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第2話 婚約者の幼馴染登場
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ジェラルディンは従兄妹なだけあって、肖像画のエドウィン王太子とよく似ていた。
黒い髪、黒い目、横幅が広く、がっちりしていた。
『わー、王太子の女性版!』
ラビリアが例の高音で口を挟んだ。
私はラビリアの創造主だし、そもそも魔法力でラビリアの声を聞き取れる。だが、他の人間には高音すぎて、音を感知することさえできない。
しかし、誰にも聞こえてないからって、いちいち感想を述べないでほしい。私には聴こえるんだもの。今は、真面目そうな顔をしていないといけない場面なの!
「あなたがクリスティーナ様?」
健康そうな肌の色で、ボンッキュッボンな体つきのジェラルディン嬢は、私を上から下までたっぷり眺めた上で、こう一言言った。
「ずいぶん痩せているのねえ」
「姫君様は、まだ十五歳になられたばかりでございます。これからより美しく……」
ラビリアが人の声になって言った。
「私が十五の頃はもっと女らしい格好だったと思うわ。エドウィンもそう言ってくれました。好みだと。あなたは、まだ、子どもね」
何ですって? 他人の婚約者に向かって、何言っているの? それに、今サラッと私を子どもって言ったわ。
「ご存じないでしょうけど……」
私とラビリアは、秘密めかした言い方をするジェラルディン嬢が、次に何を言い出すのか、じっと見つめていた。
「私たち、つまりエドウィン殿下と私は、とても仲良しなんですの」
ジェラルディン嬢の顔にちょっと照れたような表情が浮かんだ。まるで、そう言うのが嬉しいと言わんばかりの。
そして、ありありと優越感が溢れていた。
おおっ。なるほど。これが噂の、幼馴染枠か。
「あなた。生まれた時からの婚約者だと言うのに、まだ、一度も会わせてもらっていないんですって?」
「……ええ」
会った事はない。誰もが知っている事実だから、否定できなかった。
「まあ、なんてこと。婚約者だと言うのに。私は何回もお茶を一緒にしたり、パーティにご一緒したりしましたわ」
ジェラルディン嬢は、王妃様からクリスティーナ王女を歓待するよう言いつかったからと言って、それから二時間もずっと、エドウィン王太子からお菓子や花をもらった話や、褒められた話や、お茶を一緒にした時の話を繰り返し語り続けた。
「でも、ちっともヤキモチを焼く気になれませんでしたねえ」
ジェラルディン場が、やっと腰を上げて帰ってから、ラビリアが言った。
「もう、婚約破棄して、ジェラルディン嬢を王太子妃に迎え入れればいいのに」
あんなに婚約破棄に怯えていた私だが、全っ然、そんな気にならなかった。婚約破棄歓迎だわ。あんなめんどくさそうな幼馴染付きの男なんかいらない。
そもそも趣味じゃない容姿だったし。私は肖像画を思い出した。ちっとも萌えない。
それに、挙句の果てには、ジェラルディン嬢ときたら、私に向かって涙目になって言うのである。
「あなたは、まだ子どもだから、わからないでしょう。私たちは心からお互いを大事に思っている。私たちの真実の愛を、貫き通したいと思っているのです。政略よりも何よりも愛は貴重。宝石のようにきらめき、一生輝き続けるでしょう。この愛のためには命さえ惜しくないと思っています。大人しく身をひいてくださいませんか」
セリフ、長い。
子ども子どもって言うな。
ラビリアは、さらに言った。
「アルクマールの姫君に対して、なんてこと言うんでしょうね。たかが公爵家令嬢が」
「……………まっ、自分達の都合しか考えていない要求よね」
ジェラルディン嬢とエドウィン王太子が愛し合っているなら、政略結婚の相手の婚約者に身を引けとか文句を言わずに、エドウィン王太子と一緒に国王夫妻に訴えて婚約解消すればいいのである。もっとも、国王陛下は今は病に伏していてそれどころではないらしいが。
とにかく、これでエドウィン王太子の株は、大幅に下がった。
彼は私に関心がないらしい。
だが、ジェラルディン嬢の襲撃はそれだけでは済まなかった。
私はたった一人で、ガレンに来たのではない。
王女の輿入れなのだ。当然それなりの数のお付きが供揃えとして、一緒に来ている。
王太子不在という事態は、当然アルクマールにも連絡が行った。
三日待ち、一週間待ち、十日経つ頃には、アルクマールの付き添いたちが不穏になってきた。
それはそうだ。
いつまで待っても肝心の花婿が会いにも来ないのだ。
来るのは、ジェラルディン嬢だけ。王妃様すら来ない。
もっとも、国王の容態がとても悪いと聞いていた。王妃は、そのため、王のそばを離れられないのだとも。
今病床に伏している王が、アルクマールの姫との婚姻を強く望み、早い結婚を希望したとも聞いている。
「この国じゃ、あなたみたいな容姿はあんまり好まれなくて……」
私は典型的なアルクマール人らしく、長い金髪と青い目の持ち主だ。
気の毒そうにジェラルディン嬢が言い出した。
「黒髪や黒い目が好まれるの。私みたいに」
『へええッ! ご器量が悪くっても? 鼻がひん曲がっていても?』
ラビリアが大声で(ただし高音で)耳元で叫んだ。このウサギは興奮しやすい性質を持っている。
『エドウィン様とやらは、変わったご趣味をお持ちですねえ!』
聞こえなくて本当にほっとするわ。
「エドウィン様は私が女らしいスタイルをしていると褒めてくださって。それなのに父の国王陛下が無理強いされて、こんな姫を……」
何度目だ、この話。そして、こんな姫って、どういうこと?
だが、そこへアルクマールの(本物の)侍女たちが慌てた様子でやってきた。
「クリスティーナ様! ガレンの者たちが、私たちには湯を用意しないと言い出したのです」
その時、ジェラルディン嬢がニヤリと笑ったのを私は見てしまった。
「お湯?」
侍女たちはジェラルディン嬢に気がついて、礼をとった。
「あら。アルクマールでは客人に、お茶も出さないと言うの?」
私たちは、茶器を並べ、お茶を待っていたのだ。
「ずいぶんと無礼な国なのね。それとも侍女たちが無能なのかしら?」
「ガレンの厨房で、アルクマールに出す水は無いと言い渡されまして」
「そんなこと、あるわけないでしょう。ガレンを侮辱しないでくださるかしら。そこの女」
ジェラルディン嬢は手にした扇で、事情を説明した侍女を指した。
「私も王家に連なる者です。今の発言は不敬罪に当たる。私に向かって許しも得ず発言するなど。無知で無能なアルクマールの侍女は、知らない礼儀なのかも知れないが」
「ジェラルディン嬢、全てのアルクマール人を侮辱するような発言は撤回して頂けませんか?」
私は口を挟んだ。
ジェラルディン嬢は思いもかけない私の言葉に、驚いて向き直った。
彼女は今まで、私があまりジェラルディン嬢の言葉に反論したことがなかったので、私のことを薄ぼんやりのバカだとでも思っていたようだった。
『あんたの話がバカバカしいから、ティナ様は聞き流しておられただけですよ』
ラビリアが、例の高音の鼻にかかった声で解説する。聞こえないと思って、言いたい放題だ。
「それから、私は自分の侍女の言うことには信頼を置いています。嘘だとは思えない。あなたが、湯をよこすよう厨房に伝えてくれれば済む話です」
「わ、私が? 私が厨房なんかに?」
ジェラルディン嬢が真っ赤になった。
「あなたが直接言わなくても、あなたの侍女に命じればよろしいのです」
私は全く平静に言った。
ここ何日か、お湯騒動は起こっていた。
アルクマールの者の話を聞こえないふりをしたり、色々と嫌がらせが続いていた。
だが、侍女たちに言わせると、嫌がらせをする者と、喜んでアルクマールの要求に従ってくれる者がいるのだと言う。
おかしいと思っていた。だが、反アルクマール派が少々の嫌がらせに飽き足らず、正面切って、水を寄越さなくなったのだろう。
「なんですって! いいこと? 何回も言ったけれど、あなたは花嫁として、女として望まれていないのよ! これは全部、エドウィン王太子の意志なのよ!」
ジェラルディン嬢は金切り声で叫んだ。
「私はね、あなたのために言っているのよ? エドウィン殿下自らに婚約破棄される前に、お気に召さないってハッキリ言われる前に、帰れと言うお慈悲なのよ。自分から身の程を悟って帰ればいいのよ!」
ガチャーンと音がして、カップが割れた。
全員が呆然としていた。ジェラルディン嬢がテーブルに叩きつけたのだ。
「えー、えー、やな女。本気でエドウィン殿下、あんたみたいな女好きなの?」
ウサギの高音……ではなかった。ラビリアの声は人間の声だった。
黒い髪、黒い目、横幅が広く、がっちりしていた。
『わー、王太子の女性版!』
ラビリアが例の高音で口を挟んだ。
私はラビリアの創造主だし、そもそも魔法力でラビリアの声を聞き取れる。だが、他の人間には高音すぎて、音を感知することさえできない。
しかし、誰にも聞こえてないからって、いちいち感想を述べないでほしい。私には聴こえるんだもの。今は、真面目そうな顔をしていないといけない場面なの!
「あなたがクリスティーナ様?」
健康そうな肌の色で、ボンッキュッボンな体つきのジェラルディン嬢は、私を上から下までたっぷり眺めた上で、こう一言言った。
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「ご存じないでしょうけど……」
私とラビリアは、秘密めかした言い方をするジェラルディン嬢が、次に何を言い出すのか、じっと見つめていた。
「私たち、つまりエドウィン殿下と私は、とても仲良しなんですの」
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そして、ありありと優越感が溢れていた。
おおっ。なるほど。これが噂の、幼馴染枠か。
「あなた。生まれた時からの婚約者だと言うのに、まだ、一度も会わせてもらっていないんですって?」
「……ええ」
会った事はない。誰もが知っている事実だから、否定できなかった。
「まあ、なんてこと。婚約者だと言うのに。私は何回もお茶を一緒にしたり、パーティにご一緒したりしましたわ」
ジェラルディン嬢は、王妃様からクリスティーナ王女を歓待するよう言いつかったからと言って、それから二時間もずっと、エドウィン王太子からお菓子や花をもらった話や、褒められた話や、お茶を一緒にした時の話を繰り返し語り続けた。
「でも、ちっともヤキモチを焼く気になれませんでしたねえ」
ジェラルディン場が、やっと腰を上げて帰ってから、ラビリアが言った。
「もう、婚約破棄して、ジェラルディン嬢を王太子妃に迎え入れればいいのに」
あんなに婚約破棄に怯えていた私だが、全っ然、そんな気にならなかった。婚約破棄歓迎だわ。あんなめんどくさそうな幼馴染付きの男なんかいらない。
そもそも趣味じゃない容姿だったし。私は肖像画を思い出した。ちっとも萌えない。
それに、挙句の果てには、ジェラルディン嬢ときたら、私に向かって涙目になって言うのである。
「あなたは、まだ子どもだから、わからないでしょう。私たちは心からお互いを大事に思っている。私たちの真実の愛を、貫き通したいと思っているのです。政略よりも何よりも愛は貴重。宝石のようにきらめき、一生輝き続けるでしょう。この愛のためには命さえ惜しくないと思っています。大人しく身をひいてくださいませんか」
セリフ、長い。
子ども子どもって言うな。
ラビリアは、さらに言った。
「アルクマールの姫君に対して、なんてこと言うんでしょうね。たかが公爵家令嬢が」
「……………まっ、自分達の都合しか考えていない要求よね」
ジェラルディン嬢とエドウィン王太子が愛し合っているなら、政略結婚の相手の婚約者に身を引けとか文句を言わずに、エドウィン王太子と一緒に国王夫妻に訴えて婚約解消すればいいのである。もっとも、国王陛下は今は病に伏していてそれどころではないらしいが。
とにかく、これでエドウィン王太子の株は、大幅に下がった。
彼は私に関心がないらしい。
だが、ジェラルディン嬢の襲撃はそれだけでは済まなかった。
私はたった一人で、ガレンに来たのではない。
王女の輿入れなのだ。当然それなりの数のお付きが供揃えとして、一緒に来ている。
王太子不在という事態は、当然アルクマールにも連絡が行った。
三日待ち、一週間待ち、十日経つ頃には、アルクマールの付き添いたちが不穏になってきた。
それはそうだ。
いつまで待っても肝心の花婿が会いにも来ないのだ。
来るのは、ジェラルディン嬢だけ。王妃様すら来ない。
もっとも、国王の容態がとても悪いと聞いていた。王妃は、そのため、王のそばを離れられないのだとも。
今病床に伏している王が、アルクマールの姫との婚姻を強く望み、早い結婚を希望したとも聞いている。
「この国じゃ、あなたみたいな容姿はあんまり好まれなくて……」
私は典型的なアルクマール人らしく、長い金髪と青い目の持ち主だ。
気の毒そうにジェラルディン嬢が言い出した。
「黒髪や黒い目が好まれるの。私みたいに」
『へええッ! ご器量が悪くっても? 鼻がひん曲がっていても?』
ラビリアが大声で(ただし高音で)耳元で叫んだ。このウサギは興奮しやすい性質を持っている。
『エドウィン様とやらは、変わったご趣味をお持ちですねえ!』
聞こえなくて本当にほっとするわ。
「エドウィン様は私が女らしいスタイルをしていると褒めてくださって。それなのに父の国王陛下が無理強いされて、こんな姫を……」
何度目だ、この話。そして、こんな姫って、どういうこと?
だが、そこへアルクマールの(本物の)侍女たちが慌てた様子でやってきた。
「クリスティーナ様! ガレンの者たちが、私たちには湯を用意しないと言い出したのです」
その時、ジェラルディン嬢がニヤリと笑ったのを私は見てしまった。
「お湯?」
侍女たちはジェラルディン嬢に気がついて、礼をとった。
「あら。アルクマールでは客人に、お茶も出さないと言うの?」
私たちは、茶器を並べ、お茶を待っていたのだ。
「ずいぶんと無礼な国なのね。それとも侍女たちが無能なのかしら?」
「ガレンの厨房で、アルクマールに出す水は無いと言い渡されまして」
「そんなこと、あるわけないでしょう。ガレンを侮辱しないでくださるかしら。そこの女」
ジェラルディン嬢は手にした扇で、事情を説明した侍女を指した。
「私も王家に連なる者です。今の発言は不敬罪に当たる。私に向かって許しも得ず発言するなど。無知で無能なアルクマールの侍女は、知らない礼儀なのかも知れないが」
「ジェラルディン嬢、全てのアルクマール人を侮辱するような発言は撤回して頂けませんか?」
私は口を挟んだ。
ジェラルディン嬢は思いもかけない私の言葉に、驚いて向き直った。
彼女は今まで、私があまりジェラルディン嬢の言葉に反論したことがなかったので、私のことを薄ぼんやりのバカだとでも思っていたようだった。
『あんたの話がバカバカしいから、ティナ様は聞き流しておられただけですよ』
ラビリアが、例の高音の鼻にかかった声で解説する。聞こえないと思って、言いたい放題だ。
「それから、私は自分の侍女の言うことには信頼を置いています。嘘だとは思えない。あなたが、湯をよこすよう厨房に伝えてくれれば済む話です」
「わ、私が? 私が厨房なんかに?」
ジェラルディン嬢が真っ赤になった。
「あなたが直接言わなくても、あなたの侍女に命じればよろしいのです」
私は全く平静に言った。
ここ何日か、お湯騒動は起こっていた。
アルクマールの者の話を聞こえないふりをしたり、色々と嫌がらせが続いていた。
だが、侍女たちに言わせると、嫌がらせをする者と、喜んでアルクマールの要求に従ってくれる者がいるのだと言う。
おかしいと思っていた。だが、反アルクマール派が少々の嫌がらせに飽き足らず、正面切って、水を寄越さなくなったのだろう。
「なんですって! いいこと? 何回も言ったけれど、あなたは花嫁として、女として望まれていないのよ! これは全部、エドウィン王太子の意志なのよ!」
ジェラルディン嬢は金切り声で叫んだ。
「私はね、あなたのために言っているのよ? エドウィン殿下自らに婚約破棄される前に、お気に召さないってハッキリ言われる前に、帰れと言うお慈悲なのよ。自分から身の程を悟って帰ればいいのよ!」
ガチャーンと音がして、カップが割れた。
全員が呆然としていた。ジェラルディン嬢がテーブルに叩きつけたのだ。
「えー、えー、やな女。本気でエドウィン殿下、あんたみたいな女好きなの?」
ウサギの高音……ではなかった。ラビリアの声は人間の声だった。
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