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第15話 一人で頑張らないで
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「確かティナ様は、細い男性がお好きとおっしゃっていましたが……あの方が理想ですか?」
ラビリアが超細身の騎士の素振り姿を、見物しながら言った。
「そんな訳ないでしょう!」
「でも、あれ以上痩せるのは無理ですよ? 究極の痩せですよ」
「骸骨が皮をかぶっている状態ね」
「でも、だんだん太っていって、ティナ様の理想から離れていってますけどね」
ケガというか、毒が抜けて、根本的に元気になったエドは筋トレを始めた。
城の地下室は、真剣の素振り会場となったので危険すぎて入れない。
少し暖かくなってくると、馬を探してウロウロし始めた。
「これが!……ウマ!」
仕方がないので、冬眠していたカエルを叩き起こしてウマに転用した。
「初めて見る!」
修行が足りなかったので、真っ緑の馬と、黄色に赤のドット柄の斑馬を用意するしかなかった。
「変わった模様だな。それに、なんだか眠そうなウマだな?」
「ここら辺には多いんですよ」
ラビリアがヘラヘラ説明した。
そのウマに訓練を始めたのには恐縮したが、どうしようもない。ウマになったカエルを調教したら、跳躍に素質があるかも知れない?
リンデの村へは時々食料を運びに出かけていった。
だが、ポーションの出荷については固く断ることにした。
「薬草が取れないのよ、雪で」
私は弁解した。
「春になれば、また作れる。薬草は保存が効かないの。腐ってしまう。買いにこられた方には丁重にそう申し上げて、また、春になったら大量に作れますので是非ご利用くださいとお願いしてくださいな」
もっとも至極な言い訳である。
だが、春になったら、私はエドを王都に帰して、アルクマールに戻ろうと思っていた。
春まで時間を稼げばいいだけだ。
気になっていた領民の食料問題は、ポーションとラビレットの売上でどうにか賄い切った。
もう危険すぎてガレンの王都に行くわけにはいかない。
エドが言う通り、欲にかられた商人連中がラビレットの制作者をさらいに来たのだろう。
だが、ラビレットはかなりの高値で売ることが出来たので、予想よりたくさんの食糧を買いこむことが出来ていた。
ピカナの実集めに付き合ってくれたかみさん連中には、きちんとそれだけのものを返したので、彼女たちの家は、冬でも十分食べていけた。
付いて来なかった連中は、なにももらえなくて当然だが、生き延びるための最低限の食糧は領主として渡したので、文句はないはずだ。
それより学校を作った方がいいのかもしれなかった。領主としては悩みどころである。
一冬を越すのに必要な食糧の計算ができないようでは、今後とも飢饉の可能性が残る。
領主に援助を求めるにしても、ここは田舎なので、援助を求める頃にはとうに手遅れになっているかもしれない。
いろいろ私が考え込んでいたところへ、エドが現れた。
私は、できるだけ彼には接触しないように工夫していた。
だって、会ったところでこの男は使い途がなかった。
それに、目の前で魔法陣を使ってしまった。
どういう理屈で発動するのかわからないだろうけど、質問されても困る。答えられないからだ。
それに、エド自身もワケありらしいけど、他人のワケなんか聞きたくない。自分自身のワケありだけで十分厄介なんだもの。
そんなわけで、せっかく身を挺してお守りするというお申し出をいただいたものの、放置してあった。
「ティナ嬢」
「……嬢?」
私は自分の机にもたれかかったまま、この元騎士だという男を眺めた。
「十分肉がついたのじゃないかしら」
「おかげ様で」
こんなに真実な言葉はこれまで聞いたことがない。
「今まで何も言えないでいたのですが、健康になった今、私は、自分の野心を思い出したのです」
私はつくづくエドを眺めた。
黒い髪、濃い青い目、筋肉が盛り返してきていて、まるでアルクマールで見たガレンの王太子の肖像画のようだ。ガレンの王太子の目は黒かったけど。
半年前でしかないのに、まるでずっと昔のようだ。
「どうぞ」
ここを出て行きたいのだろう。
この人が死なないでよかった。
痩せて命を切らせるところだった。
助けることができてよかった。
その後のことは私は知らない。自分の人生を生きて欲しい。
「命の恩人のあなたのことは忘れません。いつか戻ってきて必ずお礼をしたい」
「うん」
すごく面倒だ。上っ面だけの言葉って、こんな感じなのかな。
「ずっとこの城にいるから、気が向いたらお礼しにきてね」
「ここへくればお会いできますか?」
「多分」
「多分とは?」
あ、しつこい。
「たまにリンデの村とか行ってるから」
「では、その時はお待ちします。そして私は一つだけ知りたいことがある」
「何?」
「あなたの名前を」
「ティナ」
「家名は?」
それは教えられない。
「私も家名を言います。ですから」
「エド、お互いに知らなくてもいいでしょう」
私は席を立った。名前なんか言う訳にはいかない。
「私はあなたが元気になってくれさえすればそれでいいの。恩返しも何もいらない」
だから、放っといて。
私は魔女で、そのことは秘密。絶対の秘密。だからあなたと二度と会うわけにはいかない。
魔力をほんの僅か混ぜただけのポーションは、噂になって世を揺るがした。
魔力の影響を受けたピカナの実は、求める人で長蛇の列になった。
襲撃を受けて以来、王都の屋敷には行っていない。
あの騒ぎは、さすがに近所で評判になっているだろう。
あのせいでラビレットは販売されなくなったと思ってもらえればいい。
一方で、リンデの村の雑貨屋には、ラビレットなんか知らないと話してある。
誰かが、真似をしたのだろうと。本家のウサギ印のポーション作成者は怒っていると。
そうしておかないと、商人たちの圧力がますます強くなってくると思う。
私一人を抑えれば、幻のポーションも人気のラビレットも手に入るのだ。
おばあさまの言葉が身に染みた。
魔法は黙っておいた方がいい。世界を相手に頑張るつもりがないなら。
「ねえ、どうして一人で頑張るのですか?」
俯いていると、いつの間にかエドが机のそばの絨毯に膝をついていた。
深い青い目が、すぐそばにあって、私の姿が写り込んでいた。
ラビリアが超細身の騎士の素振り姿を、見物しながら言った。
「そんな訳ないでしょう!」
「でも、あれ以上痩せるのは無理ですよ? 究極の痩せですよ」
「骸骨が皮をかぶっている状態ね」
「でも、だんだん太っていって、ティナ様の理想から離れていってますけどね」
ケガというか、毒が抜けて、根本的に元気になったエドは筋トレを始めた。
城の地下室は、真剣の素振り会場となったので危険すぎて入れない。
少し暖かくなってくると、馬を探してウロウロし始めた。
「これが!……ウマ!」
仕方がないので、冬眠していたカエルを叩き起こしてウマに転用した。
「初めて見る!」
修行が足りなかったので、真っ緑の馬と、黄色に赤のドット柄の斑馬を用意するしかなかった。
「変わった模様だな。それに、なんだか眠そうなウマだな?」
「ここら辺には多いんですよ」
ラビリアがヘラヘラ説明した。
そのウマに訓練を始めたのには恐縮したが、どうしようもない。ウマになったカエルを調教したら、跳躍に素質があるかも知れない?
リンデの村へは時々食料を運びに出かけていった。
だが、ポーションの出荷については固く断ることにした。
「薬草が取れないのよ、雪で」
私は弁解した。
「春になれば、また作れる。薬草は保存が効かないの。腐ってしまう。買いにこられた方には丁重にそう申し上げて、また、春になったら大量に作れますので是非ご利用くださいとお願いしてくださいな」
もっとも至極な言い訳である。
だが、春になったら、私はエドを王都に帰して、アルクマールに戻ろうと思っていた。
春まで時間を稼げばいいだけだ。
気になっていた領民の食料問題は、ポーションとラビレットの売上でどうにか賄い切った。
もう危険すぎてガレンの王都に行くわけにはいかない。
エドが言う通り、欲にかられた商人連中がラビレットの制作者をさらいに来たのだろう。
だが、ラビレットはかなりの高値で売ることが出来たので、予想よりたくさんの食糧を買いこむことが出来ていた。
ピカナの実集めに付き合ってくれたかみさん連中には、きちんとそれだけのものを返したので、彼女たちの家は、冬でも十分食べていけた。
付いて来なかった連中は、なにももらえなくて当然だが、生き延びるための最低限の食糧は領主として渡したので、文句はないはずだ。
それより学校を作った方がいいのかもしれなかった。領主としては悩みどころである。
一冬を越すのに必要な食糧の計算ができないようでは、今後とも飢饉の可能性が残る。
領主に援助を求めるにしても、ここは田舎なので、援助を求める頃にはとうに手遅れになっているかもしれない。
いろいろ私が考え込んでいたところへ、エドが現れた。
私は、できるだけ彼には接触しないように工夫していた。
だって、会ったところでこの男は使い途がなかった。
それに、目の前で魔法陣を使ってしまった。
どういう理屈で発動するのかわからないだろうけど、質問されても困る。答えられないからだ。
それに、エド自身もワケありらしいけど、他人のワケなんか聞きたくない。自分自身のワケありだけで十分厄介なんだもの。
そんなわけで、せっかく身を挺してお守りするというお申し出をいただいたものの、放置してあった。
「ティナ嬢」
「……嬢?」
私は自分の机にもたれかかったまま、この元騎士だという男を眺めた。
「十分肉がついたのじゃないかしら」
「おかげ様で」
こんなに真実な言葉はこれまで聞いたことがない。
「今まで何も言えないでいたのですが、健康になった今、私は、自分の野心を思い出したのです」
私はつくづくエドを眺めた。
黒い髪、濃い青い目、筋肉が盛り返してきていて、まるでアルクマールで見たガレンの王太子の肖像画のようだ。ガレンの王太子の目は黒かったけど。
半年前でしかないのに、まるでずっと昔のようだ。
「どうぞ」
ここを出て行きたいのだろう。
この人が死なないでよかった。
痩せて命を切らせるところだった。
助けることができてよかった。
その後のことは私は知らない。自分の人生を生きて欲しい。
「命の恩人のあなたのことは忘れません。いつか戻ってきて必ずお礼をしたい」
「うん」
すごく面倒だ。上っ面だけの言葉って、こんな感じなのかな。
「ずっとこの城にいるから、気が向いたらお礼しにきてね」
「ここへくればお会いできますか?」
「多分」
「多分とは?」
あ、しつこい。
「たまにリンデの村とか行ってるから」
「では、その時はお待ちします。そして私は一つだけ知りたいことがある」
「何?」
「あなたの名前を」
「ティナ」
「家名は?」
それは教えられない。
「私も家名を言います。ですから」
「エド、お互いに知らなくてもいいでしょう」
私は席を立った。名前なんか言う訳にはいかない。
「私はあなたが元気になってくれさえすればそれでいいの。恩返しも何もいらない」
だから、放っといて。
私は魔女で、そのことは秘密。絶対の秘密。だからあなたと二度と会うわけにはいかない。
魔力をほんの僅か混ぜただけのポーションは、噂になって世を揺るがした。
魔力の影響を受けたピカナの実は、求める人で長蛇の列になった。
襲撃を受けて以来、王都の屋敷には行っていない。
あの騒ぎは、さすがに近所で評判になっているだろう。
あのせいでラビレットは販売されなくなったと思ってもらえればいい。
一方で、リンデの村の雑貨屋には、ラビレットなんか知らないと話してある。
誰かが、真似をしたのだろうと。本家のウサギ印のポーション作成者は怒っていると。
そうしておかないと、商人たちの圧力がますます強くなってくると思う。
私一人を抑えれば、幻のポーションも人気のラビレットも手に入るのだ。
おばあさまの言葉が身に染みた。
魔法は黙っておいた方がいい。世界を相手に頑張るつもりがないなら。
「ねえ、どうして一人で頑張るのですか?」
俯いていると、いつの間にかエドが机のそばの絨毯に膝をついていた。
深い青い目が、すぐそばにあって、私の姿が写り込んでいた。
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