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第12話 治療
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私は騎士の青い目を見つめた。
世界を救うことはできない……でも、それなら何を救うの?私は?
「あ、明日、もう一度いらっしゃい。一袋、分けてあげる。約束だもんね」
「必ず。頼む」
「わかったわ。手を離して」
私は上の空でいつもと同じように食料品を買い込み、支払いをして、城へ帰った。
「ティナ様ぁ。今日の晩御飯はオレンジタルトが食べたいです。あと、ニンジン食べたいです、ニンジン……あれ?」
私は台所にまっしぐらに駆け込んでいた。
確か、まだ、ウサギ印のポーションは残っていたはず。無ければ作るまでだ。
「あっ、ポーション、無駄遣いしちゃダメですよ。来週、どうしても三本欲しいってケストナーさんが言ってましたから」
ケストナーさんと言うのは雑貨屋の名前だ。
「じゃあ、薬草取ってきて」
「えー? やですよ。もう雪、一メートルも積もってるんですよ?」
「よくそれで、その商人は来るわね」
「なんか、すごく儲けてるらしくて」
「今回で終わりだって伝えてもらいましょう。この薬は影響力が大きすぎる」
「ケストナーさん、がっかりしますよ」
「でもね、私も最初、ポーションを王都でも売ろうと思っていたんだけど、話を聞いていると、結構怖いわ。今では、ラビレットにさえ、貴族たちが列をなしているのよ」
ラビリアは黙った。
「もっと効き目がなくて、安いものを、そしてできるなら村の衆が作れるものを売れるようにしないといけないってことがわかったわ」
そして、あの騎士だ。
ガリガリで細い。
彼の指は、私に警戒信号を与えた。
彼は、毒を盛られている。
彼の命は、最初に会ったあの時、もうすでに切れかけていたのだろう。
半袋与えた、ピカナの実を挽いて作った栄養剤のおかげで今までようやく生き延びたのだ。
だが、栄養剤ではダメだ。
原因の毒を絶たねば、彼はいずれ死ぬ。
それももう二、三日のところまで来ている。だから彼はもう一度私の店に来たのだ。
「お願い。間に合って」
「ティナ様、どうしたんですか?」
ラビリアが心配して、真っ暗な中、手にローソクを持って私の部屋に入ってきた。
「大丈夫。大丈夫よ。そう言って、ラビリア」
寝室でラビリアに向かって私は言った。
「え? 何の話ですか? 多分大丈夫ですよ。なんだか知らないけど」
なんだか知らないけど、大丈夫……ああー、無責任な。
翌朝、私は、飛び起きた。
そして店を出さないはずの日なのに、ポーションとラビレット数袋を握りしめて、屋根裏部屋の魔法陣から王都の屋敷にぶっ飛んだ。
時間はいつもより早い。
ここを開けたら、絶対、喜んだ人々が列を成す。
だから外には出られない。
私は隙間から外をうかがって、騎士が現れるのを待った。
もう普段なら店を開ける時間。
それなのに、彼は現れない。
「早く来ると思っていたのに」
一時間経った。
「私の見立てが間違っていたのかもしれない。もしかしたら、彼はもう、死んでいるのかも……」
手が震えてきた。明日と言わず、あの場でポーションを取りに言っていたら……
私はもう我慢できなかった。
くぐり戸を開けて、外に出た。
「おはよう」
くぐり戸のところに長く伸びていた騎士にぶち当たった。
「ずっと、ここにいたの?」
「ああ」
扉を早く開ければよかった。
私は扉の中に彼を引きずり込んだ。
「手荒だなー」
「やかましい」
一言多いんだ、この男は。
「座って」
「怖いな」
私は扉を厳重に閉めて、暗くなった室内にランプを灯して言った。
「早く飲みなさい」
「これ、何?」
「なんでもいいから、早く!」
騎士のやせ細った手が、ウサギブランド自慢の最高傑作ポーションをゆっくり口元へ持っていき、突き出た喉仏がごくごく上下して、ゆっくり飲み干した。
「なんだか、草臭いね」
「原料は薬草だからね」
「そう……」
私と騎士はしばらく黙って座っていた。
「お腹が空いているなら……」
私は言いかけたが、騎士はガクッと椅子から崩れ落ちて、床に伸びた。
心臓がドキドキした。一瞬、死んだのかと思ったのだ。
そんなことはなかった。
胸がわずかに上下していた。
「よ、よかった……」
だけど、この人、どうしよう。
私は彼の手を取った。
多分、ものすごく調子は悪かったはずだ。
熟眠できていないに違いない。
ポーションのおかげで、毒は多分中和されたはず。眠れるようになったのだ。だから、まずは寝ることになった。体がそう要求したのだろう。
栄養も不足しているだろう。
ポーションは万能薬だ。
「いっそポーションの二本飲み……過激か」
あまり人工的なものばかり与えるのも考えものだ。
ピカナをどっさり混ぜたパンケーキとミルクなんかがいいかもしれない。
私は、二階から運んできた寝具を彼に山ほどかけると、食事作りに励むことにした。
「あ、でも……」
思い出した。
『右腕にケガをした』
多分、毒はそこから回っている。
彼は前後不覚に眠っている。きっと気がつかない。
私は騎士の服をめくった。
あった。
ひどい傷だ。毒を仕込まれたのは、多分ここだ。
だいぶ古いのに治っていない。中でおかしくなっているのがわかる。
「治れ。根本から治れ。毒よ、消え失せろ」
私は指で傷口に触った。
傷口の一部が開き、黒っぽい血と膿が一緒にどっと出てきた。
あとからあとから黒い血は出てくる。
私は必死だった。
大丈夫だろうか。こんなに血が出て。顔色がますます青くなったような気がする。
そしてその後から、泥色の煙のようなものが現れた。
「これが毒……」
私はそれに向かってフッと息を吹きかけた。
「消え失せろ」
煙は白く変色して、消え失せた。
黒い血は流れ続けて、やがて血の色が赤に変わった。
腕の青黒かった部分は血を失ったせいか、真っ白に変わっている。
私が、もう一度腕に指で触れると、傷口はみるみるふさがり、後には白い線が残った。
「一日じゃ無理ね」
私は、手早くまくり上げた袖を元に戻し、それから血の始末をして食事作りに台所に向かった。
「きっとおばあさまも似たようなことを私にしてくださったんだろうな」
腕一本、切り取られたと言っていた。
私は身震いした。
やっぱり私には世界は救えない。
「聖女じゃなくてよかったっと」
世界を救うことはできない……でも、それなら何を救うの?私は?
「あ、明日、もう一度いらっしゃい。一袋、分けてあげる。約束だもんね」
「必ず。頼む」
「わかったわ。手を離して」
私は上の空でいつもと同じように食料品を買い込み、支払いをして、城へ帰った。
「ティナ様ぁ。今日の晩御飯はオレンジタルトが食べたいです。あと、ニンジン食べたいです、ニンジン……あれ?」
私は台所にまっしぐらに駆け込んでいた。
確か、まだ、ウサギ印のポーションは残っていたはず。無ければ作るまでだ。
「あっ、ポーション、無駄遣いしちゃダメですよ。来週、どうしても三本欲しいってケストナーさんが言ってましたから」
ケストナーさんと言うのは雑貨屋の名前だ。
「じゃあ、薬草取ってきて」
「えー? やですよ。もう雪、一メートルも積もってるんですよ?」
「よくそれで、その商人は来るわね」
「なんか、すごく儲けてるらしくて」
「今回で終わりだって伝えてもらいましょう。この薬は影響力が大きすぎる」
「ケストナーさん、がっかりしますよ」
「でもね、私も最初、ポーションを王都でも売ろうと思っていたんだけど、話を聞いていると、結構怖いわ。今では、ラビレットにさえ、貴族たちが列をなしているのよ」
ラビリアは黙った。
「もっと効き目がなくて、安いものを、そしてできるなら村の衆が作れるものを売れるようにしないといけないってことがわかったわ」
そして、あの騎士だ。
ガリガリで細い。
彼の指は、私に警戒信号を与えた。
彼は、毒を盛られている。
彼の命は、最初に会ったあの時、もうすでに切れかけていたのだろう。
半袋与えた、ピカナの実を挽いて作った栄養剤のおかげで今までようやく生き延びたのだ。
だが、栄養剤ではダメだ。
原因の毒を絶たねば、彼はいずれ死ぬ。
それももう二、三日のところまで来ている。だから彼はもう一度私の店に来たのだ。
「お願い。間に合って」
「ティナ様、どうしたんですか?」
ラビリアが心配して、真っ暗な中、手にローソクを持って私の部屋に入ってきた。
「大丈夫。大丈夫よ。そう言って、ラビリア」
寝室でラビリアに向かって私は言った。
「え? 何の話ですか? 多分大丈夫ですよ。なんだか知らないけど」
なんだか知らないけど、大丈夫……ああー、無責任な。
翌朝、私は、飛び起きた。
そして店を出さないはずの日なのに、ポーションとラビレット数袋を握りしめて、屋根裏部屋の魔法陣から王都の屋敷にぶっ飛んだ。
時間はいつもより早い。
ここを開けたら、絶対、喜んだ人々が列を成す。
だから外には出られない。
私は隙間から外をうかがって、騎士が現れるのを待った。
もう普段なら店を開ける時間。
それなのに、彼は現れない。
「早く来ると思っていたのに」
一時間経った。
「私の見立てが間違っていたのかもしれない。もしかしたら、彼はもう、死んでいるのかも……」
手が震えてきた。明日と言わず、あの場でポーションを取りに言っていたら……
私はもう我慢できなかった。
くぐり戸を開けて、外に出た。
「おはよう」
くぐり戸のところに長く伸びていた騎士にぶち当たった。
「ずっと、ここにいたの?」
「ああ」
扉を早く開ければよかった。
私は扉の中に彼を引きずり込んだ。
「手荒だなー」
「やかましい」
一言多いんだ、この男は。
「座って」
「怖いな」
私は扉を厳重に閉めて、暗くなった室内にランプを灯して言った。
「早く飲みなさい」
「これ、何?」
「なんでもいいから、早く!」
騎士のやせ細った手が、ウサギブランド自慢の最高傑作ポーションをゆっくり口元へ持っていき、突き出た喉仏がごくごく上下して、ゆっくり飲み干した。
「なんだか、草臭いね」
「原料は薬草だからね」
「そう……」
私と騎士はしばらく黙って座っていた。
「お腹が空いているなら……」
私は言いかけたが、騎士はガクッと椅子から崩れ落ちて、床に伸びた。
心臓がドキドキした。一瞬、死んだのかと思ったのだ。
そんなことはなかった。
胸がわずかに上下していた。
「よ、よかった……」
だけど、この人、どうしよう。
私は彼の手を取った。
多分、ものすごく調子は悪かったはずだ。
熟眠できていないに違いない。
ポーションのおかげで、毒は多分中和されたはず。眠れるようになったのだ。だから、まずは寝ることになった。体がそう要求したのだろう。
栄養も不足しているだろう。
ポーションは万能薬だ。
「いっそポーションの二本飲み……過激か」
あまり人工的なものばかり与えるのも考えものだ。
ピカナをどっさり混ぜたパンケーキとミルクなんかがいいかもしれない。
私は、二階から運んできた寝具を彼に山ほどかけると、食事作りに励むことにした。
「あ、でも……」
思い出した。
『右腕にケガをした』
多分、毒はそこから回っている。
彼は前後不覚に眠っている。きっと気がつかない。
私は騎士の服をめくった。
あった。
ひどい傷だ。毒を仕込まれたのは、多分ここだ。
だいぶ古いのに治っていない。中でおかしくなっているのがわかる。
「治れ。根本から治れ。毒よ、消え失せろ」
私は指で傷口に触った。
傷口の一部が開き、黒っぽい血と膿が一緒にどっと出てきた。
あとからあとから黒い血は出てくる。
私は必死だった。
大丈夫だろうか。こんなに血が出て。顔色がますます青くなったような気がする。
そしてその後から、泥色の煙のようなものが現れた。
「これが毒……」
私はそれに向かってフッと息を吹きかけた。
「消え失せろ」
煙は白く変色して、消え失せた。
黒い血は流れ続けて、やがて血の色が赤に変わった。
腕の青黒かった部分は血を失ったせいか、真っ白に変わっている。
私が、もう一度腕に指で触れると、傷口はみるみるふさがり、後には白い線が残った。
「一日じゃ無理ね」
私は、手早くまくり上げた袖を元に戻し、それから血の始末をして食事作りに台所に向かった。
「きっとおばあさまも似たようなことを私にしてくださったんだろうな」
腕一本、切り取られたと言っていた。
私は身震いした。
やっぱり私には世界は救えない。
「聖女じゃなくてよかったっと」
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