【完結】儚げ超絶美少女の王女様、うっかり貧乏騎士(中身・王子)を餌付けして、(自称)冒険の旅に出る。

buchi

文字の大きさ
上 下
9 / 62

第9話 痩せた貧乏騎士

しおりを挟む
ふつうなら何も起きない。

だが、ヒュッと軽い音がして、私は荷物もろとも、全く同じ紋様の魔方陣の上に座っていた。


周りが明るい。

ガヤガヤ音がする。

荷物を背中から下ろして、私は窓に駆け寄った。

城とほぼ同じ作りの屋根裏部屋で、窓が付いていた。雪空におおわれることが多いリンデの村の空と違い、真っ青な空だ。

だが、カーテンをけると、隣の家の屋根が目に入った。屋根、屋根、屋根がずっとつらなっている。

ここは住宅密集地なのだ。窓ガラスに手を当てると、冷たくない。暖かい場所なのだ。

私は、階段を駆け降りた。

まず、どんなところか確かめなくちゃ。


この屋敷には、反対側の裏通路に面した狭い出入り口と、表通りに面した店があった。
店は板で閉められていて、小さな通用口だけかろうじて開閉できた。

人一人が、背をかがめてようやく出入りできるくらいのくぐり戸を開けて外に出て、私はびっくりした。

通行人にぶつかりそうになったからだ。

「おおっ」

しかし通行人は気に留める様子もなくそのまま通り過ぎていった。



なんて大きな街なのだろう!

ガレンの王城に居た時、私は一度も街に出なかった。

こんな所だなんて知らなかった。馬車も通る。人も大勢通る。隣は大きな食料品店だった。これなら商売しても、売れるに違いない!
 
「よしっ!」



「ねえ、何してんの?」

一時間後、私は泣きそうだった。

せっかく、紙に滋養強壮剤売ります! と書いて貼ったのに、誰も振り向きもしなかった。

「薬を売っています」

私は声をかけてきたヒョロヒョロの若い男に応えた。

「だから何の薬?」

「滋養強壮剤です」

「何に効くの?」

「全体……かな? あと、そう! ウサギ印のポーションも売ってます」

「ウサギ印?」

私は初めてその若い男を見た。

黒いフードを深く被り、青い目だけが中からのぞいていた。

貧乏そうななりだな……と思った。格好は騎士の格好だったが、コートは袖口がり切れ、フードの生地もささくれ立っていた。お金なんかまるでなさそうだった。

私もショールを改めて深くかぶり直し、正体がバレないよう髪を隠した。

念のため、髪は金色じゃなくて薄い茶色に染めておいた。ガレンでは青目だけでも目立つと言う。

「ウサギ印って」

彼は笑った。

「最近、噂で聞いたことがあるよ。ほんのちょっとしか出回っていない幻の薬だって」

せせら笑いだった。

「偽ものか……」

「偽じゃありません」

ムッとして私は答えた。

だが、同時に頭を巡らせていた。

そんなに有名になっていただなんて知らなかった。

そういえば村の雑貨屋の亭主のところには、街の商人がしつこく、もっとポーションがないか聞きに来てるって言ってたっけ。

「ウサギ印とかいう嘘はとにかくとして……その滋養強壮剤はいくらなの?」

「お買い求めありがとうございます!」

私はピョンと飛び上がった。こんな貧乏そうな形をしていても、お客さまだ!
お客様は大事にしなくちゃ!

だが、その男は忌々しげに手を振った。

「値段を書かなきゃ、モノは売れないよ? 俺は商売の基本を指摘しただけだ」

私は値段を決めていなかったので、その貧乏そうな男相手にいくらで売れば妥当か聞いてみた。

「何で、そんな相談に乗らなきゃいけないんだ。俺だって薬の値段なんか知らないよ!」

「私だって、直販なんですからよくわかりません! 森の中から出てきたんですから!」

「商売人のくせに開き直るな」

大変、偉そうな態度の男である。

思わずムッとして、私は言った。

「まるで、どこかの貴族の御子息みたいな口の利き方ですわね!」

「そっちこそ、どこかの王宮勤めの侍女みたいなしゃべり方だよ!」

そんなこと、どうでもいい。

「そうねえ……大体三十ジルくらいってことかしら?」

「俺に聞くな」

「とりあえず、それで売ってみましょう」

「俺に礼はないのか? 礼をしてくれたら、一つ、いいことを教えてやるぞ?」

「それより買ってください」

「三十ジルも持っていない」

「チッ」

思わず口の中でぼやいた。

「じゃあ、半分やるから、効き目があったら報告しなさい」

男の目が見開かれた。

「うっわー。偉そー」

「無料なのよ?」

「どうせならウサギ印のポーションがいい」

「あれは高いのよ。三百ジルはくだらないわ」

「何でも治るそうだ」

男はどこか遠い目をして言った。

「戦いで利き手の右の筋を切られた。もう、騎士としてはやっていけない」

ああ、なるほど。それでこんな貧乏そうななりをしているのか。

「婚約者が乗っていた馬車だった。俺は婚約者を迎えに行ったんだ。襲撃されて、俺は彼女を守るために戦ったんだが、その時に傷を受けた」

「へ、へええ?」

「……と言うわけだ」

「そうですか」

「ウサギ印のポーション、十五ジルでくれる気にはならない?」

私はハッとした。

「は、はーん。もしかして、今の、同情を買う作戦ですか!」

「かわいそうだろ?」

「いやー、真偽のほどもわかりませんしね。あーでも……」

私は滋養強壮剤の方を半分に減らして彼に渡した。

「大負けに負けて十ジル。結果を教えてくれたら、もう一回だけ十ジルで売ったげますよ」

「五ジルだけ払おう。あと、商売上すごっく大事な秘訣を教えてやるから、耳を貸せ。それでチャラにしとこう」

何だか、信用ならない話だが、一応、私は用心深く半分だけ、その男の方に体を向けた。

彼はサッと私のショールをめくって、私の顔をさらけ出した。

「うん」

男はニヤリとした。

「その格好で値段をハッキリ書いて売るんだ。絶対、客が付く」

「え?」

「いやあ、美人ていいね。君の顔だけでわんさか男が寄ってくるよ。しかも滋養強壮剤だしね。いいんじゃない?」

「え? え?」

「あ、何トボケてるの? まさか意味わかってなくて売ってるんじゃないよね?」

私は騎士だという若い男を見上げた。完全にバカにしている顔だった。

なんだか無性に腹がたって、顔が熱くなった。

「バカにしないでちょうだい! あなたはなんだか失礼ね!」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

【完結】リクエストにお答えして、今から『悪役令嬢』です。

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「断罪……? いいえ、ただの事実確認ですよ。」 *** ただ求められるままに生きてきた私は、ある日王子との婚約解消と極刑を突きつけられる。 しかし王子から「お前は『悪』だ」と言われ、周りから冷たい視線に晒されて、私は気づいてしまったのだ。 ――あぁ、今私に求められているのは『悪役』なのだ、と。  今まで溜まっていた鬱憤も、ずっとしてきた我慢も。  それら全てを吐き出して私は今、「彼らが望む『悪役』」へと変貌する。  これは従順だった公爵令嬢が一転、異色の『悪役』として王族達を相手取り、様々な真実を紐解き果たす。  そんな復讐と解放と恋の物語。 ◇ ◆ ◇ ※カクヨムではさっぱり断罪版を、アルファポリスでは恋愛色強めで書いています。  さっぱり断罪が好み、または読み比べたいという方は、カクヨムへお越しください。  カクヨムへのリンクは画面下部に貼ってあります。 ※カクヨム版が『カクヨムWeb小説短編賞2020』中間選考作品に選ばれました。  選考結果如何では、こちらの作品を削除する可能性もありますので悪しからず。 ※表紙絵はフリー素材を拝借しました。

冤罪を受けたため、隣国へ亡命します

しろねこ。
恋愛
「お父様が投獄?!」 呼び出されたレナンとミューズは驚きに顔を真っ青にする。 「冤罪よ。でも事は一刻も争うわ。申し訳ないけど、今すぐ荷づくりをして頂戴。すぐにこの国を出るわ」 突如母から言われたのは生活を一変させる言葉だった。 友人、婚約者、国、屋敷、それまでの生活をすべて捨て、令嬢達は手を差し伸べてくれた隣国へと逃げる。 冤罪を晴らすため、奮闘していく。 同名主人公にて様々な話を書いています。 立場やシチュエーションを変えたりしていますが、他作品とリンクする場所も多々あります。 サブキャラについてはスピンオフ的に書いた話もあったりします。 変わった作風かと思いますが、楽しんで頂けたらと思います。 ハピエンが好きなので、最後は必ずそこに繋げます! 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」 結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は…… 短いお話です。 新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。 4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』

処理中です...