだから」
ラビリアもパイを口いっぱいに頬張りながら言った。
「すぐにエドのとこへ来ちゃうわよ。本気で好きな人のとこには、魔法陣が発動しちゃうのよ」
…………。
気まずい……。
「この王女様、しつこい上にツンデレなのよ。諦めた方がいいわ、エドウィン・ガレン」
「違うわ! わ、私は冒険者なのよ! それだけよ!」
「冒険って何?」
エドがボソッと聞いた。
「だから、ガレンを取り戻すのよ。違うの?」
私はエドの顔を見た。私は魔法使いなの。スッゴク役に立つの。実際に見たことのあるエドならわかるわよね?
「簡単そうに言いますがね、お姫様……」
私はエドを無視して話を始めた。
「まず、ガレンの陣営はどうなっているの? あのジェラルディンのことが大っ嫌いな人間はたくさんいると思うの」
「好き嫌いでどうにかなる問題じゃない。これからやろうとしていることは、お姫様のお遊びじゃない」
エドは諭すように静かな調子で言い出した。
「好き嫌いでどうにかなる問題だと思うわ。あの人たち、相当嫌われてるんじゃない?」
「それはその通りだと思うよ。だけど、俺は、その、今の王様達を嫌っている人たちに会わなきゃいけないんだ。そして説得しなくちゃいけない」
「まず、会わなくちゃいけないわ」
「みんなガレンに住んでいるんだよ。王都だけじゃなくて、国中のあちこちにね。固まって住んでいてくれたらいいんだが。説得するためには、直接会って話をしないといけない」
「手紙を出せば?」
「ティナ様、手紙を出したくても出せないんだ。なぜなら、手紙を出すには使者が必要だ。俺はもう王家の郵便使者は使えない。商人たちは大きな都市間なら、共同で馬車を出して郵便貨物とやらを使っているそうだが、俺は指名手配人だ。そんなシステムに乗せてもらうわけにもいかない。秘密に手紙を送らなきゃいけないんだ」
「なんだか犯罪者みたいね!」
「犯罪者なんだ。ガレンの王都には俺の顔がいっぱい貼ってあるらしい」
「有名人ね!」
「だから髭を伸ばしていたんだ。あんたが剃っちまったけど」
「ねえ。だから私と一緒だといいのよ」
エドはイライラしてきたようだった。
「いくら説明してもわからない女なんかと一緒に居られない」
「それはあなたが私の話を聞こうとしないからよ」
私は、荷物の中から鏡を出してきた。
「変身すればいいのよ! ねえ! 見て!」
エドは嫌そうに渋々鏡を覗き込んだ。
「おっさんになあれ!」
みるみるエドの毛が禿げ上がり、筋肉は贅肉になって腹が突き出て、小太りの親父になった。さらにサービスで私は歯を二、三本出っ歯にしてみた。
「どう? これなら、誰にもバレないわ」
私は得意満面だった。どうしてみんな私の魔法を信じないのかしら。こんなにすごいのに。
ハッと我に返ったエドは、私の首を絞めにかかった。
「戻せ!」
「イテッ、アチッ、アゥ、なんだこれ? あーっ」
まず私が、次にラビリアが、最後に荷物がいくつか、次々にエドの頭の上に落ちてきた。
「誰だっ?」
「そっちこそ誰?」
気の立っているラビリアが、顔中が黒い髭に覆われた大柄な男にビビって叫んだ。
そこは真夜中の森の中で、ラビリアは本能的に暗い森なんか大嫌いなのだ。
エドはどうやら野営していたようだった。
「ことと次第によっては、ただでは済まさないわよ?」
「ラビリアじゃないか。と言うことは、さっきのはティナ様か」
私も男の顔をつくづく見た。顔中髭だらけだ。
「うわあ、ひどい」
ほとんど人相がわからない。
焚き火が熾されていて、夕食らしいものが中で煮えていた。中身は豆と草だった。
「ここはどこ?」
私は周りを見回しながら聞いた。
エドは渋い顔だった。
「まだアルクマールの領地内から出ていないよ。三日しか経っていないんだ」
「たった三日で、その顔はひどくない?」
ラビリアが尋ねたが、エドは無視した。
「なんでこんなところへ来たんだ? お付きはどうした? 馬車で来たのか?」
「あら、いやだ。忘れたの? 私は魔女よ」
エドはまじまじと私の顔を見た。
「魔女?」
「魔女よ。知っているでしょう? 知っているところなら、瞬間移動できるのよ」
エドの前でなら遠慮することはない。
だって、エドは私が魔女だって知っているんだもの。
古城でバラしてしまっている。その後、二度と会うことは無いはずだった。
その三日後くらいに、なんの因果か再会を果たしちゃったけど。
「その顔はひどいわ」
私はしかつめらしく宣言した。
エドの可哀想な顔は、綺麗さっぱり髭を剃られ、貧相な鍋の中身はベーコンとじゃがいもと野菜のスープに変更され、さらに鳥の丸焼きがメニューに追加された。その上、ラビリアがゴネるので、デザートは桃のパイに決まった。
テントは天蓋付きのベッドに代わって、そのほかに虫除けがつけられた。
エドはこの有様にピクピクしていたが、気になったらしく聞いた。
「そこの大きな箱はなんだ?」
「バスルームよ」
私はすまして答えた。
「女性にとっては必需品です。それより、今後の計画を聞かせてほしいわ。どうするの?」
エドは思い切り渋い顔した。
なんなの? 私と結婚したいって言ってたじゃない。もっと喜びなさいよ?
「まず、あんたをアルクマールの王城に返さなきゃいけない。この三日の行程が台無しだ」
「私を返すなんて諦めた方がいいわ」
私は言った。
「そうよ、そうよ。私もティナ様に散々言ったんだけど、聞かないんだから」
ラビリアもパイを口いっぱいに頬張りながら言った。
「すぐにエドのとこへ来ちゃうわよ。本気で好きな人のとこには、魔法陣が発動しちゃうのよ」
…………。
気まずい……。
「この王女様、しつこい上にツンデレなのよ。諦めた方がいいわ、エドウィン・ガレン」
「違うわ! わ、私は冒険者なのよ! それだけよ!」
「冒険って何?」
エドがボソッと聞いた。
「だから、ガレンを取り戻すのよ。違うの?」
私はエドの顔を見た。私は魔法使いなの。スッゴク役に立つの。実際に見たことのあるエドならわかるわよね?
「簡単そうに言いますがね、お姫様……」
私はエドを無視して話を始めた。
「まず、ガレンの陣営はどうなっているの? あのジェラルディンのことが大っ嫌いな人間はたくさんいると思うの」
「好き嫌いでどうにかなる問題じゃない。これからやろうとしていることは、お姫様のお遊びじゃない」
エドは諭すように静かな調子で言い出した。
「好き嫌いでどうにかなる問題だと思うわ。あの人たち、相当嫌われてるんじゃない?」
「それはその通りだと思うよ。だけど、俺は、その、今の王様達を嫌っている人たちに会わなきゃいけないんだ。そして説得しなくちゃいけない」
「まず、会わなくちゃいけないわ」
「みんなガレンに住んでいるんだよ。王都だけじゃなくて、国中のあちこちにね。固まって住んでいてくれたらいいんだが。説得するためには、直接会って話をしないといけない」
「手紙を出せば?」
「ティナ様、手紙を出したくても出せないんだ。なぜなら、手紙を出すには使者が必要だ。俺はもう王家の郵便使者は使えない。商人たちは大きな都市間なら、共同で馬車を出して郵便貨物とやらを使っているそうだが、俺は指名手配人だ。そんなシステムに乗せてもらうわけにもいかない。秘密に手紙を送らなきゃいけないんだ」
「なんだか犯罪者みたいね!」
「犯罪者なんだ。ガレンの王都には俺の顔がいっぱい貼ってあるらしい」
「有名人ね!」
「だから髭を伸ばしていたんだ。あんたが剃っちまったけど」
「ねえ。だから私と一緒だといいのよ」
エドはイライラしてきたようだった。
「いくら説明してもわからない女なんかと一緒に居られない」
「それはあなたが私の話を聞こうとしないからよ」
私は、荷物の中から鏡を出してきた。
「変身すればいいのよ! ねえ! 見て!」
エドは嫌そうに渋々鏡を覗き込んだ。
「おっさんになあれ!」
みるみるエドの毛が禿げ上がり、筋肉は贅肉になって腹が突き出て、小太りの親父になった。さらにサービスで私は歯を二、三本出っ歯にしてみた。
「どう? これなら、誰にもバレないわ」
私は得意満面だった。どうしてみんな私の魔法を信じないのかしら。こんなにすごいのに。
ハッと我に返ったエドは、私の首を絞めにかかった。
「戻せ!」
12
お気に入りに追加
788
あなたにおすすめの小説
【完結】リクエストにお答えして、今から『悪役令嬢』です。
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「断罪……? いいえ、ただの事実確認ですよ。」
***
ただ求められるままに生きてきた私は、ある日王子との婚約解消と極刑を突きつけられる。
しかし王子から「お前は『悪』だ」と言われ、周りから冷たい視線に晒されて、私は気づいてしまったのだ。
――あぁ、今私に求められているのは『悪役』なのだ、と。
今まで溜まっていた鬱憤も、ずっとしてきた我慢も。
それら全てを吐き出して私は今、「彼らが望む『悪役』」へと変貌する。
これは従順だった公爵令嬢が一転、異色の『悪役』として王族達を相手取り、様々な真実を紐解き果たす。
そんな復讐と解放と恋の物語。
◇ ◆ ◇
※カクヨムではさっぱり断罪版を、アルファポリスでは恋愛色強めで書いています。
さっぱり断罪が好み、または読み比べたいという方は、カクヨムへお越しください。
カクヨムへのリンクは画面下部に貼ってあります。
※カクヨム版が『カクヨムWeb小説短編賞2020』中間選考作品に選ばれました。
選考結果如何では、こちらの作品を削除する可能性もありますので悪しからず。
※表紙絵はフリー素材を拝借しました。

強い祝福が原因だった
棗
恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。
父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。
大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。
愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。
※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。
※なろうさんにも公開しています。



三度目の嘘つき
豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」
「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」
なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。
根暗令嬢の華麗なる転身
しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」
ミューズは茶会が嫌いだった。
茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。
公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。
何不自由なく、暮らしていた。
家族からも愛されて育った。
それを壊したのは悪意ある言葉。
「あんな不細工な令嬢見たことない」
それなのに今回の茶会だけは断れなかった。
父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。
婚約者選びのものとして。
国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず…
応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*)
ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。
同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。
立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。
一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。
描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。
ゆるりとお楽しみください。
こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

愚者(バカ)は不要ですから、お好きになさって?
海野真珠
恋愛
「ついにアレは捨てられたか」嘲笑を隠さない言葉は、一体誰が発したのか。
「救いようがないな」救う気もないが、と漏れた本音。
「早く消えればよろしいのですわ」コレでやっと解放されるのですもの。
「女神の承認が下りたか」白銀に輝く光が降り注ぐ。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる