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第5話 実は莫大な魔法量
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私は「キレイになーれ!」だの「アイロン! パリッ」とか「テーブルよ、ご飯!」だの「お茶三人前! マカロン付き!」などと言う、ふざけた呪文を散々練習させられ、すっかり疲れ果てた。
「じゃあ、お茶にしよう」
おばあさまはニヤリとした。私は恨めしそうにした。
だって、おばあさまは、その間自分は一切魔法を使わなかったんだもん。
私ばっかり、掃除や洗濯、皿洗いに皿拭きに励んで、おばあさまときたら何もしない上に、挙句の果てには、
「お昼には、ローストチキンの薄切りとチーズサンドイッチ、アップルパイの厚切りが欲しい」
などと好き放題に注文するのだ。
おかげで皿やカップ、食料品の貯蔵庫の場所や中身の確認ができた。石鹸のありかも。
「私が代わりに魔法で用事を済ませたら、あんたの勉強にならないじゃないか」
理屈はわかる。わかるが悔しい。
「あ、このアップルパイは、少し甘みが足りないね」
「私にはこれくらいがちょうどいいんです!」
全く食べさせてもらっているくせに、何を言うのよ。
「相手の好みに合わせることも必要だよ?」
「だいたい、どう言う呪文を唱えればアップルパイの甘味の加減ができるって言うんです?」
変な呪文ばかりだ。キレイになーれ!って、何なのかしら。
「呪文?」
おばあさまが、アップルパイの最後の一切れに手を出しながら、聞き返した。
「もう! それ、アップルパイの最後の一切れだったのに!」
「レモンスフレが食べたいから、新しく出してよ。お相伴に預かるから」
私はため息をついて、「レモンスフレ!」と叫んだ。
皿が食堂の食器戸棚から矢のように飛んで来て、空中に突然出現したレモンスフレがテーブルクロスにべったり着地する寸前に、サッと滑り込んできて、ことなきを得た。
おばあさまは、熱々のレモンスフレをつくづく眺めて言った。
「あんたって、すごいよねえ……」
え? ほめてくれるのかしら?
「料理の魔法は大体、難しいんだよ。皿の手配までして。しかもこのレモンスフレ、焼き立てだし」
「焼き立てが美味しいっておっしゃたの、おばあさまではないですか?」
おばあさまはレモンスフレに遠慮なくスプーンを入れて、一口パクリと頬張りながら言った。
「呪文なんかいらないよ。それに呪文なんかないし」
「え?」
「魔法は、真剣に魔法を信じて具体的に想像しないと発動しない。埃のない部屋、ピシッとアイロンのかかった服、出来立てでふんわり熱いレモンスフレ」
私は目をパチクリさせておばあさまを見つめた。
「言葉は精神統一するために必要なだけ。慣れれば、口に出す必要はない」
「でも、お風呂の蛇口は?」
あんなものがあるだなんて私は知らなかった。想像がつかない。
「あれは設備。すなわち魔道具だ。何日かに一回魔力を補給しなくてはいけない。水を桶に汲んでおけば何日か、その水でやっていけるよね? それと同じ理屈さ」
それからしばらく黙って、おばあさまは口を開いた。
「私がこれまで教えてきた魔法は、全部、生き物に対しての魔法ばかりだった。カエルやウサギを変身させる魔法……」
私は頷いた。私は出来が悪くて、なかなか習得できなかった。
「あれは聖魔法の一種だ……最も難しいとされている」
「えっ?」
難しい?
「そう。モノに対する魔法は簡単だ。水をお湯に変えても誰も死なない。でも、ヒヨコをオタマジャクシにしたら死ぬかも知れない」
私はおばあさまの言葉をすぐには消化できなくて考え込んだ。
「右腕を出してごらん。お前は右腕を切り取られた」
「え?」
私は、右手を出した。びっくりして右腕を見つめた。痛くないし、血も出ていない。
「ここだよ」
おばあさまの指が線をなぞっていく。
薄い白い線。昨日まではなかった。
「私の聖魔法の痕だ。線を消すことができなかった。ティナがやってごらん」
「何を?」
「その線を消してみなさい」
「線……」
私は口の中でつぶやいた。
「線よ……消えよ」
すうぅ……と線は消えた。
おばあさまは、線に見入っていたが、次に私の顔に視線を移した。
「うん。すごい力だ。今、この世でお前ほどの力を持った魔法使いはいないだろう。いや、数百年にわたってお前しかいなかっただろう。この先も多分……」
「おばあさま?」
「昔は私も簡単にできたんだけどね。もう年で力がなくなった」
おばあさまは私を見つめた。
「この年寄りに残っているのは、知恵と経験だけだ。お前は、望めばなんでも出来る。だけど、力を無駄遣いするな。世界を救うなんてこと、できっこないんだから」
私は不思議そうな顔になった、と思う。
だって、聖なる力を持つ魔女は、聖女様だ。この世の悪と戦い、世界を救うのだ。
教会で私はそう習ったし、ちょっとだけ聖女様に憧れがあった、と思う。
そんなスーパーウーマン、素敵じゃない?
おばあさまは首を振った。
「どうやって世界を救うつもりなんだい? 誰かを殺すのかい?」
「誰も殺さないわ。助けるのよ」
「世界を救う魔法力なんて、さすがに持ってないよ。ここら辺中が、聖女様の助けを求める病人や怪我人に埋め尽くされたらどうするつもりなんだい」
「ここら辺?」
「ここはリンデの村だ。人口は五百人くらいかな? この城は領主様の城だが、領主様はもう百年ほど前に亡くなられて、領地はガレン領内に在るが、城はアルクマール王家のものとなった。お前は、ほんのちょっとだけ雲隠れしていた方がいい。城に閉じこもるもよし、領地経営をするもよし。しばらくここで暮らしなさい。そら」
おばあさまが手を振ると、眠そうな顔をしたラビリアがドアを開けて入ってきた。
「あれえ? クリスティーナ様、どうかしたんですか?」
「できるだけ目立たないように侍女と二人でね。ラビリアは侍女になるがいい」
「私は侍女ですよ」
ラビリアが返事した。
「じゃあ、お茶にしよう」
おばあさまはニヤリとした。私は恨めしそうにした。
だって、おばあさまは、その間自分は一切魔法を使わなかったんだもん。
私ばっかり、掃除や洗濯、皿洗いに皿拭きに励んで、おばあさまときたら何もしない上に、挙句の果てには、
「お昼には、ローストチキンの薄切りとチーズサンドイッチ、アップルパイの厚切りが欲しい」
などと好き放題に注文するのだ。
おかげで皿やカップ、食料品の貯蔵庫の場所や中身の確認ができた。石鹸のありかも。
「私が代わりに魔法で用事を済ませたら、あんたの勉強にならないじゃないか」
理屈はわかる。わかるが悔しい。
「あ、このアップルパイは、少し甘みが足りないね」
「私にはこれくらいがちょうどいいんです!」
全く食べさせてもらっているくせに、何を言うのよ。
「相手の好みに合わせることも必要だよ?」
「だいたい、どう言う呪文を唱えればアップルパイの甘味の加減ができるって言うんです?」
変な呪文ばかりだ。キレイになーれ!って、何なのかしら。
「呪文?」
おばあさまが、アップルパイの最後の一切れに手を出しながら、聞き返した。
「もう! それ、アップルパイの最後の一切れだったのに!」
「レモンスフレが食べたいから、新しく出してよ。お相伴に預かるから」
私はため息をついて、「レモンスフレ!」と叫んだ。
皿が食堂の食器戸棚から矢のように飛んで来て、空中に突然出現したレモンスフレがテーブルクロスにべったり着地する寸前に、サッと滑り込んできて、ことなきを得た。
おばあさまは、熱々のレモンスフレをつくづく眺めて言った。
「あんたって、すごいよねえ……」
え? ほめてくれるのかしら?
「料理の魔法は大体、難しいんだよ。皿の手配までして。しかもこのレモンスフレ、焼き立てだし」
「焼き立てが美味しいっておっしゃたの、おばあさまではないですか?」
おばあさまはレモンスフレに遠慮なくスプーンを入れて、一口パクリと頬張りながら言った。
「呪文なんかいらないよ。それに呪文なんかないし」
「え?」
「魔法は、真剣に魔法を信じて具体的に想像しないと発動しない。埃のない部屋、ピシッとアイロンのかかった服、出来立てでふんわり熱いレモンスフレ」
私は目をパチクリさせておばあさまを見つめた。
「言葉は精神統一するために必要なだけ。慣れれば、口に出す必要はない」
「でも、お風呂の蛇口は?」
あんなものがあるだなんて私は知らなかった。想像がつかない。
「あれは設備。すなわち魔道具だ。何日かに一回魔力を補給しなくてはいけない。水を桶に汲んでおけば何日か、その水でやっていけるよね? それと同じ理屈さ」
それからしばらく黙って、おばあさまは口を開いた。
「私がこれまで教えてきた魔法は、全部、生き物に対しての魔法ばかりだった。カエルやウサギを変身させる魔法……」
私は頷いた。私は出来が悪くて、なかなか習得できなかった。
「あれは聖魔法の一種だ……最も難しいとされている」
「えっ?」
難しい?
「そう。モノに対する魔法は簡単だ。水をお湯に変えても誰も死なない。でも、ヒヨコをオタマジャクシにしたら死ぬかも知れない」
私はおばあさまの言葉をすぐには消化できなくて考え込んだ。
「右腕を出してごらん。お前は右腕を切り取られた」
「え?」
私は、右手を出した。びっくりして右腕を見つめた。痛くないし、血も出ていない。
「ここだよ」
おばあさまの指が線をなぞっていく。
薄い白い線。昨日まではなかった。
「私の聖魔法の痕だ。線を消すことができなかった。ティナがやってごらん」
「何を?」
「その線を消してみなさい」
「線……」
私は口の中でつぶやいた。
「線よ……消えよ」
すうぅ……と線は消えた。
おばあさまは、線に見入っていたが、次に私の顔に視線を移した。
「うん。すごい力だ。今、この世でお前ほどの力を持った魔法使いはいないだろう。いや、数百年にわたってお前しかいなかっただろう。この先も多分……」
「おばあさま?」
「昔は私も簡単にできたんだけどね。もう年で力がなくなった」
おばあさまは私を見つめた。
「この年寄りに残っているのは、知恵と経験だけだ。お前は、望めばなんでも出来る。だけど、力を無駄遣いするな。世界を救うなんてこと、できっこないんだから」
私は不思議そうな顔になった、と思う。
だって、聖なる力を持つ魔女は、聖女様だ。この世の悪と戦い、世界を救うのだ。
教会で私はそう習ったし、ちょっとだけ聖女様に憧れがあった、と思う。
そんなスーパーウーマン、素敵じゃない?
おばあさまは首を振った。
「どうやって世界を救うつもりなんだい? 誰かを殺すのかい?」
「誰も殺さないわ。助けるのよ」
「世界を救う魔法力なんて、さすがに持ってないよ。ここら辺中が、聖女様の助けを求める病人や怪我人に埋め尽くされたらどうするつもりなんだい」
「ここら辺?」
「ここはリンデの村だ。人口は五百人くらいかな? この城は領主様の城だが、領主様はもう百年ほど前に亡くなられて、領地はガレン領内に在るが、城はアルクマール王家のものとなった。お前は、ほんのちょっとだけ雲隠れしていた方がいい。城に閉じこもるもよし、領地経営をするもよし。しばらくここで暮らしなさい。そら」
おばあさまが手を振ると、眠そうな顔をしたラビリアがドアを開けて入ってきた。
「あれえ? クリスティーナ様、どうかしたんですか?」
「できるだけ目立たないように侍女と二人でね。ラビリアは侍女になるがいい」
「私は侍女ですよ」
ラビリアが返事した。
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