24 / 62
第24話 あの人のとこへ連れてって
しおりを挟む
「クリスティーナ様のお出ましでございます」
綺麗に髪を結われ、結局バラ色のドレスを纏った私は、感嘆の声に迎えられた。
「噂以上だな」
かろうじて誰かのうわずったような声を拾った。
「予想以上だわ」
私はつぶやいた。
ずらりと並んだ正装の男性陣は、全員マッチョだった。そして、目が合うと全員、白い歯でニカっと笑って見せた。
私は筋肉隆々は好みではないと、あれほど念を押したのに。誰も聞いちゃいない。
『そう言いつつ、連れてきたのがエド様で……』
ラビリアが解説した。
『きっとお母様も侍女の皆様方も、思い切り納得なさったのでしょう』
だから何を。何を納得したと言うのよ。
「エドはガリガリだったのよ?」
私は歯噛みして言った。
『今となっては誰にも想像もつかないのでは……?』
鍛えなくてよろしいと、あれほど言ったのに。
「なんと愛くるしい」
「美少女という言葉はあなたのためのものです」
求められるままに次々とダンスを踊り、どの男性の顔も物欲しそうに、あるいは躊躇いがちに、とにかく気に入るように語りかけてくる。
「僕のことはどうお思いですか?」
たまに反則プレーの自己満足野郎も出てきたが、「素晴らしい筋肉♡」と褒めておいた。嬉しそうだった。多分、次のパーティにはもっとすごい筋肉が勢揃いしてくるかもしれない。
そして、三日めの晩、決行の時がきた。
「私が役に立たないだなんて、何言ってんだろう」
「ティナ様あ。本気ですかあ?」
「本気も本気。超絶本気よ」
「ねえ、もし、エド様が屍になってたらどうするんですかあ?」
私は、月が照らす屋根裏部屋の魔法陣の真ん中で、ラビリアを睨みつけた。
この城にも、魔法陣がある。おばあさまが出入りするところなら、絶対どこでも魔法陣がある。
私は、まだ魔法陣の作り方を知らない。
だから、おばあさまの作った魔法陣を利用するしかない。
「死んでたら、帰るんですよね。帰りはどうするんですか? 魔法陣ないでしょう?」
「……ない」
私が黙っていると、ラビリアは畳み掛《か》けた。
「そもそも会えたところで、どうやって帰るつもりなんですかぁ……?」
「帰る気はない」
さすがのラビリアが目を見張った。
「え?」
「帰る気はない」
「あの山のようなマッチョ集団は? ティナ様を待っているんですよ?」
「関係ない」
「……そ、そんなにエド様のことが……」
「違ーうっ!」
私は叫んだ。
「なんで、この期に及んで、そんなにツンデレなんですかああ」
ラビリアが絶叫した。
「違うっ。自分の力で成し遂げたい!」
「だから、何を成し遂げちゃうつもりですかって聞いてるんですよ? エド様の押しかけ女房になるつもりなんですかああ?」
「違うって! 手伝いたいだけ!」
「いいですか? エド様が目指しているのはガレンの王権の奪還ですよ? そんなもの、ティナ様には食べられないでしょう?」
「ラビリアだって食べられないわよ」
「だから、要らないでしょう?」
「わかってないわね、ラビリア」
全く、このウサギは感想は多いくせに、肝心なところがわかっちゃいない。
「いいこと? エド様がガレンを制圧すれば……」
「制圧すれば?」
「婚約が元に戻るのよ」
ラビリアが、じいいいっと私の顔をみた。
「それはね、クリスティーナ様」
ウサギのくせに分別くさい声を出してきやがった。
「エド様と結婚したいって言っているのと同じですよね……?」
「違うわよ!……結婚と婚約は違うわ!」
「いや、一緒ですよ、結局」
ウサギのくせにラビリアが理詰めで説得してきた。
「婚約した後は、どうなるんですか?」
「ええと……結婚する?」
「そら、ごらんなさい。一緒じゃないですか」
得意そうにふんぞり返るラビリアに、なんだか言い返せなかった。悔しい。
「でもね、肝心のエド様が、もしかすると、もう屍になっているかもしれない」
私は震え上がった。
屍、屍って何回言う気だ。
「それくらい大変だって、陛下がおっしゃっていました。だからもし……」
ウサギが詰め寄ってくる。草食動物のくせに。
「たとえ、生憎、まだ屍じゃなかったとしても」
生憎ってなぜ、生憎?
「屍なんて、縁起でもない!」
「万一、何かの間違いで生きてたとしても、そっから先は茨の道……」
「どうしてそんなことばっかり言うの?」
「だって、ティナ様はお姫様。自分のお城にいれば、豪華なドレスや宝石や、ステキなご恋人までご両親が都合してくださいます。何を好きこのんで、あんなマッチョなだけの……イテッ」
「彼が心配なだけよ!」
「そんなにー?」
ラビリアが上目遣いに、なんだか疑っているみたいな調子で聞いてきた。
「心配なだけ。それに帰ってきたら、ちゃんと親の言うことを聞いて結婚する。マッチョでも仕方ないわ。諦める。だから今は魔法力を思う存分振るうの。ドレスより、宝石より、こっちの方が面白いと思うの。ラビリア、そう思わない?」
「じゃあ、仕方ないですね」
ラビリアがわざとらしくため息をついた。
「本当に仕方がない。おばあさまから預かりました」
ラビリアは、ドレスのひだの間から、スカーフほどの大きさの薄っぺらい布を取り出した。
「簡易魔法陣」
「は?」
「おばあさまがおっしゃるには、発動するにはするけれど、半端なく魔法力を食うそうです」
私は、その布をしげしげと眺めた。
「何?」
「持ち運び式の魔法陣ですよ。おばあさまの傑作です。これさえあれば、エド様の屍にたどり着いちゃっても、アルクマールのお城に戻れますから」
エドが死んでいたら?
そんなの、私が許さない。
「死ぬ死ぬって言うなあああ」
私はラビリアを道連れに、魔法陣で魔法の言葉を唱えた。
「あの人のとこへ連れてって!」
綺麗に髪を結われ、結局バラ色のドレスを纏った私は、感嘆の声に迎えられた。
「噂以上だな」
かろうじて誰かのうわずったような声を拾った。
「予想以上だわ」
私はつぶやいた。
ずらりと並んだ正装の男性陣は、全員マッチョだった。そして、目が合うと全員、白い歯でニカっと笑って見せた。
私は筋肉隆々は好みではないと、あれほど念を押したのに。誰も聞いちゃいない。
『そう言いつつ、連れてきたのがエド様で……』
ラビリアが解説した。
『きっとお母様も侍女の皆様方も、思い切り納得なさったのでしょう』
だから何を。何を納得したと言うのよ。
「エドはガリガリだったのよ?」
私は歯噛みして言った。
『今となっては誰にも想像もつかないのでは……?』
鍛えなくてよろしいと、あれほど言ったのに。
「なんと愛くるしい」
「美少女という言葉はあなたのためのものです」
求められるままに次々とダンスを踊り、どの男性の顔も物欲しそうに、あるいは躊躇いがちに、とにかく気に入るように語りかけてくる。
「僕のことはどうお思いですか?」
たまに反則プレーの自己満足野郎も出てきたが、「素晴らしい筋肉♡」と褒めておいた。嬉しそうだった。多分、次のパーティにはもっとすごい筋肉が勢揃いしてくるかもしれない。
そして、三日めの晩、決行の時がきた。
「私が役に立たないだなんて、何言ってんだろう」
「ティナ様あ。本気ですかあ?」
「本気も本気。超絶本気よ」
「ねえ、もし、エド様が屍になってたらどうするんですかあ?」
私は、月が照らす屋根裏部屋の魔法陣の真ん中で、ラビリアを睨みつけた。
この城にも、魔法陣がある。おばあさまが出入りするところなら、絶対どこでも魔法陣がある。
私は、まだ魔法陣の作り方を知らない。
だから、おばあさまの作った魔法陣を利用するしかない。
「死んでたら、帰るんですよね。帰りはどうするんですか? 魔法陣ないでしょう?」
「……ない」
私が黙っていると、ラビリアは畳み掛《か》けた。
「そもそも会えたところで、どうやって帰るつもりなんですかぁ……?」
「帰る気はない」
さすがのラビリアが目を見張った。
「え?」
「帰る気はない」
「あの山のようなマッチョ集団は? ティナ様を待っているんですよ?」
「関係ない」
「……そ、そんなにエド様のことが……」
「違ーうっ!」
私は叫んだ。
「なんで、この期に及んで、そんなにツンデレなんですかああ」
ラビリアが絶叫した。
「違うっ。自分の力で成し遂げたい!」
「だから、何を成し遂げちゃうつもりですかって聞いてるんですよ? エド様の押しかけ女房になるつもりなんですかああ?」
「違うって! 手伝いたいだけ!」
「いいですか? エド様が目指しているのはガレンの王権の奪還ですよ? そんなもの、ティナ様には食べられないでしょう?」
「ラビリアだって食べられないわよ」
「だから、要らないでしょう?」
「わかってないわね、ラビリア」
全く、このウサギは感想は多いくせに、肝心なところがわかっちゃいない。
「いいこと? エド様がガレンを制圧すれば……」
「制圧すれば?」
「婚約が元に戻るのよ」
ラビリアが、じいいいっと私の顔をみた。
「それはね、クリスティーナ様」
ウサギのくせに分別くさい声を出してきやがった。
「エド様と結婚したいって言っているのと同じですよね……?」
「違うわよ!……結婚と婚約は違うわ!」
「いや、一緒ですよ、結局」
ウサギのくせにラビリアが理詰めで説得してきた。
「婚約した後は、どうなるんですか?」
「ええと……結婚する?」
「そら、ごらんなさい。一緒じゃないですか」
得意そうにふんぞり返るラビリアに、なんだか言い返せなかった。悔しい。
「でもね、肝心のエド様が、もしかすると、もう屍になっているかもしれない」
私は震え上がった。
屍、屍って何回言う気だ。
「それくらい大変だって、陛下がおっしゃっていました。だからもし……」
ウサギが詰め寄ってくる。草食動物のくせに。
「たとえ、生憎、まだ屍じゃなかったとしても」
生憎ってなぜ、生憎?
「屍なんて、縁起でもない!」
「万一、何かの間違いで生きてたとしても、そっから先は茨の道……」
「どうしてそんなことばっかり言うの?」
「だって、ティナ様はお姫様。自分のお城にいれば、豪華なドレスや宝石や、ステキなご恋人までご両親が都合してくださいます。何を好きこのんで、あんなマッチョなだけの……イテッ」
「彼が心配なだけよ!」
「そんなにー?」
ラビリアが上目遣いに、なんだか疑っているみたいな調子で聞いてきた。
「心配なだけ。それに帰ってきたら、ちゃんと親の言うことを聞いて結婚する。マッチョでも仕方ないわ。諦める。だから今は魔法力を思う存分振るうの。ドレスより、宝石より、こっちの方が面白いと思うの。ラビリア、そう思わない?」
「じゃあ、仕方ないですね」
ラビリアがわざとらしくため息をついた。
「本当に仕方がない。おばあさまから預かりました」
ラビリアは、ドレスのひだの間から、スカーフほどの大きさの薄っぺらい布を取り出した。
「簡易魔法陣」
「は?」
「おばあさまがおっしゃるには、発動するにはするけれど、半端なく魔法力を食うそうです」
私は、その布をしげしげと眺めた。
「何?」
「持ち運び式の魔法陣ですよ。おばあさまの傑作です。これさえあれば、エド様の屍にたどり着いちゃっても、アルクマールのお城に戻れますから」
エドが死んでいたら?
そんなの、私が許さない。
「死ぬ死ぬって言うなあああ」
私はラビリアを道連れに、魔法陣で魔法の言葉を唱えた。
「あの人のとこへ連れてって!」
10
お気に入りに追加
788
あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。
かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。
ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。
二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。
国樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。
声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。
愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。
古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。
よくある感じのざまぁ物語です。
ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

婚約者の様子がおかしいので尾行したら、隠し妻と子供がいました
Kouei
恋愛
婚約者の様子がおかしい…
ご両親が事故で亡くなったばかりだと分かっているけれど…何かがおかしいわ。
忌明けを過ぎて…もう2か月近く会っていないし。
だから私は婚約者を尾行した。
するとそこで目にしたのは、婚約者そっくりの小さな男の子と美しい女性と一緒にいる彼の姿だった。
まさかっ 隠し妻と子供がいたなんて!!!
※誤字脱字報告ありがとうございます。
※この作品は、他サイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる